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夜の蝶々

作者: 赤オニ

 静かな店内で、ボーイがあたしの名前を呼び、お客様が来たことを知らせる。思わず、くせ(・・)で口を大きく開き自分でもビックリするぐらいの声がでた。


「らっしゃーせー!」

「ちょっと、エリちゃん! 声大きいわよ、それにここは居酒屋じゃないのよ?」

「あ、すいません……」


 先輩に注意され、肩をすくめる。周りのお客様もビックリしたようにあたしのほうを見ている。またやっちゃった……。注目の的になりながら、小さくなってボーイが案内したお客様の隣に座る。恰幅のいいお客様は、肩を揺すって笑っていた。うう、恥ずかしい。ますます体を小さくするあたし。


 坂宮友里恵、あたしの本名。つい最近まで、居酒屋で働いていた時のくせが抜けないのが最近の悩み。店での名前は友里恵から二文字とっただけの簡単なもの。あたしは、顔が少し派手なだけであとはどこにでもいる普通のフリーターだった。……父親の借金が発覚するまでは。父はどうもタチの悪いところからお金を借りてたようで、まだ二十三歳だったあたしは危うくソープに売られるところだった。そこを、上の人(詳しくはわからない)の知り合いが経営している高級クラブで働かせることで代わりに借金を返すように言われたのだ。


 父は妻である母も娘であるあたしもほっぽってどこかへトンズラ。いつか捕まえてふさふさの髪の毛を一本残らず引き抜いてやるのが今のあたしの夢。あんのクソジジイ、絶対許さん! 居酒屋で呑気に働いていたあたしの日常を返せ!


 あたしは、小さい頃からまつ毛バサバサ唇真っ赤っかな派手な顔をしていたせいで、中、高と化粧をしてるだろうと先生から注意されることもしばしば。化粧するとそれはもう、大変なことになるので軽くリップを塗ってファンデーションをはたいてる程度の薄化粧。これでも、キャバ嬢に見られて街中でチャラ()にナンパされることもしばしば。髪だって黒のストレートロングなのに。


 穏やかであまり派手な格好じゃない高級クラブのホステスの中だと、それはもう浮くわ浮くわ大変なもんである。それでも何とかお客様を取れているのは、ママの配慮のおかげ。ママは本当に優しくて、父親の借金のかたで売られそうになったあたしを不憫に思って助けてくれたのもママだ。おかげで、二十五歳になった今はそこそこやっていけている。


 あたしほど着物が似合わない女はいないんじゃないかってぐらい着物が似合わないあたしのために、似合う和服を買ってくれたりする先輩も大好き。ホントに、いい人たちに出会えたと思う。それでも、あたしは就職活動をしながら毎日お酒とおつまみの匂いが充満した明るい居酒屋で働いてる時が一番楽しかったのに!


「ねぇねぇお姉さん。俺たちと遊ぼうよー」


 同伴でお客様と一緒に街中を歩いていると、耳にピアスをいくつもつけたいかにもチャラいです! って男共に声をかけられる。あーあ、だから嫌なんだよね、この派手顔。軽い女みたいに見られるから。生まれて此の方一度も経験ないわ、ボケ!


 お客様に怪我を負わせるわけにはいかない。こう言うチンピラもどきは、刺激するのが一番危険。刃物とか持ってるかもしれないからね。あー、もう! チラチラ見てないで誰か助けてよね! 


「友里恵……どうして僕と言う恋人がいるのにこんなことしてるんだい?」


 不意に、後ろから酷く冷たい声をかけられる。ビックリして思わず振り返る。チンピラもどきたちも「ああ?」と低い声で唸りながらあたしとお客様の後ろを睨みつける。そこに立っていたのは、ここら辺ではかなり有名なホストクラブの人気ナンバーワンの男だった。少し長めの茶髪にキリッとした黒い目。キラキラしたイケメンオーラを無駄に振りまいている。う、眩しい! なんて軽くふざけてみたりする。こう言う真面目な場面で、ついふざけてしまうのもあたしの悪いくせでもある。


 え、何この人。何であたしの名前知ってるの? そして恋人って何のこと? ……さっぱりわからない。この人、頭おかしいってことでオッケー? いや、でも助け(?)に入ってくれたわけだし、頭おかしい人扱いは流石に失礼だよね。とか何とか考えていたら、脇腹に鋭い痛みを感じると同時に、痛みを感じた場所が酷く熱くなる。


「キャー!」


 と悲鳴があがって、隣に立っていたお客様がよろよろと離れていくのを見て、ようやく自分が刺されたことを理解した。


 何これ……意味わかんない。何であたし初対面のホストに刺されてんの? ホント、訳わかんない――。あたし、死ぬの?


 怒りもなく悲しみもなく恐怖もなく、ただ混乱したままあたしは意識を失った。


 はっと目を覚ますと、見知らぬところに寝ていた。視線をぐるりと動かし、白い天井に白いカーテン、ここが病院であることを理解する。どうやら個室のようだ。そして気づく、ベッドの脇の椅子に腰かけていた男がニコリと微笑むのに。ダサい眼鏡をかけたその男は、少し印象が変わるけど紛れもなく、あたしを刺した男そのものだった。ぎょっとして身じろぎすると、ズキンと脇腹が鈍く痛む。男が慌てたように椅子から立ちあがって、あたしの肩を押して寝かす。痛みで男の動きに合わせてゆっくりと大人しく寝た体制に戻る。けど、男を睨むのは忘れない。


「あんた、何でいるわけ? あたしを刺したくせに――」

「友里恵! あんた目覚ましたの! ビックリしたわ、ホント。お母さん心臓止まったかと思った」


 そう言ってベッドに駆け寄ってきたのは、田舎にいるはずの母だった。もう一度ぎょっとして目を見開く。母は、泣きそうな顔であたしの手をぎゅっと握る。そのしわくちゃな手に、あたしもつられて泣きそうな顔になる。


「よかった……、本当によかった! 友里恵が道端で刺されたって彼氏さん(・・・・)に聞いた時はホントにもう、驚いて声でなかったのよ」


 思わず、ポカンと間抜けに口を開く。


 ……母は、何を言っている? 彼氏? あたしのベッドの脇に立つあたしを刺した張本人の男が? 訳が分からない。考えすぎて熱がでそう。え、てか本当に体暑い。もしかして熱ある? 


「ねぇ、あたし今熱あったりする?」

「ああ、刺されたショックでね。でも命に別状はないって、本当によかった。友里恵が刺された時真っ先に救急車を呼んでくれたのは(ひとし)さんなのよ」

「ま、待って母さん。どう言う――」

「お義母(かあ)さん、友里恵も起きたばかりで混乱しているようですし、何より僕は友里恵にあの時の事情を説明したいので、一度席を外してもらえますか?」

「え、ええ、そうね。それじゃぁまたね、友里恵」


 母さん、と呼ぶ間もなく母は病室を出て行った。あたしは、母さんに向けて伸ばした手で代わりに男の胸ぐらを掴むことにした。男――仁は、ニコニコしながら大人しく胸ぐらを掴まれる。その変わらない笑顔に、ゾクリと背筋が冷えるのを感じた。


「どう言うことか、説明して」

「気が強いね、友里恵は」

「何であたしの名前を知ってるのよ……!」

「僕たち、初対面じゃないだろう?」

「何を……。あ!」


 あたしの声に、仁がニコリと満足そうに微笑んだ。


 思いだした、このダサ眼鏡……。確か、前お店から帰る途中街中でぶつかったんだ。その時にダサ眼鏡が本を落として、その本があたしの大好きな作家さんの本だったから嬉しくてつい笑顔で「落としましたよ」って渡したんだっけ。確か何ヶ月も前の出来事だったようなー……。


 確かに、初対面じゃない。だけど、それがどうなってあたしの名前を呼び捨てにする恋人と言う形になるのだろう。仁が、ニッコリと優美に微笑んだ。イケメンオーラは怪しい雰囲気を放っていても相変わらずキラキラしていた。


「あの時、僕は友里恵に一目惚れしたんだ。そして友里恵のことを徹底的に調べた。父親の借金を返すためにあのクラブで働いていることも、全部ね。だから、代わりに僕が返してあげた(・・・・・・)よ。喜んでくれるよね? 友里恵」


 はぁ? 何、言ってんのコイツ……。訳が分からない。本っ当に訳が分からない。いい加減考えすぎて熱が出そうだ。……すでに熱あるんだった。自分で自分に突っ込みを入れてどうする、あたし! それより今はベッドの脇に立つ狂人を何とかしなくてはいけない。何か刺激してまた刺されて、今度こそ命を落とすとか絶対嫌。あの時はイマイチ状況が掴めなくて混乱したまま意識を失ったから痛みとかあんまりなかったけど、今刺されたら絶対痛い。


「あなたとあたしは何の関係もないはずだけど?」

「何を言ってるの、友里恵。僕たちは恋人同士じゃないか。それが父親の借金を返すためにあんな汚い親父と一緒に歩いて接客までしないといけないなんて、可哀想な友里恵。そんな友里恵を、僕が救ったんだ。安心して、もう友里恵はホステスなんてやらなくていいし父親の借金もなくなった。ただ、僕と一緒にいてくれるだけでいい」


 ……ダメだコイツ、話が全然通じない。宇宙人と言われたら「ああ、そうなの」と納得できそうなぐらい話が通じない。何これ、今流行りの妄想系ヤンデレってヤツ? ご免なんだけど、そんなの。あたし、恋愛するなら誠実で女性に優しい紳士的な男性が好きだから。こんな話の通じないぶっ飛んだ相手なんて嫌だ。


「友里恵、僕は今君に二つの選択肢をあげよう」

「はい?」

「一つ、借金を返した僕と結婚すること。二つ、僕と一緒にならないなら僕が返した借金はそのまま友里恵の借金になる。可哀想だけど、ソープに売られることは必至だろうね」


 二本の指を立てて、ニッコリと微笑む仁。笑顔だけ見ればまさしくナンバーワンホストに相応しいけど、あたしに与えてる選択肢は悪魔か鬼のものだ。ギリギリと歯ぎしりをして仁を睨みつけると、ふっと笑顔を消してあたしの頬に手を伸ばす。そのまま、ひんやりとした冷たい手であたしの頬をゆっくりと撫でる。突然の出来事に、固まる。


「丁度友里恵と出会ったのは、今の仕事がうまくいってない時だったんだ。そんな時に……友里恵の、見ててつられてこっちも笑いそうになる笑顔を見てどうしても僕のモノにしたいと思った。強引に迫ってごめん。あ、友里恵を刺したのは友里恵に絡んでたチンピラどもってことにしておいたから、安心してね。選択する期限はそうだな……友里恵の退院日までにしようか」


 そう言うと、仁は「退院日にまたくる」と言って去って行った。まるで嵐のような男に、あたしはただ茫然とその姿を見送るしかなかった。


 話は変わって数日後。


 病院食ってまずいまずい聞くからどんなものかと思ったら、案外フツー。味付けもしっかりしてるし、量も多いから太らないか逆に心配。あ、でもマカロニサラダに一切の味付けがしてなかったのには軽くビビった。ついてくる小さい袋に入ったマヨネーズをかけて食べるんだけどね。マヨネーズがうまく混ざらないとまずい。


 さて、刻々と近づいてくる退院日。あたしはどうしようかうんうん唸りながら迷っていた。はぁー、とため息をついて、あたしは覚悟を決めた。


 数週間が経ち、ついにやってまいりました退院日。あたしは母が呼んだタクシーで一人暮らししてるアパートに帰るつもりだったんだけど……。看護師さんたちに見送られ、病院から出ると待ち構えていたのは無駄にイケメンオーラを放っているヤツ。あ、仁ね。


「決まったかな? 友里恵」

「あらあらまぁまぁ、迎えにきてくださったんですね、仁さん」

「これぐらい当たり前ですよ。僕と友里恵は結婚を前提に(・・・・・・)お付き合いしてる仲なんですから」


 爽やかに微笑みながらそんなことをのたまう目の前の男をぶん殴りたくなったけど、ぐっとこらえる。


 入院中何度かお見舞いにきてくれた母に聞いたのだ。父の借金はどうなったのかと。すると、嬉しそうな顔で残酷な報告をしてくれた。


「仁さんが全部返してくれたのよ! あの人、あの結城財閥の御曹司なんですってね! もう、友里恵ったらそんないい人捕まえたの黙っておくなんてー」


 コロコロと朗らかに笑い母に、あたしは絶望した。もう、逃げ場などどこにもないのだと、理解したから。


「どうするの、友里恵」

「……不本意。すっごーく不本意ながら、一を選ぶわ」

「賢明な選択だね、友里恵。じゃぁ、早速僕たち(・・)の新居へ帰ろう(・・・)か」

「はい?」

「うんうん、いい返事だ。と、言うわけでお義母(かあ)さん、友里恵は今日から僕と同棲するので、よろしくお願いしますね。ああ、友里恵。君のアパートはもう引き払っておいたし、荷物も運んでおいたから」


 またまた爽やかな笑みでぶっ飛んだことをぬかす男。あたしは殴りたいのを必死でこらえ、爪を皮膚に食いこませた。


 あたしは、仁の高級車に乗って新居とやらに母に見送られて渋々向かった。車内は、ぶすっとしたあたしとニコニコしてる仁の二人きりだ。運転してるから何もないとは思うけど、一応用心はしておいたほうがいいよね。あたしは鞄をこっそり脇腹にそえる。それをチラ見した仁が、くっと小さく笑ったのをあたしは見逃さなかった。


「な、何よ!」

「いや、警戒してるなぁと思って」

「当たり前じゃない。またいつ刺されるかわからないし」


 嫌味を言ってから、言い過ぎたかと少し後悔する。まだナイフ懐に忍ばせてたらどうしよう……。


「安心してよ、もう友里恵を傷つけたりなんてしないよ。……友里恵が、大人しくしていればね。あれは僕からのプレゼントなんだ。友里恵は僕にもらった傷跡が一生残る。これ以上ない、素晴らしいプレゼントだろう?」


 恍惚とした顔でそんなことを語る仁に、あたしはドン引きして強引に座らされた助手席で身を縮める。仁はとても嬉しそうに、頭のネジが何本か抜けた発言を平気でぬかす。あたし以外の人の前では、ナンバーワンホストらしい笑みを振りまいているけど。でも、ホストの顔をする時の仁の目は笑っていなくて、まるでガラス玉を埋め込んだみたいに怖いぐらい感情が見えなかった。


「ねぇ、ホスト嫌ならやめれば?」

「え? 何で?」

「何でって……」


 新居に住み始めて一ヶ月が経ち、いい加減仁のぶっ飛び発言にも慣れ始めた頃。ふとそんなことを思って口に出してみると、仁がご飯を食べる手を止めてキョトンとしている。こう言う顔だけ見れば、普通のイケメンなんだけどね。中身が残念すぎる。


 ちなみに、住み始めてすぐに婚姻届けを書かされ出され、あっという間に新婚さんになってしまった。あたしは特に結婚式とかに憧れはなかったし、仁はあたしの存在を隠したがっていたから結婚式はしないことに決まった。よかったー、仁が結婚式に憧れを持つ乙男じゃなくて。


「ホストしてる時のあんた、目に感情ないよ。まるで人形みたい」


 言いたいことを言い終えたあたしは、箸でハンバーグを突く。すると、仁が俯いたかと思うと、椅子から立ちあがってあたしの横に立つ。


 な、何だ? 警戒するあたしを、仁が強く強く抱きしめた。


「ありがとう、友里恵。僕、友里恵と一緒になれて本当によかった」


 今まで聞いたことのない、泣きそうな声でそんなことを言う仁にビックリして、思わず背中に手を回してゆっくりと撫でてしまった。弟を、思いだしたのだ。今はすっごい生意気に育っちゃったけど、小さい頃はよくべそかいてあたしが宥めたものだ。今の仁は、小さい頃の弟みたいだった。あたしは仁の背中を優しく撫でる。昔、弟にやった時みたいに。


「ねぇ友里恵。ほかの男のこと考えてる?」

「え? 何のこと?」


 一瞬、ギクリとした。弟もまぁー……ほかの男の中に入るっちゃ入る。けど、実弟を懐かしく思いだすぐらいいいだろうと思っていたら、何と突然抱えあげられる。


 え、ちょ、まっ。まだ晩ご飯食べ終えてないんですけどー!


 そんな心の叫びも虚しく、あたしは寝室に問答無用で連れて行かれた。

ツイッターの診断メーカーで

あかおには、8RTされたら『神経質』な『ホスト』と『元気』な『ホステス』の組み合わせで、ヤンデレ話を書きます! http://shindanmaker.com/482075


と出たので書きました。神経質要素入れられなくてごめんなさい。

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