学園三年目終わり
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四月からはかなり不定期な更新となります。
申し訳ありませんが、宜しくお願いします。
15日にR15タグを付け足しました。
コリンナはこの一年で世界が激変した。
田舎の男爵令嬢が社交界の注目を集めたのだ。
初めは第一王子のとても親しい友人と言われ、その距離の近さを噂されるだけだった。
それが今年度、王子とコリンナの親密な仲を知っていて静観するエレオノーラの態度から、周囲は婚約者が二人を公認したと認識した。
ただあくまでも周囲は公爵令嬢のエレオノーラが正式な婚約者で、男爵令嬢のコリンナは日陰の存在だろうとみている。
なぜかというと、レーヴェンタールに則妃という身分は無いからだ。
あるとすれば王と王妃共通の親しいご友人という扱いの愛人だ。
まあ、コリンナはゆくゆくは王子のソレというのが通説なのだ。
しかし長い目で見て、王子アードルフが立太子してその後無事王となれば、愛人の地位も馬鹿にはできない。
少なくない金の流れがそこにできるのだから。
そこに目を付けた輩がコリンナに次々と接触を図った。
彼らはコリンナに媚び、物品を貢ぐ。
それらは全て王子への仲介を求めるために。
そしてコリンナは彼らの甘言を純粋に真に受けた。
賢く美しい。
見る目がおありになる。
高価で良い物がお似合いになる。
輝く宝石に相応しい。
可憐なドレスに相応しい。
────貴女の方が、殿下に相応しい。
コリンナの身なりは整えられ、毎日美辞麗句を浴びるようになった。
王子アードルフからは甘い言葉を掛けられ、講義以外の自由になる時間を共に過ごしている。
それ以外の時間は、彼の取り巻き達と。
現宰相、騎士団長、筆頭魔術士などの子息達はコリンナが微笑み、時に悲し気にすれば、大抵の望みを叶えてくれた。
「私は、望まれているのね」
コリンナは有頂天だった。
何もかも最高で、素敵。
望んでも望まなくとも思った通りになる日々。
これからも、ずっと。
私がここで一番だ。
「コリンナ様、お話があります」
そんな彼女を引きずり落とそうとする女が。
学園の食堂に向かう廊下はひとつ。
そこで待ち構えていたのは、エレオノーラ。
王子の婚約者。
コリンナは大きく潤んだ青い瞳を誰にも見られない一瞬だけ歪ませた。
すぐに可愛らしく笑み、そして眉を下げ困ったように手をお腹の前に合わせる。
コリンナのお友達は、面白そうにまばたきしていた。
エレオノーラの周りには落ち着いた雰囲気の女性達がいて、一時噂になった男性二人は居なかった。
「コリンナ様・・・と、お友達の皆様もいらして。場所を変えましょう。四阿で軽食を用意させています」
キツいつり目で冷ややかな、極淡い青の瞳がコリンナを射ぬく。
「まあ、なんだか怖いわ・・・」
怯えたように顔を伏せてこっそり辺りを窺うと、廊下の向こうから慌ただしい一団が近寄ってくるようだ。
コリンナは心細い顔で内心にんまり笑った。
まずたどり着いた数人の男性は王子の友人達、つまりいつもの取り巻き連中。
鋭い目をエレオノーラに向けて、コリンナを守るべく取り囲んだ。
「コリンナ・・・!」
「あっ、アードルフ様」
後ろから足早に近寄り、コリンナを庇うように腕を引き寄せたアードルフに周囲は驚愕する。
エレオノーラも目を見開いていて、コリンナは胸のすく思いがした。
そのままコリンナはアードルフに身を寄せる。
「アードルフ様、エレオノーラ様にお話がしたいと誘われたんです」
「話? 何の話だ?私にも聞かせろ」
エレオノーラは難しい顔で頬に手を当てた。
穏便にしたくてコリンナがひとりになる時を狙っても、彼女は大抵ひとをたくさん引き連れている。
それに学園の外や寮まで追い掛けて行けない。
だけど今は珍しく彼女と友人達だけだったので声を掛けたらもうアードルフらが来てしまった。
全く、うまくいかない・・・。
エレオノーラはため息を噛み殺す。
「・・・ここではなく、静かな場所で、」
「つまり、彼女に対して、皆に聞かせられないような話をするつもりだったのか?」
アードルフの追及にエレオノーラはなんとも言えない表情を見せている。
その通りだったからだ。
でも馬鹿正直にはいと言える訳もなく。
「騒がしくない場所を、好んでますの。どうぞ殿下もご一緒して・・・」
絶対に周りには聞かれない方がよい、せめて人払いを。
アードルフに伝わってほしくて懇願するようにエレオノーラは眉をしかめさせる。
「そう睨むな。場所を気にするとは繊細なことだ。ここで話してみろ」
エレオノーラは唇を噛んだあと「・・・そうですか」と開いた扇で落胆を隠す。
王族の言葉は学園でも無視できない。
ひとの目が集まってしまった今は特に、言い逃れも許して貰えそうになかった。
小さな出来事だと思われますようにと無茶な期待をこめてさらっと簡潔にぼやかして述べた。
学園の規律に障る事案がコリンナ達にあること。
それは課題に関わることで、今年度から始まりまだ続けられていること。
該当講義に提出された課題は抹消されること。
いくつかは課題の再提出をしなければ、何らかの処罰が下るか学園から追放処分される恐れがあること・・・。
アードルフは至極普通の表情でエレオノーラの話を聞いていた。
年度末に近付きつつある現在、コリンナ達の課題写しは被害者以外に知られていない。
被害を訴えたくともコリンナの背後にいる王子と王子の取り巻き達が怖くてできなかったのだ。
せめて「コリンナ達の誘いには乗るな」と次の被害に遭いそうな者達に忠告するので精一杯。
それは、要は低位貴族の慎ましやかな令嬢達にだけ、そっと囁かれた。
そして、エレオノーラと友好を深めていた低位貴族のディアナにも。
エレオノーラはディアナから相談を受け、半信半疑で確認に奔走した。
結果は、限りなく黒だった。
エレオノーラは何日も悩んでから、教師陣と交渉に入る。
そして被害に遭った令嬢達を説得し、写し取られた課題の評価は保証する代わり加害者へ何も求めないことを約束させた。
そうしないとコリンナ達の取り巻きが多すぎて、被害者を護れそうになかったからだ。
これは周りには悟られないよう裏で決着を付けるやり方で、最も安全だが、正しくはない。
高度な努力の証を一時でも奪われたのに謝罪ひとつすら被害者に返せないのだ。
エレオノーラは己の力の無さが悔しかった。
そんな一切をおくびにも出さずエレオノーラはぱちんと扇を閉じた。
「・・・それだけですわ。分かりまして?」
アードルフに伝わっただろうか?
ひとを排して欲しかった理由を。
エレオノーラは平常心で頭を傾げた。
ばくばくする心臓がうるさい。
今からでも遅くはない。
「それだけか、なら行くぞ」といつものように素っ気なく御一行を連れていってくれたら、周囲は「王子が言う通り大した話ではなかった」と錯覚してくれる。
しかしそうはいかなかった。
「分かったが、なぜそれをいち学園生のお前が言う?コリンナの正当な提出物にただ難癖を付けたいだけの越権行為ではないのか」
アードルフからは真逆の非難が飛んできた。
「耳が不良品だから愚か者なのかしらね」
エレオノーラのそばにいた黒髪のお姉様の黒い呟きは幸い、とても小さかった。
実際は、エレオノーラが間に入ったからこれで済んだのだ。
教師陣に交渉を持ち掛けてわかったのだが、学園側にコリンナ達の行為は筒抜けだったのだから。
もし彼女達が年度末まで課題の盗作を続けていたら、大々的に学園から罪を公表されていただろう。
そうなっていたらコリンナ達令嬢は被害者もろとも社交界から弾き出される。
大恥さらし、及び貴族不適格として。
それはエレオノーラが一番避けたい結末だった。
一方きちんと話を理解したご友人の令嬢達は大事だと血の気が引いている。
「ま、まぁ!私達、エレオノーラ様のように優秀ではないからおかしな失敗をしてしまったようですわね・・・コリンナ様、難しいけれど、頑張って課題をやり直しましょう!」
エレオノーラとアードルフから皆の注目を逸らすように令嬢達はコリンナの腕を引き、引きつりながらも明るく振る舞う。
うまい言い方だった。
小さなミスが学園規定に引っ掛かったから直すのだ、とそんな風に受け取れる。
現に聴衆は「なんだ、そんなことか」と興味を削がれた顔をしていた。
少なくとも彼女のお友達には伝わったようだという安堵で、エレオノーラの強張っていた口元が少し緩まった。
しかしそこを斜め上に引き上げるのがアードルフだった。
「コリンナは努力家だな。そうだ、ならばエレオノーラ、お前が教えてやれ」
「え?」
「えぇ?」
いまいち理解できておらず不服そうなコリンナと、思わぬ“命令”に虚をつかれたエレオノーラの声が重なった。
「お前なら教えられるだろう?」
アードルフの爽やかな笑顔にエレオノーラは必死に裏の意図を探る。
そして思い至ったことを確かめるように「それは・・・宜しいのですか?」と驚きながらアードルフの了解を求めた。
「構わん。仲良くやってくれ」
エレオノーラは瞳を大きくするも、厳かに「承りました」とゆったり優雅に礼をとった。
学園を誇る模範生ならば勉強を教えるくらい容易いだろう、コリンナと私の寵を競い合うことなく仲良くして欲しい・・・というのがアードルフの心の声。
王族教育を施されているわたくしならでは、つまり、ゆくゆくは王の『親しいご友人』となるコリンナ様が恥をかかないように王族の知識を伝授しなさいということですね・・・というのがエレオノーラの至った思考。
交わりそうで遠い二人だった。
「あんまりです、アードルフ様!」
涙目で唇を尖らせ、内心は真っ平ごめんだと激しく怒りながらコリンナはアードルフを見上げた。
「拗ねたコリンナも可愛らしいな」
取り巻き共々、ちょっとだらしなく顔を崩してコリンナを愛でて、笑いながらアードルフ御一行は去っていった。
「とても、とても大変でしたわ。肝心なときに不在だなんて、まさか役立たずですか貴方達」
使われなかった四阿の軽食を摘まもうとするクリストファルトの手をその辺に落ちていた小枝で叩くのは黒髪のお姉様。
暗雲を背負った空気と反らされた顎がめちゃくちゃ怖い。
護衛らしく仁王立ちのブルーノは顔色悪く目を泳がせている。
「美しい出会いがありまして」
と悪びれずお姉様に微笑み、反対の手でパンを手にしたクリストファルトは二つ三つと立て続けに掴みブルーノへ放った。
反射でそれを全て空中捕獲したブルーノは「クリストファルト!はしたないぞ?! ん?いや、空気を読め!?」と首を傾げながらたしなめた。
「あはは!上手い上手い! おっと、エレオノーラ様、そんな萎れた顔は捨て去って!大丈夫ですよ、そんな悪くない展開です。気にせず今は目の前の美味を楽しみましょう!」
しかし試験を控えた時期にアードルフからコリンナの尻拭いと教育まで任されたエレオノーラは、四阿の机に伏せるすれすれで踏みとどまっていた。
微笑んではいるが瞳が暗い。
「面白いものを手に入れましたから、皆さんお腹を満たしたら試してみましょう!」
うきうきと花を飛ばさんばかりに浮かれて片目を閉じてみせるクリストファルトに興味を引かれて、気持ちが地の底に落ちていたエレオノーラとお姉様達は目を見合わせた。
各々食べたいものを摘まんで小腹を埋めると、クリストファルトの指示で四阿の外、中庭の芝生に並ばされた。
エレオノーラを中心にお姉様が囲み、両端はクリストファルトとブルーノ。
晴れた日の午後。
年度末近くなので季節的に咲いている花は少ない。
肌寒くなってきた日々に久しぶりに浴びる日光は暖かかった。
前を向いて動くなとクリストファルトに言われて、皆は目の前の四阿を眺めていた。
机にはコロンとしたものや食器、茶器が並べられている。
色づいた果物が小皿にもりもりと盛られ、こぼれ落ちそうになっていた。
パンの籠だけ空なのは男性ふたりによるものだ。
そんな観察をしながらエレオノーラは「まるで肖像画を描かれるときみたい」とぼんやり考えていた。
「はいっ!笑って!」
かけ声とパンッ、という拍手に体が反応しエレオノーラが微笑むと「音声認識!『保存』!!」とクリストファルトが叫んだ。
パシュンッ!
四阿の机から弾けるように蒼白い光の粉が舞った。
「何ですか?!」
お姉様達はエレオノーラを庇うように前に出た。
その光が魔力の残照のようだとしかエレオノーラには分からない。
「大丈夫ですよ、あれがクリストファルトの言っていた『面白いもの』です」
ブルーノは平然と腕を組んで立っていた。
彼はクリストファルトから説明を受けていたらしい。
でなければ一番に危険を察知して突撃し、机をひっくり返すくらいはしていただろう。
当のクリストファルトはいそいそと四阿の机に駆け寄り、残照の原因を拾い上げて、また別の同じ物を置いて駆け戻ってきた。
にこにこご機嫌そうだ。
彼はエレオノーラの前に跪くと両手のひらを合わせ差し出した。
「エレオノーラ様に捧げます。貴女を想う、学友との思い出に」
彼の手にのせられていたのは、彼女の瞳と同じ色の丸い石。
ちょうど握り込めるほどの大きさの魔石だった。
氷のようなそれはまだ微かに光の粒を纏わせていた。
「貴女の魔力を登録します。握りしめて」
言われるままエレオノーラは受け取り、握り込んだ。
手のひらがほんのり暖まり、次にその熱が吸い込まれるように消えていく。
ひんやりとした石の感触があった。
「できましたね。これの鍵は魔力です。出したいときは握ってほんの少し・・・あぁ、そうです。上手ですね」
無意識に魔力を込めていたらしいエレオノーラは仰天した。
彼女の目の前、握った魔石の上空に小さな自分達が浮き上がったのだから。
「!?」
「まあ、素晴らしい・・・!」
横から見ていた黒髪のお姉様が、小さくても姫の細部違わない麗しさを留めたソレに頬を染めた。
「ここだけの秘密ですが、指定した範囲の一瞬を記録する石です!皆さんの分ありますから、さっきの手順で繰り返しますよ!」
もう、食事前と正反対の、歓喜に満ちた空気に包まれていた。
四阿で明るく朗らかにエレオノーラを囲み、己の石に保存されたものを見せ合っている。
男は向かいの席でそれを眺めていた。
「ありがとう、クリストファルト様」
目を赤くした黒髪のお姉様が男の隣に立った。
空気を変えたことか、修了間近なお姉様方への魔石魔法の贈り物か。
「いつかみたいに呼び捨てでも構いませんよ?」
ふふっ、と彼女は口の端を曲げて自嘲した。
「あの時は申し訳なかったわ。本当に味方なのか見極めるためにも、貴方の上位にいると思わせたかったの」
「実際恐ろしいひとだと思いましたよ。・・・国立研究棟に内定されたそうですね、おめでとうございます」
「それも、貴方にありがとうと言うべきね。魔石魔法のお陰で新規雇用枠が広げられたのよ」
それはそれは、と男は苦笑いした。
「────私は、護れたかしら?」
彼女の視線の先には、あと残り僅かな触れ合いを噛み締める学友と、彼女達を慕い嬉しさを我慢しきれず笑うエレオノーラがいた。
「十二分に。
というかこれからだって。お願いしますよ、ヴァルブルガ様?」
不遜に笑う男に、黒髪のお姉様ヴァルブルガは妖艶に微笑み返す。
「・・・そうね、そうだわ。
こちらを頼みましたよ、クリストファルト。向こうは私が、ね」
綻ぶ笑顔のエレオノーラに手招きされて、ヴァルブルガは男から離れた。
「恐いなぁ、ほんと。姫の周りは振り切れたひとばっかり。皆ほどほどでいいから」
クリストファルトの顔を張り付けて、男はぼやくのだった。
ブルーノ「あんな合図だとか言ってなかっただろッ!?」
男「いい顔が撮れました(にやにや)」
エレオノーラ「ふふっ、いい絵ですね(ブルーノがびっくりしたネコみたい)」
男「ほら、ね?(喜んでるし?)」
ブルーノ「・・・うむ」




