2.もう一度ここから
神社から帰ってきた私は、いつまでも放置したままでは落ち着かなかったのでVRマシンを起動させた。
それは勿論、〈FANTASY OF SWEET KISS〉をプレイする為だ。
データが消えてしまったのはもうどうしようもない。ゲームの世界でない限り、私は男の人と満足に会話すら出来ない。それなら、二次元で思いっきり恋愛してやろうじゃないか!
……非リア街道まっしぐらである。
それでも良いんだ。私はもう一度、アーサー達に会いたい。一緒に旅をしたい。ときめきたいんだから!
声に出してはいないが、思いっきり非リアの道を突き進んでいるのがお分かりいただけるだろう。
気を取り直してニューゲームだ。
〈ファンキス〉はプレイヤーの外見、体型を読み取って基本となるキャラクターを作り、そこから自分好みにキャラメイキングが出来る。
自分の身長や体格がキャラクターと違いすぎると歩く時などに違和感がある為、あまり自分とかけ離れたものにはしない方が良い。
今回も以前と同じようにキャラメイキングを済ませて、ゲームがスタートした。
──少しひんやりとした空気が心地良く頬を撫で、暖かな木漏れ日が優しく降り注ぐ。
目を開けると、そこは私がよく知る〈FANTASY OF SWEET KISS〉のスタート地点の【聖剣の神殿】の奥だった。
【聖剣の神殿】はプレイヤーと攻略キャラクターが初めて出会う、魔物が出現するダンジョンである。
聖剣エクスカリバーを祭っているこの神殿に出現する魔物は、序盤のダンジョンにしてはかなり手強い。VRRPG初心者だと慣れない内は苦戦するレベルかもしれないね。
エクスカリバーの聖霊である私の役目は、この剣を扱える人間が現れるまで邪悪な者達から守り、聖剣の勇者を導く事だ。
本来、聖域であるこの神殿には魔物は立ち入る事が出来ない。
それなのに、このダンジョンには魔物が出現する。それは世界を揺るがす危機が訪れている事を暗示しているのだ。
聖剣エクスカリバーは全ての闇を払い、断ち切る剣。その力がある限り、神殿内は神聖な力に護られ、世界の光、人類の希望として存在し続ける。
しかし、エクスカリバーに異変が起きてしまった。
エクスカリバーの聖霊は、寿命が来ると新しい聖霊が生み出され代替わりする。プレイヤーは代替わりしたばかりの聖霊だ。
聖剣の異変──突然エクスカリバーの力が消えてしまったのだ。プレイヤーにはその原因が分からないまま、力を失った神殿に魔物が押し寄せて来てしまった。
このままではエクスカリバーが魔物によって穢されてしまう。
それは、この世界の滅亡を意味している。
「……あれが、聖剣エクスカリバーなのか?」
「ああ。俺の見込みが間違っていなければ、エクスカリバーは貴様を選ぶはずだ」
聖剣が眠る神殿の奥は大きな樹木の前に剣が刺さっており、その周りには白い花々が咲き誇っている、自然と共存する空間だ。
数々の魔物を打ち破り、ここまでやってきた二人の男。
周囲に魔物が潜んでいない事を確認して、左目を覆う長い前髪に、腰まである滑らかな深紅の髪を束ねた鎧の戦士、イドゥラアーサー・レオールがゆっくりとこちらに歩いてくる。
それを見守るのは、輝く黄金の髪に、深い海のようなブルーのローブに身を包んだ魔導師マルクス・リッグ。
アーサーは剣の前で立ち止まり、両手でぎゅっと柄を握り締めた。
「……いくぜ」
低く呟き、アーサーは勢い良く剣を引き抜いた。
その瞬間、私の身体が光を放った。
「なっ!?」
「……エクスカリバーの聖霊か」
実は、アーサーが剣を抜くまで私の姿は人間には見えていなかったのだ。
何の前触れも無く突然現れた私に、アーサーは驚いた。
そして彼は──何の躊躇いも無く私に剣を向けたのだった。
「アンタは何者だ」
鋭い眼に射抜かれ、前にも体験した事とはいえ若干ビビりながら答えた。
「そちらの魔導師様の仰った通り、私は聖剣エクスカリバーの聖霊です」
「こんなちっこい虫女が聖霊だと? ハッ、そんなん信じられるかよ」
む、虫女……。前にも言われたけど、やっぱり辛いなぁ。
ついこの間まで仲が良かった人に冷たくされるというのは、精神的にキツいものがある。
私がMに目覚めれば、それも快感になってしまうのかもしれないが。
「わ、私はこの神殿でエクスカリバーを護り、こうして聖剣を扱える勇者様がやって来ることを待ち望んでおりました」
「そりゃご苦労だったな。……もうこんな所に用はねえ。行くぞマルクス」
元々持っていた剣を捨て、エクスカリバーをその鞘に収めようとするアーサー。
しかし、エクスカリバーの方が鞘より大きかった為入らない。
舌打ちをした彼に、私はめげずに言った。
「聖剣の鞘は、この神殿の中にあります」
「剣と鞘をバラバラに放置してんじゃねえ! ぶった斬るぞこの虫女!」
うわぁ、やっぱり初期アーサー性格荒すぎる!
「先代のエクスカリバーの持ち主が、次代の勇者を試す為にわざわざ鞘を隠したと言われている。その聖霊の責任ではない。彼女に当たるのは間違いだ」
助け船を出してくれたマルクスさんのお陰で、思いっきり睨まれて舌打ちされたもののアーサーは剣を下ろしてくれた。
「……ならさっさと鞘を探しに行くぞ」
「だがレオール、この神殿の中は全て探索したぞ」
「じゃあどこにあんだよ」
「私が存じております。鞘が保管されている場所へは、聖霊の力が無ければ辿り着く事が出来ません」
そう言うと、アーサー物凄く嫌そうな顔をした。
「彼女の助力無しには鞘は手に入らん。どうやら古文書の通り、俺達の旅には彼女の力が必要不可欠のようだな」
「……チッ、だりぃな」
「それは彼女の同行を了承した、と受け取って構わんな?」
アーサーは何も答えず、刃が剥き出しのエクスカリバーを持って先へ進んで行った。
マルクスもそれに続いて歩き出し、私も羽根を羽ばたかせついて行く。
「……俺はマルクス・リッグ。あの男の名はイドゥラアーサー・レオールだ。どれだけの付き合いになるか分からんが、宜しく頼む」
表情一つ変えずにそう言ったマルクスさん。
少し前までは、控え目だけど優しく微笑んでくれたのにな……
寂しいけれど、これからもう一度仲良くなっていこう。
そう決意して、私は精一杯の笑顔で彼に微笑んだ。
「私は鈴歌。エクスカリバーの勇者様とそのお仲間の皆様を導く聖霊、リンカです!」