勇者、歪む
【主人公の容姿】
見た目は全体的に青く半透明の少女型スライム。
容姿はお節介焼きで優しそうな見た目の、高校生ぐらいの少女。
スタイルは抜群。
髪型はロングウェーブだったりロングストレートだったりショートボブだったり、気分によって変わっている。
よく見ると、お腹のあたりに核のようなものがある。
※サブタイトル変更しました
読み直したら読みにくい場所や説明不足の場所があったので修正しました
祝一人焼肉終了のお知らせ!
一人焼肉が強制終了しました。
幼い見た目の人間の男の子が、私の目の前で焼肉を食べています。
一人焼肉が嫌で事案発生させちゃいました、でも異世界だからいいですよね☆
なんとことは流石にしません。
向こうから来たのです。
お腹が空いているようだったので保護したのです。
犯罪者の言い訳のようですが、本当にそうなのです。
決してやましい気持ちでしたわけではないのです。
…
…
…
自分で言っておきながら、びっくりするほど犯罪臭がしますが、本当の本当に事実なのです。
あれは、かれこれ小一時間ほど前のことです。
私が焼肉の横で一人焼肉悲しいと三角座りで泣いていたら、すぐ近くの木の陰から音が聞こえたのがきっかけでした。
慌てて涙を拭いて見上げると、ファンタジーゲームの主人公のような黒髪の少年が、剣を抜いた姿で固まっていました。
竜を模った紋章がついた装備で固めているところが特徴でしたが、驚いたことに少年は完全に人間の姿をしていて、角や尻尾や羽などを一切持っていませんでした。
「え?人間?」
私もこの世界で初めて見る人間の姿に固まり、少年も女の子のような可愛い顔をどこか戸惑ったような表情に変え、私の姿を何度も何度も見直します。
そんな膠着状態を解いたのは少年のお腹から聞こえたグーという音でした。
とても可愛らしい音で、私は反射的にちょどよく焼けていた焼肉を箸で取り差し出してしまいました。
少年はちょっと躊躇いましたが、私が食べろとズイズイと肉を突き出すとかぶり付き、今ではこの有様です。
もくもくと食べ続ける少年と私。
「美味しいでしょ、完堕するぐらい食べていいのよ(ニッコリ)」
「*-+/()!」
コミュニケーションを取ろうと声をかけましたが、言葉が通じないようです。
ならばと、近づいてボディーランゲージで話そうとするのですが、顔を赤くしてぷいっとそっぽを向いて相手にしてくれません。
どうやら恥ずかしがり屋のようです。
それならばとそっぽ向いた方に回り込んで、更に激しく全身を使ってボディーランゲージを試みるのですが、どんどん少年の顔が赤くなっていくばかりで全然こっちを見てくれません。
といっても、ふとした時に少年の方から視線を感じるので、チラチラと私の姿を覗き見ているようです。
「なるほどなるほど、そういうことか」
このぐらいの年だと大人と一対一で話す機会は少ないので、恐らく知らない大人と会話することに慣れていなくて、どう話せばいいのか分からない、というところじゃないかと思います。
だから慣れれば大丈夫だと思うのですが、この後どうしましょうか。
日が暮れてきましたし、今日は家に泊まっていってもらいましょうか。
ーーーーー
「イッテキマス」
「あ、ちょっと待って」
出かけようとした男の子を呼び止め、首元にあるマントの紐を結びなおす私。
そんな私の行動に恥ずかしそうにしているのは、私の新しい弟です。
前世で弟がいたかどうか分かりませんが、まさか異世界で弟ができるとは、自分でも驚きです。
弟とは誰かというと、焼肉をきっかけに出会った少年。
アベル君です。
アベル君と出会って1ヶ月程経った今としては、まさに家族といった感じですが、簡単にこうなった訳ではありません。
山あり谷ありと言っていいのかわかりませんが、平坦な道ではありませんでした。
あれは、初めてアベル君と出会ったあの日の夜、焼肉を食べた終わった後のことです。アベル君を家に泊めてあげようと家の扉を開けたところ、アベル君は家の存在をすっかり忘れていたといった様子で驚いたかと思うと、焦った様子で私の家に飛び込んでいきました。
家主を差し置いて乙女の家に飛び込むなんて何事!?と驚き、慌てて追いかけると、アベル君は隠し部屋の中で何かを探しているようでした。
「どうしたの、女の子の家に勝手の押し入るなんて、キャッ!?」
私がアベル君に声をかけると、アベル君は思わずといった様子で剣を抜き私に突きつけます。
その結果は、剣をのど元に突きつけられるという事態に私が年甲斐もなく半泣きになり、我に返ったアベル君がオロオロとしつつも、ボディーランゲージで謝罪するという訳の分からないハプニングへと繋がるのですが、そのおかげで何となく状況が見えてきました。
どうやらこの家は、アベル君のものだったようです。
言葉は分かりませんが、アベル君が隠し部屋の鍵を持っていたのが決定的な証拠でした。
なるほど、妙に状態のいい廃屋だと思っていましたが、そもそも廃屋ではなかったのですね。
本来の持ち主が現れたのなら、私をここを出ていかなければなりません。
前世なら警察を呼ばれるようなことをしてしまいましたからね。
ですが私は出ていきませんでした。
何故なら、隠し部屋の中の保存食が綺麗に無くなっているのを気が付いたアベル君が立ち尽くしているのを見て、食べてしまったことへの罪悪感と、保存食分の食糧を返さずに家を出るのは酷いと感じたからです。
またも懲りずに嘘です。
いえ、完全に嘘ではありませんね。
罪悪感とかを感じたのは事実ですが、実は一番の理由ではありません。
本当は、人が恋しかったのです。
当時は、子供が困っているのを助けるのは大人の役目だとか、大人が子供を困らせる原因を作っておいて何もフォローしないとかありえない等と自分に言い聞かせていましたが、本当は久しぶりに会った人と離れるのが寂しいという情けない動機でした。
「決めた、頼りになるお姉さんになろう」
なので私は、勝手にアベル君を年の凄く離れた弟として面倒を見ることを決めました。
人恋しかった私としては家族ができて、これからの日々が非常に楽しみな展開でしたが、ことはそう簡単には行きませんでした。
保存食が無いことを気が付いたアベル君は立ち尽くした後、考えるような仕草をしてから私に何かを言うと、そのまま家から出て行ってしまいました。
私は立ち去ったアベル君を追いかけますが、アベル君は私を振り切るかのように走り出し、あっという間に見失ってしまいました。
そしてそのまま探し続けた夜のことです。
「◎++▽%>|〇〇!!」
森の奥深くまで足を延ばした私の耳に、アベル君の叫び声が聞こえて来たのです。
幸いにして目と鼻の先まで近づいていたらしく、すぐに現場に駆け付けることができました。
そこは、これまで行ったことが無いところで、祠のようなものがある場所でした。
その祠の前で寝ているところを襲われたのか、それとも油断していたのか、アベル君は怪我を負っていました。
相手は焼肉の元である牛の魔獣。
「どりゃあああああ!」
アベル君の怪我を見て冷静さを失った私は、勢いのまま乱入し牛の魔獣を3秒で食材にしてやるといった意気込みで攻撃します。
流石に3秒とはいきませんでしたが、何とか10秒ほどで仕留めることができました。
森の奥のためか、これまでの奴より遥かに体が大きかったですが、意外なほどあっさりでした。
アベル君を救いたいという私の思いが力になったのだと思います。
「酷い怪我!!大変!!!」
牛がこと切れたのを確認した後アベル君に駆け寄ると、松明だけの明かりのためはっきりとは見えませんでしたが、わき腹が切り裂かれているようでした。
今から思えばもう少し冷静に見るか、何事かを自分に訴えるアベル君に耳を傾ければ気が付いたのですが、その時の私はアベル君が危篤だと思いこんでいました。
「絶対助ける!」
私は騒ぐアベル君を強引におんぶすると、走って家に連れ帰り、脇腹にタンスにしまってあった私の服を当てて包帯にしました。
捨てるのが面倒くさかったので、着ないのに服を捨てずに持っておいて良かったです。
包帯を当てた私は、アベル君を安心させようと手を握り、そのままうっかり寝てしまいました。
そして…
「遅刻しちゃう!」
「+&%>|{-!?」
奇声を上げて目覚めた私の目に入ってきたのは、柔軟体操をしているアベル君の姿でした。
あれには目が点になりました。
答え合わせをすると、この世界には魔法があり、私が見つけた時点でアベル君は自分に回復魔法をかけ終わった後だったのです。
つまり、私が見た時には怪我はすでに治っており周辺に血が付いていただけ。
アベル君はピンチではなく、反撃に移ろうとしていただけ。
いえ、あんなに大きな牛が妙に簡単に倒せたことを考えると、既に反撃を始めていたようでして…
つまり、アベル君を救いたいという私の思いが力になって牛を倒した、というのも錯覚で…
ま、まあ、アベル君が襲われたのは事実だし、ボディーランゲージで確認した感じでは怪我自体は結構深かったみたいだし。
私が落ち込んでいたら、アベル君が私に多分お礼みたいなことを何度も何度も言ってくれたみたいだし。
だから、私の行動はなにも間違っていないよね。よね?
などと、黒歴史にしたい一晩がありましたが、雨降って地固まるといいますか、アベル君はこの一件で私を信頼してくれたらしく、アベルという名前を教えてくれました。
私は名前など憶えていないので困りましたが、その場で思い浮かんだ「マユお姉さん」として世話を焼くことになりました。
自画自賛ですが、先ほどのアベル君を送り出す時の様子とか、弟の登校を見守るお姉さんって感じがしてとてもいいですね。
因みに、お母さんに見えた人がいたら眼科か心療内科に行ったほうがいいです。
私とアベル君はそこまで年が離れていない。
と思いたい。
だけど、自分でも弟というより子供を見るような目になっているような気がする…
ーーーーー
アベル君と出会い、あっという間に1年が経ちました。
この1年間、アベル君は毎日森の奥の祠に向かっています。
お互いの意思疎通がボディーランゲージと、それぞれが単語を教えあって少しだけ会話が成り立つようになった片言の会話だけという状況なので、そこで何をしているのかは正確には分かりません。
分かりませんが、アベル君は祠に置いてある宝玉に触れると入り口が開く秘密の場所で修行しているらしく、その修業をすることはアベル君の使命であるようです。
そんな大切な修行をアベル君がしている間、私は何をしているかと言うと、狩り、料理、洗濯、そしてお風呂の用意などです。
アベル君の非常食を食べてしまったので料理を用意するのは当たり前ですが、家族ができてうれしいというか、世話を焼くのが楽しいというか…
とにかく、気が付いたら料理以外も色々なことをしてあげていました。
例えば、お風呂の用意などはその最たる例です。
元々この家には、お風呂がありませんでした。
私はスライムなので問題はありませんでしたが、アベル君は人間ですので、定期的に離れた場所にある沢で体を洗う必要があります。
いちいち遠くの沢まで行くのは可哀そうですし、日本人としてはお風呂を楽しむことを知ってもらいたかったのです。
日本人にとってお風呂とは体と心の洗濯の場であり、一家団欒の場所でもある楽しいところです。
「マユオネエサン、アシタ、シュギョウ、ガンバル」
「じゃあ、頑張るアベル君のために、明日のお夕飯はハンバーグを作ってあげるね!」
「ヤッタ、アシタモホームランダ!」
…いいなあ、これ。
アベル君と一緒にお風呂に入りながら語り合う光景を思い浮かべた私は、早速行動に移りました。
まず最初に、アベル君が外出している間に、沢の上流から水を引く樋を一生懸命作り、家の裏まで水が樋を伝って流れるようにします。
そして次に、家に元からあった樽を置き水を灌ぐと、火であぶり真っ赤になったロングソードを何本も突っ込みお湯を沸かせば完成です。
「どう?すっごいでしょ」
「スゴイ!ミタコトナイ!!」
こうして出来上がった疑似五右衛門風呂を見たアベル君の驚きっぷりは凄く、作った甲斐がありました。
ただ残念だったのは、結局一家団欒とはいかなかったことです。
アベル君が湯船に入っているところに「裸の付き合いをしようね」と言って乱入し、狭い湯船に私も強引に入ったまではよかったのですが、どうしてかあっという間にアベル君がのぼせてしまいました。
肩を抱き寄せながら「アベル君見て、綺麗でしょ」って星空が綺麗だねと言ったとたんに、アベル君の鼻から赤いものが出てきた時には本当にビックリしました。
その後も何度かチャレンジしますが、毎回同じようなことを繰り返してます。
おかげで、次のステップとしてスライムの体で家の掃除ができるという特技を使って、私の体でアベル君の体を洗い、ついでにマッサージまでしてあげようという計画も立てていましたが、そこにまで至ることができませんでした。
最近は状況が更に悪化し、私がお風呂場に入るとすぐに「ノボセソウ」とか言い出してすぐにお風呂場から出て行ってしまう事態になってます。
まさかアベル君がこんなにのぼせ易い体質とは、残念です。
因みに、先に挙げた狩り、料理、洗濯、お風呂といった日々の生活以外のことでも、私はアベル君のために色々なことをしています。
例えば色んなイベントを催したりしました。
七夕やハロウィン、クリスマスにお正月に誕生日、どれもこれもこの世界には無かったり、全然形が違ったりしましたが、アベル君は喜んでくれて二人の大切な思い出になりました。
ただ、先日の誕生日会だけは失敗でしたね。
この誕生日会なのですが、そもそもは自分がいつ生まれたのか知らないとアベル君が言ったことがきっかけです。
文化の違いが原因なのでしょうが、それは悲しいと思った私は、二人が出会った日を勝手にアベル君の誕生日として、誕生日会を開催することにしました。
そして私も誕生日が分からないので、ついでに私も同じ日を誕生日にして誕生日会の同時開催を行うことにしたのです。
二人で同時に開催した方が盛り上がる気がしましたので。
二人の誕生日会はいつもより豪華な夕食を食べ、ケーキ代わりに用意した果物を「誕生日おめでとう」と言い合いながら食べたり、二人で誕生日の歌を歌ったりしました。
文化の違いで喜んでもらえないかと心配しましたが、アベル君は子供ように大喜びしてくれました。子供ですけど。
その後にプレゼント交換となるのですが、私はここで大変な間違いを犯していることに気が付いてしまいました。
アベル君には「誕生日は誕生日プレゼントを渡すんだよ」って教えておきながら、アベル君へ渡すプレゼントを用意し忘れていたのです。
しかも、アベル君の私へのプレゼントは、とても綺麗なネックレス。
なんでも修行場で見つけたとのことですが、拾い物とは思えないぐらい高そうです。
こんな高そうなものを貰っておきながら、アベル君へのプレゼントを何も用意していないなんてとても言えません。
私は必死に解決策を考えました。
アベル君が喜びそうなもの、このぐらいの年の子が喜びそうなことは何だと必死に考え、思いついたのは、母親らしいことをしてあげてプレゼントの代わりにしようということでした。
既にご飯を作ったり洗濯したり母親のようなことをしていますが、アベル君のような年の子が親からずっと離れて修行しているというのは前世の日本で考えると異常事態です。
しかも、誕生日を知らないという件で判明したのですが、理由は分かりませんがアベル君は元からご両親と引き離されて暮らしていたみたいなのです。
だから、もっと母親らしい色々なことをしてあげれば、喜ばれることこそあれ、嫌がられることは無いだろうと考えたのです。
準備いらずで嫌がられることの無いこのアイデアは、とても良いアイデアだとその時の私は思いました。
「じゃあ、今日から明日まで私をママだと思って甘えていいからね。ママだよ、おいで」
なので、私は早速そう宣言し、アベル君を思いっきり甘やかすことにしましたが…
「ハズカシイ」
ところが、アベル君は恥ずかしがって全然甘えに来てくれません。
こちらから食べ物を口元に持って行って「あーん」をしようとしたり、両手を広げて甘えていいよとポーズをとっても、恥ずかしそうにするばかりです。
このままでは、自分のプレゼントは貰うだけ貰って何も弟にはあげないダメな姉になってしまう…
そう危惧した私は、思いつく限り色々な提案し、何とか耳掃除を行う許可を貰うことに成功しました。
しかし、それがあんなことになるなんて…
アベル君を触手で絡め取り膝枕をした私は「マユオネエサン、ダメ、ヤッパリ」と騒ぐアベル君を無視して嬉々として耳掃除を始めました。
そうしたら、何か股間のあたりがヌルヌルするというか、生暖かくなってきたのです。
変だなーと思って、耳掃除のために私のお腹の方に顔を埋めているアベル君をどかして様子を確認したら、またアベル君が鼻血を出していました。
しかもドクドクと大量に。
「ノ、ノボセチャッタ…」
何故に私の膝の上でのぼせるのですか!?
解せぬ。
こうして、誕生日会は謎の大量出血というトラブルで幕を閉じてしまったのでした。
とまあ、こんなトラブルや楽しい思い出など、アベル君の世話で充実している毎日です。
適度に忙しいものの、仕事をするほど忙しくも精神的にもきつくもない日々はとても楽しいです。
願わくば、これがずっと続けばいいのですが。
ーーーーー
ある日、祠のある方角から光の柱が立ち上がりました。
それを見た私は、言いようのない不安に駆られました。
この不安には根拠がない、だから何かの勘違いと自分に言い聞かせましたが、不安は的中しました。
「マユオネエサン、アベル、モウスグ、イエ、カエル」
その日の夜、永遠に続くかと思ったアベル君との生活が、突然終わりになることを告げられたのです。
あなたの家はここでしょと言いたいのところですが、ここはあくまで仮の家。
アベル君には帰る家があるんですよね。
修行がついに終わりになってしまったらしく、帰らないといけないそうです。
一度帰ってしまうと、もうここに来ることは当分叶わず、次に来れるのは何年先になるか分からないとか。
夢のような日々はいつかは終わってしまうものだと覚悟していましたが…
本当に終わってしまうとなると、寂しいな…
また一人になっちゃうのか…
「アベルモサビシイ、マユオネエサン、マタクル」
ありがとう…その気持ちだけでも十分だよ。
そうだね、寂しいのはアベル君も一緒だよね。
笑顔でアベル君を見送ろう。
私はお姉さんだから、しっかりしないとダメだもんね。
その日の夜、私はアベル君をベッドに誘い、抱きました。
いや、変な意味じゃないですよ。
何時もより強めにぎゅっと抱きしめて寝ただけです。
実は元々ベッドが1つしかなくて、当初は二人で1つのベッドに寝ていました。
ただ、人が横にいると緊張して眠れない質なのか、アベル君が明らかに寝不足になってしまいました。
今回のように抱きしめて落ち着かせようと工夫したのですが、何故か逆効果になってしまいダメでした。
それ以後、ベッドを新たに作って別々に寝ることになったのですが、別々のまま最後の夜を迎えるのは嫌でした。
当分会えないのなら、『アベル君分』をしっかりと味わっておきたいと思いまして。
アベル君は抵抗しましたが、私が懇願したらしぶしぶ受け入れてくれました。
これから何年間もアベル君分は補充できないので、それはもう、すりすりと体中から補充しました。
スライムの体はこういう時には本当に便利です。
おかげで、朝に起きたらアベル君の下半身が不定形に変化した私の下半身の中に埋もれているというアクシデントが発生しましたけどね。
しかも、微妙なアンモニア臭が…
ごめんねアベル君。
どうやら私がアベル君を拘束したまま眠ったせいでトイレに行けなかったらしく、まさかのおねしょという事態になってしまったようです。
「あっ、中にもいっぱい出したんだね」
「ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!」
私の中にも出してしまったらしく、私が悪いのにアベル君は平謝りでしたが、毎日体を使って家の掃除をしている私としては、このぐらい大丈夫なので気にしないように言っておきました。
事実、スライムの体がおしっこだろうが何だろうか綺麗に吸収分解してくれますからね。
「ニンゲンコワイ、ニゲル」
「アベル君心配し過ぎだって、大丈夫だよ」
ついにアベル君が旅立つ時になってしまいました。
アベル君は、先ほどからずっと私を心配してくれています。
とにかく他の人間からは逃げるように、何度も何度も注意されています。
大丈夫、こう見えてもアベル君より長生きだから、そこまで心配しなくてもきっと大丈夫。
まあ、この世界は魔族と人間が戦争している世界だって今さっきまで忘れてたけど、きっと大丈夫。
あっはっはっはぁ~…
自分のおバカっぷりに笑おうにも笑えない私の内心を知ってか知らずか、より一層心配そうな顔をしたアベル君は白くて分厚い布を私に差し出してきました。
「なにこれ?」
「ヒトトアウ、コレキル」
そう言ってアベル君が私に着せてくれたのは、アベル君のフード付きマントでした。
アベル君のマントは、竜を模った紋章が付いた大きく立派なもので、頭から被ってしまえば、ぱっと見ではスライムだと気が付かなさそうです。
なるほど、いつも通り裸で人前に出たら、一目でスライムだとバレてしまいますので、いざという時には役立ちそうです。
流石アベル君です。
「ありがとう大切にするね」
「ボクトオモッテ、タイセツ、ゼッタイクル、マッテテ!」
アベル君はそう叫んで私に抱き着くと。
次の瞬間には、迷いを振り切るかのように、森の外に向けて駆け始めていました。
森を駆けるアベル君の頬には、涙が流れていました。
私はいつまでもいつまでも、手を振り続けました。
因みに…
そういえば私はスライムだから裸でいるのは普通のことだし、アベル君も一度も指摘しなかったから大丈夫だと思っていたけど、実はアベル君からはただの露出狂の変質者に見えていて、本心では服を着せたくてマントを渡したってオチはないよね?
という考えが突然頭に浮かんできて、手を振りながら内心冷や汗を掻いていたのは私だけの秘密です。
ーーーーー
「アベル勇者候補生、いや勇者アベル様、勇者様なら絶対に勇者になれると信じていましたよ。勇者様に初めてお会いした時から、勇者様は他の勇者様達と比べて遜色のない…いや、勇者候補生でありながら、どの現役の勇者様達よりも勇者らしいと思っていました。そうだ覚えていますか、勇者様がまともな鎧がないと嘆いていた時、儂が口添え…」
何度目か分からないほど繰り返された会話に内心ため息をつく。
平民から見つかった候補生として誰も僕には期待していなかったのに、勇者として覚醒したと知ったとたんに、手のひらを返してきた。
そして誰も彼も純粋に僕を祝ってくれていない。
もしも僕に両親がいたのなら、心から祝ってくれたのだろうか。
「アベル君おめでとう」
竜神の血が発現したため幼少の頃に引き離され、顔も覚えていない両親を思い出そうとしたら、青く美しく、優しい笑顔が脳裏に浮かんできた。
「マユお姉さん…」
教会の誰もが滅ぼすべき邪悪な存在と言っている魔族なのに、マユお姉さんとても優しくて、綺麗で、僕にとって本当にお姉さんのような存在だった。
マユお姉さんとの生活を思い出すだけで、心がぽかぽかしてくる。
これがあれば、勇者の力しか見てくれない大人達に囲まれても、やっていける気がした。
「ん?勇者様、今何か言いましたかな?ところで勇者様、実は妾との間の子ではありますが、私には勇者様と同じぐらいの年の娘がいましてね、親馬鹿に聞こえるでしょうかこれが中々可愛い娘でして、一度ご紹介しようかと思うのですが…」
先ほどとは比べ物にならないほどのため息を心の中でついた。
勇者になって以後、何度も何度も色々な人からよく似た話を持ち掛けられた。
確かに、とても綺麗な女の子を紹介されることもあった。
でも彼女達もまた、僕を勇者としてしか見ていなかった。
「それに比べてマユお姉さんは…」
魔族なら誰もが知っている勇者の印である竜神の紋章を装備した僕と出会ったあの時から、僕を恐れず優しくしてくれた。
僕を勇者としてではなくアベルとして見て、可愛がってくれた。
僕に対していつも自然体でいてくれた。
本当に自然のままの姿で…
いつも服すら着ていなくて…
膝枕なのに下着も何もつけてなくて…目の前で…奥の方まで丸見えで…
すごくエッチな形をしていて…
「勇者様!!」
「どうされたのですか、フィンデン伯爵様?」
「血が、勇者様の大切な血が!!」
生暖かいものが、鼻から出ていた。
マユお姉さんは僕を本当の弟のように可愛がってくれているのに、そんな人に対してこんな目で見てしまうなんて僕は…どうしてこんなにふしだらな男なんだ!!
これじゃ人として失格だ!!
マユお姉さんとの暮らしで何度も感じたドキドキを必死に抑えながら、僕は僕自身を叱咤した。