1.自覚した気持ち
ルーガくんと別れたあの日から、もう五日が経ってしまった。
彼がパーティーを抜けてからというもの、私達の間で笑顔が減ったように感じる。
ちょっとお調子者でナンパっぽくてチャラくって。でもそんな彼だからこそ、魔物や伝染病が蔓延るこんな異世界でも楽しく過ごせていたのだと思う。
結局イゲイルでは何も情報が得られなかった。サイリファで有力な情報が入ると良いんだけど。
イゲイルから更に北にあるサイリファは、私が〈ファンキス〉をプレイしていて最後にセーブをした街だ。
あそこの宿屋でセーブして、その後VRマシンを起動したらデータが消えてしまっていた。
今度こそはこの世界全てを旅してみせる。そして、ルーガくんも一緒に……皆でこの世界を救いたい。
その時、マップに敵を発見した。
「……! 魔物が接近しています! 数は八体。皆さん注意して下さい!」
それぞれ武器を構え魔物に備えた。
カサカサと木の葉が揺れる。
「上からか!」
「ならば……貫け水流、ウォーターガン!」
マルクスさんが唱えた魔法が、木の上に潜んでいた魔物を撃ち落とした。
「キュエー!」
落ちてきたのはキツネ型の魔物、キラーフォックス。
群れで行動するうえ、クリティカルヒットを出す確率が高い厄介な魔物だ。
まるで、あの時と同じ……
サイリファへの途中、キラーフォックスに襲われたゲーム時代最後の戦闘が脳裏に蘇った。
「ルフレンくん、防御魔法を!」
「は、はい!」
私はマルクスさんの肩に乗り、その後ろでついこの前マルクスさんから教わった魔法を唱えるルフレンくん。
すると、前衛で敵を引き付けていたアーサーのすぐ横を一体が走り抜け、詠唱中で無防備になっている彼に飛び掛かろうとしていた。
速い! 対策が間に合わない!
「うわぁっ!」
「ルフレンくん!」
キラーフォックスの攻撃がルフレンくんを襲った。
幸いクリティカルにはならなかったものの、詠唱は中断されてしまった。
ああ……こんな時、ルーガくんが居てくれたら……
ルーガくんの素早さなら、キラーフォックスからルフレンくんを守れていたのに。
「すまねぇルフレン! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……です。もう一度詠唱します……!」
アーサーは悪くないのに……。私が、ルーガくんを引き留められなかったから……
幾ら何でも、スピードのある魔物を何体もアーサー一人で抑え込めるわけが無い。
私が、何とかしなきゃいけないの……私が……!
「清き水よ、悪しきものから我らを護りたまえ……アクアバリアー!」
澄んだ水の力の膜が私達を包み込んだ。
「マルクスさん!」
「分かっている。レオール、いくぞ!」
「纏めて片付けてやるよ!」
マルクスさんはアーサーの剣に炎を纏わせ、アーサーはキラーフォックスの群れに剣を振るった。
「喰らえ! 猛火剣!」
エクスカリバーから放たれた激しい炎はキラーフォックスを襲い、纏めて五体を葬ることが出来た。
残った三体はそれぞれ離れた位置でこちらの様子を窺っている。
せめて一匹くらいは私が倒さなきゃ。折角マルクスさんが魔法を教えてくれてるんだもん。役に立たなきゃ……!
私はマルクスさんから少しだけ離れて、呼吸を整えた。
意識を集中して、まずはアーサーからMPを少し貰い、魔力を丁寧に編み上げていくイメージで収束させていく。
私が習った攻撃魔法は風属性だ。
炎や雷は場所によっては周囲のものを傷付けたりしてしまう危険がある。
しかし、風ならコントロールが下手でも火事になったりする心配も無いし、何よりスピードのある攻撃が出来る。一番スピードを活かした攻撃が出来たルーガくんには及ばないかもしれないけれど、それでもやる価値はあるだろう。
実戦では初めてだけど……
「大丈夫だリンカ。そのまま魔力を維持して一気に解き放つんだ」
……皆の為にも、私が戦力にならないと駄目なんだ!
「斬り裂き放て! ウインドブレード!」
一体のキラーフォックスに向けて、鋭い刃のような魔法の風が刹那に駆け抜けていく。
「ギュエヤァァ!」
パァンと光の粒子になって空に溶けていったそれを見て、私は目を輝かせた。
「で、出来たぁ! やりましたマルクスさん! 私、倒せましたよ!」
「よくやったリンカ!」
「まだ魔物は残ってんだ! 浮かれるにはまだ早いぜ!」
「わかってるって! 残りもやっちゃいます!」
「俺とリンカで片付けよう」
「はい!」
最後に残った二体に向けて、私とマルクスさんはそれぞれ魔法を唱えた。
「斬り裂き放て! ウインドブレード!」
「凍えて爆ぜろ、アイスストーム!」
私のウインドブレードのダメージで動きを止め、マルクスさんの氷魔法で凍らせた。
そして二体同時に氷が爆発し、そのまま粒子となって消えていった。
その場に残ったのは、キラーフォックスが落としたドロップアイテムの毛皮だけだ。
「……終わったな。なかなか良いコントロールだったぞ」
「ありがとうございます! あ、そうだ……!」
急いでルフレンくんのもとへ飛ぶ。
「ルフレンくん、さっきの怪我は大丈夫? ごめんね。私がもっと注意してたらこんなことには……」
「そ、そんな……僕が早く魔法を発動出来ていれば、アーサーさんのダメージも軽減出来ていたはずですし……」
そう言って、ルフレンくんは自分とアーサーに回復魔法を使った。
前衛のアーサーはHPが高い分、多少クリティカルを受けても持ち堪えていたのだけれど、それでもまたいつ魔物に襲われるかわからない。こまめな回復は後々の為になる。
「ルフレンは習った魔法が使えた。マルクスは多少戦力に戻った。リンカは戦えるようになった。それぞれ進歩してんだからいちいち謝りまくってんじゃねぇよ! 反省会はこれで終いだ!」
エクスカリバーを鞘に戻して、眉間に皺を寄せたアーサーはそう言った。
あ、アーサーに名前呼ばれた……!
思わずアーサーの顔をまじまじと見詰めてしまっていたらしく、バッチリと彼と目があってしまった。
「……な、何だよ」
「な、何でも……ない」
それぞれ目を逸らしてしまう。
おかしい。何故かアーサーを見ると落ち着かない自分が居る。
いや、マルクスさんのお風呂上がりの姿とかルフレンくんの可愛い寝顔を見るのもとっても興奮して落ち着かなくなるんだけど、これはまた何かが違うのだ。
何これ……恋する乙女じゃあるまいし……!
しかし、冷静に考えてみよう。
ここは〈ファンキス〉にそっくりな異世界。二次元に恋する乙女がプレイする、恋愛VRRPGの世界なのだ。
私、アーサーに惚れちゃったの!?




