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学園一年目④

おはようございます。

宜しくお願いします。

町の朝は早い。

野菜売りに肉屋、鍛冶屋、洗濯屋。

それぞれが店開きの為に支度を始めている。

目覚め始めた町に響く心地よい喧騒に男は目元を緩ませる。

男はすっかり平民に溶け込んで通りを歩く。


平民と同じかそれ以下の生活をしてきた男には学園にいるときより馴染みのある空気感だ。


「よう!クリス、おはようさん。()からの帰りかい?」


「クリス、ちょうど良かった。パンを旦那に届けておくれよ!今日は注文が重なっちまって手が足りてないんだ」


パン屋の店先で男は店開きの準備をする夫妻に呼び止められた。


()の分は?」


「駄賃分つけておくよ!まったく、変わってるねぇ、あんたは。金よりパンがいいとか。しっかり稼いでその服もっといいヤツにしたらどうだい?」


大きめのかごに盛られた焼き立てパンとは別に、拳大のパンをいくつかカバンに入れてもらった男は「このパンは金より価値があるよ」と真面目な顔で返事をした。


口が達者だねぇ!と言いつつも夫妻は嬉しそうだ。

夫君がさらにもう一個パンを投げて寄越した。

男は片手を上げて感謝を示し、通りを進む。


この町で、男はクリスと名乗っている。

父親から貴族の名の使用を禁止されたためだ。

でも男は禁じられていなくとも名乗るつもりはなかった。


道々で気安く呼び掛けられ、それに立ち止まりなにやらやり取りをする。

ちょっと男は考えて、微笑んで了承しお金を受けとる。

もしくは眉を下げて頭を掻き、断りの言葉をのべる。

そんなやり取りを繰り返して進んでいく。


「クリスっ、おはよ!」


「あぁ、イルザは元気だな。おはよう」


旬のモモルの山を整えながら若さ溢れる声で挨拶をしてきたのは果物屋の娘、イルザだ。


「おっさんみたいね、クリスは。歳はあたしとほとんど変わらないのに!」


イルザは男のふたつ下、16歳だ。

男はどこがおっさんぽかったのか分からなくて、苦笑いで頭を掻く。


「ふ く そ う!内側に行く人間がそんな格好してさ、よく門を出入りできるね」


あたしの父さんと同じくらいモサイよ!とイルザは口の横に手を添えて小声で言い、目を細めて笑う。

しかし奥で空の木箱を整理していたイルザの父には聞こえたらしく、ガビン!とした顔をしていた。

年頃の娘の言葉は容赦がないのだ。


「ファビアン様に見立ててもらいなよ!あの方は目利きも素敵なんだから。クリスでも買える良い服を見繕ってくれるよ」


この少女はドーレス商会の主人、ファビアンに憧れを抱いていると男は知っている。

イルザと会話すればすぐファビアンの話題になるのだから分かりやすい。


それからイルザは女の子に流行りの物についてぺちゃくちゃ喋り、男は旬の果物や今の時期のでき具合なんかを話して店を離れた。


 



「おはようございます。クリスです。戻りました(・・・・・)


大きな店舗の前で男は居住まいを直し丁寧に挨拶をして扉をくぐる。

王都でも珍しい三階建ての建物はドーレス商会のものだ。


男の入った正面では、男女の雇われ人が忙しそうに納品した品の確認作業を行っていた。

その合間を縫ってキビキビと女性が歩いてくる。


「おはようございます、クリス。・・・貴方、またそんな格好をして・・・」


眉間にシワを寄せているのはピンと背筋の伸びた隙のない妙齢の女性で、男のことを鋭い視線で上から下までじろじろ見ている。


男はふむ、と顎に手をやると、コホンと咳払いをした。

すると店内の勤め人達がちょっと手を止めて男の様子を伺い始めた。

あ、始まったぞ、という好奇の視線だ。


男はすっと背を伸ばす。

気持ち見下ろすように少し目を伏せて、女性に流すように視線をやった。


「おはようございます、アデリナさん。そんな目で見られると()も流石に勘違いしそうです」


そうして軽く微笑んだ。


「まっ!あ・・・また、クリス。やめなさいっ。それに私にそんな気はありませんっ!」


勢いよく仰け反って顔を赤くするこのアデリナは、商会の主人の片腕でバリバリ仕事に生きる女だ。

しかし、見た目の堅さによらず初心なのだ。

こうして甘めの台詞(せりふ)だけでペースを乱すことができる。


すぐ怒る怖い女だと昔は思っていたが、今の男にはからかいがいのあるひととなっている。


加えて平民で通っているこのドーレス商会で男は趣味(・・)を隠していない。

つまり、男の全力全開のアデリナいじり(即興)はこの商会のひとつの風物詩となっていた。


そしてタラシの貴族になりきってアデリナへのおちょくりを続ける男。

一歩、一歩とじりじりアデリナに近づき、頭ひとつ分ほどの距離で瞳を覗き込んだ。「ウッ」と彼女は硬直している。


実際のタラシ貴族ならとっくに手やら腰やらにボディータッチを始めているところだが、アデリナにそれをやると気を失いかねないので言葉と接近だけに留める。

現にアデリナの顔色は赤から青に変わりつつあった。


「貴女の憂いを湛えた瞳に私が写ると思うだけで胸が高鳴ります。どうぞもっと私を見てくださっても?」


男は胸に手を当てて首をかしげた。


ボロくモサいはずのクリスが、なんだか気品を纏った色気のある貴族に見える。

しかもとっても距離が近い!

アデリナは限界いっぱいだった。


平民クリスは、王都の内側、つまり貴族街にあるドーレス商会の支店に勤めていることになっている。

男は、働いてお金を貯めながら劇団員になるための技を学び、貴族街の支店で貴族の支援者を探している、という店主ファビアンと決めた設定(・・)だ。


学園を支店に置き換えただけで、まあやってることにあまり違いはないと男は思っている。


だから、店の皆は「うお、クリスの演技に磨きが?!(なま)貴族に接してると違うもんだなぁ」と男の演じものを楽しみつつ驚愕していた。


アデリナはカクカクと不自然な動きで辺りに助けを求めた。

そしてクリスの後ろに求める人を見つけ、口をぱくぱくさせている。


「クリス、あまりアデリナをからかわないで。アデリナ、納入にきた商人の出迎えに向かってください。ほら皆も。遅れを出さないように」


男の背後から笑いを噛み殺した顔の細身な男性が、手を伸ばして紙束をアデリナに渡した。


「・・・いってまいりますっ!」


涙目でキッ!と男を睨み付けてアデリナは鼻息荒く店の外に向かった。

店員も手早く業務に戻る。


「ファビアン様、おはようございます」


「困るよ、クリス。アデリナはヘソを曲げると人使いが粗くなるんだ。お前は知っててやってるんだろう?妙に腕も上げているし、本当に困った奴だ」


そういいながらも腕を組んで柔らかく笑う壮年の男性は、このドーレス商会の主、ファビアンだ。

彼は体の線は細いが、親から継いだ小さなドーレス商会を数年で王都で三番目の大店に成長させたやり手だと知られている。

まだ独身かつ優しげな雰囲気で女性に人気だ。


「粗くてもアデリナさんは指示が的確でしょう?仕事がはやく進みますよ」


男は親しげに肩を竦めてみせた。


「お前ねぇ、・・・まあいいさ。ペトラから手紙と荷を預かっているよ。お前から送るものはあるかい?」


男は首を振る。

男は12歳で王都に来た。

家令の妹、ペトラの家に身を寄せて。

ペトラは家令に似て真っ当なひとで、温かく男を迎え入れた。


今はドーレス商会のファビアンが平民クリスの保証人となってくれているが、今もペトラは家令からの手紙やなんかを中継してくれている。

両親への目眩ましの為に。


両親には王都で働いているとは言ってあるが、ドーレス商会に勤めていると教えていない。


もし男が商会と繋がりがあると知られて、妙な話を持ちかけられても困る。

例えば貴族の権威を振りかざして無利子無期限で金の借り入れを要求・・・は、まずやる(・・・・)だろう。


無理だから、といろいろツッコみたいがきっとやる確信が男にはある。


まず長男を平民の中に働きに出した時点で家の権威など無いと気付いていないのがあの親だ。


両親は王都まで男の様子をもちろん見に来ない。

領地で威張りちらし満足していて、王家主宰の催し物すら、金を惜しみそれを遠方を理由にして辞退するくらいだ。

来る手紙といえば金の無心のみ。

逆を言えば金が滞らなければ干渉してこないのだ。


楽なもんだ、と男は口の端を上げる。

あんな親はどうでもいい。

と振り切るように顔を上げて目を合わせてからファビアンに頭を下げる。


あれら(・・・)への送金だけします。荷を送るのはもう少し後になると思います。いつもありがとうございます」


眉を下げてファビアンは笑顔を作る。

男の気持ちを汲んだようだ。


「・・・ペトラに聞いた限りでは、相変わらずのようだね、向こう(・・・)は。お前の賃金からいつもの額をペトラに渡しておくよ」


男が親に送るのは文句を言われない最低ラインの額。

それとは別に、家令宛にペトラを装って()へ送金と荷を送っている。


普段ならもう荷を作っているのだが、本意ではないがバルツァーにかまけていて、弟達に送るものを今日やっと町に見に行けるのだ。


「いい顔をしているね。支店(・・)は楽しい?」


バルツァーの小論文のことを思い浮かべていたら、支店(学園)を楽しいと感じていると思われた。


男は普通に苦々しい顔になった。


「え?あれ、ちがったかな?すまないね」


慌てて謝るファビアンに首を横に振ってみせて、「こ憎たらしい御仁に捕まって充実しておりますし、賑やかなお方に稼がせていただいておりますし、・・・楽しくもあります」と男は頭を掻いて笑った。


それを聞いてファビアンも「お前が言うなら相当だね、その方々に会ってみたいものだ」と笑うのだった。


「では、仕事を始めましょうか」


「はい。前回の手紙から今朝の分まで報告します」


目を細めたファビアンに促され、男は町で仕入れた情報をまとめて彼に伝える。


ドーレス商会は店先に商品を置くだけでなく仲介業も商う。

手広く品を仕入れて各店に卸すのだ。

それにモノをいうのはとにかく情報だ。

そこに目をつけたのが当時13歳の男だった。


天候、状勢、需要・・・男は人の会話から己の知識を組み合わせて、商会に必要な情報をつかむことに長けていた。

いや、商会に自らを売り込むためにそう考える(・・・・・)ようになった(・・・・・・)のだった。


それはファビアンとの契約(・・)につなげるため。







アデリナ「ちょっと強引な貴族男子もいい・・・」

ファビアン「へぇ・・・・」

アデリナ「優男も好きですよ!」


寄り道していました。

良かったらどうぞ。


「お願いって転生じゃないのよ」3話完結済みです。

https://ncode.syosetu.com/n5135el/

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