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sweet 4

 唯香が立川と初めて出会ってから、数ヶ月が過ぎた。

 その間に、唯香は度々立川の接客をし、双方に時間の余裕があれば世間話をするようになった。

 入社から初めて会うまでの数ヶ月間、立川が1度も来店しなかったのが不思議な位で、立川は大抵1週間に1度、少なくともひと月の間に数回は、直売所を訪れた。


 立川は意外にも、ほとんどの場合、『綺麗な立川』で直売所に現れた。

 世間話と智奈美からの話によると、矢島製菓からそう遠くない場所で1人暮らしをしているらしい。

 どうやら、甘い物が好きだ、というのは本当なようだが、普段はあまり多く購入しても余ってしまうからと、ゆっくり時間を掛けて厳選した商品を少しだけ購入して、嬉しそうに帰って行く。

 仕事に行き詰まっている時の彼はさすがにちょっと近寄りがたいものがあるけれど、ケーキを食べている彼を見たからか、唯香は次第に立川を憎めなくなっていた。

 智奈美や副社長と同じ年頃のようなので、新卒の唯香からすると、大分年上だとは思うのだけれど。


 立川という人と親しくなるにつれ、小説家だという彼がどんな文章を書くのかも、次第に気になるようになった。

 智奈美なら本を持っているかもしれないと思って尋ねると、智奈美は予想通り

「何冊か持ってるよ。読んでみる?」

 と言ってくれた。

 けれど、よく考えたら智奈美に本を借りるよりも、自分が本を購入した方が僅かばかりではあるけれど立川にとってはいいのではないかと思い直し、智奈美にオススメの物はないかだけ聞いて、唯香はひとまず、インターネットで2冊だけ立川の書いた本を購入した。


 1冊は評判がよかったというデビュー作。

 もう1冊は、智奈美が唯香に向いているのではないかと言ってくれた、比較的最近書かれた短編小説。

 作家の方を知ってから本を読むなんて初めてなので、不思議な気持ちになりながら、唯香は帰宅後、1人の時間を使ってその2冊の本を読み進めた。


 デビュー作の『夕日』は、崩壊寸前の家族の姿を描いた作品で、それぞれの抱える問題が積み重なり、すれ違って行く様子が綴られている、読んでいると心が苦しくなるような物語。

 もう1冊の方、『ポートレイト』は、高校の写真部員同士の初々しい恋を描いた、胸がきゅんとする物語。

 どちらも読みやすい文章だったので、唯香はすらすらと読み進めることが出来た。

 立川はもしかすると、この2つの小説も、時に行き詰まって甘いお菓子を食べながら、書いたのかもしれない。

 そう思うと、ボサボサの頭にハンテン姿でお店に現れた立川の姿を思い出し、唯香は1人の部屋で思い出し笑いをしてしまった。


 本を読み終わった数日後、立川が直売所を訪れたので、唯香は接客をしながら

「この間、立川さんの書かれた小説、読ませていただきました」

 と彼に伝えた。

 立川は目を丸くして、手にしていた菓子の袋を落とした。

「……大丈夫ですか?お菓子、無事でした?」

 まさか、こんなに驚くとは思わなかった。

 立川の反応に逆に驚いて唯香が尋ねると、立川は答えた。

「いや……読んでくれると思わなくて。だって僕はほら、君にみっともない所も見られているし。あぁ……お菓子は無事。ちゃんと買うから心配しないで。パウンドケーキでよかった……」

 その日立川が手にしていたのは、ドライフルーツのぎっしり入ったパウンドケーキを、1人分ずつカットして袋に入れてあるものだった。


 むしろ、行き詰まっている時の姿を見ているからこそ興味が沸いたのだ……という本音は心の中に閉まって、唯香が

「『夕日』と『ポートレイト』を読ませていただきました」

 と言うと、立川は、

「智奈美さんに借りたの?」

 と唯香に尋ねた。

「いえ、自分で購入させていただきました。……立川さんはいつもうちの会社にお菓子を買いに来て下さるのに、私は人に借りるんじゃ、何だか悪い気がして」

 唯香が答えると、立川はまた目を丸くする。


「あの……何か、私おかしなこと言いましたか?」

 不安になって唯香が尋ねると、立川は首を振った。

「いや違うよ。……ありがとう。君は真面目なんだね」

「……そうでしょうか」

 よく分からないが、立川は嫌がっている訳ではないようだ、と唯香は思った。

 立川が優しく微笑んだからだ。


 大人の男性に微笑み掛けられて唯香がドキドキしていると、立川は不意に唯香に尋ねた。

「……どちらの方がいいと思った?」

 どちらの、とはこの話の流れからすると、唯香が読んだ2つの小説の中で、どちらがいいと思ったのか、ということでいいのだろうか。

 唯香は、作家本人を目の前にしてどう答えるのが正解なのか分からず迷った後に、正直に答えた。


「あの……本当に、私の個人的な意見ですよ、本当に個人的には!……『ポートレイト』の方が、感情移入しやすいというか、高校時代のことを思い出して、せつない気持ちになって、好きです」

 唯香の答えを聞くと、立川はまた、目を丸くした。

 今度こそ本当に、答え方を間違っただろうか。

 ここはやっぱり、両方とも素敵でしたと答えるのが正解だっただろうか、と唯香が後悔し始めていると、立川は、嬉しい、というよりも泣きそうに見える表情になった。


「……ありがとう。すごく嬉しい」

 困惑する唯香に、立川は言った。

「僕も、本当は『ポートレイト』は気に入っているんだ。近年では、1番思ったように書けた作品だと思っている。でも、世間的な評価としては、『夕日』の方が評価が高いみたいで……。だから、そう言ってもらえると嬉しい。ありがとう」

 自分は、そんな風に感謝されるようなことは何もしていない、と唯香は思った。

 ただ、彼の作品を読んで、素直に感想を述べたまでだ。

「私は何も……。あの、また、ほかの作品も読ませていただきますね」

 唯香が言うと、立川はまた微笑んで答えた。

「僕のでよかったら、是非」

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