3.後戻り
朝、私達を乗せた馬車はイゲイルに到着した。
「はーい到着ー!」
「あたし達はこのまま次の街に向かうから、ここでお別れね」
「またねぇ~ん!」
「ありがとうございました」
ガトリーヌさん達にお礼を言って、ひとまず朝食をとる為に食事が出来るところを探すことになった。
「なぁ、ここって確かシーチエ達の店の本店があるんだったよな?」
「うん、イゲイル薬品の本店があるよ」
「ということは、ここが二人の故郷なんだろう」
ここは薬師のシーチエさんと、イゲイル薬品の警備員ファルータさんが生まれ育った町だ。
そして、彼にも深い関係のある土地でもある。
「あ、あそこのお店はどうですか? 雰囲気が良いですし……」
ルフレンくんが指差したのは、確かに女性でも入りやすい店構えの料理店だった。
「じゃああそこで飯にするか」
「旦那方は先にご飯頂いてて下さい。俺様ちょいと寄る所があるんで、後から合流するッス!」
「そうか」
「待ってるね」
「なるべく早く済ませてくるんで! それじゃ!」
突然別行動を始めたルーガくん。
アーサーもマルクスさんも特に引き留めもせず、素直に送り出した。
近くに緑マーカーが二つ……そこにルーガくんが合流した。
「ルーガさん、何の用事だったんでしょう……」
不思議そうな顔をするルフレンくんを連れて店内に入り、料理を注文した。
ルーガくんが居ない今の内に……あの事をルフレンくんに話すチャンスだ。
「あのねルフレンくん。いきなりでびっくりするかもしれないけど、ルーガくんのことで話があるんだ」
「ルーガさんの……?」
「アイツは……どうやら俺とこの剣を狙うようアヴァロンから頼まれたみてぇなんだ」
それを聞いて、ルフレンくんは飲んでいた水を吹き出しそうになってしまった。
「……っけほ! そ、それって……!」
「あの男が俺達を裏切るか裏切らないか……という事だ。……そもそもルーチェがこの旅に同行している理由もはっきりとはしていない」
「戦力になるからって理由だけだからな」
「味方でいる理由もない……ということなんですね」
ルフレンくんのように、故郷の家族を救う為に仲間になったわけではない。
ただ、私達がアヴァロンに襲われたところを助けた流れで仲間になった。ルーガくんには私達の肩を持つ明確な理由が無いのだ。
「それと、さっき気付いたことがあるの。ルーガくんと別れた時、彼の近くに二人気配を感じたんだ」
「まさか、例のアヴァロンか?」
「それもありえるかもしれないですが……。マルクスさんはご存知かと思いますが、このイゲイルには盗賊ギルドの拠点があるんです」
「盗賊ギルド?」
アーサーが眉根を寄せる。
「誰からの依頼も受け付ける凄腕の盗賊ギルド【イディシア】……ルーチェはそこと関わりがあると?」
「はい……。だからルーガくんは、アヴァロンからの依頼を持ち掛けられたんだと思います」
実際、ルーガくんは盗賊ギルドの一員だ。それはゲームの頃に確認済みだから。
ルスク村でロンドに奪われたエクスカリバーをいとも簡単に取り返したのは、盗むことを仕事にしているルーガくんだからこそ出来たことだ。
皆が言葉を失う中、脳内マップに青いマーカーが表示された。ルーガくんが戻って来たのだ。
「おかえりルーガくん」
「ただいま戻りましたー!」
私は笑顔で彼を迎え入れ、皆もいつも通り反応した。
皆で朝ご飯を済ませて、今日はこの町でアヴァロンや先代勇者について情報収集をすることで話が纏まった。
そして、遂に夜を迎えた。
「今日は部屋が二つ取れた。俺とティジェロ、レオールとルーチェで別れと思う。リンカはどうする?」
宿をとった私達は二人と三人に別れて寝ることになった。
「私はマルクスさんとルフレンくんのお部屋にお邪魔しようと思います」
ルーガくんはアーサーとエクスカリバーを狙っているだろうから、二人きりにした方が尻尾を掴みやすい。
「わかった。では明日の朝、食事を済ませてからサイリファへ向けて出発する」
「はいよー」
ルーガと今夜泊まる部屋に入って、それぞれベッドの上でくつろいでいた。
重っ苦しい鎧を脱いで髪紐をほどき仰向けに寝転がると、長い赤髪がベッドに広がった。
隣のルーガは枕に顔を埋めて唸っていた。何なんだありゃ。
「ううー……アーサーの旦那ー」
「何だよルーガ」
「リンカちゃんってホント可愛いッスよねー」
「……ハァ?」
俺達とアヴァロンとを天秤にかけて悩んでいるのかと思いきや、いきなり何の話をしてんだコイツは。
「聖霊にしておくのがもったいないくらい可愛くないスか!? 俺様、リンカちゃんが普通の女の子だったら絶対彼女にしたいんスけど……!」
「勝手に言ってろ……」
リンカは別に……いいヤツだとは思うけどよ……
「ほんと……胸が苦しいッス……」
ぽつりとそう呟いて、ルーガはそのまま眠ってしまった。
まあ、実際は狸寝入りかもしれねぇがな。
俺もある程度ゆっくりさせてもらいながら、ヤツが行動に出るまで待つことにした。
そして、普段ならとっくに眠りについている真夜中……背中を向けて寝転んでいた俺の背後に立ったルーガの気配を感じた。
やっぱり……裏切るのか?
俺とエクスカリバーを狙った依頼なら、報酬もそれなりに良いだろう。
どれだけの見返りがあるかもわからない俺達の旅について来るより、そっちの方が得だと考えたのか。
「……すみません、アーサーの旦那。大人しく攫われてくれれば、危害は加えないッス」
首元にナイフが突き付けられ、気が付けばエクスカリバーはヤツの手の内にあった。
凄腕の盗賊ってのは間違いなさそうだな……
ハッ、上等じゃねぇか。
「……てめぇはそれで後悔しねぇんだな」
「……後悔するような過去は持ち合わせてないッスから」
「俺もマルクスもルフレンも……リンカすら裏切るってのにか?」
「リンカちゃんにはちょっぴり申し訳ないですけどね。可愛い女の子を裏切るのは、いつまでも慣れないもんなんスねー」
それが……アンタの答えなんだな。
「さてと、そろそろご同行願いますよ。早いとここの仕事を片付けないと……っ!?」
鍵をかけておいたはずの扉が開かれた。
宿の主人から合鍵を借りたマルクス達だ。
「ルーガくん! お願い、こんなこともうやめて!」
「リンカちゃん……っ」
動揺して注意が逸れた隙をついて、ルーガの拘束から抜け出した。
そして力づくでエクスカリバーを取り返して距離を空ける。
「ルーガさん……!」
「今ならまだ間に合う。このままアヴァロン側につくと言うのであれば、俺達はこれから敵同士になってしまうんだぞ」
「それでも……こうしててめぇを引き留めてくれるヤツらを裏切ってまで、得なきゃならねぇもんがあるのかよ!」
「……っ!」
ルーガの瞳が揺れた。
まだアイツは俺達に未練がある。アイツの過去に何があったかは知らねぇが、リンカは……そして俺達はルーガを仲間だと思ってんだ。
性格が気にいらねぇヤツも居る。そんなヤツらでも、素のままを曝け出して付き合える戦友だと思ってる。
「こんな形で敵味方に別れちまうのは……気に食わねぇんだよ!」
「……もう遅いんスよ……何もかも」
ルーガは今まで一度も見せたことのない苦痛な顔で言葉を吐き出すと、窓ガラスを突き破って飛び出していった。
「待ちやがれ!」
俺もアイツの後を追ったが、運の悪いことにすぐ外は雑木林が広がっていた。
夜の闇と見通しの悪い景色の中、ルーガを探すには無理がある。
「アーサー!」
すぐにやって来たリンカが言う。
「もうルーガくんの気配が感じられないの……。物凄いスピードで……見失っちゃった」
そういやコイツ、魔物とかの気配が分かるんだったな。
リンカでも行方がわからねぇってんなら、これ以上追っても無駄だろうな。
「ごめんねアーサー……私、ルーガくんを止められなかった。こうなる事はわかってたはずなのに……」
小さな星が夜を照らす空の下、リンカの羽がぼんやりと光を放っていた。
「……役に立てなかったよね、私」
いつものコイツの明るさが微塵も感じられない。
俺も心穏やかって訳じゃねえけど、何もリンカ一人が責任を感じる必要なんざねぇってのに。
どうしてコイツはいちいち落ち込むんだよ……
真面目なのは評価するが、ここまで全部一人で背負い込むのは感心しねぇ。
俺は溜め息を吐きながら髪を掻き揚げた。
「はぁ……ったく、気にしすぎなんだよ」
「え……?」
「何でも成功させられる完璧なヤツなんざ居ねぇだろうが。一度上手くいかなかったぐらいで諦めんなよ」
「でも……アーサーが、完璧にこなせって言ってたから……」
「……言ってたか?」
んな話、記憶にねぇんだが……
「言ってたよ? 聖剣の神殿で初めて会った時……旅のサポートとか色々完璧にこなせるなら、アーサーのことをどんな風に呼んでも良いって」
「……そんな事言ったような気もしなくもねぇ……ような……?」
「お、憶えてないのね……」
「い、今はもう良いんだよ! 逆に今更様付けで呼ばれても気持ち悪いしな」
俺の記憶力が本当にいい加減なのか知らねぇが、今のやり取りで少しだけリンカの気が紛れたらしい。
「とにかくだ! ルーガは俺達の行き先も知ってんだから、その内アヴァロンの野郎と一緒に邪魔しに来るに決まってる。その時にもう一度説得すりゃ良いだろ」
「アーサー……」
「だから……アンタはいつもみてぇに笑ってろよ」
気に食わねぇんだ。
アンタが落ち込んでるのを見るのは。
「……ありがとう」
小さな返事だったが、リンカは確かに笑っていた。
「宿に戻るぞ、リンカ」
「うん、アーサー!」
待ってろよルーガ。実力行使でもてめぇを連れ戻してやっからな。
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