sweet 6
唯香は立川から借りた本を家に帰るとすぐに読み始め、あっと言う間に最後まで読んでしまった。
けれど、すぐに返してしまうのは勿体ない気がした。
立川が返すのはいつになってもいいと言ってくれたこともあり、唯香はもう1度最初から、今度は最初に読んだ時よりもゆっくりと、本を楽しむことにした。
「もうちょっと、じっくり読ませてくださいね」
直売所を訪れた立川にそう告げると、立川は少し照れた様子で、
「……誤字とか、アラが見つからなきゃいいけど」
と苦笑した。
その時、直売所にもう1人入って来た人物がおり、立川はあからさまに嫌そうな顔になった。
「なんだ。来てたのか」
その人物は立川を見ると然程驚いた様子はなく言った。
「副社長」
それは、唯香の憧れでもある矢島副社長だった。
「……僕はお菓子を買いに来てるんだ。お前こそこんな所に何の用だ」
「自分の会社のどこにいたっておかしくないだろう。……ちょっと智奈美に用事があったんだよ」
立川は副社長に対し、いつも唯香と接するよりも強い調子で言い、副社長もいつもよりくだけた様子だった。
突然のことに驚いたのは唯香である。
「お2人はお知り合いだったんですね……。あ、智奈美さんが立川さんのことをお知り合いのお知り合いって仰っていたのは、立川さんが副社長のお知り合いだったからですか?」
唯香が気付いて言うと、智奈美が事務所から出て来て、
「まぁ、そういうこと」
と答えた。
副社長は、
「もう辻谷さんも智奈美から聞いているのかと思ってたよ」
と言った。
「こいつとは小学校から高校まで、何だかんだずっと一緒、同級生の腐れ縁でね。まぁ、境遇も似たようなもので、ウマは合ったってのもあって」
「……おい、もういいだろう」
立川は迷惑そうに言った。
けれど唯香は、副社長の言った言葉が少し気になって尋ねた。
「境遇って何のことですか?」
唯香が言うと、副社長は智奈美の方を見て、
「……本当、何も言ってないんだな」
と言った。智奈美は、
「個人情報ですから」
とにんまりと笑ってみせる。
副社長はちらり、と立川を見た。
立川が嫌そうな顔で、
「……ここまで話して、気にするな、で終わるのもおかしいだろ」
と答えたのを確認すると、副社長は言った。
「こいつの家も、親子代々会社を経営しててね。今はお兄さんが社長か。立川呉服店って知ってる?」
「知ってます」
唯香は驚いて答えた。
立川呉服店と言えば、矢島製菓と変わらないくらい、歴史の長い会社ではなかったか。
なるほど、立川の住んでいる家が立派なのは、そういう訳だったのだ、と唯香は思った。
立川は、珍しく仏頂面になっていたが、唯香がふと、
「立川さんって、そういえば着物とか似合いそうですね」
と言うと、面食らったような顔になって、
「……そこなんだ」
と笑った。
何でかよく分からないけど、少し機嫌が直ったみたいだ、と唯香は思った。
「立川さん、あれだけ会社の近くにお住まいで、副社長ともお知り合いなんですよね。最近はずっと頻繁に直売所に来ていただいてるのに、私が入社してしばらくはいらっしゃらなかったじゃないですか。何か理由があるんですか?」
立川と副社長がそれぞれ帰って行った後。
唯香はふと、以前から気になっていた疑問を口にした。
智奈美は一瞬沈黙した後、
「……さぁ、たまたまじゃない?」
と答えた。
いつもは明るくハキハキしている智奈美が即答しなかった所を見ると、本当は何か理由があるのだ、と唯香は確信した。
「それはそうと」
唯香の疑問を追いやろうとしているのか、ニヤニヤしながら智奈美が言った。
「智奈美ちゃんったら、教えてないのに立川さんの家、知ってるのね。そんなに仲良くなってたとは知らなかったわ」
「たまたま帰るときにお家の前で会ったんですよ。智奈美さんが想像してるようなことじゃないです」
唯香が慌てて否定すると、今度は
「私が想像するようなことって何かなぁ?」
と、返された。
本当に、この間家を知ったのは偶然だし、立川と自分はただの直売所の従業員とお客様だ。
第一、今日、副社長と同級生だということがはっきりしたのだから、予想していた通り、立川も副社長や智奈美と同じ35歳。唯香とは歳が違いすぎる。
結局、智奈美にそうやってはぐらかされ、その日唯香は立川が一時期直売所から遠ざかっていた理由を知ることが出来なかった。