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アーサー・リンカ  作者: 由岐
第1章 愛と夢の世界
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5.メランザーネのソナタ

 〈FANTASY OF SWEET KISS〉は、VRRPGでありながら恋愛を楽しめるファンタジーゲームである。


 恋のお相手はパーティメンバーである四人。

 人気投票で一位を獲得し、ついでに私のお姉ちゃんも虜にした性格にかなり難アリの赤髪ロン毛俺様剣士イドゥラアーサー・レオール。

 僅差で二位となってしまった、冷静沈着で博識なブロンドが美しい頼れる魔導師マルクス・リッグ。

 一位と二位とはかなり票差があるものの、見事三位を獲得したのは女の子のように愛らしいルックスで母性本能を掻き立てられる、気弱な美少年魔法使い見習いルフレン・ティジェロ。

 ぱっと見完全にチャラくてバカっぽそうな見た目なのに、恋愛イベントでガッツリハートを盗まれた乙女は数知れず。第一印象が良くなかったのか四位にランクインしたナイフと弓の達人ルーガ・ルーチェ。

 この四人で旅をするのだが、煌びやかな人気投票トップキャラと異なり万人受けしない不人気キャラというのも勿論存在している。


 ワースト三位は、顔は可愛いのに仕草や口調がおっさんくさい。何より一番気になるのはお団子ヘアからにょろにょろと伸びる毛の束。髪も赤っぽい為まるでタコのように見える事からタコ野郎と呼ばれる悲しき少年ケルツ・デレン。

 ワースト二位はルックスは完璧なのに言う事為す事全てが残念な狼男。通称犬野郎ことロンド・シェルドン。

 そして堂々のワースト一位は性格、口調、表情、行動がウザいと評判のゆるふわ紫眼鏡の変人ソナタ・リーアン・メランザーネ。

 メランザーネとはイタリア語でナスを意味し、彼のナスのヘタのようにくるんとカールした髪に因んで〈ファンキス〉ファンの間ではこう呼ばれているのだ。


 そんな悲しいワースト野郎共の第一位の男が今、私達の目の前に居る。

 ナス野郎ソナタの出番はまだまだ先のはず。それなのに彼は初っ端のダンジョンであるここ【聖剣の神殿】に登場している。


「あれぇ? ボクの事知ってるのぉ? ボクって有名人~!」


 思わず奴の名前を口にしてしまった私に彼の狂気を孕んだ視線が注がれる。

 彼の真っ赤な眼が、私の身体の隅々まで舐め回すかのようにねっとりと粘着質に眺めている。それが怖くて、気持ち悪くて、鳥肌が立った。


「リンカ、あの男を知っているのか?」

「え、ええ……一応は」


 今更知らないとも言えないし、ある程度は正直に言うしかないよね。


「ソナタ・リーアン・メランザーネ。謎の組織アヴァロンのメンバーの一人です」

「へぇ~! ホントにボクの事知ってるんだねぇ! 嬉しいなぁ~」


 一見無邪気な反応に見えるが、あの男は普通ではない。狂っているのだ。

 私を見る瞳には狂気が増し、面白い玩具でも見つけたかのように形の良い唇が弧を描いた。


「アヴァロン……? 聞いた事が無いな」

「そのアヴァロンが俺に何の用だ」

「えっへへぇ……教えてほしい? 教えてほしいよねぇ~?」


 ソナタは懐に忍ばせていたある物を取り出した。


「キミ達が探していたモノは、ボクが先に戴いてまぁ~す」

「そ、それは……!」

「まさか……エクスカリバーの鞘か!」

「あったりぃ! ぱちぱちぱち~」

「てんめぇ……!」


 宝箱の中にあるはずだった鞘は、既に先回りしていたソナタの手中にあった。


「か、返して下さい!」

「やだよぅ妖精さん。ボクは赤髪くんとこれをお持ち帰りするのがお仕事なんだも~ん」


 デスヨネー……


 実はエクスカリバーの鞘が奪われる、というイベントは存在している。

 しかしこんなに早い段階で発生するものではなかったし、鞘を奪っていくのはソナタではない別のメンバーだったはずだ。

 回復職不在のパーティである今現在において、エクスカリバーの鞘の存在がこれからの運命を左右すると言っても過言ではない。

 エクスカリバーの鞘は聖剣の所有者、つまりアーサーのレベルによって強力になっていく回復装備品でもある。

 鞘によるHPの回復は一日二回と限定されてはいるものの、ヒーラーでもあるルフレンくんがパーティ入りするまでの間誰もがお世話になる素敵な鞘なのだ。

 そんな鞘がこんな序盤からアヴァロンの手に渡ってしまうとなると、これからの旅に大きな影響を及ぼしてしまうのは確実だろう。

 何とかナス野郎から鞘を取り返さないと!


「それなら力尽くで取り返すまでです! マルクスさん、炎属性の攻撃をお願いします!」

「……ああ、わかった」

「アーサーはソナタに攻撃をお願いします!」

「何でてめぇに指図されなきゃなんねえんだ!」

「良いから早く構えて! あいつはヤバいんです!」


 魔法の詠唱を開始したマルクスさん。

 彼の詠唱が終わるまで時間を稼いでもらいたいのだが、アーサーはあのナス野郎の恐ろしさを分かっていない為素直に動こうとしない。


「妖精さんの言う通りだよぉ、赤髪くぅん」

「なっ!?」


 いつの間にかソナタはアーサーの目の前に迫っていて、彼の得意武器である巨大な鎌がアーサーに振り下ろされようとしていた。


「ファイアアロー!」


 間一髪のところでソナタに向かって放たれたマルクスさんの炎の矢。

 それをソナタは次々に避けると、心底楽しそうにニタリと笑った。


「不思議だなぁ……どうしてキミはボクの苦手な属性を知ってるのぉ?」

「せ、聖霊の力です!」

「ふぅん……そうなんだぁ」


 本当は何度かあなたと戦った事があるから弱点を知っているんです、とは言えない。


「俺を……無視すんじゃねえ!」

「おぉっと! あっぶなぁいねぇ~」


 横一閃に剣を振るったアーサーの攻撃は虚しく空を斬った。

 アーサーが舌打ちすると、すぐにソナタが反撃を開始した。

 軽々と鎌を振り下ろすソナタの攻撃に反応し、アーサーは剣で受け止めたり斬りかかったりするもののお互い傷一つ付かない互角の戦いだった。

 合間にソナタの隙を突くようにマルクスさんは炎攻撃を浴びせるものの、アーサーを巻き添えにしないように加減をしているせいで思うようにいかない。

 いや、本来のソナタの力ならこんな程度では済まない。ソナタにとってこの戦いはただの戯れでしかないのだ。


「愉しいねぇ~! ボク、すっごく愉しいよぉ!」

「黙れ変態野郎! 気色わりぃんだよ!」


 それは私も同感だよアーサー!

 次第にソナタのスピードが上がっていき、アーサーが押され始めた。

 このままじゃソナタに勝てない……!

 命中しないマルクスさんの攻撃。疲労の色を見せ始めたアーサーは、徐々にソナタの攻撃を喰らい始めてしまった。

 私はソナタに気付かれないよう、こっそりとマルクスさんに近寄る。


「マルクスさん、このままではMP切れになってしまいます。私に作戦があるんですが……」

「……良いだろう、聞かせてくれ」


 ひそひそ声でマルクスさんに指示を出すと、彼は黙って頷いてくれた。

 この作戦が上手くいけば、ソナタに勝てるかもしれない。今のマルクスさんならいけるはず!

 ステータス画面を開き、マルクスさんのMP残量を確認する。


 マルクス・リッグ

 ・MP368/580


 MP368……大丈夫。これなら安心してあの魔法を使えるね。

 マルクスさんにお願いした魔法は長い詠唱時間を必要とする。

 アーサーのHP残量は296。それに対してソナタの攻撃力もなかなか高い。


 イドゥラアーサー・レオール

 ・HP296/500


 ソナタ・リーアン・メランザーネ

 ・HP3706/4400


 アーサーのフルHPから既に200近くは削られている。

 ソナタの属性は氷。そして氷属性の弱点は炎である。

 マルクスさんは数多くの属性魔法を扱える優秀な魔導師だから、勿論ファイアアロー以外の強力な炎魔法も使いこなせるのだ。


「ぐあぁっ!」


 ソナタの攻撃でアーサーが隠し部屋の廊下へ吹き飛ばされた。


「今ですマルクスさん!」

「業火に焼かれろ! バーニングトルネード!」


 ソナタを飲み込む炎の竜巻。

 バーニングトルネードは炎魔法の上位で、攻撃範囲が広く強力な魔法である。

 さっきまで接近戦をしていたアーサーを巻き込んでしまう危険があった為、ソナタから離れるように指示を出すつもりだったんだけど──


「っぶねえな! こんな魔法使うなら俺に言っとけよ!」

「言ったらあの男にも聞こえてしまうだろう」


 ──運良く範囲外に吹き飛んでくれたお陰で、スムーズに魔法を発動出来たのだった。

 バーニングトルネードが止むと、ボロボロになったソナタが膝をついていた。


 ソナタ・リーアン・メランザーネ

 ・HP1859/4400


 良かった。しっかり大ダメージを与えられたようだ。


「あーもう……ボク炎苦手なんだけどなぁ……」


 マルクスさんの魔法を受けたソナタは髪の毛先が焦げ、羽織っている黒のコートも焼けてしまっていた。

 な、何であんなにボロボロになってるの?

 〈ファンキス〉ではあそこまでキャラクターの見た目や装備に攻撃の影響が出る事はなかったはず。

 やっぱり……やっぱり変だよ。

 出現しない魔物。

 まだ出て来ないはずのソナタ。

 焼け焦げた髪と服。

 ここは私の知ってる〈ファンキス〉の世界なの?


「……まあいいや。今日はキミ達が思っていたより愉しい人達だって気付けたしねぇ」


 手から落としていた鎌を握り締め、ふらりと立ち上がったソナタ。


「ボク、好きな食べ物は最後にとっておく主義なんだぁ。だから……今回はキミ達を見逃してあげるよぉ」


 大ダメージを受けた直後でも気味の悪い笑顔を貼り付けた彼の足元から、どす黒い煙のようなものが湧き上がってくる。


「愉しい事は、みんなで分け合わなきゃいけないからねぇ……イメラん達にお話してあーげよっ! またねぇ~」

「あっ、待ちなさい!」


 急いでソナタに向かって飛んで行ったが、既に彼はどこかへ消えた後だった。

 甘くてクラクラする、それでいて近付いてはいけない危ない香りの黒いもやをすり抜けた。


「逃げられたな」


 重々しく呟くマルクスさんの言葉が、私の胸にずっしりとのし掛かるように感じたのだった。



 

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