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sweet 7

 その数日後にも、立川は普段通りに直売所にやって来た。

 立川が来た時、智奈美は休憩中で、係長もたまたま席を外しており、直売所にいたのは唯香だけだった。


「レモンのシフォンケーキ、評判はどう?」

 いつものように商品を選びながら、並んでいた新商品、唯香も気にしていたシフォンケーキに気付いた彼は、不意に唯香に尋ねた。

 唯香は、

「買って行かれたお客様からは、なかなか評判いいみたいです」

 と答えた。


「いつもお菓子を買いに来ていただける近くのお客様の中でも、お友達と集まってお茶をする方達なんかには、先日もいつもの和菓子やケーキとはまたちょっぴり違っていいっていう評価をいただきました。そう聞くと、私も食べたいなぁ、なんて思っちゃいますけど」

「君も1人暮らしだったよね」

「はい。なかなか、手が出ないですね。もう少し小さなサイズを出してもらえるか、特売品になったりしたら、トライしてみたいんですけど」

「特売品になっても、このサイズを1人で食べるのは辛くない?」

「そうですね……」


 せめて、2人だったら。

 不意に、頭をよぎった考えを、唯香は慌てて否定した。

 2人、と思った時、思わず誰かのことを想像しなかったか。


 いけない、と唯香は思った。

 智奈美が変なことを言うから、妙に意識してしまっているのかもしれない。

 自分と立川は、ただの直売所の従業員と客。

 そんな関係ではないはずなのに。


 立川が帰った後、唯香は背後から視線を感じて振り返った。

 振り返った先には、1人の女性が立っていた。

「日高さん。こちらに来られるなんて珍しいですね。どうかされましたか?」

 女性の名前は日高梨絵ひだかりえ

 本部の総務部で働く事務員で、唯香より1年先輩。

 そして、唯香が入社する前まで、直売係で働いていたという女性だった。


 本部で働く多くの女性事務員がそうなように、日高は入社して直売係に配属されたものの、1人だけ本部ではなく工場に配属されたことに、当初から不満を持っていたらしい。

 彼女が本人の希望もあって本部に異動になったことも、結果的には唯香が直売係に配属になった理由の1つとなった訳だが、唯香が入社した時には日高は既に異動になっており、唯香は智奈美から仕事を教えてもらったので、実際には日高とはそう親しくなかった。


 日高は、

「書類を持って行くように頼まれたのよ」

 と、不機嫌そうに答えた。

 日高は、直売係にいたという割には、愛想のいい方ではなく、唯香は彼女が自分が1人でいる時にやって来たことに、内心ビクビクしていた。


「……ねぇ、あなた」

 日高は、自分と入れ替わりに直売係になった唯香には然程興味がないのか、唯香の名前を覚えていない様子で、唯香のことをそう呼んだ。

「今のお客様……小説家の立川穂高先生よね」


 確かに、先ほどまで立川が直売所に来ていた。

 日高も去年まで直売係だったというのなら、立川とは顔見知りだっただろう。

 そうです、と言えばいいだけなのに、唯香は何故か、答えてはいけないような気持ちになった。


「ねぇ、先生は最近、よくいらっしゃるの?」

 唯香に尋ねながらも、日高は先程の客が立川だと確信している様子だった。

「……あなた、立川先生と楽しそうに話していたようだけど、変な気はおこしてないでしょうね」

 日高に言われ、唯香はドキリとした。

 違う。そんなことはない、自分と立川はただの従業員と客の間柄で、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。

 それなのに、日高の発言に動揺した自分に、唯香は逆に驚いていた。


 唯香がずっと答えないでいると、日高は痺れを切らしたように、苛立った声を上げた。

「私、立川先生のことが好きなの。だからあなたも、変な気は起こさないでよね。ねぇ、立川先生は最近、よくここにいらっしゃってるの?そうなんでしょ!」

 日高が唯香に掴みかかるのではという勢いで唯香を睨み付けた時、日高とは別の方向から声がして、唯香を救った。


「それは、あなたが知らなくてもいいことでしょう」

 いつの間にか、智奈美が休憩を終えて戻って来ていたらしい。


 智奈美は2人の所までツカツカと歩いて来て唯香を庇うように日高との間に立ちはだかると、日高に向かって

「その書類を持って来たんでしょう。それを置いたら、いつまでもこんな所で油を売っていないで、さっさと自分の部署に帰りなさい。ここは、いつお客様が来るか分からないんだから」

 と言った。

 智奈美に強い言葉で言われると、日高は何か言いたそうにしたが、結局それ以上は何も言わずに戻って行った。


「……智奈美さん……あの……」

 唯香は、恐る恐る智奈美に尋ねた。

 日高に立川のことを尋ねられた時に感じた、嫌な感じ。

 そして、元々同僚だったはずの日高に対する、智奈美の拒絶するような態度。

 確かに、自分の部署のことを嫌がり、本部に異動した彼女のことを、智奈美がよく思っていなくても不思議はないが、唯香にはそれだけではないように感じた。


 智奈美は、唯香が尋ねるとふぅ、と大きな溜め息をついてから答えた。

「……日高さんにも言ったけど、ここはいつお客様が来てもおかしくない所よ。今は話すべき時ではないわ。……今はやめましょう。でも、あなたにも説明しておかないといけないかもしれない。改めて、ちゃんと説明する場を作るから、納得は行かないかもしれないけど、その時まで待って頂戴」


 聞きたいことは山ほどあったが、智奈美の態度に、唯香は仕方なく、はい、と頷いて、混乱した頭のまま仕事に戻った。

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