5.這い寄る黒い霧
たくましい身体付きに、くっきりとした目鼻立ち。
何でだろう。言われてみれば、あの特徴的な外見をどこかで見たことがあるような気がしてきた。
レガート・ジャルバート──アーサーよりも前に聖剣エクスカリバーを所有していた、先代勇者の末裔。
この世界がゲームでしかなかった頃には、彼に会った記憶は無い。
アヴァロンのメンバーには……あんなムキムキマッチョさんは居ないと思う。まだリーダーのイメラとかいう人の顔は知らないけど、性格がアレでも顔は整っている敵集団のアヴァロン。
ソナタやロンド、ソディにカノンといった細身のイケメンが並ぶ中、あんなプロレスラーみたいな体型のおじさんが居るのは、この〈ファンキス〉という乙女ゲーの中では事故にしか見えない。あまりにもマニアック──いや、元からアヴァロンはマニアックなんだけど、ちょっとね。
かなり失礼なことを考えてて申し訳なくなるけど、レガートさんには本当に見覚えがある気がするんだよ。
どこかで発生するイベントで見掛けた? それとも肖像画とかで見覚えがあったってだけ?
うーん、ピンと来そうでピンと来ない。
私と目が合ったアーサーとマルクスさんも、どうしても思い出せないと言わんばかりに首を横に振っていた。
そうこうしている内に、大司教と入れ替わりでレガートさんが壇上に上がった。
『ご紹介に預かりました、レガート・ジャルバートです。本日はこの場をお借りして、水神教会エリアの皆さんに重大なご報告をさせて頂きます』
声の感じもどことなく聞き覚えがある。
ていうか、勇者の末裔の口から報告される重大な話って何? 彼の表情からして、あまり良い話ではなさそうだ。
ゲーム時代には経験していないイベントだし、私は〈ファンキス〉の途中までしかプレイ出来ていない。否応無しに不安が募る。
広場に集まった人々の歓声もぴたりと止み、拡声魔法を通したレガートさんの声だけが際立った。
『私を始めとする魔物討伐ギルドなどを取りまとめる王都ギルド協会より、大陸の北東──アルマク島の伝染病についての発表です』
「あ、アルマク島……」
広場がどよめいた。
ルフレンくんが不安げに漏らしたその場所は、彼の故郷だ。
ルフレンくんが島を出て、大陸側にある魔法教室に通いだしたのが四ヶ月前。丁度その時期に謎の伝染病がアルマク島で猛威を奮い始めたのだ。
あそこにはまだルフレンくんの家族が居るはず。王都のギルド協会から勇者の末裔を経由しての発表に、誰もが戸惑いを隠せない。
『皆さんもご存知の通り、かの島に蔓延する謎の病は今もなお島民の生命を脅かしています。この大陸にもいつその脅威に見舞われるか……。そこでギルド協会は医療系ギルドとイゲイル薬品に協力を仰ぎ、謎の伝染病──黒霧病と命名された病に対する特効薬の開発を進めています。しかし、未だ何の成果も出せていないのが現状です』
黒霧病か……いかにもやばそうな名前だね。
現時点ではどんな魔法も薬でも治せず、一度感染してしまえばほぼ確実に命を落としてしまう伝染病。
それなのに、そんな病が蔓延るアルマク島にエクスカリバーの光を取り戻すのに必要な神殿の一つがあるのだ。
島の神殿の人達も大丈夫なのかな。光の神殿の時みたいに結界が機能していないなら、巫女さんの命だって危うい。
『水神教会の神官の方々にもご協力頂き、状態異常を無効化する結界を展開させて現地への調査が行われていましたが、先日島から帰還した調査隊の中から感染者が確認されました』
「そ、そんなぁ……!」
「大陸に感染者だと!?」
「俺達はどうすれば良いんだ……」
群衆から不安の波が押し寄せる。
神官さんが使った結界ならかなり強力なものだったはず。それなのに黒霧病はその結界をものともせず、大陸初の感染者を生み出してしまった。
ああ、ルフレンくんが今にも泣き出しそうだ。私はそっと彼に寄り添う。
レガートさんは続けた。
『感染者は調査隊に加わっていた、医療系ギルドのメンバーが一名、イゲイル薬品新薬開発部門の方が三名、神官が一名。症状が出たのは大陸側の港の宿で休息を取っていた際とのことです』
うわ、五人も感染しちゃったんだ。
ていうかイゲイル薬品の人の中にシーチエさん達は含まれてないよね? だってほら、シーチエさんは薬師だから開発にも携わってるよね? その護衛にファルータさんも居たりとか……しないよね?
結局感染者の名前までは発表されず、国の方から例の港町付近には絶対に近寄るなという命令が下されたんだそうだ。
ああ、大丈夫かなぁ。後でマルクスさんの魂石で音声通信してもらおう。シーチエさん達が心配すぎるんだもん。
そりゃあそうだよね。大陸でトップの薬品販売会社が世界の危機に関わらない訳がない。
レガートさんからの報告が終わり広場から人々が去った後、私達は水神教会に向かった。
何故なら私達はレガートさんから先代勇者の時代の話を聞かなくちゃいけないからだ。彼が大司教達と教会の中に入っていったから、その後を追う。
でもいきなり彼に会わせろと言っても相手にされないだろう、とマルクスさんは言った。そこで私達は権力を振り翳すことにした。
王命を受けて旅をする、新たな聖剣の勇者イドゥラアーサー・レオール。彼の存在と王の勅命、その両方の力を行使したのだ。
ただでさえアーサーは貴族の家の出だからね。警備の騎士も彼をぞんざいには扱えないもの。
騎士に呼び出された神官さんは、今は大司教との話し合いの最中だから、その後でレガートさんに面会の希望を出そうと言ってくれた。
いやー、権力って凄いね! そしてアーサーのドヤ顔も凄いね! 何かもうそこまで自信満々な態度をされると、最早微笑ましくて可愛く見えるわ。
私とアーサー、マルクスさん、ルフレンくんは案内された部屋で待つように言われた。
「ティジェロ、顔色が悪いが大丈夫か?」
「あ、いえ、その……」
「さっきの話が気になってんのか? 確か、島には家族を残してきてんだったよな」
座り心地の良さそうな椅子に三人が腰を降ろし、私はルフレンくんの膝の上で彼を見上げていた。
高級そうな家具だけれど、派手派手しさは感じない部屋。私達の間に流れる空気は重かった。
「……すみません、ご心配をお掛けしてしまって」
「ルフレンくんが謝るようなことじゃないよ。家族の無事を心配するのは当然のことだもん」
私の家族も、私のことを心配しているのかな。
「リンカの言う通りだ。お前は家族を救う為に俺の元までやって来たんじゃないか。悲観的になりすぎるな。俺は勿論、お前の周りには頼りになる者が居るんだ」
そう言ってマルクスさんは隣に座るルフレンくんの頭をぽん、と軽く叩いた。
「聖杯さえ手に入れりゃあ、故郷のヤツらの病気なんざ一発で治せんだ。その為にこうしてあの筋肉勇者の子孫に会って、手掛かりを探そうとしてんだろが」
「きっとアルマク島の神殿に行ける方法が見付かるはずだよ。アーサーもマルクスさんも、それに私だって頑張るから!」
「皆で力を合わせれば、どんな困難でも乗り越えられる。違うか、ティジェロ?」
アーサーが子供を励ますなんて珍しい……!
でも、二人の言う通りだよね。私達は今、皆で困難を乗り越えようとしている途中なんだから。
「……そう、ですよね。僕が不安になってちゃ、だめですよね。島の皆は、僕よりずっと怖くて辛い思いをしているのに……」
きゅっと拳を握るルフレンくん。
その手にそっと触れると、彼は小さく微笑んだ。
「僕には、こんなに頼りになる皆さんがついていてくださるんですもんね。諦めません……聖杯を手に入れて、島の皆を助けてみせます! リンカさん、先生、アーサーさん。僕、もっともっと頑張ります!」
「その調子だ、ティジェロ」
「えへへ……」
「頑張りすぎてバテんなよ」
「はいっ!」
息子の成長を見守るお父さんみたいな表情のマルクスさんに、弟を励ますようなアーサーの言葉。
この場に彼が居ないのが、私にはあまりにも寂しいことだと感じてしまった。
私も、もっと頑張らなくちゃ。




