学園一年目⑤
おはようございます。
宜しくお願いします。
「──────花のつく時期が冷え込むと実の付きが落ちるので、西部の穀物は質が悪く収穫量も減る見込みが・・・て、ファビアン様聞いてますか?」
男は手にした情報から仕入れ先の検討と、仕入れる品量を提示していたが、どうも視線の合わないファビアンに語気を強めた。
「ん?あぁ、すまない。昔を思い出していたんだよ」
頬をぽりぽり掻いて、眉を下げたファビアンは笑う。
「お前を雇うことにしたときも似たようなこと聞かされたなあ、って。大きくなりましたねえ、お前は」
それを聞いて男はやや頬を赤くして、苦い顔を僅かに見せた。
男にとってまだ世慣れしていない時期の、未熟で恥ずかしい思い出だ。
なんせ、店主ファビアンの前に立ち塞がり「冷え込みで穀物の収穫量が減るから、売るときのきなみ値上りするが、質も悪いから仕入れは別の場所からにした方がいい」と偉そうに宣って、そして願い出たのだ。
「覚えてますか?お前、『町で四番目に大きな店にするから、雇ってくれ!』って。四番目って。なんて中途半端なね、」
拳で口許を隠して、くくく、と笑いを堪えてファビアンは目を細める。
「あんまり成長しすぎると妬んだ他店に打たれますから配慮したんです───って、もうやめてください!」
当時は考えた末に出した名案だと思ったのだ。
その四番目を連呼され、男は気恥ずかしさに身悶えしそうになるのを堪えた。
「あの時はまだ可愛いげがあったなあ。ねえ?言葉遣いも丁寧でかしこまってて」
男は図書館通いで貴族に囲まれた生活に染まっていて、ドーレス商会でクリスを名乗り働き始めても暫くはお上品さが抜けなかった。
でも衣服はボロかったから「どこの没落お坊っちゃんだ?」と周囲に揶揄られ、男は貴族とバレやしないかと冷や冷やしたものだ。
「まだ、態度を使い分ける器用さがなかったんです。本当に、勘弁して・・・」
男は両手で顔を覆い懇願する。
それを可笑しそうに目を細めて、でもさらに追い詰めるファビアン。
「ちょっといじれば結果のでる、のびしろのあるちょうどいい規模の小ささだからウチに決めた、と言ってたねえ。お前」
収益を底上げしやすい小さな商店だ、と当の店主に向かって言い放つ13歳。
言った、そんな事まで確かに言った。
己の賢さを喋りたくなるお年頃だったのだ。
にしても上から目線がひどいしかゆい!
男は耐えきれなくて、貴族向けのアルカイックスマイルで遥かかなたをみつめ、逃避を図った。
ドーレス商会はペトラの知り合いで、図書館に通うため着替えさせてもらい、店員に送り迎えまでしてもらっていた。
しかし店員だと思ってアレコレ喋っていたのがファビアンだったのだ。
いや、送り迎えしてもらっていた当時は確かに店員だった。
ちょうど親から店を継いだところに、男が雇い請いに飛び込んできたとか。
男としても目玉が飛び出る非常事態だった。
気安く話せる兄のような店員が店主になっていたのだから。
経営状況や店で扱う農作物の情報収集に目がいっていて、家族関係を調べ忘れていた、凡ミスだった。
己の口軽さを恨んでも、計画変更するにはドーレス商会以上に好条件の店がなくて突撃を敢行するしかなかった。
仕方なく強気の理詰めで勝負したのだ。
背水の陣だったが、ファビアンは笑って雇ってくれた。
事後報告になったペトラにはこっぴどく叱られ、男の家のことなどについて再度ファビアンと三者密談したのだった。
ちなみにその時男はまだ演劇に傾倒していなくて、男の『設定』は『ファビアンがペトラの親戚を見習いとして預かる』だ。
「まあでもね、いくらでも誤魔化したり手を抜いたりできたのに、お前は律儀だよね。本当に四番目にしてみせた」
四苦八苦しながらも、男の市場分析とファビアンの決断で店は大きくなった。
文字通り、二人三脚で。
「──────半分はファビアン様の手腕です」
素性の怪しい少年の話をまともに聞いて、それを基に店を動かしたファビアン。
「へえ、半分もくれるの? ありがたいことだね」
至極楽しそうに口を開けて笑うファビアンには、能力を発揮すべく試行錯誤・・・ときに右往左往する男の迷走時代をがっつり見られている。
だけど男は否定されたことは一度もなかった。
どうやっても頭が上がらないのだ。
男は調子を乱されて、居心地悪そうに肩を回した。
「あ、店主の集まりで聞いた話だけどね。隣国ガンダルの輸出入に少し変化があるんだ。そこと品を取引する店自体少ないから確かとは言い難いけれど」
さりげなくアデリナの仇をとって満足したファビアンは本題に入る。
「ガンダルですか?氷の女神が棲んでいるっていう。あんまり国交はないですよね」
この世界にはあまたの女神がいる。
しかしその姿を見た者はいないとされ、その存在は気紛れにひとに与えられる祝福という特殊な力でのみ明らかになる。
そしてまた滅多にないが女神が地上に顕現して棲みつくことがある。
それで世界に知られている女神の棲み家のひとつが、ガンダル国の霊峰だ。
女神の山は年がら年中山裾まで氷が溶けず、ひたすら寒いらしい────そんな話くらいしか、レーヴェンタールの平民には知られていない閉じられた国。
「細い国交だからこそその国の物を欲しがる者がいる。ガンダルはよく分からない国だから間違えると危ないけれど、当たれば旨い商機だよね」
「稀少品好きはこだわりますからねえ」
「うん。それでね、かの国の輸出が減って輸入が増えているらしい。ほんのごく僅かだけどね」
商人は物の流れに敏感だ。
そして知り得た情報を商人同士の取り引きの材料に使ったりもする。
ファビアンはそういう上物を嗅ぎ当てるのが得意だった。
「へえ・・・よく気付きましたね、そんな変化。一時のことじゃないですか?でもファビアン様の扱う品には関わりのない話題ですね。この店、国内品ばっかりじゃないですか」
「そうなんだよね。それが何だか気になって。ほら、僕は忘れっぽいけれど、お前は一度聞いたら忘れないでしょう?組み合わせるのも上手いし、だから任せたよ」
つまり丸投げ。
ファビアンは精査されたカードを時を選んで適所に切るのは得意だが、そのカードを作るのは不得意だった。
それでこうして気になる話を男に覚えさせて、有力なカードを作ってもらうのだ。
「あとベッカー爺さんの孫が嫁探しを始めたってさ」
ベッカー爺さんは三番目に大きな商会の頭だ。
孫は四人で一番上はもう嫁がいたはず。
二番目は15歳だったか。
と、そこまで脳内から引き出してふと半目になる。
「ちょっと、それ要ります?覚えちゃいましたけど」
「あはは、聞いたら覚えるって便利だよねえ」
「・・・・・・」
たまに石コロまで拾わされている気がする男だった。
「嬉しそうですね?」
「え?」
久しぶりに時間が合い、エレオノーラに芝居を見せた。
今日はファビアンから聞いて思い付いた『氷の女神の心変わり』を演目にした。
その後女神の話をいくつか交わしていたら、彼女は目をくりっとさせて何気なく男に訊いてきたのだ。
嬉しそうですね、と。
「お口が、ほんの少しですが上がっているように思えます」
と、エレオノーラは扇で自身の口をトン、と示す。
男はつい手のひらで口を隠した。
それが肯定を表してしまっているとすぐ気がついて、手を腰辺りに擦り付けたり意味なく上げ下げした。
「あ、いや。その。・・・参ったな、よく見ておられましたね」
エレオノーラは困ったように頭をぽりぽりする男を見て、微笑みを浮かべた。
「相手を見る余裕が生まれたのも、貴方様のおかげです」
お姫様は本当に立派になった。
この調子ならあの無関心王子もきっと彼女を見直すだろう、そう男は思えた。
「で、何がございましたの?」
ずいっ、と身を乗り出したエレオノーラの目は聞きたがりな好奇心でキラキラしている。
いつもペタッと顔に貼ったような笑顔ばかりの男が感情を隠しきれてないなんて、どうしてなのか気になって仕方ないのだ。
エレオノーラの近さに内心焦りながら同じだけ男は身を引いて、こういうのは貴族平民関係なく女の子の特性なんだな、と知るのだった。
「弟が。・・・エレオノーラ様と、同じ歳の弟が領地におりまして。手紙が来たんですよ。体が成長しているようで、大きくなったとそれは喜んでいて、それが嬉しくて。それだけなんですが」
ただもう嬉しくてですね・・・、と眉を下げて男は笑う。
エレオノーラは、見たこともない顔を男に見た。
そして、会ったこともない、けれど面差しは男に似ているだろう自分と同じ歳の弟とやらに、なんだかモヤモヤとした気持ちを抱く。
「それは、とても喜ばしいことですね」
なんだか分からない気持ちのまま、エレオノーラは笑顔で男に返した。
「王都の食べ物を定期的に送っているのですが、それが体に合ったのでしょうかね。食べ始めてから大きくなりだしたように思います」
「まぁ。確かに、遠出した地の食事や水が体に合わず体調を崩すことがあるといいますし、きっと逆もあるのでしょうね」
弟を思い出しているのか、男は本当に慈しむ優しい顔をしている。
エレオノーラは動揺が顔に出ていないか気を使う余裕もなく、図書室に辿り着いたものの、男とどう会話して別れたのかも覚えていなかった。
ある日
身なりのよい爺さんA「ボンをないがしろにしてないだろうな?大事にするのだぞ」
別の日
身なりのよい爺さんB「経営はうまくいってるか?うまくいってるハズだ!わしらのボンがついとるんだから!」
またある日
身なりのよい爺さんC「ボンを返しておくれ!」
ファビアン「また居ないときを狙って来て。はいはい、本人に言ってくださいねえ~」
皆さまよいお年をお迎えください。




