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学園二年目⑥

おはようございます。

寝ぼすけなのか薬の副作用なのかひたすら眠いです。

宜しくお願いします。

「戦場に、行く?・・・ベルノルト先生が?!」


男はどうがんばっても、戦地で太陽光をローブにビカビカと反射させた彼が「我、ベルノルト・プロッツェなり!」などと腰に手をあて朗々と笑う姿しか浮かばなかった。


そして敵味方見境無く魔方陣を発動させ「おやあ、おかしいなあー。方向が定まらなかったねえ、総員避けたまえ~!火の大雨が降るぞお」と大真面目にのたまうのだ。


余計な被害がでるのではないか、と思わず軍部の心配をしてしまう。


「・・・私を過小にみているようだね」


真顔で己を見てくる男に、ベルノルトは頬をひきつらせる。

彼は肘置きに置いていた両腕に力を込めてよいしょ、と立ち上がった。

つかつか男に歩み寄るとティーポットを台車に置かせた。


「だからね、まえにも言ったがね、」


ぎゅ、と彼は男の両手を掴む。

男が疑問符を浮かべると同時に彼は何気ない小さな動作で片足を男の膝裏へかけ引いた。

とさっ、と呆気なく男は絨毯に尻をついた。


男に全く痛みはなく、ベルノルトにかなり力加減されたのだと分かった。

それにとても自然な動きだったのは何度も鍛練し身に付けたものだからとも。


「無警戒の止まってる相手にだったら簡単だよ?・・・魔術部隊は接近戦に対応できる技術だって必要だ。武闘派には到底及ばないけれどある程度時間稼ぎはできる。昔散々訓練したもんだ。あのね、私は魔術を扱うどこの部隊にも適した能力をもっていたんだよ。自慢じゃないが将来を嘱望されていたんだ。この若さで教職なんておかしいと思わなかったかい? 許された条件がソレ(誓約)だったんだよ」


男は手を引かれ立ち上がる。

確かにベルノルトは三十代前半。

他の教師陣より二十は若い。


「有事の際の兵力要員ですか」


男は言葉少なく口を引き結ぶ。

頭では分かっているのだ。

もしベルノルトと同じ立場なら、男だって誓約を結んだだろう。

しかし戦争が起きる所とは多かれ少なかれ命が散る場所なのだ。


「私の持つ戦闘・防御魔方陣と魔力は魅力だからね。鈍った身体に訓練したり他の魔術兵との連携を確認したりするのに時間はいるけれど、まあまず呼ばれるだろうね。遠距離も得意だから最悪常に最後方にいて魔方陣を展開させてるだけでもいいし」


ベルノルトは言い聞かせるように男の頭を撫でた。


「国を、民を守る栄誉を得ることは喜ばしいことだ。私はそれにちょっとだけ研究欲が勝ってね。やりたい研究ができる環境ってここ(学園)だけだったんだよ。あ、あと有益な研究結果を出し続けるっていう条件も守ってるよ」


魔術具も作ったりするしね!とベルノルトは腰に手をあてふんぞりかえった。


ちろりとベルノルトが男をみると、まだ複雑な表情をしていて、彼はにっこり笑う。


「ねえ、この国はいつから戦争をしていないと思う?今世の陛下だって近隣諸国と友好政策を採られるお方だ。だけど国防のために備えを作っておくのは別の話。この紙(誓約書)はお守りのひとつだよ、皆のね」


「・・・はい」


ここ百年は世界的にみても小競り合い程度で、大々的な争いは起きていない。

それだから安心だともいえない。

各国それぞれ思惑を抱えているのだから。


男は、己の手の届かない場所で事態が動き、止めようのないことが起きるのが恐ろしかった。

せめて、この研究ボケした中年が駆り出される情勢にならないことを願うばかり。


くしゃくしゃ、と男の頭をかき回して、ふぅ!と満足気な息をついたベルノルトは、次に唇を尖らせて半目になった。


「にしてもね、君ぃ!これも前に散々言ったがね、体術が全くからっきしだね!護身術もしくは剣術といったら、一般貴族男子ならば(たしな)みのひとつだよ。つまりあんな足払いくらい普通に避けられる程度には!」


「貧乏に常識は通じません」


即答する男に、ベルノルトは眉をつり上げる。


「いやいやはやはや!前のアレ(・・・・)だってね、酷すぎだよ!?あんな殺気駄々漏れの打撃くらいは避けられないと・・・」


前のアレとは駄犬ブルーノのことだ。

男はあの時の痛みを思い出し、渋い顔をした。


それをベルノルトは男の不服の証ととったらしい。

上げた眉をふにゃっと下げて「いつでも私が君を助けられるとは限らないんだよ。アレだって命を失っていたかもしれない・・・」と消え入るように口をもごつかせた。


男は気絶していて全く覚えていないが、暴挙に出たブルーノをまず止めたのがベルノルトだという。

流麗な動きで驚いたとエレオノーラも言っていた。

彼が取り押さえた直後にエレオノーラ見守り隊が躍り出てきて、倒れた男を運んだりブルーノを拘束したりしたらしい。

見守り隊によると、ベルノルトもエレオノーラも頭から血を流し動かない男を、座り込んで呆然と見ていたという。


二人には相当な心配を掛けたのだと男は判っているのだ。

しかし身を守る術をどこで身に付けるかが問題で。


男は知識ばかり詰め込んできていて、運動はさっぱりだ。

できるのかどうかも分からない。

というか、この歳まで全くしたことがないものが身に付くのか疑問だった。


学園の武術系は技術が高過ぎて初心者には無理だ。

そして個人的に教師を雇う余裕はない。


だから「・・・善処します」といつも後ろ向きな返事になってしまうのだ。





男にしてはマシな服に身を包み、軽く髪を後ろに撫で付けた状態で、平民街をうろつく。


街で情報収集を済ませたらドーレス商会に行くから念のためだ。

なんの念って、アデリナ対策だ。

素のまんま行ったらまた裸に剥かれてしまうかもだからだ。


「・・・・クリス、いやなんでもないよ」


「・・・あー、クリス、がんばんなよ」


「・・・バニナ汁、飲みな。・・・いや、いいんだ何も言うな」


「ひゃっ!クリス?!あんたなんて格好してんの!!」


パン屋に金物屋に果物屋、まわる先々で気の毒な労りを受け、最後飛び上がったのは果物屋の娘イルザだ。


「俺の持ってるなかでマシなやつ」


「マシって言わないよ!奇抜っていうの、それは!!縦じまに横じまとか何処の民族よ!ほんっっとよく無事で貴族街と行き来できるね」


平民街に溶け込めるように平民服を買うものの、値段で決めるから上下合わせに失敗したようだ。


「まずいかな」


「アデリナさん・・・まずいわ」


冷や汗を流す男にイルザも顔色を悪くする。

イルザの果物屋も少なからずドーレス商会と商いをしている。


アデリナは身嗜みに敏感(・・)なのだ。

彼女の逆鱗に触れると周囲はお仕事三昧な日々(鬱憤ばらし)になる。

それは取引先にまで及んでいた。

イルザは最悪だった時を頭を振って掻き消した。


「きょ、今日はうちの父さんの貸したげるわ」


慌ててイルザが用意してくれた服はだいぶサイズが大きかった。

下は腰ひもを絞ってなんとか。

上は縦じまの上から模様を見せるように着崩すというイルザの技で、そういう(・・・・)服のように見えた。


「おぉ!」


店舗奥の居住スペースで姿見をかりて、男は感心していた。


「クリスはなんでも器用だけど、たまに壊滅的(・・・)よね」


イルザは横じまのズボンを広げてしみじみ呟いた。

男の服は同じタイプを三着、洗って着回すのみなので、アレンジだとかあるものを組み合わせるとかに弱かった。


「安さもいいけど、上下合わせておかしくないやつを一緒に買いなよ!・・・ファビアン様と貴族様によく会うんでしょ?服の合わせ方も見倣ってさ。色とか柄とか」


「おぉ!」


男は彼らの仕種ばっかり見ていたので、服の合わせ方を見るというイルザの指摘に感嘆した。


「びっくりするとこ?」


イルザはキョトンとしたものの弾けるように笑い、「お礼は・・・リボンでいいよ!お花の形のやつ!今流行ってるの」と可愛い舌をペロッと見せた。





「・・・商店に勤める服としてはどうかと思いますが、まあ良いでしょう」


入店時のアデリナチェックを済ませて、男も店の者も胸を撫で下ろした。

ドーレス商会で一番怖いのは誰なのか皆の身に染みていた。


「クリス、送り出す便が丁度あるけれど、荷物はあるかい?」


ファビアンが奥の部屋から頭だけ覗かせている。

彼は男の領地方面に向かう荷馬車がある時、ついでに男の仕送り品も乗せてくれるのだ。


「あ、あります。ありがとうございます。木箱に詰めて持っていきますね」


男は来る途中で集めた日持ちする食料や日用品を背負い袋から木箱に移し、家令宛にする。


今回は『大丈夫、心配いらない』という一言と、ひとつ頼みを書いた手紙を添えた。

家令は首を捻るだろうが、抱え込まずに当てにしてほしいと男は思う。


店の奥に運ぶと、着いた荷馬車からおろした荷物でいっぱいだった。


蓋の空いた木箱にはランタンのようなものが入っていた。


ファビアンはその品質を確認しているようで、真剣な顔で部品を取り外したり逆さにしたりしている。


「へえ、『灯り』の魔術具ですか」


「ウチが販売一番乗りだろうね。貴族様に売りまくりましょう」


年の始めに王城でお披露目された『灯り』は許可を得た限られた技師が製作をしている。

ファビアンは男から得た情報を使い随分以前から交渉をし、販売権を得たのだ。


「合わせて魔石の取り扱い量も増やすんでしたよね」


「お前の言ってた通りにね。抱き合わせで薬水も仕入れることになったけど、元から売れるものだから構わないでしょう?」


薬水は魔力の染みた水。

ただの井戸水より薬草の粉末が溶かしやすいことから薬水と呼ばれている。

平民貴族関係なく薬を飲みやすくする品として日常的に使われている。


「えぇ、上手く仕入れされましたね」


男は薬水の入った瓶を手に取った。

淡い青色だ。


「・・・魔石と薬水、少し頂いてもいいですか?」


「お勉強につかうのでしょう?どうぞ」


男の気になる物があると気が済むまで調べる癖は昔からなので、ファビアンは気にも留めない。

気前よく小さな木箱に詰めて寄越した。


「これから魔石の流通も増えますね。やっぱり直接手に入るようにしときますか」


箱を渡した際に動きを止め、ファビアンが確認するように男を見つめた。


「狩人を抱えるんですか?」


「魔石を体内に持つ魔獣を狩れるのは彼らだけですからね」


魔石は獣より狂暴で体も大きな魔獣と呼ばれる生き物の体内にある。

また魔獣は特定の場所に現れる。

王都東にある森はそのひとつ。

その森を整えるため、森から魔獣が出ないよう狩るのが狩人だ。


男はあごに指をかけ思案する。


「ちょっと時間をください。考えてみます」








薬を飲み終わります。

ふわふわと世界が傾いて感じるのもおさらば!

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