3.レジェンド迷子オリアーちゃん
【迷子のオリアーちゃん】とは、序盤の旅の途中にランダムな場所で出現するイベントキャラクターである。
敵意が無いと判断したマルクスさんが彼に尋ねた。
「オリアーと言ったか。人を待っていた、と言っていたが……」
「俺、仲間とはぐれた。仲間に会う為、道を訊きたい」
オリアーちゃんのイベントは以前経験している。
はぐれて独りぼっちになってしまった彼を、近くの街や村まで送ってあげれば良いのだ。
「アンタ、その歳で迷子って……」
「すまない。俺、方向音痴。はぐれた時、下手に動いてはいけないと言われて、ずっとそこで人を待っていた」
オリアーちゃんは高校生くらいの年齢だと思うんだけど、彼の方向音痴は最早天才的と言って良い。
例えるなら、湘南の海を見ようと東京から江ノ島に行こうと思っていたのに、気が付いたら埼玉県に着いていたレベルだ。埼玉県に海は無い。
今回オリアーちゃんはどこへ行きたかったのか尋ねてみる。
「オリアーちゃ……オリアーさんは、どこへ行くつもりだったんですか?」
危ない危ない。思わずちゃん付けしそうだったよ。
彼は無表情のまま、数秒かけて行き先を思い出そうとする。
「……大きな街」
「それだけのヒントでは分からんな」
「えっと、その街にどういうものがあるのかとか分かりませんか?」
再び黙り込むオリアーちゃん。
以前私が彼に会った時、仲間と南の火山に行くつもりだったのに気が付いたら北の海に居たと言っていた。
「迷ったら動くな。誰かが助けてくれるまで待て」という言い付けを忠実に守っていた彼は、鮮やかなオレンジ色の夕日が沈む波の音だけが聞こえる静かな浜辺で、孤独に体育座りをしていたのだ。
私はその当時、オリアーちゃんの後ろ姿に哀愁を感じた。
今回もきっとあの木の裏側でちょこんと体育座りをして人が通りかかるのを待っていたのだろうと思うと、一刻も早く彼を仲間の下へ帰してあげたくなる。
そんな事を考えていると、漸くオリアーちゃんが新たなヒントを口にした。
「……時計。大きな時計があると、仲間が言っていた」
大きな時計、というと思い当たるのはただ一つ。
「キャメロットの時計塔、か?」
「そうなんじゃねえのか? 大きな時計があるっつー街なんざ限られてんだろ」
「……キャメロット、という街なのか。俺、そこまでの道を訊きたい」
街の中心に時計塔があるキャメロットは、ログレス王国の都。
キャメロットと今私達が居るこの森はかなり距離がある。
オリアーちゃんに都までの道を教えたとしても、彼がキャメロットに辿り着ける可能性は無いに等しいだろう。
「ハッ、道を聞いた程度でキャメロットに着けるとは思えねえな」
アーサーまでそう思うとは……
だがそれは正しい考えだろう。
このイベントはオリアーちゃんを近くの街や村まで送ってあげれば終了する。
多分そこで彼の仲間が待っているのではないかと思う。でも、そうではない恐れもある。
だから断定は出来ないけど、ゲームとリアルの狭間のような場所であるこの〈ファンキス〉の世界の中では、オリアーちゃんを送ってあげただけでは彼が仲間に会えない場合も有り得るんじゃないかと思うんだよね。
オリアーちゃんの迷子スキルは天才的で、あの有名な迷子の子猫ちゃんを凌駕する伝説級の迷子と呼ぶに相応しい。
有り得ないはずのソナタの出現があったように、有り得ないレベルで仲間と離れ離れになっている事もあるかもしれないのだから。
もしそうだったとしたら、オリアーちゃんを助けてあげなきゃ気が済まない!
「あの、もし良かったら私達と一緒に来ませんか?」
「一緒、に?」
何言ってんだお前、と言いたそうな目でアーサーが私を見る。
「オリアーさんの仲間が見つかるまで、一緒に旅をした方が良いと思うんです」
「足手纏いになる。こんなトロそうなヤツを連れて行くメリットがねえ」
アーサーがそう言ってオリアーちゃんを睨む。
すると、私達の目の前に居たはずの彼の姿が消えていた。
「俺、トロくない……!」
オリアーちゃんは目にも止まらぬスピードで移動し、アーサーの背後に立っていた。
「て、てめぇいつの間に!」
「確かに、トロくはないようだな」
「俺、速い」
アーサーに悪口を言われて怒っているようで、オリアーちゃんはほんの少し表情を歪めている。
「俺、足手纏いにならない」
「ほ、ほら! これだけ素早いならオリアーさんを連れて行っても良いですよね?」
「俺は構わないが」
「アーサーも、良いですよね?」
「……コイツを放置して、ここで野垂れ死にされても寝覚めがわりぃからな」
二人の同意を得て、晴れてオリアーちゃんは一時的ではあるものの私達のパーティに加わる事になった。
その証拠に、オリアーちゃんのマーカーがパーティメンバーを示す青色に変わっているはずだ。
「……っ!」
アイコンを確認する為にマップを開くと、確かにオリアーちゃんのマーカーは緑から青になっていた。
しかし、私達の周りに赤いマーカー──敵を示すマーカーが五つ表示されていたのだ。
「敵に囲まれています!」
「何だと!?」
草むらがガサガサと音を立てる。
それぞれが武器を構え、オリアーちゃんは拳を握り締めた。どうやら彼は武闘家らしい。
赤いマーカーはじりじりと距離を詰めてくる。
「ハッ、丁度良いじゃねえか。アンタの腕前、見せてもらうぜ」
「望むところだ……!」




