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成人の儀

おはようございます。

正月ボケがまだ抜けません。

宜しくお願いします。

二年目の講義が開始されてすぐ、隠れ部屋でエレオノーラから成人の儀の感想を聞いた男は心中複雑だ。


話からエレオノーラの生育環境が垣間見えた。

あまりよろしくない方に。


さらにアードルフの成績が奮わなかったことも察した。


アードルフを指差して笑いたいが、男も世界歴史は不可だった。

試験結果は優秀だが課題が未達成(・・・・・・)だったから。

それでも男はもう一回世界歴史を取る。

男に張るような見栄はないし、バルツァーに吠え面をかかせたいから。


相互執着は延長戦だ。


エレオノーラは儀式の最中不機嫌になってしまったアードルフが気になっていた。

原因は自分にあるのだろうけど、わからない。

アードルフは何だったのか?と未だに首を捻るエレオノーラは、状況を聞いてもらった男からも(ぬる)い笑いしか貰えずますます不可解な気持ちになったのだった。





成人の儀当日。

エレオノーラは自室で髪を結い上げられている。

普段は降ろした髪だが、今日からは結った髪型になるのだ。


ゆるく、軽く幾重にも編み込まれる。

茶金の髪が持ち上げられて細い首筋が見えた。


数人の侍女が入れ替わり立ち代わりに髪飾りを刺したり後れ毛を整えたり仕上げをしていく。


ただひたすらエレオノーラはじっとしていた。

それが一番痛み(・・)のない方法だから。





ローヴァイン公爵家でエレオノーラの立場は弱い。


美醜と愚賢という秤はどちらもエレオノーラに微笑まなかった。

父母、兄や弟達はみな美しく賢い。

エレオノーラだけが凡人。


女であり第一王子と歳が近い。

それだけが主である父にとって、エレオノーラの美点だった。


ローヴァイン公爵家にエレオノーラがもたらせる一番の益は、王家に食い込み公爵家の影響力を強めること。


それが彼女に求められた最も重要な使命。


その為の教育(・・)は惜しみ無く行われた。

エレオノーラが家族の中で一際劣ると認識された時点から、洗脳に近い刷り込みが始まる。


反発するな。

言い訳をするな。

泣き言をいうな。


できないと───(いいえ)というな。

全て従うこと。

不出来なエレオノーラに、それ以外の価値はないのだから。


人ではない、盤上の駒を扱うように家族からは指示を受ける日々。

付き合う友も家族に指定された者たちだ。


従っていればよい。


(はい)


それが最善。

それがエレオノーラの務め。


(はい)


諾。 諾。 諾。


諾。諾。諾。諾。諾。諾。諾。諾。諾。諾。諾。諾。諾。






屋敷にいる家人は主を倣う。

表面上は恭しく、しかし内心はエレオノーラを蔑む。


出来損ないの娘だと。


髪すきや髪結いは丁寧に痛み(・・)を与えて。

紅茶や食事は微妙に味をずらして。


他の家族との違い(・・)を分からせるように。


エレオノーラはそれに「(はい)」としか答えない。

それ以外の道を知らないのだから。





「────陰鬱ね」


エレオノーラのこぼした声に、ぴくりと侍女たちが手を止めた。


エレオノーラが「(はい)」以外の言葉を吐くことに驚いたのだ。

当のエレオノーラは凛と背筋を伸ばし前を見ている。


「わたくしにこの化粧は合わないわ」


加えて放たれた言葉に、侍女達は動揺を隠せない。


(はい)しか物言わぬ人形のような娘が、一体・・・?


言葉なく目を見張る一同は中でも年季の侍女へ目配せする。

一の侍女はそれに目で応えて「失礼ながら、私どもが何か不手際でも?」と目筋をキツく申した。


「そうならないように、仕上げ直してちょうだい」


あなた達なら分かるわね(・・・・・)?と振り返ったエレオノーラの微笑みには、えも言えぬ迫力があった。


事実、彼女たちはいつも通り(・・・・・)だった。


完璧からズラしたのだ。

化粧を。

ほんの僅かに。

はた目には気付かれない程度。

でもエレオノーラの最適ではない。

そういう『いつも通り』。


それを。

それを指摘して「これが分からない程度の技量しかないのか」と暗に言ってみせたのだ。


あのエレオノーラが。

一の侍女がびりびりと背筋を震わせた。


「仰せの通りに」


これは、少しずつエレオノーラの周りが変わり始める、その一歩。





エレオノーラの鼓動はせわしない。


やってしまった。

言ってしまった。


つい、学園のノリで。


エレオノーラは頭を空っぽにしていたのだ。

髪を引っ張られても櫛が地肌に擦れていても、何も考えない。


できましたと言われたら「(はい)」と答えるのがこの屋敷でのエレオノーラの役目。


だけど、化粧が濃いと似合わないのだ。

薄すぎても普通顔がドレスに負ける。


今夜は成人の儀に王城へ参る。


鏡台に置かれた、花びらを模した小さなレースリボンが何枚も重ねられた花の飾りに目がいく。


誰よりも先に、成人を祝ってくれた。

その善意に負けない大人になりたい。


・・・やっぱりキチンと挑みたい。


エレオノーラは良い塩梅を熟知している侍女たちにお願いしようとして、しかしお願いの仕方が分からなかった。


今まで「(はい)」しか言ってこなかったから。


思い浮かんだのは、いまや屋敷より馴染んだ学園でのこと。


そうしたら、エレオノーラの口からスルリと台詞が出た。


言ってしまって毛穴から汗が吹き出すかと思った。


侍女達は嫌な顔をせず動いてくれたから良かった。

だけど次に男に会ったら穏便なお願いの仕方を教わろう。

と、混乱と緊張の中彼女は決めたのだった。


だから、エレオノーラは気づかなかった。

自身が初めて完璧に(・・・・・・)仕上げられたことを。

侍女たちに初めて心から「お似合いです」と言われたことを。





エレオノーラは屋敷の入り口で父親と顔を合わせた。

成人の儀に出るため一緒に城へ向かうのだ。

普段顔も見ない人は難しい顔をしている。

エレオノーラは視界に入っていない。


「試験は全て通ったか」


父親の口から出た言葉は明後日の方向に投げられた。

エレオノーラは家令か侍従がいるのかと首を回すが誰もいなくて、ようやく自分へ向けられた話だと合点がいった。


返事をする前に父親が口を開いた。


「次も同じようにこなせ。受ける授業はもう申し込んである」


ぽかん、と父親を見たあと背筋を伸ばした。


「ありがとうございます。二年目も楽しみでなりません」


エレオノーラは喜びから口もとを綻ばせる。


受けていた試験に全て通ったとはいえ、成績は全く素晴らしくない。

「もう学園を辞めろ」と父親に言い渡される可能性もあった。

入学当時なら待ちわびた言葉だが、今は違う。

エレオノーラは学園生活が楽しかった。


自由に思考を広げられる講義が。

気の合う仲間と交わす軽い会話が。


それが『抑圧されていた個の目覚め』という自覚はないけれど。


「次も同じように」と言われた。

今の状態を維持することなら。

それでちょっとだけ成績を上げることなら何とか可能だとエレオノーラは喜ぶ。

だから、感謝した。





父親はようやく娘である者をみた。


真っ直ぐ咲く花のような立ち姿。

微笑みをたたえた芯のある目線と交わる。


見た目も劣り頭も悪い。

こちらが指示しないとろくに行動できない。

おどおどして顔色ばかり伺う、見るに値しない人間。

それが父親のエレオノーラに対する評価。


王子の動向を探らせようと学園に入れるも、当の王子からは避けられ、学問も覚束ないと報告を受けていた。


こんな物言いで、こんな顔をする人間だっただろうか?


いかんせん空気のように娘に無関心だったため比較できるものがない。

父親の僅かな違和感は、開け放たれた扉から触れる外気に溶けてなくなった。


どちらにせよ、彼女に興味なんてものはないのだ。

最低よりはマシだった、その程度のこと。





闇夜に関わらず王城はたくさんの光に包まれていた。

城に導入されたばかりの『灯り』の魔術具である。

油を燃やす灯火と違い、煙も出ず雨風に左右されず、明るさも段違い。

しかもこの魔術具は今まで明度が低く宝石にもならなかったクズ魔石が動力源であるという。 


着飾った招待客達は感嘆の声を上げながら、ふんだんに設置されたきらびやかな照明を見上げている。


今宵は王城広間にて、成人の儀が執り行われる。

貴族子息令嬢は13になる年に城に集められ、お披露目を行うのだ。


この日ばかりは招待状が全ての貴族に送られている。


貴族社会に加わる新顔を祝い、王家に拝謁できるまたとない機会とあって強制ではないが参加者は多い。


『灯り』もこれから国内外に広めるためにこれでもかと使われているのだ。

人の集まるこの日は、絶好の宣伝舞台となるから。


エレオノーラは婚約者の第一王子アードルフに付き添われ広間に入る。


一段と多彩な輝きを放つ、飾られ集合したいくつもの塊の『灯り』は夜の室内なのに昼間より眩しく感じる。

一瞬目が眩んだ。


「しっかりしろ。行くぞ」


止まったエレオノーラを強引に引き、アードルフは冷たく囁く。

顔はお互いに穏和な笑みを浮かべているから、傍目には仲睦まじく見えるだろう。


エレオノーラはひたすら背筋を伸ばし、嬉しげな笑顔を張り付けていた。


成人を迎える若者たちは国王から言葉を賜り、成長の女神に感謝の祈りを捧げ、最後はお披露目に新成人の踊りが始まる。

公爵家令嬢であるエレオノーラが筆頭で、相手はもちろん婚約者の王子アードルフ。


こんなに近くにいるのは久しぶりだ、とエレオノーラは変な気分だ。


こういった社交会以外は毎日学園で顔を会わすのに、全く視線があわなければ声も聞かない。

つまり徹底的に無視されている。


何がそんなに嫌なのか、会話も何もないエレオノーラにはさっぱり分からない。


だけど貴族社会で政略的な結婚は普通であるし、こうして付き添いの義務はこなしてくれているのだから一般的な部類だろうと思っている。


「・・・試験はどうだった?」


そんなとき、踊りながらアードルフに話しかけられエレオノーラは目をぱちくりする。


「アードルフ様に比べましたら粗末な結果ですが、なんとか全て通ることができました」


「す、全てか」


「?、はい」


「最年少だからと、図に乗るなよ!」


いささか乱暴に体を回され、いつもの倍回ってアードルフの元に戻り踊りを続けた。


アードルフはバルツァーの世界歴史が不可だった。

課題も試験もボロボロの惨敗。

ほぼ同じ講義を受けていても全く絡まないエレオノーラには知る由もない。


成績上位は発表されるが、それ以外の成績は公表されない。

講義を落としても翌年受け直しできるが、プライドが邪魔する大多数はそれをしない。

アードルフも、きっと。


ひきつる笑顔で付き添いを続けるアードルフに、笑顔をはりつけたままエレオノーラは「やっぱり分からない」と首を傾げるのだった。






バルツァー「可、可、可、不可、不可、可・・・む、この男は(もう少し遊びたいな)・・・ふむ、不可!」

男「平等ちゃうんかい!」

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