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学園一年目⑦

おはようございます。

違った今晩は。

宜しくお願いします。


ベルノルトの机には、男の持ち込んだ野菜(・・)が積まれていた。

根菜のキャルロ、葉茎菜のレチス、果菜のトムト、土物のオニロン。


全て王都で人気の野菜で、検体としてベルノルトが用意し男が厳選した50種類の中に含まれている。


「野菜・・・だけれどみな小ぶりで貧相」


ベルノルトは不思議そうに拳大のオニロンを転がしている。

王都のオニロンは大人の両手のひらに溢れる大きさの丸みと複数の尖りのある頭が特徴だ。

大きさが倍以上違う。


箱の中の野菜は全て食べるには細かったり小さかったりとまだ成熟していないのかと思えるほど。


男は少し陰った眼差しを瞬きで消して、努めて平静に返した。


「これは私の領地で採れた野菜です」


「へえ、私が普段目にする物と品種が違うのかね」


「いいえ。同じですよ。王都の野菜は肥沃な土壌を持つ近郊の領地で採れたものです。我が領は水捌けが悪く粘土質な土地です。・・・これらの野菜の栽培には元々向いてないんです」


「土と水ね・・・。ははあ、環境の違いで育った検体の魔素の含有量を比較するのかい?」


 男はエレオノーラに言われた一言が頭の片隅に引っ掛かっていた。


───旅先で水や食べ物が合わず体調を崩す時がある。

───逆に、食べ物が体に合う場合もあるかもしれない・・・。


男は、ベルノルトに気になる理由を説明した。


領地にいる弟は体が弱く成長も悪かったが、王都の食べ物を送り食べさせ始めてから体が大きくなり始めたこと。

男自身、王都に来てから細く小柄な体が成長を始めたこと。

思い起こしてみると、領地の民は小柄な者が多いこと。


「私は王都に来てすぐに体調を崩したんです。今思えば、症状が魔力酔いを起こした状態に似ていました」


「ふむ・・・王都の食料に含まれる魔素を摂取して、体内に吸収され魔力となった量が多かった、と? ううむ、魔力が成長に関わるのか?聞いたことがない」


「まだわかりません。件例を集めないと。旅先で体調を崩すなんてのも、もしかしたら魔素が絡んでいるのかもしれませんよ」


ベルノルトの瞳がさっきからキラキラ輝いている。

両手をわきわきさせて頬を紅潮させ息も荒い。


「まてまて、焦るな!一概にはそうとは言えない。が、我々高位貴族は魔力が豊富だから体が魔力に守られ環境変化に強いと言われてきた。低位貴族や平民が魔力が少ないためそれに弱いという逆も(しか)り。それを、取り入れる魔素の量に起因すると仮定すると────」


「定説が(くつがえ)りますね。取り入れる魔素が与えるひとの成長への影響と、もうひとつ、魔力量が高かろうと低かろうとその地で摂取する魔素の量によって体調不良を起こすこと」


ひとの体の成長は食べた物の質や量、また生まれ持った固有のもので決まるとされてきた。

それに魔素の摂取が絡んでくるという新説。


さらに

魔力多量な者は低魔素地域に滞在すると、摂取する魔素だけでは体内変換して得る魔力が足りず。

魔力少量な者は高魔素地域で、取り入れた魔素が多すぎて体内変換した魔力に酔う。

どちらの場合も体調を崩すという定説壊し。


「・・・とんでもないことだ、」


ベルノルトは「あわわわわわ!」と変な声をあげて手をモタつかせながら測定器の準備を始めた。

今度は血の気が引いている。


────結果、男の領地の野菜はどれも『魔素含有量・極微量』と判定された。

これは同量はかり取った王都の同類野菜の十分の一以下の値だった。


「ほんっと、君ってヤツは!」


ちょっと涙目で口をアワアワさせたベルノルトは、感動なのか困惑なのか分からない表情で、国立研究棟へ出す『国民に対する一斉身体測定と魔素の定点観測の申請書』を慌てて作成していた。


「お忙しいところ申し訳ありませんが───」


「なんだね!」


男はぺらっとした笑顔を浮かべて頭に手をやる。


「ひらめきの対価に()一筆書いていただきたいものが」


「ほんとに君ってヤツは!!」


 魔素・魔力に関する常識をひっくり返すかもしれない爆弾を落として、男は得るものを得たら足取り軽くベルノルトの研究室を出ていった。


「今日はまだベルノルト先生のところへ来る予定じゃなかったんだよな。でも先生が疑念を解決してくれそうだし、欲しいものも手に入ったし。人前で目立つことをしてくれたウサ晴らしもできた。はあ、すっきりしたー」






数日後の男は貴族街にあるドーレス商会の支店に来ていた。

平民クリスが勤務している設定の店だ。


支店でのクリスは主に貴族対応で、お屋敷を回り御用聞きをしていることになっている。

だからあまり店には居ないという手筈だ。


しかし今日は店主ファビアンに手紙で呼ばれた。

まだ情報を渡す日でもないし、仕送り日でもない。

首をかしげながら男は店に入る。


「おはようございま──────わっ」


華奢ないくつもの腕が入店した男の体に絡み付いて、男は身動きが取れなくなった。


取れないというか、いくつかの柔らかなものがいろいろ体に当たっていて「うわ、やわらか・・・」と寸暇堪能してしまう。


「お待ちしてましたよ、クリス」


動けない男に気をよくしたのか、胸を張って鼻で笑うアデリナが立っていた。

男を拘束しているのは勤め人の女の子たちだ。


柔らかいはずだ。


「アデリナさん、ありがとうございます」


真顔でお礼を言う男を気持ち悪そうにアデリナは見た。


「何を言っているの?・・・まぁいいわ。ファビアン様からお手紙を預かっています」


ぱらりと男の眼前に紙をぶら下げた。


『クリスへ。

アデリナの積年の想いは厚かった。

店の者も限界だ。

解きほぐすにはお前の献身が必要だ。

命運が尽きないことを祈る!

   ファビアン』


「・・・え?」


つまり、長年に渡る男のアデリナいじりは彼女の怒りを爆発させた。

前回のいじりはまさに火種を業火に変えたのだ。

それにより猛るアデリナは仕事の鬼と化し、ファビアン筆頭に店中がこき使われ続けた。

もう皆の疲労が限界を越えているから責任をとれ、と。


男は火に飛び込んだ虫だった。


「え?」


「貴方のそのだっらしない姿、本当に、ほんっっとうに!目障りでした!!そんなので貴族の皆様の前をうろちょろしてますの?!店の恥!男の恥!我慢の限界!!幸いようやくファビアン様から許可がおりたことですし、さあ。さぁ、皆様、参りますよ!!」


ゆるい袖をまくり、ぱちぱちと留め具で固定しながら腕まくりしたアデリナは、目を据わらせて唇をつり上げた。


「えええー?!」


男の戸惑いの叫びは、勤め人がさささっと閉店の札を下げ締めた出入口から漏れることはなかった。






「ひどい・・・目に合った・・・・・・いや、いい目、だったのか・・・?」


よろよろと男は学園に足を踏み入れる。


一言でいうと、アデリナは男の趣味(・・)に関して怒っていなかった。


どちらかというと風貌の乱れが我慢ならなかったようで、髪や肌の手入れ方法から対貴族に相応しい服装如何を、みっちりじっくり実践つきでレクチャーされたのだ。


もう、まるっとつるっと、もみくちゃだった。


男の尊厳とかどーなったとか言う話だ。

女の子たちも恥じらいはどうした?

彼女たちは何だか喜んでやっていたように思う。

迫ってくる鼻息が荒くて怖かった。


男は思い出してしまいそうになり、ブルッと震えが走った。


もう夕方で居残る貴族はほとんどいない時間だ。

このまま中庭を突っ切って隠れ部屋に向かおう。


椅子や机を置けば茶会もできそうな整った庭を男は歩く。


すると歩く先、園舎の渡り廊下に人影が見えた。

本を抱えた小柄なそのひとは。


「エレオノーラ様?」


ゆっくり辺りを見渡して、エレオノーラは小首を傾げている。

ふと目をあげて、男と視線が絡んだ。


「図書室の帰りですか?」


近づいてきた男に話し掛けられて、エレオノーラは戸惑っていた。


簡素だが気品ある服装に刺してある流行の蔓模様は、落ち着いた紺地に青。

焦げ茶の髪をゆるく後ろに流し、丸眼鏡の奥の瞳はどこかで見た覚えが・・・。


どこの家の方だろう?


エレオノーラは見違えた姿(・・・・・)の男に気づかなかった。


動揺を悟られないようにエレオノーラは自然と扇を開き、目から下を覆う。


「・・・わたくし、名乗りもされない無礼な知り合いはおりませんの」


真っ直ぐだが冷たい視線を向けてくるエレオノーラに驚き、すぐに男は己が磨かれ揉まれまくった事後だったと思い出した。


いや、ちょっと(・・・・)普段よりいい服を着て髪を整えて飾り眼鏡をつけて・・・化粧?されたな。

でもそれだけなのに。


気づいてもらえないことに少しがっくりきた男は、反面どこまで気づかれないかいたずら心(・・・・・)が沸いた。


「失礼いたしました、姫。私はアンニョロ・アッポンダンツァ。南から参りました貴族の端くれでございます」


男は胸に片手を当て、淡く笑む。


「アンニョ・・・?・・・・この国では聞かない響きですね。エバー国の方かしら」


目を軽く伏せ思案するエレオノーラに男はやや眉を上げる。

にっこり笑って両手を広げた。


「ご名答です。私の家は南国にあります。縁あり遊学の機会を得て、芸術分野の講義を見学に参りました。レーヴェンタールの芸術品は繊細で興味深いですね」


男はあり得ない話をでっちあげていくが、博識ゆえに事実に基づいた嘘だった。


南国エバーは芸術の花開く国。

明るく社交的な国風で、レーヴェンタールとの国交も篤い。

そして特徴的な名前の者が多い。


一方エレオノーラは勤勉で南国エバーを学習済みだ。

かつ公爵家の娘なので、家にエバー出身の画家を抱えていたりする。

だから特徴あるエバー国の名前に馴染みがあった。


「まぁ、遥々と。レーヴェンタールにようこそ」


エレオノーラは彼と初めて会った気がしないのだが、名は初めて聞くものだ。

はっきりしないむずむずを心地悪く思いながらアンニョロを観察する。


よく相手を見る。

言葉、表情、仕草で性格が見えてくるから、それで対応を決める。


隠れ部屋で男に学んだ事だ。


他愛のない世間話を重ねながらこちらの出方を伺うエレオノーラ。


だけれど、笑い顔、手の動き、視線の流し方、声・・・どれも覚え(・・)がある。

この、魅せられる感覚に。


アンニョロがエレオノーラの世辞に、はっと息を漏らしてはにかみ笑う。

それで何かを得た彼女は、頭を上げて眼鏡を見通すように目に力を入れた。


「あなたは、」


全てを告げる前にエレオノーラはアンニョロの後ろに静かに近寄る者へ目を止める。


エレオノーラの視線を追っていた男も、己の背後に迫る何かに気づく。


「何をなさるの!」


しかし首を回す寸前に男の頭から首にかけて強い衝撃が走り、エレオノーラの悲鳴を聞きながら男の意識は落ちた。







男「アンニョロ・アッポンダンツァです」

グンター「あんにゃろ・あほんだら?」

ベルノルト「あんよ・すっぽんだった?」

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