当店はそのような店ではございません
【アベル君の容姿】
黒髪の一見すると女の子のような綺麗な容姿をした少年。
同年代と比べても比較的小柄で、本人も実はそこを気にしていたりする。
アベル君が去った後、一人の生活が何年も続きました。
だけど昔ほどは寂しくありませんでした。
寂しいの事実なんですけど、耐えられるレベルの寂しさでした。
それは不定期ですが、アベル君から手紙が来るようになったからです。
伝書バトならぬ、伝書知らない鳥。
ちょっとした魔獣なら刈り取れそうな立派な鳥が手紙を届けてくれます。
ただこの手紙、最近はどのように返事すればいいのか困っています。
アベル君は周りの人達に秘密で魔族語を勉強しているらしく、最初はたどたどしいですが「元気ですか」とか「頑張っています、マユお姉さんに会いたいです」といった素朴で簡単な文章がつづられていました。
私はそれに対して、今度アベル君が来たら、またお風呂に一緒に入ろうねとか、森で誕生日会に使えそうなおいしそうな果物を見つけたとか、そんなことを返事に書いていました。
ところがアベル君の魔族語スキルが最近急速に上達して、文章がとても長くなり始めました。
それ自体はいいのですが…
教会の人達は、魔族は悪だから滅ぼさなくてはいけないと、僕達にいつも言い聞かせてきました。
マユお姉さんみたいな人もいたので、悪くない魔族もいるのではないですかとユリウス枢密卿に聞いたのですが「悪くない魔族などいない、魔族は存在するだけで悪なのだ、竜神が魔族を滅ぼすために人に血を分け与えたことを忘れてはいけない、この戦いは聖戦なのだ!」と怒られてしまいました。
マユお姉さんが存在するだけで悪だなんて、僕には納得できませんでした。
マユお姉さんは悪い魔族なんかじゃないですよね。
とか…
勇者は悪い魔族を倒すために竜神が人に血を分け与えて生まれたと教会は人々に教えています。
マユお姉さんが教えてくれた、竜神が浮気した話と違います。
だから、捕虜の魔族に魔族語を使って彼らの歴史を聞きました。
そうしたら、マユお姉さんが教えてくれたことと同じことを彼らは教えてくれました。
どうして教会と魔族の歴史が違うのでしょうか。
僕は教会が魔族語を呪いの言葉として学ぶことを禁じていることと何か関係があるのではと最近考えています。
とか…
僕に魔族の歴史を教えてくれた捕虜達が虐殺されました。
敵ではありましたが、話しているとどこが人間と違うのか分からなくなるぐらい普通の人達でした。
彼らには人間と同じく、家族がいました。
それなのに新しい武器の試し切りの的にされるなんて。
僕は何が正しいのか最近分からなくなってきました。
とか書いてくるようになりました。
わーい、むずかしー(スライム感)
どう返事すればいいのよ。
最初のは「ぷるぷる、私は悪いスライムじゃないよ!」といった感じで乗り越えたのですが、その後はとても冗談で切り抜けられる状況じゃありませんでした。
ですが私の頭脳では難しすぎる上に、この世界のことを全然知らないのでまともなアドバイスは無理です。
「人がどう言っているのではなく、アベル君が正しいと思うことを信じればいいんじゃないかな。どんな判断をしても私はアベル君の味方だよ」
なので、アドバイスになっているようで、実は全部アベル君の判断に任せるという事実上の丸投げな回答になりました。
しかも前世の漫画か何かのパクリです。
そんな感じで返事を繰り返すこと十数回。
アベル君の考えを真剣に聞いて共感してくれる、ネス教会副騎士団長とか言う人が現れたそうです。
アベル君はネス教会副騎士団長を相当信頼しているらしく、いずれは私に紹介したいとまで言っています。
お姉さんに紹介したいって…まさか彼女か!?
しかし残念だったな、アベル君の彼女になりたいのなら、まず姉である私を倒してもらおうか!!
この女子力53万のマユ様をな!
しかも私はあと3回変身を残しているのだー!
なんて馬鹿なことを考えながら、更に数回の手紙のやり取りをした結果…
突然手紙が来なくなりました。
最初は不定期だからとのんびり構えていたのですが、手紙が途切れて半年を超えた辺りで私は気が付きました。
もしかして、これってアベル君に愛想を尽かされて捨てられたのでは!?
今頃アベル君とネス副騎士団長とやらは…
アベル「マユお姉さんに相談しても、何の役にも立たないや」
ネス「アーベル♡、マユお姉さんなんかと文通するより、私とあそぼ?」
アベル「そうだね、役に立たないマユお姉さんより、ネスと遊ぶ方がいいや」
ネス「やーん♡私と遊ぶって表現がい・や・ら・し・い~」
なんて感じで乳繰り合っているのか!?
そうなのか!?
そうなんだな!?
いやいやいや。
流石にアベル君がそんなこと言う訳ないか。
それに冷静に考えれば、ネス副騎士団長が彼女とか手紙のどこにも書いてなかったし。
でも、あまり役に立たないことを書き続ける私に愛想を尽かすのは十分にありえるか…
もうちょっとまともな返事を出しておけばよかった…うう…悲しい。
ーーーーー
どーせ若い男は、私みたいな年増からは巣立っていくのさはははっ。
えーい、やけ酒はお酒がないからできないから、やけ食いだー!
shit !もうお肉のストックがないじゃないですか。
牛!牛はどこだー!
牛狩りじゃー焼肉じゃー
…
…
…
テンションを無理やり上げて1人焼肉したら余計に虚しくなった。
自分が原因とはいえ、弟と思っていた存在から愛想つかされた事実は虚しいものです。
「マユお姉さん」
こうやって、私を姉と呼んでくれるこの世で唯一の家族だったのに、こんな間抜けな理由で失うことになるなんて。
「マユお姉さん?どうしたの!?どこか調子悪いの!?」
調子悪いんじゃなくて、絶賛傷心中だよ!!
ってあれ!?
顔を上げると、女の子のような綺麗な顔でありながらも、どこか凛々しい雰囲気を持った立派な少年騎士がいました。
これって、まさか…
「私悪いスライムじゃないよー!?」
「知ってるよ!」
ごめん冗談。
あまりにも信じられない光景だったので、思わずボケてしまいました。
「アベル君!会いたかった!」
そう言うと私はアベル君に抱き着いたのでした。
あ、前より頭の位置が上になった…
まだ私より身長は低いけど、アベル君、大きくなったんだな~
ーーーーー
再会を喜んだのもの束の間。
「もう会えないってどういうこと!?」
アベル君から絶縁を突きつけられてしまいました。
アベル君が言うには、アベル君は最近その言動や行動から教会から目をつけられているらしく、私に危険が及ばないように手紙のやり取りを止めたとのこと。
そして、突然手紙を取りやめたので私が心配していると思って、直接事情を説明しに来てくれたとのことでした。
直接来れるなら今後も直接会いに来てよと思ったのですが、教会の目を欺くのはとても難しいらしく、今回は信頼のおけるネス教会副騎士団長が、一回限りですが教会の目を欺くコネがあるらしく、それで教会の目を欺いてくれたそうです。
ネス教会副騎士団長は「親友が大切な人と会うためなら、喜んで一肌脱ぐ」と快く協力してくれたそうです。
それはとにかく置いておくとして、きっと教会の目を誤魔化す方法なんて探せばいくらでもあるよ、諦めずに探し出して会いに来てよと私は訴えました。
ですが、私の訴えに対するアベル君の答えはNOでした。
「マユお姉さん、僕は魔王を倒すよ、僕が魔王を倒せば戦争は終わる。そうすれば一番犠牲が少なくて済むんだ。僕が魔王を倒せば、ネスが穏健派をまとめて過激派を抑え込める手筈になっているんだ。そうすれば、魔族の殲滅も防げる、和平が成るんだ」
凛々しくアベル君は宣言しますが「ごめんね」マユお姉さんはそういう難しい話は苦手なんだ。
ただ私が思ったことは一つ。
危ないことはして欲しくない。
魔王ってあの頭の悪い魔王のことだろうけど、そんなのと戦うなんて勇者の仕事です。
アベル君がする必要はありません。
「危ないことはしないで欲しい。戦うことなんてやめて、前みたいにここで一緒に住もう!うん、それがいいよ!」
だから、そんな危ないことは止めて前みたいに一緒に住もうと必死に訴えたのですが…
「それはできないよ、何もしなければ魔族だけじゃない、マユお姉さんも守れない」
はっきりと断られてしまいました。
アベル君の瞳には、強い意志が込められていて、とても説得に応じる気配はありませんでした。
私は頷くしかできませんでした。
気落ちした私に「すべて終わればまた会いに来るから、それまで待っていて」とアベル君は言いますが、それがいつになるのか、そしてアベル君は無事でいられる保証はありません。
もう二度と会えないかもしれない。
そう思った私は、アベル君が帰るまでの今日と明日を忘れないように、後悔しないように、二人の時間を思いっきり楽しむことにしました。
つまり、アベル君分を一生分補充してやります。
そして笑顔でアベル君を送り出しましょう。
二度と会えないかもしれないのに、その最後の思い出が喧嘩なんて嫌ですからね…
「まずアベル君に見せたいものがあります」
心機一転して元気いっぱいに宣言した私は、アベル君からもらったマントを着こみました。
次にアベル君の注目を引いたことを確認すると、私は自分の体にあることをし、焦らすようにマントをゆっくりと脱ぎ始めました。
どうしてかアベル君が顔を背けようとしますが、見せたいものがあるので回り込みます。
「アベル君見て」
「マユお姉さん、それはいったい…」
アベル君は動揺しながらも私の体を舐めるように上から下まで見ます。
そしてそれは自分の目を確かめるがごとく、何度も何度も繰り返されました。
ふっふっふー、驚いているようですね。
今の私は、なんと女子高生が着るようなブレザーを着ています。
それもただのブレザーではありません。
スライムの変形技術を応用して作りだした、ブレザー型のスライムを、通常形態の上に着こんでいるのです。
出来る限り透き通らないように色を濃くしていますが、スライムなのでどうしてもある程度は透けてしまうという欠点はあります。
透けてはいますが、素っ裸より見えなくなりましたし、はっきりと服を着ていると分かる感じになったので、劇的に良くなったと言えるでしょう。
これで万が一、アベル君が私がスライムだとかそういうことを失念して、単純に常に素っ裸でいる露出狂の変態だと酷い勘違いをしていても、私がTPOに合わせてちゃんと服を着ることができる常識人だと分かったでしょう。
「どう?似合ってる?これなら人前に出ても大丈夫でしょ?」
「こんなの絶対に人に見せたらだめだよ!!!!下手したらいつもよりヤバいよ!!!」
ええー!?なんでだ!?
ーーーーー
なんかアベル君が、まるで娼ナントカで客引きをするナントカなどと、ぶつぶつ言いながら視線を合わせてくれません。
よくわかりませんが機嫌を損ねてしまったようです。
今日が最後かもしれないので、このままではいけません。
とにかく機嫌を直そうとここ数年で開発したタレを使った焼肉を出したのですが、いつぞやの光景のように黙々と焼肉を食べています。
「美味しい?」
「とっても美味しいよ」
「愛情たっぷり込めて作ったから、そう言ってもらえると嬉しいな」
「………」
焼肉の味を懐かしんでくれているみたいなのですが、相変わらずこちらの目を見て話してくれません。
今の会話も、愛情込めて作ったと伝えたら俯いてしまいましたし。
こうなったら、強硬手段です。
食べ終わった後、アベル君をお風呂に入れました。
そして私も、当たり前の顔をしてついて行きます。
「マユお姉さん、ダメだよお風呂は僕一人で入るから」
そう言ってアベル君は一緒に入ることを拒みますが、ここで引き下がるわけにはいきません。
こうなったら…
「お願い、いつもアベル君すぐにのぼせそうになっちゃって、あまり一緒に入れなかったからどうしても一緒に入りたいの。家族で一緒にゆっくりとお風呂に入りたいってずっと思っていたの。アベル君入れて、一緒に気持ちよくなりたいの」
必殺泣き落としです。
切なそうな顔をしながら、アベル君の下半身に縋り付くように抱き着いてお願いをします。
「分かったよ、分かったよマユお姉さん、だから離して、危ない危ないよ!!」
私の必死のお願いが届いたらしく、アベル君は焦りながら了承してくれました。
でも、今の危ないってなんですか?
何が危ないのでしょうか。
アベル君がぶつぶつと「マユお姉さんは大切なお姉さん、マユお姉さんは僕の家族で僕はマユお姉さんにとって弟、まだ弟」と念仏のように当たり前のことを唱えていることと何か関係があるのでしょうか。
訳が分かりませんね。
はう~最高のお風呂です。
満天の星空の下、仲の良い姉弟が一緒に汗を流す。
最高のシチュエーションですね。
でも…
「ねえアベル君、どうして星空ばっかり見ているの?」
「え、ほら、星が綺麗だなーって思ったんだ、本当だよ」
二人揃って狭い疑似五右衛門風呂に入っているのですが、アベル君はずっと星空を見ています。
最近の近況とかいかにも家族団欒といった感じで会話はできているのですが、ずっと星空に夢中という感じなのが面白くないです。
星空ではなく、私に注目してくれればいいのに。
そう思った私の脳裏に、昔お風呂でやろうとして出来なかった計画のことが浮かび上がってきました。
そうだ、アベル君の体を洗ってあげよう。
スライムの体を使って家の掃除をする要領で、アベル君を私の体で洗ってあげて、ついでにマッサージもしてあげます。
自分自身にやったことは無いのですが、きっととても気持ちいいです。
体はピカピカ、疲労も吹き飛びます。
これなら、アベル君の注目を星空から奪うこともできて一石三鳥です。
「アベル君、昔みたいに簡単にのぼせなくなったね」
「そ、そうだね、あはははは、僕も体がだいぶ頑丈になったからかな」
「そうなんだ、良かった。じゃあちょっと湯船の横にある板の上にバスタオルを引いて寝そべって。いいことしてあげるから」
アベル君は不思議そうな顔をしつつも、洗い場になっている板の上にバスタオルを引いてうつ伏せになります。
私はうつ伏せになったのを確認すると湯船から出て、そっと背中に抱き着きました。
「マユお姉さん、いったい何を!?」
「動かないでちゃんと洗ってあげるから」
ごーしごーし。
ごーしごーし。
全身を使ってアベル君を洗います。
粘性を増した分泌液(無害)を出しながら、アベル君の体の上を滑るように動いていきます。
「ひゃっ、ちょっとマユお姉さん止めて!?まずい、これまずいって!?」
くすぐったいのか、アベル君が変な声を上げて止めてと言いますが、あともう少しで背中が綺麗になるので、もうちょっとだけ我慢してください。
「はあっはあっはあっはあっあうっ…」
背中の洗い完了です。
私の方も思った以上に疲れましたが、アベル君もくすぐったさを我慢したため、息も絶え絶えという感じになってしまいました。
その様子がまるで女の子のように色っぽくて、何か悪いことでもしているような錯覚に陥りますが、まだ終わりではありません。
次は前の方ですね。
「こっちは本当に駄目ーーー!!!」
アベル君が逃げた!?
素早く走るためか、前かがみになりながら走るアベル君は、私が触手を伸ばす暇もなく、家の中に駆け込んでしまいました。
まさか、逃げるほどくすぐったかったとは思いませんでした。
失敗しました。
ーーーーー
「最後の夜になるかもしれないから一生のお願い」
「………分かったよマユお姉さん、でも寝る前に水浴びしてくるね」
「何で!?」
お風呂から出た後は寝るだけだったのですが、アベル君は私とは別のベッドに入ろうとしたので、懇願して一緒のベッドに寝てもらうことになりました。
かれこれ三十分以上お願いし続けたおかげで、何とか了解してくれました。
ただ、水を頭から何回も被るアベル君の姿は異様でした。
まるで修行僧か何かが滝に打たれる姿を見るかのようでした。
それはとにかく、その後一緒のベットに寝っ転がった私達は、それこそ話が尽きないぐらいに語り合いました。
最初に会った時のことから今までのことを、時には懐かしむように、時には冗談交じりに語り合いました。
あえてこれからのことは二人とも触れませんでしたが、こうして二人の過去を思い出すことで私達は家族なんだなと改めて認識することができました。
そして気が付くと、隣から静かな寝息が聞こえてきました。
疲れていたのでしょう、アベル君は幸せそうな顔をして寝てしまいました。
さて、アベル君が寝静まったので、これから悪戯を始めようと思います。
実はアベル君、一緒に寝てもいいけど抱き着くのは駄目とか言ってきたのです。
そんなご無体な。
なぜダメなのかと聞いても、理由を教えてくれません。
ならいいです。
勝手に抱き着きます。
えーい、アベル君分補充だー。
「うわああ!!」
アベル君の悲鳴で私は目を覚ましました。
「夢、じゃなくて、現実!?あんな夢を見たから…どうしよう!?」
目を覚ますと、アベル君が凄く動揺した感じでアタフタしています。
ぼんやりとした思考のまま、アベル君を見ると、アベル君の下半身が私の下半身の中に埋もれていました。
あ、いけない。
前回のように、アベル君に抱き着き過ぎてしまったようです。
脚を開き下半身をそっとアベル君から離すと、アベル君は慌てた様子でお風呂場へと繋がる扉を開けて、お風呂場に入っていきました。
一瞬しか見えませんでしたがそのズボンは濡れていました。
またやってしまったようです。
前回のように私が抱き着いていたせいで、トイレに行けずおねしょしてしまったようです。
もうおねしょなんて絶対にしない歳なのに、私のせいでおねしょすることになってしまうとは、申し訳ないです。
…
…まだ眠いですね。
昨晩、遅くまでアベル君分を補充し過ぎましたか。
もうひと眠りしよう。
スンスン
あれ、磯の香り?
海なんてないのに…
なん…で…だろ…
………
…
ーーーーー
「アベル君、絶対無理はしちゃ駄目だよ。絶対に帰ってきて、私はずっと待ってるから」
「うん、魔王を倒して帰ってくる。絶対に絶対に帰ってくる」
「何があっても帰ってきてね、約束だよ」
「約束する。約束するから、帰ってきたらマユお姉さんにもどうしても聞いてほしいお願いがあるんだ。マユお姉さんもお願いを聞いてくれるって約束して」
「何でも聞いちゃうから、本当に…無事で…」
「マユお姉さん…」
感極まった私はアベル君に抱き着き、アベル君も私を抱き返しました。
二人の周りだけ、まるで時が止まったかのようでした。
しかし、無情にもそれでも時は進んでいき、ついに別れの時が来てしまいました。
「アベル君…行ってらっしゃい」
「行ってきます」
こうしてアベル君は魔王討伐へと旅立ちました。
二度寝から起きた直後は、私と目が合った瞬間アベル君がもの凄く挙動不審になってどうしようかと思いましたが、最後はしっかりとしたお別れができてよかったです。
いえ、最後なんて言ってはいけないですね。
きっとまた会えます。
ただの騎士であるアベル君に魔王は倒すなんて、正直不可能だと思いますけど…
不可能だからこそ、途中で「マユお姉さんやっぱり無理」なんて、べそ掻きながら逃げ帰ってきたり、魔王に近づくことすらできずにウロウロしている間に、勇者が先に倒してくれたりして、きっと無事に帰ってきてくれます。
きっとそうです!
そうだ、アベル君が現実の壁にぶち当たって戻ってきた時のために、更に快適に過ごせるように家をもっと改造しましょう。
そうと決まれば、早速洗濯場を改造です。
今朝方、アベル君がお風呂場の隣の洗濯場でおねしょのついたズボンと下着を洗濯していましたが、良質な石鹸が無いためか、なかなか汚れが落ちず苦戦していたみたいですからね。
そういえば、おねしょで思い出しました。
おねしょさせてしまったことを謝った時のことです。
「私のせいでごめんね。こんなことになるなんて、お姉さん失格だね」
「そんな、悪いのはマユお姉さんじゃなくて僕だよ」
「とにかく、怒ってないから。それでも気にするみたいなら今朝は何もなかった、そういうことにしよ。だって、もうすぐお別れなんだから。こんな空気でお別れなんてマユお姉さんは嫌だぞ?さ、朝ごはん食べよ、私お腹すいちゃった!」
「……マユお姉さん、こんなふしだらで駄目な僕を許してくれてありがとう」
悪いのは私なので気を聞かせておねしょは無かったことにしてあげたのですが、すごくアベル君の様子が変でした。
例えるのなら、怒られるのを怖がっているというより、まるで私に軽蔑されるのじゃないかと怯えているような雰囲気でした。
まあ確かにアベル君の年でおねしょしたとなったら、人によっては軽蔑するでしょうが、原因になった私が軽蔑するわけないじゃないですか。
だから…
「アベル君は駄目なんかじゃないよ、ごめんね私が悪いのに我慢させちゃって。我慢できなかったら、私を起こしてくれていいんだよ?でも、優しくしてね」
漏らしそうになったら、私を起こしてもいいよ(ただし、優しく起こすことに限る)と、ギュッと抱きしめながら伝えたのですが…
ドバーーーーーー
アベル君が噴水のように鼻血を出して、そのまま倒れてしまいました。
あの鼻血はいったい何だったのでしょうか。
そのすぐ後にアベル君は意識を取り戻しましたが、倒れる直前の記憶が飛んでいるらしくアベル君自信も覚えていませんでしたし…謎です。
おかげで、変な空気が吹き飛んだの不幸中の幸いでしたけど。