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学園一年目

 時系列でいうと、ひとつ目の小話のあと、になります。

男はガリガリと頭を掻いている。


隠れ部屋の適当な木箱を机に、男はたくさんの紙と向き合っていた。

床に散らばった紙には几帳面な文字がびっしり整然と並んでいる。

それに負けない量で、違う色のインクが行間に走り書きされていた。


それとは別の、角に開けられた穴を糸で括った紙束には乱雑な文字が散っている。

それをぺらり、ぺらりとめくっては止まり、頭を掻き、別の紙束にカリカリと何やら書き足す。

ここ数日の午後、男はそれの繰り返しだ。


「はぁー、混迷期の歴史は複雑だなあ。似たような王ばっかりだし。新国が乱建して潰し合いかよ。まともなのはレーヴェンタールの元、レヴィルの王くらいじゃないか?もいっかい資料見直さないと、訳が分からない。絶対ここバルツァーに突っ込まれる。・・・明日街の図書館にも足を伸ばすか」


世界歴史の教鞭をとるバルツァー卿は、筋金入りだ。

世界で名だたる歴史家であるし、それを学ぶ者にも高い水準を求める。


ただし男からするとバルツァーは粘着系歴史おたくだ。


課題を提出すると必ず呼び出され、ねちねちねちねちねちと・・・いや、懇切威圧的に仔細説明を求められる。


ガンダル国の再建に絡む他国の動きやら、ウー聖国の滅びと宗教勢力についてやら、いち学生に絡まずにおたく仲間同士で舌戦を交わしてほしい。

なぜ男に絡むのか。


男が以前、物置部屋に来たエレオノーラにバルツァー卿の課題についてそれとなく聞いてみると、再提出を三回は求められるが講義終了時に直した小論文を渡すだけでそれ以上の接触はないという。


ちなみに男はひとつの課題で十回はバルツァーの学園内の個室に呼び出される。


「なにが誰にも等しい人格者だ!くっそ、足元みられてるのか・・・覚えてろよ!ツッコミ処の無い大作を出してやる・・・!!」


羽ペンを握りしめて男は背中を震わせる。


男は僻地での平民に近い暮らしと王都での平民に紛れた暮らしが長かったので、気を抜くと言葉が乱れてしまう。

といっても滅多に乱れないが、バルツァーからの十一回目の呼び出しともなれば流石にキレそうだった。


小論文もバルツァーのツッコミに応えるたび嵩を増し、なんて可愛らしい厚みじゃあ無くなっている。


男は自身が多少優秀だとわかっている。

この学園の講義内容が全く苦にならない程度には。

しかし、彼の優秀さをもってしてもバルツァーはどブ厚い壁となり立ち塞がった。


講義をとる前から厄介な御仁だと聞いていたので、最悪、最低評価でもいいから適当に受講の修了認定を貰うつもりだった。


それが気付いたら「負けるかあ!何がなんでもバルツァーから最高評価を!!」と男は意地になっていた。

それこそがバルツァーツボにはまっているとも知らずに。


周期的な流行り病のように、十年に一度ほど、バルツァーと相互執着する学園生がいるという。

教師陣と職員は密かにその者に注目していた。



コン、コン、ココン、コン。


「クレーメンスくぅーん!」


扉をノックする音ののち、間延びした声が聞こえた。


ぴたり、と動きを止めた男は眉間にシワを寄せて口を歪める。

目をつぶりフゥーと口から息を出して肩の力を抜くと、張り付けたような笑顔を顔にのせて返事した。


「開いてますよ、ベルノルト先生」


「やあやあやあ、ご機嫌よう!約束の時間だから来てしまったよ」


扉をばぁん!と豪快に開けて快活に笑うのは魔術理論を担当するベルノルトだ。

彼は色とりどりの小魔石を散りばめた、キラキラ眩しい、引き摺るほど長いロングローブを着ている。

歳は三十代後半、豊かな藍色の髪は緩く波打ち、細く整えた鳥の翼を広げたような形のヒゲがご自慢だ。


「ノルベルト先生。約束は半刻後で、私が(・・)先生の研究室に伺うという話でしたよね?」


「そうだったかね?クリスティアン君。まあ、些末なコトだよ!さあ行こうではないか!」


「嫌です、ノーバート先生」


「なぜだい!?クリフ君!」


「時間破りは約束違反です、ベルノート先生。何度いったらわかりますかね?」


目尻を吊り上げて笑ったまま男はベルノルトを見つめる。


「あっはっは、最初以外わたしの名前を間違えているよ!クラウス君!」


「わざとです。“名前を呼ばない”というもうひとつの約束を守ってくださらないから」


でも私の名前は正答無しですね、と男はニヤリと笑った。


ベルノルトはこの男との掛け合いが好きだった。心底楽しそうに笑う。


「なによりなにより!では君、早く来たまえよ、面白い発見があったのだから」


全く噛み合わないものを感じて、ハァ、と息をついた男は、のったりと散らかった紙を集め始めるのだった。


「ほぅ、ほうほう。これはバルツァー殿の?」


腐っても学園教師であるベルノルトは、上から覗き見ただけで何の講義課題か分かったようだ。


「紙、文字・・・この量か。なるほどねえ、彼の次の肝入り(・・・)は君で間違いなさそうだね」


怪訝に眉を寄せる男に、ベルノルトは人差し指を立てて言い聞かせる。


「バルツァー殿はね、見込み(・・・)のある人間を執拗に試すきらいがある。喜びたまえ!君は選ばれたのだよ!」


バルツァーの絡みに答えを得た男はひきつり笑いで「それ、辞退申しあげることは?」と訊ねた。


心底不思議だと言うように片眉を上げたベルノルトは「知っているだろうに?かの御仁は、退いたとはいえ宰相をされていた程の傑物。もちろん歴史家としての名も最高だ。彼の保証を得るとは、則ち未来の確約だよ?」と立てた指をふりふり前のめりで捲し立てた。


「重・・・いえ、修了認定で十分です」


「ほぅ?つくづく君は面白い男だねえ。無欲もいいが、コネというのはいくつあっても無駄にはなるまいよ。精進して御仁との繋がりを作りたまえ!」


そういってベルノルトはしゃがんで紙を拾う男の頭に手を置いて、髪をかき回した。


男は欲の塊だが、そんな重暑苦しいコネはいらないと思った。

が、すでにそれに準じるコネ、未来の王太子妃とは縁ができていた。


粘っこさの違いだけで似たようなモノか、と

ベルノルトの手をやんわりとのけて集めた紙を木箱に当てて整える。


「支度が整ったのなら行こうとも!」


「いいえ、先生は殊の外魅力がありますから、僅かの間でも私には気後れしてしまいお側にいられません」

 

「?、わたしが魅力的なのは当たり前だよ」


「・・・先生はハデ過ぎ(・・・・)です。目立つの()だから先行ってください」


貴族のクセに婉曲な物言いが伝わらないベルノルトへ真顔で吐き捨てると、男は彼を部屋の外に押し出して扉を閉め、約束通りの時間にベルノルトの研究室へ顔を出したのだった。





ベルノルトの研究室に入ると、壁に大きな布が飾られている。

それには文字を崩した複雑な紋様が円く描かれていた。

魔術式を組み込んだ魔方陣だ。


男はそれを目を細めて懐かしい思いで眺めた。

ベルノルトの講義初日、講堂に飾られていたのだ。


男は街の図書館の本でしか魔方陣をみたことがなかった。

それも初歩の簡単な術式のものだ。


講堂に飾られたベルノルトが作ったというオリジナル術式の魔方陣は、大きくて美しかった。

隙の無い計算式で、複数の命令を反発させずに同居させていた。


だけど男はふと見つけてしまった。

その術式の穴を。


講義開始より早い時間に講堂に着いていた男は、準備をしていたベルノルトの隣で魔方陣を見ていて呟いた。

「足りないな」と。


それを聞いたベルノルトは────。





「これを見たまえ!」


ベルノルトが男の鼻先に差し出したのは、目の荒い粉の入った瓶だった。

記憶の波にゆられていた男は一度目を閉じて頭を落ち着ける。

それからそっと目をひらいて、気をつけて瓶の中を視ると微かに魔素を感じた。


「何をこんなに粉砕したんですか?」


ベルノルトから瓶を受け取り、斜めにするとさらりと粉も傾いた。

細かな粒がきらきらと日光を反射している。


男も一応貴族の端くれなので、平民よりは魔力がある。

魔力をある程度持つひとは、物が持つ魔力の元、魔素を感知することができる。


「ふふ、これはね、浮き昌石だよ!」


男はベルノルトの答えに目を大きくした。

浮き昌石は、この世界のどこにでも浮いている、ごく薄い結晶の板だ。


気づけば大小縦長の透き通った六角形が十数枚密集して、きらきらふわふわと浮いているのだ。


普通に歩いていてぶつかる。

走っていれば口に入る。

子どもが叩き落とす遊びをする。

地面に割れた欠片が落ちている。


小虫や路肩の石と同じくらい身近な存在なのが浮き昌石だ。


「驚いたかね!」


人と違う(あって当たり前の)ものに目を付けられますね、先生は」


ふふん、とベルノルトは鼻を持ち上げる。


「万物はすべからく魔素を含む。その量は物により異なり、同種でも個体差があるのだよ。それを確かに調べた者はいない。つまり、未知!やってみたくなるじゃあないか!」


ベルノルトはこの世の中の物全ての魔素をそれぞれ量り調べよう、と言ったのだ。


「それはまた・・・」


「やりがいがあるねえ!はっはっは!ちなみに浮き昌石は103個目の検体だよ」


男がよくよく研究室を見渡してみると、草木花、野菜、果実、鉱物、何かの液体、と思い付くまま集められたであろう物がそこかしこにあった。


「・・・・」


初日の講義から妙にベルノルトに気に入られて、研究の手伝いをさせられるようになった男は、有償であることといくつかの約束付きで彼の手伝いをのんだ。


それを今確かに後悔した。


ベルノルトは自身が作り上げた完璧な方の(・・・・・)魔方陣に顔を向け、次に瓶を片手に青ざめ笑う男に目をやった。


ベルノルトは毎年、不完全(・・・)な魔方陣を初講義に飾る。

それは彼からの謎かけ。

彼なりの特別を見分ける(ふるい)


それにかかった(・・・・)のは。


「バルツァーではない、わたしが君を見つけた一番(・・)だ」


男は突然、わしわしとベルノルトに頭を撫でられて彼の声は聞こえなかったが、いたずらっ子のように目を輝かせる彼の顔には見覚えがあった。


初講義のとき、男の指摘を受けたときの彼と同じだ、と。

 

 




学生「ごきげんよう、ノルベルト先生」

学生「あ、ノルベルト先生お訊きしたいことが」


ベルノルト「(なんか最近、誤名が定着して・・・)・・・ハッ!?」


 男の仕返しは倍返し。

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