学園一年目②
短めですがよろしくお願いします。
ここ二週間、くしゃみと鼻のむずむす、鼻水が止まりません。鼻を外して目元まで奥を洗いたいです。
ひとしきり男の頭を荒らしたベルノルトは、すっと身を引くときに男の手から瓶を抜き取った。
「とるに足らないありきたりな物でも、そのものを個別に吟味すると新たな知を見出だせるときがあるのだよ」
男は、遠のくときに陽光をはね返す瓶のきらめきで目をくらませつつベルノルトの言葉を待った。
彼は舞台衣装のようなローブを揺らしながら懐を探り、握りこぶしに隠して出した物を雑多な机に置いた。
と思ったら何も無かった。
「これが、みえるかい?」
何も、見えない。
というか、ないよな。
仕草に興味を引かれて注目していた男はついため息のような声を出してしまった。
それはベルノルトが、置いた何もないところに瓶の中身をぶちまけたから。
期待通りの反応だったようで、ベルノルトはふっふん、とご満悦だ。
「・・・掃除は約束外ですからね」
からかわれたのだと察した男は、半ば照れ隠しににっこり笑って憎まれ口を叩く。
「続きがあるよ、よく見たまえ」
ベルノルトは胸を張りながら浮き昌石の砂山に指を突っ込み探る。
すぐにぴくりと止まった手は、今度はゆっくり引き出てくる。
引き出された手を見て、男は目を瞬いた。
「指が砂まみれ・・・じゃない、砂がくっついているのか」
何に?何も無かったはずだ。
指先に液体をつけた?
いや、そんな量じゃない。
ベルノルトの人差し指に、眼球程の大きさの砂玉が刺さっているようだった。
男が注意してみると、指先に魔力が集められていることがわかった。
男はさらに考える。
浮き昌石の砂は魔力に付いた?
引き合う性質?
それは同じ質がひとつになろうとしているのか、対極が組み合ったのか、それとも全く別の反応が───。
初めて見る現象に引き込まれて、ベルノルトの指先、浮き昌石の細かな欠片を纏った指先を凝視して考察にふける男を、ベルノルトは微笑ましげに見つめた。
男の素の姿を引き出せた達成感に浸る。
ベルノルトが男に目をつけた初日、講義中、男に質問をした。
知識に貪欲な貴族が集まるこの学園では、講義中の指名が喜ばれる。
己が優秀であると周囲に知らしめる貴族の自己顕示欲を満たすからだ。
男にならば簡単に答えられるだろうと思ったら、男は苦笑いで頭を掻いただけだった。
講義のたび数回そんなやり取りののち、ベルノルトは気付いた。
課題の達成度をみるに男はすこぶる優秀だ。
だが、それをひけらかさない。
むしろ他者との接触をさけているフシがある。
男は目立たず在ろうとしている、のだと。
いつも同じ顔を張り付けて、相手の興味に合わせて当たり障りの無い言葉を選んで、埋没するように。
時には落胆させて注目を失わせる。
そうやってあえて記憶に残らないように。
どうしてなのかはまだわからない。
だけれどベルノルトは、そうではない彼を見たい。
だからつい、揺さぶるような行動をしてしまう。
いつの間にか思考を終えて笑顔の仮面に戻ってしまった男の様子を残念に思いながらベルノルトは課題を出した。
「それの使い道を考えてくれたまえ!」
男は一瞬硬直したし顔もひきつったが、なんとか立ち直り「別料金」で「講義課題免除」に「受講期間を過ぎてもよい」条件を取り付けた。
そうでもしないと、ただでさえバルツァー地獄にハマっているから時間が足りなくなる。
ベルノルトが言うには、学園の教師にも研究課題があり、年に一度国に認められる研究成果を出さねばならないそうだ。
彼は今年度の成果は出している。
ただ、今は来年度に向けた研究を定めようとあれやこれや手を出しているのだ。
「手が足りなくてねえ。浮き昌石の新たな特性も良い発見だが、今ひとつ凄味に欠けるだろう?」
今年度達成できなくともいいが、何かモノにできたら給金をはずむよ?と、ベルノルトは口の端を持ち上げた。
「あっ、」
すると気が弛んだのか、指先の玉が崩れた。ぱさぁ、と呆気なく下に落ちる。
「わ、ローブにかかった!」
ロングローブにふんだんに使われた魔石の粒に砂が絡まり、ベルノルトは慌ててばさばさ叩いたり振ったりする。
なかなか砂は落ちない。
長窓から差し込む陽に当たりキラキラふわふわと舞う。
おかげで細かな粒が廻りに飛び散った。
己の調和で整った研究室を荒らされるのを嫌い、ベルノルトは掃除の為でも職員をめったに入れない。
しかし自分で掃除はできない。
机には盛られた砂、床はざりざりとしている。
広いはずの研究室は百を越えた検体に足の踏み場自体少なくなっていた。
ベルノルトもちょっと客観的にマズさが見てとれたようだ。
ちろりと男の様子伺いをしている。
「掃除は別料金ですからね?」
「君は本当に・・・。生まれも育ちも貴族かね?」
「かなりの貧乏貴族ですね。知ってますか?自尊心は腹の足しになりません」
男は涼しい顔で笑っていた。
ベルノルトは学園にほぼ住み込んでいる教師で、身の回りの世話をする侍従や侍女を連れていない変わり者の部類だ。
身の回りの最低限のことを自分でやる分、そういう下々の人間に理解がある。
平民である職員にも学園生と同じように接して、相手が多少気安くても気にしない。
だからつい男も貴族作法を抜かして接してしまう。
その方が好まれそうだという打算に、ほんのわずかな期待。
男は、ベルノルトのヘンテコりんな装いと軽い性格がそう思わせているのだろうと思っている。
「明日は私は講義のない日です。が、1日外出いたしますんで、ちゃっちゃとやってしまいましょう!」
「え、今からかね? ん、わたしも?!」
ぼーっと突っ立っていたベルノルトのロングローブをひっぺがして、代わりに掃除用具入れに仕舞ってあった白い長袖風の貫頭衣を被せた。
頭に布を巻き、口回りも覆う。
実はベルノルトにしょっちゅう話しかけられているせいで彼と懇意だと職員に思われて、相談を受けていたのだ。
研究熱心な教員ほど研究室に職員が入るのを嫌がる。
でも流石に掃除は職員に任せる教員がほとんどなのだが、ベルノルトはそのほとんどに入らない方だった。
貴族のやんごとなき方々が活動される学園の場を過ごしやすく整えるのは職員の重大な務め。
そこに年に数回しか立ち入りを許さないベルノルト。
研究室の中が腐海、いや不快、きたな、ん、心配、そうベルノルトの身が心配なのだ、とだいぶ言葉を迷わせた職員達は男にすがった。
入室の説得をして欲しい、と。
男はあまり彼と言葉が通じ合った記憶がなかったので代替案を出した。
自分のケツを拭わせろ、と。
職員に頼んでおいた掃除道具はちまちま男が持ち込んで、扉つきの棚を一部占領しておいた。
ベルノルトはそれに全く気付いていなかった。
鷹揚な伯爵家次男の彼は物に無頓着な気質だった。
その中からはたきとほうきを出して、片方を握らせる。
そして男は目についた場所からバンバンはたきをかけつつ窓を開けていく。
ベルノルトがなにか喚いているが気にしない。
本当の拒絶ではなく、むしろ喜んでいるのがなんとなく分かるから。
「先生、これも学びですよ」
たくさんの物を見渡して「今日は新しい分類法を試しますから」という男の囁きにベルノルトの瞳がきらりん、と輝く。
彼の知識欲はかなり貪欲だ、と男は笑った。
さて、しっかりと仕込んでいこう。
男はベルノルトをもって最も効率よく稼働させる飴と鞭に思いを馳せる。
ベルノルト「この艶、この輝き!みたまえ、マルド鉱山の石は格別だよ!」
男「こちらに陳列されている品は?」
ベルノルト「これはね、おや、くすんでいるね」(きゅきゅきゅきゅ・・・)
男(陳列棚、コンプリート)