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sweet 5

「唯ちゃん、新作来たよー」

 朝の納品時にパートの岩田に言われ、唯香はコンテナに飛び付いた。

「本当だぁ……。おいしそうー」


 直売所の商品は、新商品が出ると本部から指示が来て、一部入れ替えとなる。

 唯香達直売係はお客様から質問を受けることも多いので、一通り事前に商品特徴を知らされており、試食もさせてもらっている。

 今回の新作の中で唯香が1番気に入ったのは、レモン風味のシフォンケーキだった。


「お店の入り口にも宣伝チラシ貼りださないとね。……それにしても唯ちゃん、ガン見ね。そんなに気に入ったの?」

 唯香がじっとケーキを見つめていると、智奈美が笑いながら言った。

 いけない、仕事中だった。

 唯香は慌てて姿勢を正した。

 

「試食の時においしかったから……。本当は買って帰ってまた食べたいところだけど、1人で食べるには大き過ぎるよなぁ、って考えてました。行き詰まってる時の立川さんなら、行けるかもしれないですけど」

「それじゃ勿体ないでしょ。あの時の立川さんは、ちゃんとお菓子を味わって食べてないんだから」

 智奈美が笑いながら言った。

「まぁ確かに、1人で食べるにはちょっと大きいわね。冷凍して、少しずつ朝ごはんにするとか、何日かに分けて食べてもいいけど。それか、実家に持って帰るとか。唯ちゃん、実家それほど遠くはないんでしょう?」

 唯香は確かに、矢島製菓のお菓子を手土産に実家に帰ったことが何度もあった。

 でも実は最近、母に電話を掛ける度に1人暮らしに対する小言を言われ、軽く母と喧嘩になったので、あまり実家に帰りたくなかった。


「実家はちょっと何なので……欲しいですけど、ちょっと様子見します……デス。結構値段しますし」

 唯香が神妙な面持ちで言うと、智奈美が苦笑する。

「私が買ってあげようか?お昼休憩の時にみんなで食べたらいいんじゃない?」

「いえ……お気持ちだけで」

 智奈美のありがたい申し出を、唯香は断った。

 直売所はお昼時間帯にも来客があることがあるので、直売係の唯香と智奈美は、基本的には交代で、別々に昼食をとる。

 直売係の事務所は透明なガラス越しに直売所にいるお客様からも見えてしまうので、お昼休憩は事務所ではなく、工場の休憩所でとっていた。

 休憩の時間帯によっては工場のほかの従業員と一緒に昼食をとることになる。

 そうすると、パートの人達が持って来たお土産のお菓子や工場の新作の試作品などが回って来ることはあったが、智奈美と一緒に休憩に入るわけではないのに、智奈美にお菓子を買ってもらって、みんなのいる所で食べる……というのは、気が引けた。

 逆に自分が買ってみんなで食べる……ならアリのような気もするが、1人暮らしの唯香には、いくら社販価格で購入出来ると言っても、少し値が張る。

 ちなみに、特価品になると社販価格で店頭価格(半額になった価格)の半額で購入出来るが、通常の商品は社販価格とは言っても店頭価格の20パーセントオフ。

 紙製のケーキ型に包まれたシフォンケーキの店頭価格は、二千二百円だった。


 その後、程なくして直売所に現れた立川も、新しい商品がお店に数点並んだことにすぐに気付いた。

「せっかくだから新しいものをいただこうかな……。ああ、シフォンケーキもあるんだ」

 立川が最初に手を止めたのは、唯香が気に入ったのと同じ、シフォンケーキだった。

「シフォンケーキ、お好きですか?」

 唯香が尋ねると、立川は

「好きだよ。でも、1人では食べ切れないし、なかなか手を出しにくいよね」

 と、唯香と同じような返事をした。

 立川は結局、迷った末に新作を含むバラ売りのおまんじゅう数個を購入して帰って行った。


 仕事が終わり、いつものように自転車で帰宅する途中。

 唯香は、向こうから歩いて来る人物に気付き、自転車を止めた。

「……立川さん?」

 向かいから、スーパーのビニール袋を持った立川が歩いて来るところだった。

 唯香の声に気付くと、立川も唯香に気付いたらしく、驚いた顔をする。

「お買い物の帰りですか?お家、近くだって聞きましたけど」

 唯香が尋ねると、立川は、

「あぁうん……近くって言うか、ここ?」

 と言って、すぐ側にある、平屋建ての一軒家を指差した。

 言われて見ると、確かに門のところに『立川』と表札が掲げてある。

 通勤路なのでいつも通っていたのだが、自転車で通り過ぎるだけなので、今まで気にしていなかった。

 確かに会社から近いとは聞いていたが、本当に近くに住んでいたんだ、と唯香は思った。

 そして、1人暮らしと聞いていたが。


「こんな立派な家に1人でお住まいなんですか?」

 唯香は思わず尋ねた。

 平屋建てとは言っても、立川の自宅だというその家には、立派な門扉があり、こじんまりとはしているが、ちゃんと庭もある。

 小説家というのはそんなに儲かる職業なんだろうか、と唯香が思っていると、立川は唯香の考えに気付いたのか、苦笑を浮かべた。


「残念ながら、僕が建てた家じゃないんだ。両親が建てたものだけど、もう歳も取ったしと言って、今は兄家族と一緒に別のところに住んでいてね。でも、この家は残したいと言うから、僕が管理人代わりに住んでいるだけ。独身で不安定な職に就いている僕は、両親も当てにしていないみたいでね」

 嫌な気持ちにさせてしまっただろうか。

 唯香が何だかバツの悪い気持ちになっていると、立川は不意に話題を変えた。


「ああ、そんな話はいいや。……丁度今日、新しい本を受け取ったところなんだけど……もし読むのなら、読んでみる?」

「えっ?」

「いや……。無理にではないけれど。この間も僕の本を買って、また読んでくれたと言っていたから。興味を持ってくれたなら、どうかなと思って」

 立川は、唯香が驚いたので、無理に押し付けてもいけないと思ったらしい。

「……変なこと、言ったかな」

 立川が自分の発言を後悔するような素振りを見せたので、唯香は慌てて否定した。

「あの!……もしご迷惑でなければ、読みたいです」

 唯香が言うと、立川は嬉しそうに微笑み、唯香にちょっと待っているように言うと、一旦家に入り、本を持って出て来た。


「返すのはいつでもいいからね。気を付けて」

 立川は本を渡すとそう言って、家の中に入って行った。

 唯香は立川から渡された本を自分のカバンにしまうと、立川が入って行った家に向かってぺこりとお辞儀をし、自転車を漕ぎ出した。

 家に帰ったら、大事に読もうと思いながら。

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