4.幼馴染との再会
綺麗に手入れが行き届いている大きな石造りの建物は、長い歴史の中で精霊と人とを結ぶ大切な役割を果たしてきた。
光の大精霊を祭る、キャメロット神殿。ここで日々祈りを捧げる巫女様が、今病に倒れている。
「ここがキャメロット神殿です。先程も言いましたが、中にも魔物が潜んでいるそうです。警戒は解かないようにお願い致します」
「はい! 任せておいて下さい!」
キャメロットの巫女様が倒れた理由は、この世界アスタガイアにおける光と闇のバランスが大きく崩れてしまったことが原因だ。
聖剣エクスカリバーの光の力が消え、世界は闇と死に満ち溢れようとしている。
その兆候の一つが、アルマク島の伝染病。一度かかったが最後、ほぼ確実に死に至ると言われる恐ろしい病だ。
しかし、その伝染病に対する策は私にも分からない。何故なら私は、ゲームの頃そこまでストーリーを進められていなかったからである。
【聖剣の神殿】に始まり、今日訪れた【キャメロット神殿】。
そして、ここから遥か西にある炎の神殿と、北西の土の神殿までを攻略していた。
それから、五番目の北にある水の神殿へと向かう途中に立ち寄った【サイリファ】の宿屋で、セーブデータが消えたのだ。
アルマク島にある風の神殿へ行くにはどうすればいいのか。
ネタバレが嫌だからとお姉ちゃんから話聞かないようにしたり、ノベライズもコミカライズもクリアしたとこまでしか読んでなかったけど……転生トリップするなら全部読んでおけば良かった。
でも、今更後悔しても遅い。
私は死なないように、アーサー達をサポートして、元の世界に帰る方法を探さなくてはならないのだから。
今出来る精一杯のことをやりきって、まずは目の前のことに集中しなくては。
神殿に入ると、入り口近くに騎士の姿を見付けた。キャメロット騎士団だ。
「イゲイル薬品のシーチエです。白巫女様に例の品をお届けに参上しました」
「お待ちしておりました。こちらの方々は護衛の方でしょうか?」
「ま、そんなところだ。とりあえずさっさと巫女の所まで案内しろ」
「は、はい! では、どうぞこちらへ」
いつもと変わらない、いつも通りの俺様な態度のアーサー。
あれ? さっきまであんなにカッコ良く見えたのが何だったのか……
私を褒めて、微笑んでくれた優しいアーサーは何処へやら。
ルーガくんもシーチエさんも、そんな彼の態度に苦笑いした。マルクスさんとファルータさんに至っては完全スルーだった。
「失礼致します。イゲイル薬品のシーチエ殿と、護衛の皆様をお連れ致しました」
巫女様が眠る神殿奥の寝室には、純白の髪の少女とそれを見守る二人の騎士が佇んでいた。
「待ってたよ薬屋さん」
煉瓦色の長い髪で、右目が前髪で隠れた男性が微笑んだ。
「例の薬は?」
「こちらになります」
懐から取り出した薬の袋をラベンダー色の髪の男性に手渡し、シーチエさんは巫女様の顔色を見た。
元から白い肌は、更に色を失い危険な状況だ。
「白巫女様にお作りしたこの薬は、古代より伝わる方法を用いています。各地の神殿の聖なる力が失われ、巫女様への負担は計り知れません……」
「では、この薬は有難く使わせてもらう。シンク、白巫女様にこれを」
「はいはい」
シンクと呼ばれた彼は、荒く呼吸を繰り返す巫女様に薬を飲ませる。
この薬を飲めば、彼女はもう大丈夫なはず……
「薬が効いてくれば、楽になるはずです」
「だと良いな」
ラベンダー色の髪の彼は、壁にもたれ掛かるアーサーに気付くとその綺麗な青い瞳を一瞬だけ見開いた。
「お前は……!」
「……何だよ」
「お知り合いっスか?」
「その剣……そしてその小さな女が聖剣の……」
不愉快そうにするアーサーを宥めるように、私は彼の側に寄った。
「イドゥラアーサー……私を忘れたか?」
「生憎だがてめぇの顔に覚えはねぇな」
「……そう、か。……まあ仕方ないのかもしれんな。あの頃の私とは、随分変わったからな」
その言葉に眉を寄せたアーサー。そして、暫く考えていると彼が言った。
「エルザ・スィゴール……スィゴール家の双子の弟だ。本当に忘れてしまったか?」
「スィゴールの双子……って、はあ!? アンタがあのエルザ!?」
「ああ。久しいなイドゥラアーサー」
ようやくアーサーに思い出してもらえたエルザは、薄く微笑んだ。
え、アーサーとエルザさんって知り合いだったの?
「あ、アンタ……男だったのかよ!!」
「は?」
「え?」
「れ、レオール……?」
「おい……まさかずっと私が女だと勘違いしていたのか?」
アーサーはこれ以上ない程に驚いている。
しかし、彼のとんでもない発言に私達も驚いている。
「あ、あの……どういうことか説明してもらえるかな?」
「いや、コイツがあの双子の片割れだとはな……」
「私とイドゥラアーサーの家は、昔から仲が良くてな。幼い頃は兄と妹も一緒に、よく遊んだものだ」
「エルザさんの幼馴染ってこと?」
「そうなるな」
「だけど、それがどうして性別を勘違いする原因になったの?」
アーサーは言いくそうに顔を歪めた。
「それが……昔のコイツはもっと小さくて、今みたいに髪もふわふわでよ……女にしか見えなかったんだ」
今も端正な顔立ちをしているエルザさんは、確かに少年時代なら女の子に間違えられても無理はない程の美人さんだ。
「そういやアンタ、騎士団に入ったんだな。ヴァンとウィラは元気でやってんのか?」
「ああ。パンウィラートも騎士団に入って、エヌヴァンは……どこかを放浪している」
「今も変わらず適当な野郎だな……」
ゲームの頃にエルザさんには会った事があるけど、二人がそういう間柄だったなんて知らなかった。
やっぱり今はゲームとは違って、新しい展開がいっぱいあるんだな。
「ん……」
「あ、巫女様が目を覚ましたみたいです!」
薄い空色の瞳が、ぼんやりと天井を見上げている。
「白巫女様、体調はどうですか?」
シンクさんが問い掛けると、彼女は寝台から身体を起こした。
「……随分楽になりました。あの、お薬ありがとうございました」
控え目に礼を言う巫女様は、先程より少し顔色が良くなってきたように思える。
「……あっ!」
「な、何ですか!?」
急に声を上げた巫女様に驚いた。
「あ、あなたは……聖剣の聖霊ですね!」
「そ、そうですけど」
「ということは……あなたがエクスカリバーの勇者様!」
「お、おう……」
「良かった……! 勇者と聖霊が揃った今ならば、この神殿に光を取り戻すことが出来ます!」
立ち上がった彼女は、私とアーサーの前に達祈るようなポーズで両手をぎゅっと胸の前で握り締めた。
「ご挨拶が遅れました。わたしは光の白巫女テノジェと申します! お願いです。わたしと一緒に来てください!」




