3.繋がる奇跡
ああ、結局よく眠れなかったなぁ……。
アーサーのことばかりをぐるぐると考え続けていたら、窓の外が明るくなってしまった。
それに慌てて無理矢理寝てしまおうと努力はしたのだけれど、私が眠りに就くよりも早く皆が目覚めたのだ。
「お、おはようございまーす……」
「ああ、おはようリンカ」
「ん……はよ」
「おはようございます、リンカさん」
こういう時に限ってすっきり目が覚めるアーサーが憎たらしい。
彼がまだ眠いと駄々をこねてくれれば、あと三十分くらいはマルクスさんが時間をくれていたかもしれないのに……!
そんな愚痴を胸中でこぼしながら、予定外の寝不足状態となった私は諦めて起き続ける覚悟を決めたのだった。
聖霊のサイズだと、私は普通に食事を摂るのが難しい。だからお行儀が悪いかもしれないけれど、いつも近いテーブルの上でパンや果物なんかをマルクスさんに取り分けてもらっている。
すると朝食の最中、私にパンをちぎって渡してくれていたマルクスさんの手が止まったではないか。
不思議に思って彼を見上げると、何か考え事をしているようで視線が合わない。
「マルクスさん……?」
名前を呼ぶとようやく目が合った。
マルクスさんが食事中にぼんやりしているなんて、何かまた問題でも起きているのだろうか。
「どうかしましたか? 何だかぼーっとしているようですが……」
「……夢を見たんだ」
「夢、ですか?」
「俺だけではない。アーサーも同じ夢を見ていたはずだ」
そう言われて、私はアーサーの方へと視線を移す。
すると、アーサーはマルクスさんの言葉に頷きを見せた。
「ああ。何故だかは知らねぇが、今朝見た夢は途中からマルクスと繋がっていた」
「それってどういう……」
「アーサーさんと先生が同じ夢を見た、ということなのでしょうか?」
「間違いはねぇと思う。少し話が長くなりそうだから飯の後に詳しく話す。これは多分、俺達全員に深く関わる話だからな」
あまりにも真剣なトーンで話すアーサーに、私は無言で頷き了承した。
宿屋で出してもらった朝食を片付けた後、改めて四人で部屋に集まった。
アーサーとマルクスさん、二人の間に何があったのか。こんなイベントはゲーム時代にもなかったから、今の私にはただ彼らの話を聞くしか術がない。
それぞれベッドや椅子、ソファに腰掛けると、二人が夢の内容を語り出した。
アーサーはこの旅が始まる前、彼のお屋敷から旅立つところから夢が始まったのだと言った。
使用人の言葉や、そこから出発した先々での人々の行動から出会った魔物まで、全てが過去に見たものとまるっきり同じだったこと。
途中で場面が切り替わり、突然マルクスさんの家の前に来ていたこと。
マルクスさんも家の中で本を読んでうたた寝していたところから夢が始まり、ドアを叩く音に気付いてアーサーと夢の中で合流したこと。
それから二人で旅を続け、聖剣の神殿で私と出会ったこと──それに違和感があったのだという。
その後アーサーが告げた言葉に、私は全身に雷を浴びたような衝撃を受けた。
「俺達は夢の中でリンカと会った時、確信した。俺達は前にもこうして、一緒に旅をしたことがあったはずだってな」
「それって……!」
「思い出したんだ。俺とレオール、リンカ、ティジェロ……そしてルーチェの五人で、ここサイリファまでを旅した記憶が駆け巡ったんだ」
〈ファンキス〉を私がプレイしたあのデータの記憶が、蘇った……!?
アーサーもマルクスさんもこんな冗談を言える訳がない。
普通の人間だった私が〈ファンキス〉によく似た異世界で聖霊に転生して、ゲームとは違うイベントが展開されたり順序が変わっていたり──何かが狂っているとは前々から思っていたけど、やはりこの世界とゲームだった頃の〈ファンキス〉の世界はどこかで繋がっているの……?
「リンカ。俺のこの記憶に間違いがなければ、お前は確か攻撃魔法は使えなかったはずだった」
「それに、本来だったらこの場所にはアイツが……ルーガも居たはずだっただだろ? だからあの日の晩、あんな事言ってたんだろ。『こうなることはわかってたはずなのに』──って、そういう意味だったんだよな」
「……っ!」
本当に、彼らは私がよく知る『彼ら』なんだ。
「……答えてあげてください、リンカさん。僕はまだ、先生たちのような記憶は思い出せてないですけど……本当のことを、話してあげてください」
ここには居ない、彼だってそう。
私が二百六十五時間を共に過ごした彼らとの思い出は、消し去られてなんていなかったんだ。
そう実感した瞬間、溜め込んでいた色々な感情が決壊したダムのように溢れ出す。
新たに旅が始まって、アーサーやマルクスさんの態度がそっけなくなっていて寂しかった。
虫女って呼ばれて、マルクスさんは私を肩に乗せてくれなくて、何も言い出せなかった。
仲間になったばかりのルフレンくんとはまた離れ離れになって……彼とはあまり遊んであげられなくて、思い出が作れなかった。
そして今、いつも私達を笑わせてくれた明るくて頼りになるルーガくんはここには居ない。
私にはもっとやれることがあったはずなのに。そのせいで彼は遠くへ行ってしまった。
全部が全部、心の中でぐちゃぐちゃになった。
「……そうだよ、私達、前にもこうして皆で旅してたんだよ」
鼻の奥がツンとして、堪えきれなくなった涙も溢れ出していく。
「二度とアンタを泣かせるつもりはなかったんだけどな……すまねぇ」
謝らなくて良いんだよ。
これは私が勝手に泣いてるだけなんだから。アーサーのせいじゃないよ。
そう言いたいのに、上手く言葉が出て来ない。
私の口から漏れるのは嗚咽ばかりで、首を横に振るのが精一杯だった。
「……僕らがこうして出会えたのは、きっと神様のおかげなんだと思います。だから、僕はこの出会いを大切にしたい。リンカさんや、アーサーさん、先生、それにルーガさん……全員で、もう一度この旅を始めないとですよね!」
「それにはまず、あの大馬鹿者を連れ戻してやらねばならんな」
「ルフレンとマルクスの言う通りだ! 俺達全員で聖杯を見付け出してやる! だからリンカ……改めて、宜しく頼むぜ」
ああ、神様。
貴方が本当に居るのなら、私をこの世界に結び付けてくれたことに心からの感謝を捧げます。
こんなに素敵な人達に出会えて、共に過ごすことが出来て、私は本当に幸せ者だと思います。
我儘な私は、この幸せをもっともっとと赤ん坊のように欲しがってしまうでしょう。今だって、今すぐルーガくんの笑い声が聞きたくて堪らないんです。
ルーガくんのそよ風のような、そして陽だまりのようなあの笑顔を、もう一度……!




