7.雷の剣士
ソディという男は、一度キレるとなかなか止められない。
普段の彼は若者らしい穏やかな微笑みを浮かべる、アイドルのような存在だ。
しかし……
「ビビってんじゃねえよチキン共が!」
「くっ……!」
自分の外見に自信を持つソディは、アーサーのゴキブリ野郎発言にブチ切れてしまった。
整った顔は般若のように歪められ、武器を伸ばして振り回す。
ナス野郎ソナタ、犬野郎ロンド、そしてこのゴキブリ野郎ソディはアヴァロン幹部の中でも単独戦闘を得意とする戦闘狂いだと言える。
そんな相手に対して、私が考える戦略。
あいつの属性は水だから、弱点は……雷!
どんな属性の攻撃魔法でも扱える天才魔導師マルクスさん。設定としてはそうなっているけれど、ゲーム的にはそれらの魔法を使うにはレベルを上げていく必要がある。
彼が覚える魔法は、序盤は炎系のものが多い。つまりレベルが上がった今のマルクスさんなら、雷属性も使えるのだ。
マルクスさんのMPなら、サンダーボムを三回使える。皆で上手く連携出来れば……
それに、私達には秘策がある。
「裁きの雷を司りし精霊達よ、その力を我らに貸し与え給え!」
アーサーのMPを貰って、私の魔力として使わせてもらう。エクスカリバーの勇者と聖霊にしか出来ない事だ。
パーティー全員に雷属性を付与すれば、クイーンスカルスパイダー戦の時のように、皆の攻撃に属性ダメージが加わる。
「雷属性ッスか!」
「これで攻めていって下さい!」
「任せとけ!」
「流石だねリンカちゃんっ」
アーサーのエクスカリバーとルーガくんの短剣に、私が付与した雷の力が宿った。
ソディが振るうモルゲンスタインは、ルーガくんが放つ矢もへし折ってしまい攻撃が届かない。短剣と投げナイフでの近・中距離攻撃で攻めていくしかないけれど、モルゲンスタインのパワーは強力だ。
素早いルーガくんならソディの攻撃も避けられるかもしれないけど……。
「微塵斬波!」
「ウェイブウォールッ!」
アーサーの微塵斬波はソディの波の壁で掻き消され、壁が消える絶妙なタイミングで鎖を伸ばした強烈な一撃がアーサーを襲った。
「がっは……!」
「アーサー!」
吹き飛ばされたアーサーは悔しさを滲ませる表情で立ち上がる。
「……この程度で心配してんじゃねぇ」
「油断するなレオール。あの男が使った魔法は実力のある者でなければ扱えない」
「わかってんじゃんよオッサン」
「おっさん……だと」
挑発的な態度でそう言ったソディの言葉を繰り返して言うマルクスさん。
怒ってる。眉間に皺寄ってるよマルクスさん。
「あのねぇ! マルクスさんにはあんたにはない大人の魅力があるの! 若いだけが男性の魅力じゃないの!! 調子乗んなよ若造が!!」
マルクスさんをおっさん呼ばわりしないでもらいたい。
確かにマルクスさんは二十代後半にしてはちょっと歳上に見えるかもしれないけど、それは彼の知性と冷静さが大人の男としての魅力を最大限に引き出しているからだ。
「リンカ……?」
「あんたは若さしか取り柄がないのよ!!」
「はぁん……?」
あ、ちょっとやばいかも!?
ソディの怒りの矛先が私に向けられた。
まずいよ。このままマルクスさんの側に居たら巻き込んでしまう。
私は咄嗟にマルクスさんの肩から飛び立って、ソディの攻撃範囲に入らないように誘き寄せることにした。
「うざったい聖霊から潰していくのもありかもなぁ……」
薄ら笑いを浮かべ、彼の意識は私に集中している。
「やっちゃおう。うん、やっちゃっていいやぁ!」
ジャラジャラと金属音を鳴らしながら伸ばされた先端は、間違いなく私目掛けて襲いかかって来た。
「ひやぁぁぁ!?」
ゲーム時代にもこうして私が狙われることはあったけれど、それは魔物の囮になるくらいの事で対人戦で狙われた経験は無い。
今の攻撃はかわすことが出来たものの、人間から向けられる殺気とは、こうも冷や汗を流させるものなのか。
だけど、この状況はチャンスだもんね!
私が唱えたオリジナル魔法『聖雷付与』は、私の思い付いたそのままの効果を発揮してくれている。
アーサー、マルクスさん、ルーガくん、そして一時的に仲間に入ったメンバーにも属性を与えられる。
ソディの狙いが私一人に定まった今ならば、この秘策も最大限に生かせるはずだ。
「まずは害虫一匹!」
振り上げられたモルゲンスタイン。
それを合図に私は叫んだ。
「マルクスさんっ!」
「ああ! サンダーボム!!」
攻撃直前の隙を狙って、雷の爆発がソディを襲った。
ソディの視界から外れた隙にマルクスさんはサンダーボムを唱え、詠唱保持で威力を高め、このタイミングで発動させることで攻撃を避けられないようにする。
MPが制約されたマルクスさんに魔法の無駄撃ちはさせられないからだ。
秘策はこれだけじゃないんだから!
「ふざけん……な……っ!」
弱点を突かれて体勢が崩れたソディに叩き込む、強力な一撃。
得意属性が雷で、私の雷を付与された剣の一振りを浴びせた人。
「雷斬牙!!」
彼の一撃がソディにクリティカルヒットした。残りHPは3500を切っている。
「ぐあぁぁぁ!!」
「いくッスよ! ジャスティスレイン!」
「まだ終わらせねぇぜ! 天空割り!!」
怯んだソディにルーガくんの矢の雨とアーサーの新技『天空割り』がヒットし、HPは2700を切る。
焦りの色が見え始めたソディは、アーサーとルーガくん以外に攻撃を仕掛けた人物を探して辺りを見回している。
そう。この場には私達以外にもう一人戦闘に参加している人が居る。
アーサー達は次々と技を仕掛けていく。最初の余裕を失ったソディは二人の攻撃を防ぎきれずにダメージを蓄積している。
こっちのペースに持ち込めた!
追い打ちをかけるように、逃げ回るソディの足元に魔法陣が浮かび上がった。
「なっ!?」
「かかったな」
マルクスさんの新たな魔法『雷電陣』が発動した。
クイーンスカルスパイダーとの戦いで使った『爆炎陣』と同じ、設置型の罠系魔法だ。
「今だ! 決めてやれファルータ!」
音も無く姿を現したファルータさん。
「喰らいなさいッ!」
もう一度彼の『雷斬牙』が決まった。
ファルータさんはこの戦いが始まる直前から気配を消し、奇襲の機会をうかがっていたのだ。
ソディ・リドラス
・HP412/5700
ソディのHPはもうほとんど残っていない。
「はあっ……はあっ……まずいなぁ……僕まで、こんな奴らに……!」
青白くなった顔を苦痛と憎悪に歪めるソディは、両膝を地につけて私達の顔を鋭い眼差しで睨んでこう言った。
「僕は、何度だってお前らを……!!」
黒い霧がぶわりとソディの身体を包み込む。
「逃がさないッスよ!」
ルーガくんが弓を構え矢を放つ。
しかし、矢はソディに命中することなく地面に突き刺さった。
「逃がしてしまいましたか……」
「これで三人目だな」
「ああ」
ソナタ、ロンド、ソディ。残るアヴァロン幹部は三人だ。
ということは……あのイベントがいつ起きてもおかしくない。気が抜けないね。
「逃がしちゃったもんは悔やんでも仕方ないッスよ。次また会ったらきっちり決着つければいい話でしょ!」
「そうだね」
「お前の切り替えの速さは流石だな」
ルーガくんがパーティーから外れるかもしれない、あのイベントが動き出そうとしているのだから。




