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修了祭のその後

男の名前は・・・・

前代未聞の修了祭から二週間後。

雲ひとつない晴天に芝生の青が映える。

季節の草木が整えられた公爵家の庭園にエレオノーラと男がいた。

屋根を何本もの白く細い柱で支えた華奢な四阿で向かい合っている。


「お招きありがとうございます、エレオノーラ様」


男は学園にいた頃のようなずぼらな姿ではなかった。

髪はゆるく流し整えられ、パリッとした貴族服を着ている。

じゃらっとした装飾を極力省いてあるのが彼らしい所だろうか。


エレオノーラが手紙はおろか茶会などの社交も父親に禁じられている今、男に礼がしたいと駄目元で父親にきいてみたところ、今日この日の茶会となった。

あっさりと速やかに願いが叶った点について考えるところもある。

が、屋敷の者以外と会える小さな解放感の方が勝った。


「いいえ。お礼に伺うのは本来わたくしの方です」


エレオノーラも男も学園を卒業した。


修了の儀と呼ばれる証書授与式で、男は首席の学生代表として国王から直に修了証書を授与された。

これには修了祭に参加していた大多数が動揺して椅子を鳴らしたものだ。

試験の度に一位を独占し続けていたから、名前だけ(・・)は知られていた。

卒業の日に初めて名前と顔が一致したのだ。

ごく少数の親友と教師陣と国王だけがにやにやとその様子を眺めていた。


エレオノーラは卒業後、第一王子アードルフと婚儀を行うはずだった。

しかし彼は廃嫡となり婚儀もなにも無くなった。


アードルフは王家と王家を支える貴族の柵に無知過ぎた。

忠信を当たり前に受けすぎて、エレオノーラの公爵家を衆前で蔑ろにする行いは王家に大打撃を与えると気付かなかったのだ。

だから愛がどうのと簡単に婚約破棄を口走った。

更なる過ちはコリンナの言い分に裏付けを充分に取らなかったこと。

頭は悪くなかったハズなのだが、恋は頭に花を咲かせて目を潰すと体現してしまったようだ。


コリンナはアードルフを筆頭にその側近達を手玉に取り、甘い手管で都合の良いように動かしていたと明らかになった。

アルデンホフ男爵家は取り潰しとなり、一家のその後は不明だ。


そして世間はまだアードルフ達の醜聞で賑わっていて、エレオノーラは家からも出るに出られぬ騒ぎなのだ。


「・・・申し訳ありません。貴方の道を塞いでしまいましたね」


向かいで呑気に紅茶を飲む男は、家を継ぐため領地運営などの采配を忙しく学んでいるという。

詫びるエレオノーラの言葉に、きょとんとしている。


「いいえ? 予定通りですよ。むしろ滑空する勢いです。多分最短でイケますね」


「『学園で勉学に従順なフリをして家をダマくらかし、卒業後は貴族籍を抜け民に降りて演劇三昧!』と申していたではありませんか。わたくしの醜聞で、主殿に趣味が露見し抜籍を封じられただけでなく演劇も禁じられたのでは?」


貴族社会で観劇は趣味となるが、演じるのは民草のするものと考えられている。

だから男は勉学一筋という(みの)に隠れて、家にも隠して、ずっと秘密の趣味として楽しんできた。


学園でのエレオノーラは王太子妃として相応しくなれるよう勉学に励み、自然と学園の図書室の常連となった。

そこで男と顔見知りになり、いつの間にか男の秘密の趣味を見学する一人になっていたのだ。


民に降りても開花するであろう、男のずば抜けた演劇の才能に、エレオノーラは憧憬を感じていた。


頭と地頭、要領も良い男だから、不可能に近い貴族の離籍もこなしてしまいそうだ。


だけどその時が来たら、後援する一人になりたいとエレオノーラは考えるようになっていた。

それは王太子妃という重責の中見つけた小さな希望だった。


「あはは、アレを覚えてましたか」


恥ずかしいなあ、と男は苦笑いする。

そして本当に柔らかく微笑んでエレオノーラを見ていた。

俯くエレオノーラからは男の表情が見えない。


「修了祭の時には違う目標を見付けていたので、お気になさらず」


えっ?とエレオノーラが顔を上げたときには、男はいつもの食えない笑顔だった。


エレオノーラは横を向き庭木を見つめる。

この際だから気になっていたことを聞いてみよう、と思った。

この機会を逃したらこの男と会うことはほぼ無くなりそうだから。


「そもそも、わたくしのことは放っておいてもよかったのです。婚約破棄されても多少嫁ぎ遅れる・・・今と変わりませんし」


修了祭でのこの男の乱入がなければ恐らくアードルフの稚拙な婚約破棄は成っていた。

すぐ王家にアードルフとコリンナ達の醜聞は暴かれるだろう。

だが(おおやけ)にはエレオノーラの失態ということで覆い隠すのだ。

エレオノーラの父、公爵家当主と裏で取引した上で。


その代わり王家は公爵家にだいぶ弱味を握られるだろうが、アードルフは王太子になり、その他の貴族と民の信頼を守ることはできる。

コリンナも王太子妃は無理でも愛娼にはなれたかもしれない。


それにエレオノーラは、家柄ゆえに捨てられることはない。

素行に問題ありの娘でもどこかの後妻とか公爵家の家臣に降嫁するとか、何らかの形で家の為に嫁ぐのだ。

今もそうだ。

父親が家の益になる最上の婚家を探っているだろう。


別にそれで構わない。

アードルフとだって父に命じられて婚約を受けただけだ。

王家を次代に繋ぐ努力はしても、彼を愛するとか、無い話だ。

相手が他の誰になってもそれは同じだろう。


だから、構わなくてよかったのに。

どうしてこの男はエレオノーラを助けたのか。

エレオノーラの胸がもやもやとする。


「よくよく考えてみたらおかしな話なのです。都合よくいきすぎていて」


修了祭の時、まるで筋書き通り(・・・・・)に動いているようだった。


恐らく本当にこの男の脚本だったのだろう。

エレオノーラにもいつから男の策略が始まったのか分からないが、階段事件は間違いなく男の仕込みだと思った。


それまでコリンナは些細な意地悪の(なす)り付けしかしてこなかった。

それでは確実な断罪(・・)に足りないから、真綿でくるむように唆したのだろう。

あたかもコリンナ自身が思いつき行動を起こしたようになるように。


バルツァー卿など、本当に一学生の趣味に動くような人物ではない。

ちょっと頼んだら来てくれましたみたいな即時的行動ではない、かなりの長期間を卿の関心を引くために費やさなくては。


それに講堂の照明を管理する職員と渡りをつけて操作を教わる?

修了祭の照明操作の自由を許される?


修了祭には他にも教師陣がいたはずだ。

彼等は国内でもひとかどの人物ばかりだ。

アードルフの愚行を見過ごすはずがない。

なのにどうして静観していた?

なぜ男の好きなようにやらせた?


・・・・本当に、いつからどこまで手を回していたのか。


エレオノーラは考え始めると思い付くのは疑念と違和感だらけで頭が痛くなる。

どうして今まで気付かなかったのだろうと。


そこまでしてどうして?


「胸クソ悪いだろ。どいつもこいつも勝手ばかりで頭にくる」


エレオノーラの心ばかり置き去りにして。

だったらこっちも好きにやらせてもらう。


「は?」


びっくりしてエレオノーラが男の方に顔を向けると、目の前にはいつも通りの笑顔があった。

彼女は幻聴かと首を捻る。


「あの場は、興奮しましたねえ。少なくとも私は。あれだけの観衆の前で演じられたのです。修了祭の乗っ取り、かなり楽しめました」


愉快な前座付きでね!と男のアードルフを真似た仕草に、エレオノーラは堪えきれず吹き出した。

それをにこにこと男は見守る。


「・・・わたくしは、ほとんど貴方の背中を見てましたわ」


「あ、それは。失礼しました」


頭を掻きながら男は眉を下げた。


そうなのだ。エレオノーラの目には、演じる男とそれ以外は、ずっと広い背中で。


思い出してほっと息をつく。

あの時エレオノーラの胸を締めたのは怒りでも悲しみでも恨みでもない、安堵だった。

 

ずっとずっと張り詰めていた糸が切れて崩れ落ちるかと思ったら、広い背中が見えたのだ。

鼻が当たるくらいすぐ傍に。


自分の進む先に、前に誰かがいてくれる安心感を初めて知った。

寄りかかってもいいよ、と言われているようで、涙がこぼれそうだった。

どちらも必死に耐えたが。


冷たく空っぽのエレオノーラは、その時確かに満たされたのだ。

頭の先から末端まで、暖かな何かが流れ込んで。


「そうでしたのね。わたくし、今わかりました」


男が守ってくれたものは。


「何がですか?」


男に訊かれてもエレオノーラは何も言わず、ただ笑った。

向かい側には頭を掻いて苦笑いしている男がいる。


「もう少しです。最短ですから、待っていて下さい」


男はきっとやり遂げる。

本当に手に入れて造り上げたい、一生物を見付けたから。






 賢すぎると物事の先読みが凄い、という妄想。



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