学園二年目③
おはようございます。
家族にインフルが出ました。
更新に間が空いたら、ソレかと思ってください。
背中がぞくぞくしています。
宜しくお願いします
男はいつも通り講堂に一番乗りだ。
窓際の一番後ろに陣取る。
お行儀のよい貴族ばかりなので、人が増えてきても挨拶を交わしたらもう講堂は静かなものだ。
だからギリギリまで読書をしたり、脚本作りをしたりとこの時間を自由にしている。
「早く来い!日が暮れてしまうぞっ」
「そんな急がんでも。老骨を労っとくれ」
「んなもん、皆一緒じゃ!」
低くかしましい声が廊下に響いている。
ご老人?
男のいる講堂を通り越す、賑やかな声の方へチラッと視線を投げるも、すぐに手元の本に意識は持っていかれた。
疑問は脳内であっさり片付いたからだ。
それは就学の儀の後始末をしている時、グンターが教えてくれた。
学園は下は12歳から上は制限なしに入園を許される。
だが大体は15歳から25歳までが多い。
高給取りの職を目指す若者か、地位を高めたい青年までということだ。
だけど今年は最高齢を更新した、とグンターはおかしそうにしていた。
一気に五人も老人が入ってきたのだという。
選択受講部門だというし学問を道楽にしているのだろうか、珍しいな────。
そんな思いでグンターの話を聞いていた。
そして同時に学道楽に浸っていた懐かしいひと達が頭に浮かんだ。
10人程の。
気むずかしくも気さく。
毎日図書館に通う12歳の男を取り囲んで。
素性をはぐらかす怪しい少年に、ありったけの知識を与えてくれた、ひとの善いじい様達。
就学の儀から講義が始まるまで数日あるから、男は久しぶりに図書館の彼らに会いに行った。
あの図書館通いをした一年間以降、ドーレス商会の盛り立てに時間を取られ、月に二回図書館へ行ければいい方。
学園に入ってからはもっと忙しくて、仕送りに行く時ちょっと寄れるかどうかとなっていた。
だけど今なら半日は図書館でゆっくりできる。
しかし足取り軽く行ったものの、じい様達には会えずじまいだった。
同じく古馴染みの司書達に訊いても言葉を濁されるばかり。
とりあえず元気だという。
もしかしたら違う趣味でもみつけて、そちらに掛かりきりなのかもしれない。
少し寂しく思いながら男は寮に帰ったのだ。
時間をみつけて、また行こう────。
本の世界に浸りながら、男は講義の始まりを待つのだった。
「やあ!く・・・」
「ちょうど良いところに。私もお会いしたかったんです」
毎度毎度絡んでくるベルノルトに男から向かっていって腕を取り、そのままずるずるとひとけのない場所まで引っ張っていく。
「ご、強引なのもなかなか・・・」
やや頬を染めるベルノルトを「何言ってんですか」と男は目を細めた。
「え、本当に用があったのかい?」
ベルノルトの研究室で男は手慣れた様子でお茶を入れベルノルトに手渡す。
「何だと思ったんですか」
「私の口を塞ぐ建前かと。君すぐ逃げるから」
男は「・・・逃げない手段の方がお好みですか?」と、やけに爽やかな笑顔を見せた。
男は逃げても、あとでそれ相応の報復をしてきた。
ベルノルトのこめかみを汗が伝う。
男がもたらした仕返しで記憶に新しいのは『魔素・魔力理論の新説』だ。
あれからベルノルトは国立研究棟に頻繁に呼び出しを受けている。
ベルノルトの申請から研究棟でなされた簡易仮検証でさえ、全国域及び全国民に計測が必要だと判断される値が認められた。
従って国の研究機関を震撼させる事態になり、必然的に提唱したベルノルトにも余波がきた。
つまり安穏と研究三昧だったベルノルトは今や教鞭と自身の研究に加え国立研究棟に駆り出され暇なし状態なのだ。
もしも直接報復ならば。
ぞくり、とベルノルトは背中を震わせる。
「約束を破ってまで呼びに来なくても私から定刻にお邪魔しますから。ここで大人しく待っていてください。ね?」
ベルノルトの背中を優しく撫で、幼子に言い聞かせるように顔を近寄せる男は「先生は忙しい身なんですから」と黒い笑みで耳元に囁いた。
顔色青白く、乾いた笑いをこぼすベルノルトをよそに、男は明るく要件を伝える。
背中を丸めまだ温かい紅茶で心身の暖を取りながら、ベルノルトは男の話の中身に目をぱちくりした。
「・・・ええと、つまり、有料で我々の講義の手伝いを務めたいと?」
「はい。さすが先生、話が早い。先生方といっても私が受講を申し込んでいる講義に限りますが」
「いや。・・・いやね、君も初見になる講義だろうに?」
ベルノルトは戸惑いの表情をみせているが、却下する雰囲気はないと見てとった男は笑顔で畳み掛ける。
「先生方との打ち合わせの時間は作らさせていただきます。予習を兼ねて資料作りもお手伝いさせていただきますし、料金もお安く提案いたします。試しに一回だけのご利用でも構いませんし、人手のいる時だけ呼んでいただいてもいいですよ」
「いや、しかしね。前例が・・・学園生で・・・だが、・・・ううむ」
一年学園にいて男は思った。
講義によってはひどく手間をとる教材を使用するときもある。
だけどどうして手助けをする者がいないのか?と。
準備までは職員がする。
しかし身分からか、講義中は職員は講堂に立ち入らない。
だから教師一人がもそもそ動く。
悠然を美徳とする学園生は準備が整うのをひたすら待つのだ。
平民暮らしをしていた男からしたら専門職に助手がいるのは当たり前のことだし、改善できるものを何もしないで待つなんてただの時間のムダという感覚だ。
ベルノルトはこれでも生粋の貴族だし、そうであるものに余り疑念を持たない。
決まりに慣れすぎているのだ。
『教師はひとりで講義を行う』と言われてきて皆も己もそうしてきたから。
誰かに手伝って貰うという発想にたどり着かなかった。
きらん、きらりんと光を目からこぼしながらベルノルトは茶器を何かの紙の上に置いた。
すかさず男が茶器を持ち上げて紙を救いだし、茶器には新しい紅茶を注いで机に戻した。
「先生方に勧めるには、君ができると私が確信を持たなければね。そう、まずは私の講義でやってもらおう。私のね。 ふふ、いいね!一緒に講義を行うのかいっ」
ふふ、ふふふ。
と怪しく笑うベルノルトの様子から、男は一先ず小遣い稼ぎのあてができそうだと息をついた。
男の手伝いにヒントを得て、しばらくしたら専門の助手を作ろうという話が出るだろう。
それまででもいい。
少しでも(貴族の少しは男にしたら美味しいのだ)稼げたら。
なんたって、今年度の学費がピンチなのだ。
学園では学費の支払いを一括でも年度毎の分割でも認めてもらえる。
男は当然分割払い。
初年度はドーレス商会に取引を持ち掛け、利子無しという厚待遇でお金を貸して貰った。
さらに今も商会に籍を置き、決算に貢献するという条件で給与を貰っている。
町でも各種情報を売りさばいて小金を稼ぎ。
学園では主にベルノルトのところでいい金額を得ている。
そこから商会に借金返済、領地に仕送り(親と弟と家人を分けて)、学費貯金と回している。
男は意味なくボロではないのだ。
正真正銘、使える金が無いのだ!
年度内に学費を納めればいいとはいえ、男の計算ではギリギリまで貯めても、もう少しが足りない。
それで追加の働き口を捻り出したという訳だ。
「では早速打ち合わせをしようじゃないかっ!ああ明日の講義が、ほら、ちょうど良いね!!」
ばさぁ!とローブをはね上げる。
ベルノルトは教材を探して、ペンやら紙やら本やら何かのくずなんかで乱れた机上を漁る。
「明日のは去年受けたやつですって。おっと、残念鐘が鳴りましたね。ベルノルト先生、国立研究棟に行く時間ですよ」
全然残念そうじゃない男が、散らかった机を更に散らかす腕にお仕事セットを掴ませる。
「え!?っへ?! 何で私の予定を把握してるんだいっ?!」
「それじゃあ、次は講義前日の午後に私がこちらに伺いますんで。はい、お気をつけていってらっしゃいー」
そして両足を踏ん張り丸まるベルノルトの背中をぎゅうぎゅう押して研究室から閉め出した。
「いやだあー!!行きたくないいー!あそこの奴らは研究バカばかりなんだあー!行ったら夜更けまで帰してくれないんだああああー!!」
ドンドンと扉を叩くベルノルトに「研究室掃除しときますからねー」とだけ声を飛ばして、男はまず埃っぽい空気を出すために窓を開けるのだった。
研究バカならベルノルトとそう変わらないと思いつつも、夕飯時に戻っていないようなら従者のふりをして迎えに行こう、と男は棚にはたきをかける。
夕刻の国立研究棟前
男「そんな泣かないでくださいって」
ベルノルト「(べそべそ)・・・これは労働の汗っ」
男「はいはい。今日はカア鳥のシチューだそうですよ。ほら、帰りましょ」
ベルノルト「(べそべそ)」
男「・・・また迎えに来てあげますから、ね?」
ベルノルト「(こくん)」




