2.一筋の希望の光
ルフレンくんが後方支援系の魔法を学ぼうとした切っ掛け。それは彼の出身地アルマク島で、伝染病に苦しむ人々の為だった。
ほぼ確実に死に至るその病は、島の全域にまで広がる寸前と言われている。
島に残されたルフレンくんの家族の安否はわからない。もしかしたら、既に手遅れということもあり得ない話ではない。
それでも彼は、魔法のエキスパートであるマルクスさんの弟子になることを望んでいるのだ。
だけど、あの島の伝染病は尋常じゃない。
いつこの大陸にまで広がるかわからない。何故なら、あの伝染病はどんな薬草や魔法でも完全に治療することが出来ない謎の病だからだ。
「……残念だが、俺の知識を貴様に与えたとしてもアルマク島の伝染病はどうにもならない」
「そ、そんな……!」
多少は病の進行を抑えることが出来るかもしれないけれど、島に治癒魔術師が立ち入ればたちまち伝染病の餌食になってしまうだろう。
私達だって、いつかはあの島に行かなければならない日が来る。アルマク島には七つの神殿の内の一つがあるからだ。
けれど今は島に行ける状況ではない。
マルクスさんの冷たい様に感じるその言葉は、ルフレンくんにはショックだろうけど真実なのだ。
「何か……何か方法は無いんですか!?」
「あるにはある」
「ほ、本当ですか!」
はっと顔を上げたルフレンくん。
「俺達が旅をする目的は、世界に存在する七つの神殿に赴き、レオールの持つ聖剣エクスカリバーに清浄な光を宿すこと」
アーサーは分かり易いようにと、少しエクスカリバーに手を触れてみせた。
本来それをおさめるはずだった鞘は、アヴァロンの手に渡ってしまった。
癒しの力を持つあの鞘も、エクスカリバー本来の力を最大限にまで引き出す為には必要なものだ。いずれ彼らの手から奪い返さなければならない。
「そして、聖剣に光を取り戻したその時……エクスカリバーの聖霊によって、どんな望みも叶えるとされる聖杯の元へ導かれる」
「どんな望みも……」
「俺とマルクスはこの国の王に頼まれて、わざわざ聖杯を探す旅をさせられてんだ。聖杯のおとぎ話みてぇな力にでも頼らねぇ限り、伝染病を消し去る方法が見当たらねぇんだとよ」
「じゃあ、その聖杯があれば……島の皆は助けられるんですね!」
「本当にそんな物があるなら……って話ッスけどね」
アーサーとマルクスさんの言葉に瞳を輝かせたルフレンくんに、ルーガくんは冷めた口調でそう言い放った。
「おいおい、てめぇは信じてもねぇ話されてここまでのこのこついて来たってのか?」
俺らを舐めてんのか。
そう言って、アーサーは鋭く睨み付けた。
「いやいやいや、そんなことないッスよ! 実際エクスカリバーはアーサーの旦那が持ってるし、リンカちゃんっていうミラクルキュートな聖霊も実在してますから!」
オーバーリアクションと人当たりの良い笑顔を浮かべて、ルーガくんは私に視線を向けた。
「聖杯もちゃんとあるんだよね、リンカちゃん?」
「う、うん! ある……っていうか、無いと困っちゃうし」
私は〈ファンキス〉の途中までしか攻略していないから、いくら聖霊だからといっても聖杯が本当にあるのかどうか保証は出来ない。
でも先に〈ファンキス〉をプレイしていたお姉ちゃんはアーサーと結ばれてエンディングを迎えられたのだから、アルマク島の神殿にも到達出来たはず。
あれ? それってもしかして……
「聖杯以外にも、アルマク島を救う方法があるってことじゃ……」
ぽつりと呟いたそれに、皆が反応した。
「どういうことだ? 他の方法なんてあんのかよ」
「聖霊リンカ、詳しくお話を聞かせていただけませんか?」
「あ……えっと……」
光の巫女テノジェさんにも聞こえていたのか。
迂闊すぎる発言だったよね、これ……
私は何故かこの世界に聖霊としてやって来たオタク女子だ。
この世界での出来事が全て〈FANTASY OF SWEET KISS〉というゲームの流れの中にあるとして考えれば、〈ファンキス〉はキャラクターとの恋愛、戦闘、そして七つの神殿での試練をこなしながらエンディングへと向かうものになるだろう。
神殿を攻略していけばエクスカリバーは徐々に光を取り戻して、最後には聖杯を見つけ出せる。
聖杯を使って世界が平和になった時、お目当てのキャラクターと結ばれてめでたしめでたし。その考え方で間違っていないと思う。
伝染病で立ち入ることが出来ないアルマク島の神殿に行かなければ、聖杯は手に入らない。
となると、聖杯が無い状態で何らかの方法を見付け出して、伝染病を恐れずに島に上陸出来なければエンディングを迎えることは不可能だということになる。
私が攻略した範囲では、そんな方法は見付けられていない。今まで行っていなかった場所に手掛かりがあるはずなのだ。
「どうなんだ、リンカ」
「本当に、その聖杯というもの以外に皆を助ける方法があるんですか……?」
皆の注目が集まる中、私は自分の胸の内で推測したことを打ち明けた。
「……七つの神殿に到達しなければ、聖杯の奇跡の力で病を治すことは出来ません。しかし、聖杯が無い今アルマク島に行くのはあまりにも無謀な挑戦です」
「その通りッスね」
「ですが、私達はまだこの世界の全てを渡り歩いた訳ではありません。ユーサー・ペンドラゴン国王陛下も、太古の伝承については調べられてはいないはずです」
「……全然話がわからねぇ」
「えっとですね、四ヶ月前から流行り出したあの伝染病はエクスカリバーに異変が起きた事が原因です。世界の危機の序章……とも言えるかもしれません」
伝染病を放置していれば、それに加えて更なる災厄が訪れる。
その事はテノジェさんも知っていたらしく、表情が曇っていた。
「聖剣の勇者は世界の危機を救う為、聖杯を求めて旅立ちます。アーサーの前の勇者様も、同じように聖霊と共に旅に出ました。それは、過去にも今回のような災厄があったからだと思うんです」
「確かに……聖霊が私利私欲を満たす為、聖杯を使おうとする勇者に手を貸すとは考えられないからな」
懐から取り出した古文書に目を通したマルクスさんは、暫く考え込んでから顔を上げた。
「……ここに、先代勇者の出身地が記されていた。大陸の北、水の神殿があるリーカミュという街だ。この街に行けば、先代勇者の時代に何があったのか分かるかもしれない」
「前の持ち主の時代にも同じ事が起きてたとしたら、問題解決の糸口が掴めるかもしれねぇ……そういうことか」
「うん」
「貴様も来い、ティジェロ」
古文書を閉じ、背後で会話を聞いていたルフレンくんに振り返った。
「聖杯を探すにしろ、他の方法を探すにしろ、貴様の目的は伝染病の脅威から島を救うこと……そうだろう?」
「は、はい!」
「貴様自身の手で成し遂げたい事ならば、俺達と共に来い」
「マルクスの旦那が言いたいことはわかるッス。でも、俺様がリンカちゃん達について行くって時もアーサーの旦那が嫌そうにしてましたし……」
ちらりとアーサーの顔色を伺うと、意外にもルフレンくんの加入を嫌がるような素振りは見せていなかった。
それに驚いたルーガくんは目を丸くしている。
「……良いんじゃねぇのか」
「意外な反応ッスね……!」
アーサーはふらりとルフレンくんの目の前に歩み寄った。
「ルフレンっつったか。てめぇ、多少は魔法出来るんだよな?」
「は、はい……! 簡単なものなら幾つか……」
「回復魔法は出来るな?」
「はい! あまり高度なものは出来ないと思いますが、一応は」
「良し、なら問題ねぇな」
アーサーは白い歯を見せてニヤリと笑う。
「これから俺達は大量の魔物と戦わなきゃならねぇ。だりぃことこの上ねぇけどな。だが、てめぇの回復がありゃ多少は楽に進めるはずだ」
すると、アーサーはルフレンくんを肩に担いで祭壇への扉に向かい始めた。
「ええっ、あの、ど、どこに行くんですか!?」
「祭壇だよ祭壇! この奥の魔物共を倒しまくって祭壇まで行くんだ」
「アーサーの旦那! ルフレンを連れて行くのは決まりってことスか!?」
「おうよ! てめぇもさっさと来い! リンカと巫女とマルクスもな!」
地下階段を降りて行くアーサーと、彼に担がれたまま動けずにいるルフレンくん。
「わかっている。行くぞリンカ、ルーチェ」
「うぃーっす! ……それにしても、俺の時よりあっさり仲間入りしたような気がするなぁ。何か切ないッス……」
ふっと笑って後に続いていくマルクスさんと、明るいムードメーカーのルーガくん。
これでパーティーメンバーが揃った。
あの日のメンバーが、もう一度集まったんだ。
「では、行ってきますね」
「テノジェさんは私達がしっかりお守りします」
「ああ。白巫女様を頼む」
「無事に帰って来てね!」
「お待ちしております」
「はい!」
エルザさんとシンクさん、ファルータさんに見送られ、私はテノジェさんと共に皆の後を追った。




