1.始まりの約束
思い返してみれば、神殿内のひんやりとした空気や、炎の熱風、草木の香り。その全てがリアル過ぎた。
出現するはずの魔物、起きるはずのイベント、出て来ないはずのソナタ。
そして、ログアウト出来ないゲーム。
私が知ってる〈FANTASY OF SWEET KISS〉とは異なる展開だ。
もしかしたら私は、〈ファンキス〉そっくりの世界にトリップしてしまったのだろうか? それも、聖霊の身体になって。
「……エクスカリバーの鞘を、取り返さなければならないな」
鞘を持ち去ったソナタ。隠し部屋で呆然としている私に、アーサーが詰め寄る。
「……虫女」
「な、何ですか?」
機嫌の悪そうなアーサーに睨み付けられ、私は不安を感じながらもしっかりと目を合わせた。
「てめぇ、さっきの変態野郎と戦った時俺を呼び捨てにしやがったな」
「へっ……?」
「……確かに、俺の事もマルクスさんと呼んでいたな」
てっきり鞘が奪われた事を怒られるのだとばかり思っていたのに、彼らの口から飛び出してきたのは予想もしていない言葉だった。
「わ、私……お二人をそう呼んでいましたか?」
「ああ。いきなりの事だったからあの時は何も言わなかったがな」
「急に馴れ馴れしい態度とりやがって……なめてんのか? ああ!?」
「そそそ、そんな事ありません! ぜ、絶対になめてませんよ!」
至近距離で思いっきりガンを飛ばしてくるアーサーに対して、私は入学早々恐い先輩にカツアゲされた新入生のような引きつった笑みで必死に答えた。
このゲームって本当に恋愛ゲーム? 不良に絡まれるゲームだったっけ?
思わずそう言ってしまいたくなるが、アーサーとはこういう男なのだから仕方が無い。
「も、申し訳ありませんでした! 今後この様な事は二度と致しませんので……!」
私が無意識に以前のセーブデータのノリで彼らを呼んでしまったのが悪いのだからと、何度も何度も頭を下げた。それも角度は九十度で。
「……いい」
アーサーが何かを呟いた。
全力直角謝罪を中断して、恐る恐る顔を上げる。
彼は何とも言えない表情で(あんなに何度も必死に頭を下げられたらそりゃ引きますよね)そっぽを向いているではないか。
「……てめぇが居りゃあ、この先どうにかなるんだろ」
「……は、はい!」
「あの鞘を取り返す事、これからの旅のサポート……。他にも色々完璧にこなすと約束出来んなら、俺をどう呼ぼうが許してやる」
ただただ驚いた。
出会ったばかりのアーサーが、こんな優しさを見せるだなんて。
以前彼を呼び捨てにするまでかかった時間は二百時間弱。まさか序盤の序盤で呼び捨てのお許しが出るなんて。
この奇跡を表現するなら、アーサー推しのお姉ちゃんが奇声を上げて床を転がり回って壁に激突してしまう程驚くレベルだ。
な、何で……? まさかバグって恋愛値が高くなってるとか……
確認の為、アーサーのステータス画面を開く。
イドゥラアーサー・レオール
・戦士LV.4
・HP182/500
・MP26/30
・恋愛値***
・信頼度***
あれ? 表示されていない?
アーサーのレベルやHP、MPはちゃんと表示されているのに、恋愛値と信頼度だけが表示されていなかった。
マルクスさんも同様で、名前の横の白い花のアイコンはしっかり載っている。
この花のアイコンは攻略対象であるキャラクターにだけ表示されるもので、恋愛値がマックスになるとキャラクターごとに異なる色が付く。
この状態を迎えるとキャラクターとの交際が始まり、そのままラスボスを倒せば個別エンディングが見られるのだ。
だけど、恋愛値も信頼度も確認出来ないなんて……
これはもう、聖霊に転生してトリップしたと認めざるを得ないのだろうか。
でも、メニュー画面やステータス画面は開けるし、マップも使える。現実では出来ない事が私にだけ出来るなんて……
腑に落ちない事ばかりだが、ゲームの世界の住人とはいえ赤の他人とも言えない彼らを放っておく訳にはいかない。
エクスカリバーの聖霊である私の力が無ければ、アーサー達の旅は成功しないのだから。
「レオール、貴様が他人にそんな事を言うとは意外だな」
「うるせえ! こんなちっこい虫女に戦いなんざ出来ねぇ。それなら他で役立ってもらうしかねえってだけの話だ!」
「アーサー……さん」
「アーサーで良い! ……様だのさんだの付けられるより、そっちの方がしっくりくるだけだ」
ぶっきらぼうにそう言った彼は、未だに刃が剥き出しのエクスカリバーを肩に担いで部屋から出て行った。
その後ろ姿を眺めていると、マルクスさんが控え目に笑って言った。
「あの男は随分ひねくれた態度をとるが……何故だろうな。ソナタという男と戦っていた時のお前には、妙に親しみを感じたんだ。取り繕った態度のお前より、ありのままのお前を見たいと思った」
「マルクスさんまで……」
「リンカ。俺達はもう仲間だ。人間か聖霊かなど関係無い。仲間として、俺達の前では自然な振る舞いをしてくれないか」
普段は仏頂面で滅多な事では笑わないマルクスさん。
そんな彼でも、自分が認めた者には心からの微笑みを向けてくれる。
これからどんな事が起きるか分からない。
だけどマルクスさんやアーサー達が居てくれるなら、私は全力で彼らの想いに応えるだけだ!
「……不束者ですが、マルクスさんとアーサーのお役に立てるよう、精一杯頑張ります!」
「ふっ……漸く自然に笑ってくれたな。それにその言葉、嫁に来るような物言いだぞ」
「ええっ、そうでしたか!?」
「おい! おせぇぞマルクス! チビ女!」
なかなか付いて来ない私達に怒鳴るアーサーの声が廊下から響いてきた。
「ふふっ。本当にひねくれた人ですね、アーサーは」
「これ以上レオールの機嫌を悪くする前に行くとするか」
「はい!」
予想もつかない想定外の出来事ばかりの世界だけれど、今の私に出来る全ての事をしたいと強く思った。
こうしてアーサーと私達の愛と冒険に満ち溢れた旅が幕を開けたのだった。




