6.過去の勇者
体感的には三十分ぐらいだったかな。それぐらい待っていると、私達が案内された部屋にノックの音が聞こえてきた。
開いたドアの向こうには、神官さんが二人。
そして、大柄な男性──レガート・ジャルバートさんが立っていた。
「お待たせしました。ジャルバート氏をお連れ致しました」
神官さんに促され、レガートさんが数歩前に出る。
アーサー達もソファーから立ち上がり、マルクスさんが最初に言葉を発した。
「急な面会に応えて頂き、感謝する」
軽く会釈した彼に続き、私とルフレンくんも頭を下げる。
アーサーは少し首を傾げていた。でもすぐに小さく頭を下げてくれたんだけど、やっぱりレガートさんは誰かに似てる気がするのは私も同じだ。
するとレガートさんは神官さん達に目配せして、部屋を出てもらっていた。彼らは廊下で待機しているらしい。
彼と私達だけになったこの空間。レガートさんはパタンと扉が閉まると同時に、意味深な笑みで口元を歪ませた。
すぐに私は脳裏に浮かび上がるこの部屋のマップを確認した。彼を示すマーカーの色は緑……つまり、敵対関係ではないことを表している。
別に、私達を上手く罠に嵌められたから笑っていた訳ではなさそうだね。じゃあ何で突然笑ったんだろう?
「フッフフフ……まさか、こんな所で再会出来るなんてね」
そう言った彼の声色は、さっき壇上に上がっていた時よりも明るい雰囲気だった。
と同時に、その声にはやはり聞き覚えがあると確信した。
「しばらく振りねっ、アーサーちゃん!」
「あ、アンタ、もしかして……!?」
「ガトリーヌさん!?」
聖剣の勇者の末裔が、この前私達を馬車に乗せてくれた、何だかとってもキャラの濃いオカマさんだったのか。
「そーよっ! 今日はこんな男っぽいカッコしてるけどォ、正真正銘麗しのガトリーヌさんよ~!」
上品なタキシード風の衣装を身に纏いながら、彼……彼女? は、ブリブリとした動きでアーサーに詰め寄っている。
それを眺めるマルクスさんは、まるでおぞましい怪物でも見るような目付きで……うん、助けに入るつもりは全く無さそうだ。下手したらあの人の獲物になっちゃうからね。
「ガトリーヌさんが、勇者の末裔……だったんですか?」
マルクスさんの背に隠れたルフレンくんが、ひょっこり顔を覗かせながらそう言う。
すると、彼女はハッとした顔でこちらに目を向けた。
「あっ、そうなのよアタシ! 水の神殿のあるリーカミュって街の名前の由来にもなってるんだけどォ、アタシはそのリーカミュ・ジャルバートの子孫なの」
その一瞬の隙に、アーサーは追い詰められていた部屋の隅から無事脱出していた。
「先代もまさか自分の子孫がこんな濃いヤツになってるなんざ、微塵も思ってなかっただろうな」
疲れた様子で呟くように言ったその言葉に、ガトリーヌさんは肩を落としながら言う。
「あらやだ、逃げられちゃった! ま、確かにアーサーちゃんの言う通りだわね……。勇者の血を引く一族だっていうのに、アタシったらこんな個性溢れる人間になっちゃったじゃない? そのせいもあって、家の連中からは色々グチグチ言われてて……」
「その気持ちには共感する部分もあるぜ。家のしがらみってヤツは、立場が上になればなる程えげつねぇからな」
「アーサーちゃんにそう言ってもらえて、ちょっぴり嬉しいわ。アリガトね」
「それが原因で、さっきと今ではこんなにも印象が違うんですね。まるで別人でしたもん」
「ええ、その通りよ聖霊ちゃん。公的な場で少しでも普段のアタシを出そうもんなら、あっという間に家の連中の耳に入っちゃうんだもの! だから普段はジャルバート家の皮を脱ぎ捨てて、ただのガトリーヌとして自由に活動してるのよ」
ただのエネルギッシュなオカマさんだとばかり思っていたのに、色々抱え込んでいるものがあったんだね。
もしかしたらこれ関連のイベントもあるのかも、と頭の片隅で思いつつ、私はそっとガトリーヌさんのステータスを確認した。
レガート・ジャルバート
・戦士 LV.78
・HP 12050/12050
・MP 633/780
うわっ、聖剣の勇者の末裔の肩書きは伊達じゃないね。何てステータスだ。
レベルもかなり高いし、HPだって一万以上もある。
多少MPが少なめだけど、きっと基礎的な攻撃力は高いはず。技を使わなくてもこの辺の魔物なら余裕で倒せるに違いない。
アーサーと同じ戦士職で、こんなに強い人が存在するなんて……
今まで遭遇したアヴァロンのメンバーと比較しても、こんなに強い相手は居なかった。下手したら、ガトリーヌさんだけでもソナタ達ぐらい簡単に倒せるんじゃない……?
パーティに入らないであろうガトリーヌさんがこのレベルなんだから、この先戦うであろうリーダーのイメラ戦では彼女の強さを目標にすべきなのかもしれない。
「何か盛り下がる話しちゃってごめんなさいね! で、アナタ達がわざわざアタシに会いに来た理由を聞かせてもらえるかしらぁん?」
「先代勇者の時代に起きたことを調べててな。アンタなら何か知ってんじゃねぇか?」
「リーカミュ様の? そんなのアタシに聞かなくても、そこの聖霊ちゃんなら全部覚えてるんじゃないのォ?」
「実は、私は確かにエクスカリバーの聖霊ではあるんですけど……」
「はっはぁ~ん! そーゆーコトね。それならリンカちゃんが何も知らないのも当然だわ」
私はガトリーヌさんに、私がつい最近誕生した──といっても本当は異世界転生っぽいだけなんだけど──聖霊であること。
そして、私達はユーサー王の勅命で聖杯を探していて、その上で先代の時代に何の用途で聖杯が使われたのかを知りたいのだと説明した。
残念ながら私は〈ファンキス〉は未クリアだから、全部のストーリーを把握出来てはいない。
おまけに、私の前の聖霊のことだって何一つわからない。記憶の引き継ぎみたいなことは一切されてないからね。うーん、困ったもんだ。
私が新米聖霊だと知ってから、ガトリーヌさんは私を元気付けるような笑顔で名前を呼んでくれるようになった。
彼女はいつでも暴走しっぱなしな性格という訳でもなくて、大人らしく冷静な一面も併せ持つ人だと気が付いた。何て言うか、頼れる姐さんって感じだね。
「それならアタシの知る範囲のことはぜーんぶ話してあげるわよ。黒霧病の猛威は見過ごせないし、世界の危機ってことは確かだものね。さ、立ち話も何だから座って座って~!」
三人掛けのソファーにアーサー、ルフレンくん、マルクスさんの順で座り、向かい側にローテーブルを挟んでもう一方のソファーにガトリーヌさんが。
私は最初の挨拶から一切喋らなくなったマルクスさんが心配で、彼の横の肘掛けに座ることにした。
もしかして、虫以外にも苦手なものを発見してしまったのかもしれない……?
そんな彼の様子は全く気にしていない堂々とした動きで、ガトリーヌさんは逞しい筋肉を纏った脚を優雅に組んだ。
「さぁて、どこから話したものかしらねェ……。とりあえず、先代様のことから始めましょうかね。あのお方はね、とっても優秀な水魔法の使い手でありながら、王都の騎士団長を務めていらっしゃったそうなの」
そんなある日、とある地域で魔物の大量発生が確認され、騎士団はその討伐に向かうことになる。
魔物の住処を叩くべきだと判断した彼らは、討伐中に逃げ帰った魔物の後を追っていく。
すると、誰もその存在を知らなかった古い遺跡が見付かった。
遺跡攻略の為、騎士団はそこへ突入する。奥へと進みながら魔物を倒していると、どうやらここは地下深くまで続く巨大遺跡なのではないかと予想された。
多種多様な魔物の中には、剣だけでは倒しきれないものまで混ざっていたという。こんな魔物達が潜む遺跡の最深部には、一体何が待っているのか。
ログレス王国一の騎士団とまで言われた当時の王都騎士団だったが、討伐の効率化を狙い、各地から優秀な魔法の使い手を集めることになった。
「その魔法使い達の中に、リーカミュ様と並んで伝説として語り継がれる大魔導師が居たの。彼の名はマーリン。マーリン様はこの世のあらゆる魔法に精通し、更には霊界との繋がりを持つ人物だったと言われているわ」
「霊界……? 死後の世界とかいうヤツか?」
「いいえ、似てるけどちょっと違うらしいのよ。霊界に住まうのは、水や風なんかの自然を司る精霊達や、リンカちゃんのような聖霊だとされているわ」
発音が同じだからややこしいわよね、とガトリーヌさんは苦笑する。
「……聖霊とは、死者の国の住人の中で最も清く正しい魂。それが転生し、新たな命として誕生するものがそうだと言われている。聖霊達が暮らすのが霊界で、レオールが言った死後の世界──又の名を死霊界とも言うんだが、人も聖霊も死せば死霊界へ逝くとされていて……このままでは更に話が長くなるな。とにかく、死したものだけが住まうのが死霊界だと記憶しておけ」
「マジで話なげぇのな……」
「先生、とっても物知りですね! すごく勉強になります」
「……この程度、魔導を志す者は知っていて当然の常識だ。貴様もよく覚えておくように」
「は、はいっ、先生!」
へぇー、聖霊ってそうやって生まれるものなんだ。
多分私はイレギュラーな生まれ方をしてる気がするんだけど、そうじゃなかったら私って元の世界で死んでることになっちゃう……よね? それはかなり怖いなぁ……
それにしても、何だかさっきからマルクスさんの顔色が優れないように見えるなぁ。具合が悪いからとかかな。それともガトリーヌさんがそんなに苦手なのか……判断が難しい。
「詳しい解説アリガト、マルクス先生っ!」
「ひぃっ……!?」
おっと、これはガトリーヌさんが原因だったパターンですかな?
彼女に対する反応が、色んな虫に対するそれと全く同じだよ……
「ま、そういう訳でっ! マーリン様は霊界から聖霊を召喚して、その子をリーカミュ様に授けたらしいのよね。聖霊の助けもあって、遺跡の奥に居たと言われる強大な魔物を、何だかんだで聖剣を得た勇者たるウチのご先祖様が聖杯で成敗しちゃったらしいわ!」
「ギャグがさみぃ……反応に困るヤツだぞ」
「でもホントのことらしいわよォ? 小さい頃に散々ウチのお爺様に聞かされた話だもの! 忘れたくても忘れられないエピソードよっ!」
じゃあ、当時は黒霧病を消す為に聖杯を使ってはいなかったんだね。そもそも存在していなかった伝染病だったんだもの。
リーカミュさんの時代とは状況が違う私達は、どうやってアルマク島に行けば良いんだろう。




