8.二人で一人
ソディに逃げられてしまったけれど、今回はファルータさんが大活躍してくれたお陰で勝つことが出来た。
普段はイゲイル薬品でシーチエさんの護衛や警備員として働いている彼だが、この【白き巫女の病】のイベント内でのアヴァロン戦での活躍で乙女ゲーマーを胸キュンさせてしまう凄いキャラなのだ。
ファルータさんは気配を消すことに秀でた剣士だ。一対一の戦闘では役に立たないものの、大人数での戦闘になれば物陰から様子を窺い、急所を狙った攻撃を仕掛けることが出来る。
さっきの戦闘が正にそれだった。前衛のアーサーとルーガくんを主軸にし、私がソディの気を引きファルータさんが奇襲。そこにマルクスさんの雷魔法を叩き込む弱点属性を突いた見事なコンビネーションだった。
攻略法で私より優れたプレイヤーなんて幾らでも居るだろうけど、〈ファンキス〉の世界でリアルに戦っているのは私だけだ。
ゲームの時とは違うことが何度も起きるこの世界で、私は全てのプレイヤーを超えるつもりで戦っていかなければならないだろう。
ゲームで得た知識を武器に、仲間達の力を借りて戦う。
そして、私は元の世界に帰るんだから。
「みなさん、お怪我はありませんか?」
神殿に逃げ込んでいたテノジェさん達が戻って来た。
「大したこたぁねぇよ。あのゴキブリ野郎は尻尾巻いて逃げやがったがな」
エルザさんはアーサーの姿を見て、呆れたような顔をした。
「怪我をしているだろう。お前は昔と変わらず強がる癖があるな」
「うるせぇ」
「大変です! 薬屋さんをお呼びしないと……!」
「そんな騒ぐ程でもねぇっつってんだろが」
エルザさんがアーサーの怪我を指摘してから、テノジェさんは皆にも細かい傷や出血があることに気付いたらしい。
本当に優しい子なんだなぁ。
この世界では回復魔法を使える魔導士は珍しい。魔力を操るセンスがある人でも、攻撃魔法と回復魔法では魔力の流し方が違うのだとか。
回復魔法の流れは複雑で、とても繊細だという話をイベントで聞いたことがある。
私にも出来たりしないかな? 今のメンバーで回復担当は居ないし、ルフレンくんが加入したら更に戦闘に役立つはずなんだけど……
そんなことを考えていたら、マルクスさんに不思議そうな顔をされた。
「難しい顔をしているな……。何か考え事か?」
「あっ、ちょっと質問しても良いですか?」
「ああ、構わない」
彼は希代の天才魔導師。魔法のエキスパートだ。多分このアスタガイアで一番魔法に詳しい人物だと言えるだろう。
私は思い切ってマルクスさんに疑問をぶつけた。
「マルクスさんが魔法を使う時と私が魔法を使う時、何か魔力の流れに違いを感じたりしますか?」
「そうだな……。リンカの付与魔法を使う直前、レオールのMPがリンカに移動しているのは感覚でわかった。その後、リンカに移された魔力が独特の色に変わるんだ」
「感覚だけでそんなことまでわかるんですか!?」
私が驚くと、マルクスさんは優しげに目を細めてクスリと笑う。
「これでも希代の魔導師と呼ばれている身だからな。魔力の流れ、色、道筋を感じ取れなければどんな魔法も扱えないさ」
「そういうものなんですね……。勉強になります!」
「おいおい……リンカは聖霊なのに無意識で魔法を使っていたのか? いや、聖霊だからこそ無意識でも出来たのかもしれないが……」
「えへへ……まだ聖霊としての経験が浅いものですから」
流石に頭の中でメニュー画面が表示されてて、それを見て色々把握してるんです、とは言えないよね。
「話を戻すが、その独特の色というのが……あの巫女と同じなんだ。それが聖霊や巫女特有の聖なる光の魔力なんだろう」
「私、付与以外の魔法も使えるんでしょうか……」
「使った経験が無いのか?」
「はい。私自身に魔力があるのかはわからないんですけど、アーサーから貰ったMPを使うことで神殿の仕掛けを動かすことぐらいしか出来ないと思ってましたから」
〈ファンキス〉では聖霊は直接戦闘には参加せず、パーティーに指示を出し、介入したとしても囮になるくらいしか出来なかった。
それなのに、この世界に転生してから付与魔法が使えるようになってしまった。ゲーム時代ではどうやっても出来ないはずのことを、私はしている。
「今よりもっと魔法が使えるようになれば、もっと皆の役に立てる。アーサーもルーガくんもマルクスさんも、敵と戦ってます。だけど私は、皆に指示を出してるだけで……」
ゲームの頃と違う、生身の人間が生死をかけて戦っているのに、私は安全な所から見ているだけ。
「皆怪我するのに、痛い思いいっぱいしてるのに……私は口だけ動かしてて……!」
魔物に噛み付かれたら牙の痕から血が滲む。
刃物で斬りつけられたら肉が裂けて血が流れる。
魔法で攻撃されたら火傷もする。
「それに私、あの時ボケっとしてたせいで魔物に殺されそうになって足引っ張っちゃって、マルクスさんに迷惑かけて……っ!」
「それは違う! お前を守れなかった俺が悪い」
もしかしたら、皆の邪魔してるんじゃないかって……
「だけどっ、私が捕まらなかったらマルクスさんを危険な目にあわせずに済んだじゃないですか!」
私はこの世界の人間じゃない。私は異端な存在だから、ここに居たらいけないんじゃないかって……
「付与魔法を使ったのだってただの思い付きだったんです! あんなの、上手くいってなかったら誰か死んでたかもしれないのに……私のっ……私の、せいで……」
イレギュラーにこの世界に来てしまった私さえ消えてしまえば、世界は元通りの流れになるかもしれない。
クイーンスカルスパイダーとの戦いは、一番間近に死を感じた。
自分の死も、仲間の死も。どちらも感じた戦いだった。
土壇場で使えた炎の付与が無ければ、回復手段の無いあの場で死人が出ていただろう。
「役立たずなんて必要ないから……! もっと、皆の役に立たないと……!!」
役に立てない人間なんて、きっとお荷物になるだけだから。
私が今以上にポンコツな聖霊だったら、マルクスさんは微笑んでくれなかっただろう。
アーサーだって、いつまでも私の言うことなんて聞いてくれなかっただろう。
そう思うと、自分はもっと皆の力にならなければ捨てられてしまいそうで、とても怖くて仕方ないのだ。
夜眠る前、いつもいつも悩んでいた。
元の世界に帰るなんて言っても、方法なんて見当もつかない。それに私は今こんな身体だ。小さな聖霊の姿で日本に帰っても、私の居場所には戻れない。
色んな不安に押し潰されてしまいそうで、そんな不安をマルクスさんに八つ当たりのようにぶつけてしまった。
馬鹿みたい……
目頭が熱くなる。
歯を食いしばって、情けない涙なんか流さないようにぐっと堪えた。
「……俺も、その気持ちがわかる」
ぽつりとそう呟いたマルクスさんは、賑やかに語り合うアーサーやエルザさん達を遠目に眺めながら続ける。
「俺は国王の命に従い、レオールの供としてこの旅を始めた。それは、俺の魔導師としての能力を評価されたから与えられた役割だ。なのに、今の俺はその役割すら満足に果たせない有様だ」
「……!」
ロンドとの戦いで制限されてしまったマルクスさんのMP。魔導師である彼の攻撃の要といえば、やはり魔法だ。
「レオールもルーチェも、これまでの短い期間で更に成長している。だが俺はどうだ。情けないことに、敵の策に嵌められ満足に魔法を使えない。あの時、俺がこんな状態でなければお前にあんな思いをさせずに、守れたというのに……」
「ま、マルクスさんは悪くないです! 悪いのは全部アヴァロンで、私はあいつらの弱点も作戦もわかってるはずだったのに……!」
私はマルクスさんの前に飛び立ち、そう言った。
「私がもっとしっかりしていたらあんな……っ」
私の言葉を遮り、彼の指先で唇を塞がれた。
「俺とリンカは、同じ悩みを抱えていたんだな」
同じように悩み、皆の役に立てていない──そう思って、現状に満足していないのはマルクスさんも同じだったんだ。
「大丈夫。一人では足りないところは、二人で補い合えばいい。俺の魔力を取り戻すには、お前の力が必要だ。そして、俺は回復魔法の心得もある。リンカは土壇場であんな高度な魔法が使えたんだ。間違いなく才能がある」
指先の温もりが離れた頃には、私の頬は熱も持っていた。
「俺が責任を持ってリンカに魔法を教える。だから、もう一人きりで抱え込まないでくれ。お前は泣き出してしまいそうな表情よりも、優しい笑顔が似合うんだからな」
ずるいってば……
「リンカちゃーん! マルクスの旦那! そろそろ祭壇に向かうッスよー!」
「ああ、今行く!」
ルーガくんに返事をしてから、マルクスさんは私に向き直った。
「さあ、一緒に行こうリンカ」
(そんな優しい台詞を、そんな優しい微笑みで言うなんて……ずるすぎるよ)
「……はいっ、マルクスさん!」
高鳴る胸の鼓動が、彼に聴こえてしまいそうだ。
マルクスさんが似合うと言ってくれた笑顔で応えて、柔らかな金髪から漂う穏やかな香りに包まれながら、私はまた彼の肩に乗る。




