3.聖剣の神殿
【聖剣の神殿】は、プレイヤーがアーサーとマルクスさんと連携して初めて戦闘を行う訓練の場である。
エクスカリバーの聖霊には闇を感じ取る能力がある。その力によって接近して来る魔物を察知し、呪いがかけられたアイテムを避けるよう彼らに伝えることも可能だ。
戦闘に参加出来ない代わりに戦場の状況を把握し、的確な指示を出してパーティを勝利に導く重要な役割をプレイヤーである私が担う。
勝利を重ねるにつれて攻略キャラクターとの信頼度もアップし、数々の恋愛イベントの発生にも繋がる。
つまり〈FANTASY OF SWEET KISS〉において敵との戦闘は、旅の成功とお目当てのキャラクターとの恋の行方を左右するものなのだ。
「おい虫女! エクスカリバーの鞘はどこにあんだよ!」
「こちらです、イドゥラアーサー様!」
不機嫌丸出しのアーサーの前を飛び、マップを見なくても記憶している神殿内を案内する。
そうそう、気になっている方も居るかもしれないから説明したいんだけど、〈ファンキス〉ではこの神殿で出会ったばかりの彼らにタメ口を使うと一気に信頼度と恋愛値が落ち込んでしまうのだ。
信頼度とは、先程説明したように戦闘に勝利する事で上昇するだけでなく、彼らに出会った瞬間からプレイヤーの言葉遣いや態度、行動によってマイナスの印象を与えてしまう事がある。
これを上げることも恋愛イベント発生の重要な条件であり、戦闘や不意打ちに対して適正な対応が出来るようになるし、冒険がスムーズになる。
そして恋愛値は恋愛イベントを発生させ、それを上手く成功させたりプレゼントを贈る事などで上昇する数値のことである。
これが上がると攻略キャラクターと更に親密になり、キャラクターごとに用意された特別なエンディングを見る事が出来るのだ。
一度中盤すぎまで攻略した彼らの事なら、好みは理解している……はず。
まず、アーサーははっきり言って良い性格ではない。
自分の思い通りにならなければ今のように機嫌が悪くなるし、言葉遣いも荒い。
気に入らない相手にタメ口を使われたり、ちょっとでもバカにされるとすぐに不機嫌になる短気な男なのだ。
つまり、何も知らないプレイヤーがいきなり馴れ馴れしい態度で接すると彼に殺される。
まあ実際斬られかけたとしても、後ろに控えているマルクスさんにギリギリのところで命を救われるんだけど……
こうなってしまうと、開始早々アーサーと険悪なムードのまま鞘探しが始まってしまう。
今も充分険悪に見えるかもしれないけど、険悪ルートを選んでしまうとこれから数週間プレイヤーの指示にまともに従ってくれなくなるらしい。
そうならない為に私は慣れない言葉遣いで彼らに話しているのだ。
それにしてもおかしいなぁ。魔物の気配が全く無い。
神殿の中をかなり進んだはずなのだが、一度も魔物に遭遇していない。
それどころか、私にしか見えないダンジョンマップを開いても敵を示す赤い丸のマーカーが一つも表示されないのだ。
エクスカリバーに辿り着く前に、全ての魔物を二人が狩り尽くしてしまったのだろうか。
「……あの、マルクス様」
「何だ」
「先程から魔物の気配が一切しないのですが……」
「俺とアーサーで粗方の敵は片付けた」
「そう、ですか」
確かに、初期のパーティなら神殿内の魔物くらい殲滅するのは可能だ。
しかし、一定時間経過すれば魔物は復活するはずなのに……
もう一度マップを確認したけど、そこにはパーティを示す青のマーカーと、プレイヤーを示す白のマーカーしか表示されていない。
以前神殿を攻略した時はこんな事は無かった。アーサーがエクスカリバーを入手してすぐ、魔物に襲われて操作説明を兼ねた戦闘イベントが発生したはずだ。
なのにまだそれが起きていない。バグか何かだろうか。
【聖剣の神殿】は序盤ダンジョンの中ではなかなか美味しい経験値を稼げる場所なのだが、こういう不具合が起きてしまうとレベル上げが出来ない。
さっさと神殿を出てしまわず、今の内にたっぷりレベル上げをしたかったのに……。
うーん、ひとまず様子を見てみるかなぁ。
過去に攻略したダンジョンだし、面倒くさいけど経験値稼ぎは後回しでも良いかと割り切る事にした。
結局最後まで魔物が出て来る事は無く、あっさりと目的の場所に到着してしまった。
「……おいてめぇ、ここは行き止まりじゃねえか舐めてんのかオイ」
アーサーの言う通り、私が彼らを案内したのは行き止まりの壁の前。
しかしこの壁はただの壁ではなく、私が力を注ぎ込むと封印が解除されるのだ。
エクスカリバーの聖霊が持つ力は、闇を感じ取る力と表裏一体の光を感じ取る力。
そしてもう一つは、エクスカリバーの所持者の生命エネルギー──いわゆるMPを特殊な魔力に変換し取り込む能力がある。
アーサーから貰ったエネルギーを手から放出するイメージで壁に触れると、そこに刻まれた複雑な紋様が白く浮かび上がる。その光が収まると、すうっと壁が消えて奥へ続く道が出現した。
「壁が消えただと?」
「成る程。古文書に記されていた紋様が刻まれていたから、何か隠されているとは思っていたのだが……」
「この奥に鞘が眠っております。先へ進みましょう」
道は薄暗く、暗闇でも輝く私の羽根でぼんやりと先を照らしながら進んでいく。
全く前が見えない程でもないので、マルクスさんは明かりを灯す魔法を使わずについて来ている。
確か、この先の鞘の間でボス戦があったはず。しっかり二人をサポートしなくちゃ!
気を引き締めて、私は二度目の神殿戦に向かうのだった。