学園二年目⑤
話が思うように詰め込めない。
おはようございます。
咳がでます。
宜しくお願いします。
1/23 流行り病にかかり候。更新が滞り候。しばし後免。
「今日やった『灯り』と『木陰』の魔方陣を応用して『点滅』の魔方陣を描く。それを課題としよう。魔紙は一人五枚用意したけれど、失敗していても期日には五枚とも出すんだよ。式は人それぞれ多彩な組み方がある。ひらめきの素晴らしさは失敗と思う中にも隠れているから、私は途中の式も評価に値すると思っているよ!」
片手を挙げてぺらぺら喋るベルノルトの脇を男が通り抜け、五枚毎に紐で巻かれた厚みのある紙を学園生の机上に置いていく。
「創意工夫の輝きを楽しみにしているよ!ではまた次回!」
男が最後の一人に紙筒を置くのと、終了の鐘、そしてベルノルトの挨拶がちょうど重なった。
肩に紐をかけたり胸に抱えたり、各々挨拶を交わして魔紙を持ち講堂を出ていく。
胸を張って歩くアードルフは手ぶらだ。
荷物は取り巻きに持たせているようだった。
エレオノーラはじっと男を見て、次にベルノルトへ視線を移し、軽く頭を下げると学友と言葉を交わしながら講堂を後にした。
ヒラヒラ手を振り最後の一人を見送ると、ベルノルトはちょっと距離のある男を窺う。
「・・・君の分は、私の部屋にあるんだ。この後昼休憩だろう?寄っていきたまえ」
「はい」
何ら変わりないいつもの男の反応の、行動の隅まで観察するようにベルノルトは眺めている。
「?」
男は軽く眉をしかめて、ベルノルトより先にさっさと歩いていった。
男はベルノルトの研究室には頻繁に足を運ぶが、彼の私室は初めてだ。
大概の物は研究室で揃うのにわざわざ私室に呼ぶなんて何の用件だ?という疑問。
加えて彼の破天荒な研究室具合から私室もエラいことになっていそうな憂惧。
男は神妙な顔で、鍵を開けるベルノルトの背を見守った。
「ようこそ、我が家へ!」
振り向いたベルノルトはにこにことしていた。
そして扉の前から体を引き、腕で示して進路を男に譲った。
男はゴクリと喉をならす。
なだれを警戒してゆっくり扉を開けた。
後ろでベルノルトが「うちの者と同じ開け方をするんだねえ?」と首を傾げている。
直ぐに木製の衝立があり、奥を目隠ししている。
男は無言で回り込んだ。
・・・・・ベルノルトの学園での私室は思ったよりかなり暴れん坊ではなかった。
黄色に近い皮のソファーに合わせた明るい木材の机。
応接の奥に同様な風合いの執務机が置かれていた。
どれもベルノルトの物にしては小ぶりだ。
散らかっていないし、床も空いていて、妙な収集物もない。
おかしな異臭もしないときた。
代わりにこの時間には堪らない匂いが漂っている。
男の様子に興味を引かれたベルノルトは覗き込むように体を傾け、きらん、と光をとばす。
「なんだい?珍しいものでもあったかい?」
「無くて驚いたんです」
男の拍子抜けといった返答に彼は破顔した。
「ここは時たま家の者が来て、勝手に整えて行くからね。大切なものまで無くなるから、そういうのはここに置かないんだよ!」
と、腰に手をあて人差し指を立てるベルノルトの言に、なんだか彼の使用人達の苦労を感じてしまう男だった。
「さあさ、こっちにきたまえ!厨房にたのんでお昼を運んでもらっておいたんだよ。君の分もある。さあさあ!」
机の横に台車があり、そこから空きっ腹を直撃する匂いが漂っていたのだ。
危なっかしい手つきでスープ皿を掴むベルノルトからそれらを回収し、長ったらしく目に眩しいローブを脱がせてぴったりはまる椅子に彼を座らせた。
男は同じようなハデなのが掛かっている場所にローブを仕舞い、手を清めてからきっちりと机に昼食をセットしていく。
「君、本当に何でもできるねえ」
侍従に劣らぬ手際の男に感心した声をあげるベルノルト。
「貧しいとこんなもんですよ。人を雇う余裕が無ければ自分でやりますから」
領地では家人に混じり両親の食事の準備と片付けをした。
人手が足りなかったからだ。
ペトラの家でも、半分住み込みだったドーレス商会でも、自分のことは自分で。
学園では職員に混じって厨房にいたりする。
もちろんそんなことまで言ったりはしない。
「そうなんだねえ」
ベルノルトには「貧しさ」は想像の範囲外で感心しきりだ。
貴族の癖に使用人紛いのことをして!と侮蔑しないのがベルノルトらしい。
男がなんだかんだやり合ってもベルノルトから離れないのは、そんな彼の懐の深さに居心地の良さを感じているからかもしれない。
何でも荒らすベルノルトでも、食事は完璧だった。
伯爵家(次男)というのは伊達ではないのだ。
静かに手早く綺麗に平らげた。
男はその作法を然り気無く頭に入れながら、男なりに食事を終えた。
貴族らしさというのが男に一番足りないもの。
知識はあっても実際に身に付けるには時間がかかる。
男はこれはと思う御手前の所作を覚えて、思い出しながら真似てきたのだ。
今は生活面でも人前で恥ずかしくない程度にはらしくできる。
しっかり完食して男が片付けを始めると、ベルノルトは安堵したように椅子の背もたれに身を預けた。
「良かった。大丈夫そうだねえ」
どうやらそれが己にかけられた言葉だと理解して、男は皿を仕舞う手を止めた。
「え?」
「元気が、無かっただろう?ここ何日間か。食事も抜き気味だったと聞いたよ」
それで男は府に落ちた。
わざわざ私室に招いたのは、断りにくい状況を作って食事を無理にでも摂らせるためかと。
思えば食事もあっさりとしていて柔らかく食べやすいものが揃えてあった。
食がかなり細くなっていた男にも難なく食べられる具合に。
ベルノルトは職員にも気さくだ。
彼らから聞いたのだろう。
「・・・気を使わせました。申し訳ありません」
隠していた不調を悟られた照れからベルノルトの顔を見れず、男は不貞腐れたような物言いになってしまった。
ベルノルトはふふっと笑い、職員に化けるため整えた髪を両手でわしゃわしゃする。
「君のことは特別気に入ってるんだ、調子の良し悪しくらい分かるさ!」
そのまま彼に、頭を耳の上で両側から固定され「復活したのは例の秘密のお友達のお陰かな?」と男は囁かれた。
「!?」
頭を上げたくともがっちり掴まれ動けない。
でもベルノルトがにやにやしているのは分かった。
「当たりかあ。私は出遅れたねえ。一番になりたかったが、姫になら譲るのもやぶさかではないよ?」
と笑うベルノルトを半目で睨みながら彼に乱された頭を手櫛で直して、男は机上を元通り整えた。
男の調子を狂わせたのは仕送りの時にペトラから受け取った三通の手紙。
父である領主と、家令と、弟からの。
父親が金をもっと送れと催促してくるのは今に始まったことではない。
約束を反故にする手口も予想していたものだ。
恐らく皆に送金しているとバレたのだろう。
問題は、彼の様子だ。
父親の手紙の代筆も彼の手紙も、淡々と書かれていた。
だけれどところどころペンを止めた痕があり、迷いながら書いたのだと知れた。
彼は、男に領地に戻って欲しいのだ。
けれど手紙には一言も触れていない。
男の身を案じ、そして領地の様子が細かに書き記されている。
ありありと想像できるくらい。
────────限界なのだ。
そう男は悟ってしまった。
領地も、家令も。
望まれても、どうしても頷くことができない己の矮小さや卑怯な部分に苛まれ、食事も喉を通らなくなる。
そして前日、男は隠し部屋でエレオノーラについ領地の膿を吐き出した。
全てを棄てて平民になりたいのだと。
エレオノーラは「やるならうまくやれ」と男に発破をかけた。
考えてもみない返しだった。
でも男には女神の指鳴らしで。
つまり、悩みの霧が晴れたということ。
思えばうまくやるために男はずっと動いてきた。
今も今までと同じで、ただちょっと急ぎ足になるだけだと気づかされたのだ。
「・・・しかしね、たまには私にも頼ってくれたまえ」
食後のお茶を手渡したとき、ベルノルトに拗ねたように言われて男は笑った。
「頼ってますよ、十分」
ほぼ素の状態で男はベルノルトと接している。
それができるなんて。
茶器を持ち窓の外を眺めるベルノルトが、なんて大きなひとなんだろう、と男には眩しくうつる。
こんなひとになれたら、と直接なんて言えない羨望を目に滲ませた。
もちろん生活面以外での話だ。
「おや?───あれまあ」
急にベルノルトが面白がる声をあげた。
つられて男も窓際により、ベルノルトの視線の先を追う。
この棟の一階は空き部屋の並ぶ場所、上は教師陣の私室がある。
どちらもおいそれと学園生の来ない場所。
さらに上からの眺めは林の青さが素晴らしいが、下は庭のように整えられていない。
貴族様の散歩になんか向いていない。
そこに、何があるというのか。
そこにいたのは、飛び抜けて質の良い光沢を放つ服を着たひと。
王子アードルフだ。
「一緒にいるのは、姫じゃあないね」
男も一緒に見ているから分かる。
あれはコリンナだ。
木の根本で二人は寄り添い、何事か囁き合い甘い微笑みを交わしている。
どうみても、人目を避けた逢瀬だった。
「たまあに、いるんだよねえ、あそこ。見られてないと思う迂闊な者が。丸見えなんだけれどね!」
楽しそうにベルノルトは「何喋ってるのかなあ」と、窓におでこを押し付けている。
「下世話ですよ」
ベルノルトの腕を引いて窓から離すものの、男の胸中は釈然としない。
エレオノーラは二人のことを知っているのだろうか、と思うと自然と眉を寄せてしまうのだった。
応接の椅子に再びベルノルトを座らせ、自分も落ち着こうと男がお茶を淹れ直しているとき、壁に飾られた額縁に目がいった。
飾り文字で気づかなかったが、よくよく見ると誓約書のようだった。
その内容は────。
いいものが見られたとウキウキしているベルノルトは、動きの止まった男に気づく。
首を傾げて、男が何を見たのか分かり、軽く何度も頷いた。
「読めたかい?それは国に誓ったものだよ。陛下に呼ばれたら戦争に赴き戦います、ていう」
男はバッと首をベルノルトへ向けて目を見開いた。
男「どれもこれも、体にぴったりサイズ」
ベルノルトの家の者A「以前は大きめのフカフカでございました」
ベルノルトの家の者B「しかし旦那様は余裕があると何処ででも寝てしまわれるから」
ベルノルトの家の者C「この床。この床も・・・(針でも仕込むか)」
男「・・・・」




