幕間 湖のほとり(アーサー)
宿屋の食堂で適当に夕飯を済ませて、装備の手入れなんかをしてからベッドに潜り込んだ。
そして、俺の奇妙な体験が始まった。
眠りについた記憶はあるんだが、俺は何故かサイリファの宿屋じゃなく、レオール家の俺の部屋に居た。
夢にしては妙にリアルだ。意識ははっきりしているし、俺が寝ていたベッドも、家具の感触も、全てが現実そのものなんだ。
「何なんだよ……」
まさか、アヴァロンの連中におかしな魔法でもかけられたか?
そうだったとしたら、どうにか元の場所に……この夢みてぇなもんから覚めねぇと。
ひとまず、何が起きているのか確かめないことには仕方がない。
部屋から出ると、使用人のグリアナが通りかかった。
「イドゥラアーサー様……? まだお部屋にいらっしゃったのですか?」
「はぁ?」
「もうじき出発予定時刻だったかと思うのですが……」
グリアナはレオール家に代々仕えてきた家の出身で、まだ新人なのに他の使用人達より気がきく女だ。
そんなコイツが、心配そうに俺の顔を見上げている。
「出発って、どこにだよ」
「えっ……と、レシーリアの湖に行くよう、ユーサー国王陛下からの勅命をお受けした、と伺っておりますが……間違っていましたか?」
「レシーリアの湖って……」
俺が国王から頼まれた、聖杯を探す為の旅。
その旅で、まず向かうように命令されたのが、王都キャメロットにあるこの屋敷から、丁度大陸の反対側にある湖だった。
だが、そこにはとっくに行ってるはずだ。それなのにグリアナは、まるで俺が初めてレシーリアに向かうみてぇな口振りをしやがる。
「旅支度は整っていますが、本当に護衛の者を連れて行かれないのですか? いくらイドゥラアーサー様の剣の腕があっても、かなりの長旅になるのですし……。旦那様も奥様も、とても心配なさっているのですよ?」
……おい、待てよ。
この言葉、聞き覚えがある。
「いくらアルマク島の病を鎮める為とはいえ……実在するかもわからない伝説を頼るなんて。聖杯なんて、そんなものどこにもないかもしれないじゃないですか……」
俺がレシーリアへ向かう日の朝、これと全く同じセリフをコイツの口から聞いた。
自分の過去を体験する、そんな魔法でもかけられたのか?
疑問は消えないままだ。
「……王命に背くワケにもいかねぇだろうが。護衛はいらねぇ。適当に馬車を乗り継いで、途中で魔物に襲われたら、全部俺が叩っ斬る。父さんと母さんにも、余計な心配すんなって言っとけ」
俺の記憶通りに物事が運ぶのなら、ここは大人しく湖に向かう方が良い。
「……承知いたしました。どうか、お気を付けて」
使い慣れた剣と鎧。そして、レシーリアまでの旅費なんかに使う金を魂石に入れて、ポーションやらのアイテムが詰まった道具袋を持って、俺はキャメロットを発った。
王都から出る馬車を捕まえて、陽が暮れるまでに到着出来る町で降りた。やっぱり、ここには来た記憶がある。
妙な違和感はずっと消えないが、手頃な宿屋をとってその日は眠りについた。
そして、朝、目を覚ますと……
「……何で目の前に湖が見えてんだ?」
何故か、大きな湖の前に立っていた。
何なんだよ。何でこんな所に居るんだよ俺は。
向こうに見えるのはレシーリアの街だろう。そして、湖のほとりに建つあの家こそが、俺の目的地。
「マルクスの家……だよな?」
ますますワケがわからねぇことになってきたが、これはこれで良しとしてやろう。
この奇妙な体験が魔法によるものだったとしたら、マルクスに訊けば何かしら解決策があるかもしれない。
俺は早速マルクスの家のドアを叩いた。
「レオール……!?」
ドアを開けたマルクスは、目を見開いて驚いた。
「何故貴様がここに居るんだ!」
「それはこっちのセリフだ! てめぇこそ何でここに居んだよ!」
「ふと目を覚ましたら、ここに居た……!」
「俺だって目が覚めたらうちの屋敷のベッドの上で、また目が覚めたらここに来てたんだよ! ワケわかんねぇ!」
とりあえずマルクスも俺と同じ状況だったらしい。
まさかマルクスもこれの原因わかってねぇとか……言わねぇよな……。
嫌な予感はするが、とにかく互いの身に何が起きているのか、状況を整理する。
マルクスの家は、俺にはよくわからねぇ魔法やら薬草やら、古い本で溢れかえっている。
といっても、別に部屋がとっ散らかってるとかってんじゃなく、全部本棚に綺麗に並べられているし、掃除も小まめにやってある。
二階建ての小さな家に一人で暮らしているマルクスは、この大陸では名の知れた魔導師の一人。
だからこそ、俺がこんな遠く離れた湖までやって来たんだ。
「つまり、過去に飛ばされる魔法をアヴァロンに使われたのではないか……と、貴様は言いたいんだな?」
「ああ。うちの使用人や、途中で立ち寄った町の連中も、まるで過去をそのまま再現したように行動してたからな。普通ありえねぇだろ、こんなの」
「それはそうだが……」
天才と言われるマルクスだったら、珍しい魔法の一つや二つ知ってて当たり前だろう。
「過去を見せる魔法は、あるにはある。だが、ここまで高度な再現度、そして複数の人間に同時に発動可能なものは俺でも知らんぞ」
「マジかよ……」
「俺達はこうして合流出来たが……リンカやティジェロがどうなっているか心配だな」
マルクスでも知らねぇとは……。
アイツらの無事を確かめる為にも、さっさと二人を探しに行かねぇと。




