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修了祭のはじまりはじまり

 二話完結です。


次は19時に予約投稿予定です。

「みなに聴いてもらいたい。私は、エレオノーラ・ローヴァインとの婚約を、は」

「お待ちください!」


王国の第一王子が山場を言い切る前に止めたのは、彼の側近でも、衆目の中なのに婚約破棄を言い渡されそうになっていたエレオノーラでもない。


なんというか、知り合いですらない男だった。


突然の横槍に第一王子アードルフは眉間にシワを寄せる。

王子である彼は身分ゆえに言葉を遮られる所為に慣れていない。


王子の私に対してなんたる無礼な奴だ、さてはエレオノーラの差し金かとアードルフが横目で彼女を見ると、そちらも目を丸くして男を見ていた。


この場は王国の学園で、『学業に身分地位の差違はない』と国王自らが公言している。

これは学園にいる者なら衆知で、お互いに尊重し合う態度を取り合うのが普通だ。

つまり少数派である家柄スキーの勘違い野郎の中に王子様がいたという残念なお知らせだ。


方や周囲は新たな展開に色めき立っていた。

特に夢見るお嬢さま方は両こぶしを合わせて息をのんで見守っている。


これはアレか、愛しい女の危機的状況を救うべく現れた、よくあるナンではないか、と。


「お待ちください、それでは余りにも───」


切羽詰まった声の男はひょろりと上背があり、茶色い髪はところどころハネている。

顔は青白く、肩を震わせて、よろよろと進み出てきた。


鬼気迫る男の様子に王子アードルフは少し退いた。

自身でも婚約を破棄することに少し後ろめたさがあったのだ。

まさか行いを咎められるのかと顎を上げて威嚇するように男を見下ろした。


「・・・余りにも、立ち位置が悪すぎます!私は演劇に覚えがありましてね、・・・エレオノーラ嬢とは5メルトルは間をあけて。そうそう、宜しいですよ!(おおやけ)の対立ですからね、近くちゃあいけない。物理の距離は心の距離ってね!アードルフ様、足も肩幅に開いて!うん、先程より威厳がでましたねぇ。お、あちらの舞台も利用しましょう!人より高い位置に立つことで人目を引き、より別格感が出るんですよ!ほら照明もバシバシ背に浴びましょう!威光追加ー!」


ほらほら、と見た目より力強い押しに負けアードルフは舞台に上げられる。

文句を言う隙すらなかった。


「さあ、場が整いましたよ!始めからどうぞ、やり直し下さいね!」


どや顔で手を広げられ、アードルフは困惑する。

舞台から見渡すと、皆も自分と似たような顔をしているようだ。

その中に不安そうに佇む彼の愛しい人を見つけた。

アードルフは思わず口元が綻ぶ。


ここは学園の大講堂で、今は卒業を前に開かれる修了祭の最中だ。

アードルフは彼女のために決意し、この日を選んだのだ。中断する訳にはいかなかった。


アードルフは肩幅に足を開き、ビシッとエレオノーラを指差した。


「エレオノーラ、君との婚約を破棄する!私は真実の愛に目覚め、その」

「はいはーい!」


パンパンパン!と手を叩き、またもや中座させたのは同じ男だった。

アードルフは言い切れない気持ち悪さに顔が歪む。


「またか!何だお前は!」


「いやはやアードルフ様、ここからが大事ですよ!公爵家のエレオノーラ嬢との婚約を破棄なさるのです。生半可な理由ではいけませんからね!」


良い笑顔の男は腕を組んで頭を上下させている。

アードルフは「当たり前だ!」と憤慨した。

然るべき理由があってこうなったのだ。

いい加減な訳がない。

気を取り直してエレオノーラを見下ろす。


「エレオノーラ、君は身分を笠に着てやり過ぎた。その所業はもはや罪に値する。しかし私から婚約を破棄することでその罪を相殺しよう。私からできる最後の恩情だ。これからは───」


己の言葉に昂り締めくくりを口上しようとするアードルフの視界に神経質にたんたんたん!と足を踏み鳴らす男が入った。


「───なんなんだ、一体!?」


「んん~、イマイチ盛り上がりに欠けますねえ。私こう見えて演出にも詳しくてですね?普通こういった場合、比較対象がハッキリしていた方がウケるんですよ!悪人に対する善人、みたいな?」


ウケなんて狙ってねぇよ!

そうツッコミが纏まった瞬間だった。


「ですからね、勿体ぶるのは如何なものかと思いますよ?」


笑う男は思わせ振りにある女を見る。

それは、アードルフが気にかける(ひと)だった。


アードルフはふいに理解する。


この男はエレオノーラの刺客ではない、こちら側の人間だと。


物語の主人公のようにこの舞台で、正々堂々と、己の、ひいては彼女(・・)の正当性を示せと、そう言われているのだと感じた。


アードルフに相応しいのは誰なのか。


「コリンナ。コリンナ・アルデンホフこちらへ」


アードルフが優しく手をさしのべると、人垣が自然と割れる。

儚げな女がそこにいた。

アルデンホフ男爵の娘、コリンナだ。

髪と同じ金の長い睫毛を震わせ、躊躇いがちに階段をのぼり壇上のアードルフの傍に寄る。


「エレオノーラ、君はこのコリンナに悪行を働いた。それを今(つまび)らかにする」


エレオノーラの顔は血の気が引いている。

しかしまっすぐ前を向き、凛と背を伸ばしていた。


「あ、そうそう」


張り詰めた場に合わない明るい男の声が響く。

コツコツと足音がしてエレオノーラの視界が陰った。

広い背中だった。


「悪口言われたとか荷物を隠されたとか壊されたとか、使い古された陳腐なイタズラは無しですよ? 出し物の演出としてはありきたりですし。悪口なんか私どもの社交じゃ挨拶みたいなもんじゃないですか。悪行(・・)のうちに入りようもない。荷物の管理は自己責任ですし、個人棚には鍵ついてますよね? 鍵の掛け忘れは己の不注意だ。大切な物は肌身から離さないべきで、そもそもそんな物は学園に持ってこなきゃいい」


つい置き忘れちゃうような物は、大切とは言いませんよね!と、朗らかに男は笑う。


勿論こんな軽い話じゃありませんよね?と男から期待の視線がアードルフに飛ぶ。

もちろん、周囲も固唾をのんでいた。

婚約を破棄されるくらいどんな酷いことをエレオノーラがしていたのかと、皆が聴きたがっていた。


アードルフは腕を振り上げ「これは演劇会ではない!」と怒鳴りつけようと口を開けたまま固まっていた。

言わんとすべき罪があらかた(・・・・)先に片付けられてしまったからだ。

それらは罪としては軽く、どちらかというと自己管理の不備によるものだと言われて逆に驚いた。


言われてみればコリンナから聞いた話では、たまたま鍵を掛け忘れて、とか、うっかり机に置き忘れて、なんて言葉があったような?とアードルフは眉を寄せた。


「アードルフ様・・・」


傍らの可憐な人からすがるように腕を挟まれてアードルフは我にかえる。


「大丈夫だ、コリンナ。私に任せておけ」


アードルフとコリンナは人目を忍んで愛を育んできた。

そしてアードルフの愛を得られない形だけの婚約者エレオノーラは嫉妬に狂い、コリンナを苛んだのだ。


アードルフはたおやかな愛しい人の腰を抱き、甘い視線を交わす。

この苦難に立ち向かい乗り越える。

そう、二人は世界に酔っていた。


「女の嫉妬は時に、取り返しのつかない愚かな事を為す。エレオノーラ、君はコリンナを害そうとした。階段から突き落とすとは恐ろしい事を・・・」


はっ、と息を飲んだのは誰だったのか。

アードルフは更に勢い付いた。

キュッと愛しい人の細腰を抱き寄せ、残る手を演技がかった仕草で煽り上げる。

心なしかスポットライトが集まった気がした。


「私の愛はエレオノーラ、君に無いのだ。幸いコリンナに怪我はなかった。・・・君は王太子妃になるべく今まで努力してくれていた。私は君を罰したくはない。婚約破棄で済ます恩情をどうか受け取ってくれ」

 

僅かに照明が暗くなる。

ゆっくりと胸の前で握りこぶしを作ってから手を下ろした。

少し憐れみが滲んだ顔になったかもしれないが極力淡々と別れを切り出せたとアードルフは思った。


エレオノーラは言葉もないようだ。

アードルフからは男が邪魔で彼女の姿が見えない。

というか舞台の上下はあるものの男はアードルフの真正面にいた。

まるで男に別れを切り出したような感じを受け、アードルフの顔がひきつる。


ゆらりと男がアードルフを見上げる。


「アードルフ様、生半可な理由では駄目だと申しましたよね?」


柔らかな物腰は鳴りを潜め、挑戦的な眼差しが向けられていた。


「なるほど確かに傷害の罪は重いですね。では証拠は?」


男の変わりように戸惑いながらアードルフは答える。


「無論ある!一部始終を見ていた者達がいる」


アードルフの言葉を受けて数人の男達が出てきた。

彼が王になったとき、彼を支えるべき地位に付く側近達だ。


どの者も優秀で、実直な性格だと知られていた。

動かぬ証が出たことで、エレオノーラの周囲に冷ややかな空気が流れる。


それを溜め息で受けた男は、やれやれと頭を掻いた。

「身内じゃ証人になりませんよ」と呟かれた言葉は真後ろにいたエレオノーラにだけ聞こえた。


「ちなみに私、演出だけじゃなく演じる方も好きでして、たまにひとりで両方やって楽しんでいるんです」


急に変わった話題に、男に聴衆が集まる。


「しかし出来を観て貰うのも上達の近道って申しまして、時たま親しい人にお披露目するんです。まあ、楽しいモノですよ。でね、その日も演じていた訳でして」


(くだん)の階段の、上の踊り場で。

と、ニヤリと男が嗤った。


ばつん、と講堂と舞台の照明が落とされ最小限になり、ついで点けられたスポットライトが集められる。

男に。



男はするりと動く。ライトも男を捕らえ動く。


表情は訝しげに、左右を確かめる様は誰かを探しているようだった。


その手足は優雅で滑らかに舞台へ階段を上る。

まるで、高貴な女性のような動きだった。

そして見るものが見たらわかる、それは王族の女性が取る所作。


学園内で例えれば、王子の婚約者であり、未来の王太子妃となるエレオノーラ・・・。


『わたくしを呼んだのは誰? あら、コリンナ様? あの手紙は、貴女からでしたの?』


男とは思えない高く謳うような声音だった。


さらに男はひらりと身体を反転させて舞台階段ギリギリに佇む。

上目遣いに目を輝かせてニコリと蠱惑的な微笑みを見せる。


皆には小柄で可愛らしい()がみえた。


ひらりと身を翻し、


『コリンナ様?!そこは危ないわ、どうぞこちらにっ』

ぐぐぐっと、指を伸ばす。


またひらり、


伸ばされた手を振り払い、

『エレオノーラ様!何をなさるの?!やめて下さい!あぁっ!』


()は階段を転がり落ちる。


暗転。




────講堂と舞台の照明が戻った。


男はすでにエレオノーラの前に戻っていた。


「ご観覧ありがとうございます」


そしてにっこりと笑い、片手を前に残りを腰に添えてお辞儀した。


驚きを内包した沈黙が場を包んでいた。


男が演じていたのはエレオノーラとコリンナの二役だ。

エレオノーラはコリンナに呼び出され、コリンナは階段から落ちた。

自分(・・)から。


それを全員が見た(・・)のだ。


「そ、そんなの嘘よ!エレオノーラに頼まれてやった出任せ劇でしょう!!」


悲鳴のようなコリンナの叫びに男は嗤う。


「だからね、私はたまに観てもらっていると言ったでしょう?その日はご縁があってね、」


言葉を切ったところで、厳めしい顔をした髭もじゃの大柄な男が舞台袖から現れた。


「バルツァー卿?!いつからそちらに・・・!」


バルツァーはアードルフの問いに一瞥をくれて返答しなかった。


バルツァー卿は世界の歴史を研鑽する大家で、気難しく、試験や論文の評価も平等に(・・・)厳しいと有名な人物だ。


「バルツァー先生、お願いした通りの照明操作で完璧でした。アードルフ様の()までお気遣いいただいて!」


「・・・退屈で、気晴らしにアードルフの上の照明もいじってやったわ。三文芝居も少しはマシになったであろう」


男の称賛に、豊かな髭を撫でて素っ気なく応える大柄な老人は間違いなくバルツァー本人だった。


皆は悟る。

階段上の踊り場でこの男と居たのはバルツァーで、彼もまた階段で起きた一部始終を見ていたのだと。


「アードルフ・レーヴェンタール、其の方もう少し賢いかと思うていたが思い違いであったな。コリンナ・アルデンホフよ、人を謀るのは今日で終いとせよ。限度を見失った者には何も残らぬ。それに王子の腰巾着どもよ、いかに世間を知らぬ堅物といえど女に狂い真を失うのは見苦しい」


揺れる天秤は片翼を床に着く。

ここに嘘偽りなき証人たる第三者が現れた。


そして厳めしい顔のままバルツァーは男を一度指差した。


「一応言うておくが儂はこやつの友ではない。皆に等しく師ではあるがな。歴史に準じた独り芝居をやるから作ったという脚本の監修をしただけよ。その日はたまたま時間が空いて、それの練習に邪魔をした。ついでに見たのがつまらん痴情のもつれかと思えば、とんだ大魚が絡め取られておったわ」


趣味で演出に演者に脚本までこなし何故か照明操作も熟知、その脚本を歴史の大家に監修してもらい、証人のおまけに照明操作も頼んじゃうその度胸。


馬鹿なのか大器なのか。


バルツァーの一言に笑う男へ困惑のおかしな視線が集まっていた。


間もなく、騒ぎの知らせを受けた王城から警護の騎士が来て、王子アードルフとコリンナ、王子の側近達が連れて行かれる。






白目アードルフ「・・・・・おそろしい()!」

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