《小話》学園二年目、男の昔話
評価ありがとうございます。
感想は読むと参考になります。
ブックマーク200、嬉しくもびっくりしています。
続く小話とか、本編より多くなりそうとか、いいんでしょうか。
読んでもらえたら幸いです。
*育児放棄の描写がさらっとですがあります。
学園の講義は午前のみで昼からは自由だ。
といっても先の講義に向けた自習か、もしくは貴族なら家の仕事、社交にあてることが多い。
ただ僻地の貧乏貴族である男は学費と仕送りを稼ぐためになにかしら金稼ぎをしている。
男には今12歳の弟がいる。
弟のためにも仕送りを続けなくてはいけない。
男は僻地にいた頃から苦労して金を貯め、18歳で学園に入った。
現当主である父親にはだいぶ渋がられた。
「跡継ぎだから」と王都へ出さず手元に置いておきたがったのだ。
父親は視野の狭いひとだった。
男が少年の頃から稼いだ金を領地のためだと取り上げる。
その癖貴族らしい生活をせねばと服を誂え高い酒を買うのだ。
母親も右に倣えとやたら高い物を好む。
領地に見合わない支出で家計は圧迫されていた。
領民からはもう搾れるギリギリまで徴収している。
領地運営は本当に綱渡りだった。
領民の為と謳うなら氾濫しやすい川を整えるなり、土地に合った少しでも実りのよい作物の苗を買い入れるなりすればいいのに、と少年は思い父親に言ってみた。
だけれど父親は、整備に手間をとられる川には見向きもせず、高く売れるからと流行り野菜を作ることに拘った。
金作りのため領地を駆けずり回る幼い時期当主の健気さに、領民の口は軽くなる。
領主には口が裂けても言えないが、幼子にはまだ意味が解らないだろうと不満を漏らすのだ。
身なりが着古した平民服だし、やせた体。
彼らは少年をどこにでもいる平民の子だと思っていたから。
いや、領主の耳にこそ入って欲しいと、どこかで思っていたのかもしれない。
川が溢れるのは底が浅いからで、整備には何が必要なのか。
領地の地質は水捌けが悪すぎて普通の野菜は育ちにくいから、代わりにどんな野菜がよいのか・・・。
「坊主には、まだ分からんだろうなぁ」
と、必ず前置きして溢していく。
それら全てをキチンと男が呑み込んでいるなんて思いもしないで。
だけど、確かに男にはそれらをどうにかする力も頭も足りなかった。
領主夫妻はあまり子供たちに構わなかった。
いてもいなくても同じ、というくらいには。
衣食住は夫妻二人だけが豪華で、子供たちは質素だった。
質素というか、なにもしない。
放置だ。
辛うじて乳母はつけられたが、賃金を値切り食事も無しで通い勤めを要求したという。
そして兄弟がひとり寝できるようになると当たり前のように解雇した。
兄弟の世話について一切の指示がなく、領主夫妻の目に本当に見えていないような扱い。
見かねた家令や家人たちがお古の服を集めたり自分達の少ない食事を取り分けて与えたりしていた。
熱を出したときの治療費も家人たちが持ち寄った。
それを見ているはずだが何も言わない両親だった。
家人の賃金は家が出しているから、その金で子が育つなら領主夫妻が養育していることになるらしい。
不思議理論だ。
それでいて金のにおいには敏感で、息子が町で農作業や家畜の世話をして小銭を稼いだと知ると浚っていくのだ。
少年はそれでも隠し通せたお金をふたつに分ける。
ひとつは家令達に。
彼ら兄弟にかかる費用は家令や他の家人の持ち出しだ。
乳母だって町で働いた方が余程よい稼ぎになったはず。
もし指示なく兄弟の為に屋敷のお金に手を付ければ、領主夫妻が何をするか分からないから。
そんな理由で皆が泥を飲んだ。
少年は少しでもいいから返したかった。
しかし家令達は受け取ってくれないので、彼らのポケットにこっそり入れて回っていた。
もうひとつは弟に。
ご飯も最小限な兄弟におやつはない。
母親の見栄のお茶会に菓子を用意するのが精一杯で甘味に余分がないのだ。
だからお金が貯まると町で食べられるものを買う。
甘い芋とか果物とか。
弟は栄養が足りていないのか年の割に体が小さかった。
家人も少年もせっせと食べ物を分け与えるが、「そんなに食べられないから、半分こ」と笑ってほとんどを返してしまう。
とにかく苦しく未来の見えない毎日に少年は折れかけていた。
無事成長できたとして、領地を継いでも両親は変わらないだろう。
むしりとれるだけ金を取り上げられて、残るのは何もない少年達だ。
「王都に、行ってみませんか?」
ある日そう声をかけたのは家令だ。
王都には妹家族がいるからと。
家人達で兄弟ふたりを賄うには厳しくなってきて、さらに少年の限界を見てとったこと、それと───。
「貴方には可能性があります」
顔のしわ深く笑う家令は、少年の返事を待たずに領主夫妻の説得を始めた。
「あれは跡継ぎだから領地で育てる」
と、領主夫妻は表面上は貴族らしいことをいいつつ、王都の方が稼げる金額が高いと分かると乗り気になった。
王都行きに付けられた条件は家の名前を名乗らないこと。
貴族なので、平民に混じって出稼ぎなど外聞が悪いからだそうだ。
もう一つは領主夫妻に送金をすること。
戸惑う少年をよそに、家令は了承を得たと準備を始める。
「貴方様は先代様に似ていらっしゃる」
家令達は先代が当主だった頃から屋敷に勤めている。
その頃はこんなに困窮する領地ではなかったという。
先代が亡くなり、息子である現領主が跡を継いでからおかしくなったと。
先代は努力を知り、物をよく識り、適所に活用できるひとだった。
だから、もっと世の中を学んで欲しい。
今より悪くなりはしないから。
そしてまたここに帰っておいで。
そういって家人たちは真新しい衣類を鞄にまとめ、小銭の詰まった布袋を少年に握らせた。
弟の「いってらっしゃい」と笑う顔を見ても、まだ少年は頭がついてこない。
道順を何度も言い含められて気づいたら王都行きの馬車に乗っていた、その日は少年の12歳の誕生日。
ぱちぱちぱちぱち・・・
物置部屋にひとりの拍手が響く。
目に涙を浮かべてエレオノーラが男に賛辞を送る。
男は上がった息を落ち着けながら腹に片手を添えてお辞儀した。
エレオノーラがお姫様と認知されてから、学園生活も二年目になろうとしていた。
今は彼女も周囲も落ち着き、友と呼べる仲間もできたようだ。
もう隠れ部屋への来訪も月に一度あるかないかだ。
「今日も、素晴らしかったです!氷と水の女神の物語は本で読んでも叙情的ですが、演じられた物は別格だと思いましたっ」
普段は余り語らないエレオノーラが熱弁を振るうのをなんだかおかしく思いながら、男は頭を掻いて眺める。
もしかして女神の伝説が好きなのだろうか、次も伝説を題材にした劇をしようか───。
「あの、その、・・・これをっ!」
エレオノーラは手触りのよい布にまるく包んでリボンで結んだ、手のひらにのる大きさの物を差し出している。
「お菓子、なのですが・・・。あのっ、友人が気に入った劇場の役者には、差し入れをするのだと教えてくださいまして、それで」
頬を赤くして、手が震えている。
差し入れは花か貴金属。
傷むと勿体ない食べ物は余り渡されない。
エレオノーラの可愛らしい未熟さに普段なら笑いがこぼれるところだが、今日はそうならなかった。
差し出される姿がダブつく。
これは誰だと、男はくらりと目眩がした。
嬉しそうに微笑むエレオノーラに、ふいに皆が重なった。
皆が笑っていて。
皆が送り出してくれた。
では、私は、なにをやろうと考えている?
家令、料理人、庭師、侍女、乳母・・・弟。
皆を。
皆を。
「───いりません。私は、何もいらない」
言ってしまった後、はっと口を押さえてエレオノーラを見た。
目を見開いて青ざめた顔。
男はしまったと思った。
最近仕送りをしたところだったからか、妙に昔が思い出されて。
この少女に当たるようなことを。
男は慌てて笑顔を被り、軽妙に明るく声を作る。
でも、とっさに口から出たのは言うつもりの無かった台詞たち。
「私の目標は、学園で勉学に従順なフリをして家をダマくらかし、卒業後は貴族籍を抜け民に降りて演劇三昧!」
道化師のように体を揺らす。
面白おかしく。
自分は逃げ出したいのだ、現状から。
誤魔化せますように、通じますように。
言ってはならないのに、聞いて欲しい。
相反する思いに目をつぶりたい、口を閉ざしたい。
歪みそうになる表情筋を叱咤する。
「家を、昔を捨てる私に、今、何ももらうものはございません!ただし、ただの演じる男になりました暁には、是非とも厚いご贔屓を」
かくん、と首を横に倒して片目を閉じた。
「それが、貴方の目標?」
エレオノーラは思ったより低い声が出たことに自身が驚いた。
男は茶化していたが、本当に考えているのだと察してしまったからだろうか。
「ええ、そうですとも」
男が珍しく真顔になったから、はぐらかされないと思い、エレオノーラは問いを重ねる。
「貴族の義務を果たす前に捨てると?」
「私にはできかねる務めです。土台を整えて、弟に譲り、去ることが私の精一杯です」
「・・・・・」
ぱりぱりぱり、とエレオノーラは扇を開いて口を隠し、目を伏せる。
エレオノーラは上に立つ者の責任をこれでもかと叩き込まれて育ってきた。
だから、男の言うことは難しく、分からない思考だ。
言葉だけとるなら馬鹿な事だと説く話だが、それはそれで無責任だ。
そう簡単に断じるほど男の生歴を知らないのだから。
それに男の揺れる瞳をみると・・・。
「─────わたくしは貴方が貴族を辞めなければならない自体に陥っても、何もいたしません」
エレオノーラは、自分からは公爵家を動かさない、と断言したのだ。
目を見開いた男をみて、してやったりとエレオノーラは扇の下で笑う。
いつもは逆だから。
男は責められたり失望されたりすると思っていたのだろう。
目を白黒させているのがおもしろい、と少女は内心にまつく。
「ですが国に害が出ると判断した時点で止めます。ですから、そうならないようにしてくださいませ」
扇を閉じて、男の目を真っ直ぐ見つめ颯然と言い切った。
「き肝に銘じて!」
迫力に圧されて滅多になく噛んだ男は、ついで笑った。
「凛々しさが板についてきましたねえ」
「おかげさまで」
そうしてふたりは笑い合う。
「わたくしは、役者の貴方に差し上げたいのです。貰ってくださいませ」
今度は男も受け取った。
目元を赤くして、ほんの少し口の両端を上げて。
とても壊れやすいものを扱うように両手のひらを合わせた上に、恭しく包みを預かる。
「なんだか感無量です」
はにかむ男を見て、エレオノーラもなんだか恥ずかしくなった。
そして差し入れというものは、与えるまでこんなにも難易度が高く、複雑な感情が渦巻き混雑するものか、と。
それっきりエレオノーラからの差し入れがされなくなったことを、男はちょっとさみしく思ったとか思わなかったとか。
グンター「お前はヒモか?」
男「もらえるものはもらう!勿体ないだろ」