学園四年目④
明けましておめでとうございます。
ラスト平成で持ちきりですね。
使い勝手の良さそうな調度品は、接客に必要なものだけがきちんと要所に置かれ、飾り立てられる訳でもなく心地よく整頓されている。
ここは学園において要人を迎える部屋とは違い、職員の軽い打ち合わせなどに使われる部屋である。
そのソファーに並ぶのは、制服らしき仕事着に身を包んだ三人の男性と一人の女性。
相対する男は着古した貴族服だ。
「まずは自己紹介を。私はエサイアス。国立研究棟で新設された魔石魔術部門を任されています。そして彼らは直轄の職員でイーモとラッセです。もう一人は・・・紹介の必要はなさそうですね」
着席してから口火を切ったのは一番年嵩かつ貫禄のある人物で、研究棟の長だという。
家名をあえて名乗らなかったようだが、それでもその名は有名だった。
「魔術副師長様ですか」
思っていたより高位官職の来訪で、男はやや驚いた。
エサイアスははにかみながら「実際は一職員とあまりかわりありませんよ」と謙遜している。
しかし残る三人が首を激しく横ふりしていた。
エサイアスは、ベルノルト経由で提出された魔石魔術の報告書に目を通すなり動き出した人物のひとりだった。
いち早く実証実験できるように、飛ぶ鳥のごとく関係各所へ根回し&手回ししたのだ。
そして魔術研究棟を実質仕切っている人物である。
・・・魔術師長の方は、最近噂すら全く聞かない。
師長は古来の魔方陣の権威であり、長大な神々への美辞麗句を得意としていた。
だからこれまでは魔術分野でひとかどの人物であったのだ。
国内随一の威力を誇る魔方陣を作ることができる存在だと。
───サイズが大きすぎて実用されたことがないから、理論上は、という但し書きつきで。
しかし男の魔石魔術は、その魔方陣の常識をきれいにひっくり返してしまった。
いまや魔術師長の得意とする巨大魔方陣は『意味なくデカい無駄な物』だとほぼ断定されてしまったのだ。
魔術関連のどこにでも大きな顔をしていたその人は、今は存在を示すのが書類の決裁くらいで、とにかく人目を避けている。
男は曖昧な笑顔でエサイアスに応えると、唯一顔見知りの女性に顔を向けた。
「お久しぶりです。研究棟ではご活躍されているとか」
「いいえ。まだまだ未熟で、職員皆様の肩をお借りしている状態ですわ」
男の軽い世間話に女性、ヴァルブルガはほんの少しうつむき頬を染めた。
横に並ぶ三人がヴァルブルガに柔らかな視線を送っている様子をみると、この女傑は上手く擬態しているらしい。
なぜかというと、その彼らが笑顔で言うには「ヴァルブルガは研究棟初の女性研究員であるが、性格は温和、控えめでいてよく気がつき、知識も確かで即戦力である」のだという。
温和で控え目だとか・・・エレオノーラの前でもそうだったが、そんなのは油断させてじわじわと人心を絡めとり、最後には場を掌握する算段だからだろう、と口元がひきつらない様に苦労しながら男は思う。
男にとってのヴァルブルガはいつかの講堂でのやりとりが本性だと認識しているし、ひとの本質はそうそう変わるものじゃないと思っているからだ。
現に、ヴァルブルガの優しげな目元から時おりチリチリとした視線を感じる。
男には「余計なことを言うな」という釘刺しに思えてならない。
だから相変わらず怖い女だとひっそり苦笑いした。
「それで、今日はどういったご用件ですか」
男は、ぼさついた頭を掻いて、エサイアスを見た。
魔石魔術云々に関しては綿密な取り決めがあり、何かあればベルノルトにまず話が行くようになっている。
男に直接話が来ることはない。
でもヴァルブルガは学園を通して男に会いに来た。
ブルーノの従兄弟クリストファルトではない、しがない貧乏僻地貴族の男に。
しかも研究棟の大御所職員を引き連れて。
男には話がまだ見えてこない。
「それは、私から説明します。単刀直入に言いますと、ベルノルトを止めて頂きたいのです」
格下の下も下、ド下っ端貴族の男にも丁寧な物言いを崩さないエサイアスに驚きながらも、男は目を細めた。
「ベルノルト先生、ですか?」
うのんな顔になっているかもしれないが、向かい合わせたエサイアス以外の三人は苦笑いをしているので、まぁいいだろうと男は取り繕わなかった。
「はは。彼はすこぶる優秀でしてね。学園に籍がなければ研究棟に常駐して欲しいくらいです。しかしながら最近は魔石魔術の新術を開発しようと自発的に研究棟へ来てくれているんですよ。・・・一時は寄り付くどころか避けていたようですが」
男は細めていた目を、するっと窓へ逸らした。
男には覚えがあった。
数年前に、戯れに魔素原論に新たな思考を加えたのは男だ。
そのせいでベルノルトは国に途方もない再検証を提起するはめになったのだ。
その膨大な作業から逃亡を図る彼を何度捕まえたことか。
年々研究員が増員されているため比較的余裕ができたらしく、ベルノルトはようやくお役ご免だと小躍りしていた。
───ベルノルト。
───研究棟。
───増やされた人材。
───新術の開発。
───止めて欲しい事態。
そして、男はふと思い当たってしまった。
「あの人は────まったく、欲求に素直すぎる!歯止めってものがないのか?」
男は本当に小さくぼやいて、手のひらで額をおさえた。
エサイアスは、ぱちり、と瞳をまばたきさせると面白そうに男を見た。
「ヴァルブルガから、貴方とベルノルトが師弟関係であり、また貴方の言うことならば聞くかもと助言を受けてこの場を用意して貰いました。───が、なるほど。なるほど。貴方もとても優秀なようですね」
男は然り気無くヴァルブルガを見た。
「師弟・・・」
学園で目立つことを避ける男は、成績で首位を爆走している事実をいまだに隠し通している。
そして学園職員や幾人かの教師と親しくしていることも。
瞳を見据えて、ヴァルブルガに向けて柔らかく笑みを作り語りかける。
「覚えていますか?学園にいた黒鳥を。あれは耳が良く、森に隠れるのも上手い。姿は見えなくとも木々の合間から聴こえるさえずりに、この地でどんな風景が見えているのかと思わされたものです。(貴女は情報通でしたね。何処まで知り、どの程度喋ったんですか?)」
「あら、詩的で驚きましたわ。貴方は芸術性も兼ね備えていましたのね?・・・卒業後は王都でお勤めを探されるのでしたっけ。教え子が近くで活躍すると、ベルノルト先生はご安心なされるでしょうね。(貴方の趣味をバラされたいの?喋ったのは、ある程度勤勉で、ベルノルト先生に師事する学生ってくらいよ。安心なさい)」
お互いニコニコして話が盛り上がっているようだが、心の声はバシバシ火花がぶつかり合っていた。
そして二人だけならば男は思いっきり舌打ちしていたであろう。
エサイアスは双方を見て「なるほど、なるほど。君たちは良い学友だったようですね」と、納得したように頷きあごを擦ると、おもむろにベルノルトについて詳細を話し始めた。
───ベルノルトは王に認められた魔術師だ。
研究の為という名目があれば研究棟の施設を自由に使える。
しかし、彼は新術を開発するのに棟の部屋へ籠るだけでなく、試運転に魔石魔術開発部門の職員を巻き込んだ。
戻ってくる職員は大抵魔力が空になっており、回復が追い付かず職務が滞る者もいる───。
だいたい予想通りの内容に、男はため息を漏らした。
かつ、職員にベルノルトのもとへ行かないよう命令すれば?という疑問も、付け足されたエサイアスの補足で、口にする前に晴れた。
───職員は休日を利用してベルノルトを訪ねる。
魔術関連の研究棟の職員達にとってベルノルトは天才魔術師で憧れる存在らしく、その彼の創造した術を試されるということは、つまり間近でその技の真髄を見られるチャンス。
だから知識欲溢れる魔術バカが割合高めに集まる研究棟で「ベルノルトのいる試作室に行くな」と禁止しても、右から左。
かといって、ベルノルトは研究結果を出す能力が秀でているので、彼自身を出入り禁止にもできない───。
「こちらの一方的な事情で申し訳ないですが、君に頼んでも良いですか」
眉を下げるエサイアスからは人柄のよさが滲み出ている。
しかしその瞳は、よく窺うと挑戦的というか複雑な何かを湛えていて・・・。
ヴァルブルガでもこのひとを御するのは難しいだろうな、と男は感じた。
「私なりに善処致しますが確約しかねます。なんせベルノルト先生ですから」
魔術棟に苦労をかける原因を作った側である男は、僅かな罪悪感で無意識に視線が下がりそうになるのを堪えて、エサイアスを見続けた。
かつ湧いてきた彼への興味に、男にしては前向きな返事をした。
そしてベルノルトだからという変な理由にも関わらず、その場にいた皆が反論しないところがベルノルトというひとを表している。
「・・・それから、彼が今開発中の術は分かっていません。どうも他言無用を条件に実験の参加を認めているようで、誰一人口を割らないんです」
「先生らしいですね」
出来上がってからド派手にお披露目したいんだろうな、と話の済んだ来客を応接室から見送りながら、男は思うのだった。
またしばらく、深夜の実験室篭りだなぁ。
ベルノルトが作る魔石魔術に見当をつけ、男は頭をぼりぼり掻いた。
しかしその口元は弛み、歩みも軽いのだった。
次話を数日中に投稿・・・する予定です。
趣味をぶつけた話をちまちまと続けています。
ほんわか妖怪話です。
良かったらどうぞ。
「佐藤家の座敷童子?と不可思議なこと」
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