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アーサー・リンカ  作者: 由岐
第1章 愛と夢の世界
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1.叶わぬ願いでも

 あまりにも突然の出来事に、私はただ呆然とその場で声も出せずに硬直していた。

 全く、ぴくりとも動かない身体に反して私の脳は辛うじて回転していた。この予想もしていなかった出来事にどう対象すべきなのか、必死に思考を巡らせる。

 何で〈ファンキス〉のセーブデータが消えてるの!?


 〈FANTASY OF SWEET KISS〉は、数年前に発売した異世界ファンタジーと恋愛要素を盛り込んだ大人気VRゲーム。私は勿論のこと、お姉ちゃんもどっぷりハマっている神ゲーである。

 VRマシン自体は私とお姉ちゃんのそれぞれが所有しているんだけど、このゲームは姉から借りてプレイしていた。

 夕飯前にサイリファの街の宿屋でセーブを済ませて、今もう一度ゲームを再開しようとマシンを起動させた。

 何故かは分からないが「セーブデータが見つかりませんでした」という音声が流れ、まさかと思ってセーブデータを確認してみたらよりにもよって〈FANTASY OF SWEET KISS〉のデータだけが消えていた。

 これがマシンの接続が悪かったり、何かしらの間違いでデータが見つからなかったのならちょっと驚いたくらいで済ませられる。

 しかし……


「う、嘘でしょ……」


 思い付く限りの方法でセーブデータを探したり、説明書やネットで調べて色々と試してみたものの、私が費やした二百六十五時間という愛と冒険の結晶は綺麗さっぱり消滅していたのだった。


 〈ファンキス〉にハマって数ヶ月。日常生活に支障をきたさない程度に熱心に彼らのレベル上げに捧げた時間は、呆気なく「無かったこと」にされてしまったのだ。

 この悲痛な心情を例えるるならば、大好きなゲームの新作で前回死んでしまったキャラクターがめでたく復活したのに、そのキャラクターの名前が会話中で出されただけだった時の絶望感に酷似していると言えるだろう。

 私の推しキャラが生きてはいたけど、最早出番すらなかった。

 分かりにくいかもしれないけれど、とりあえず死ぬよりもある意味不遇だったのだ。それ以上に今回のセーブデータ喪失事件は、私の心に尋常じゃ無い深手を負わせたのよ。


 落ち込まないはずが無かった。

 今まで日常生活に影響が出ないように睡眠時間を調整したり、家事を手伝いながら大学にも通って、その合間の時間をほとんどこのゲームに捧げていたのだから。

 浦鈴歌、二十歳。ガチで泣きました。



 あの悲惨な事件から一週間、私は毎晩枕を涙で濡らしていた。

 あんなに頑張って、自力でフラグを立ててイベントを発生させてパーティのレベルをガンガン上げてイケメン達に囲まれて逆ハーレムを満喫していたのだ。悔しくないわけがない。

 あのサイリファの宿屋から、新しい一日をスタートさせるはずだったのに。

 誰が新しいセーブデータで一日をスタートさせたいなんて言いましたか神様。

 もう一度ゲームを始めるのは簡単なこと。しかし、新たにゲームを始めてもそれは「私が二百六十五時間愛し続けた」彼らではないのだ。


「鈴歌、ほら。絵馬書いちゃいなさいよ」

「あ……うん」


 私とお姉ちゃんは、近所にある神社へお参りに来ていた。

 すっかり元気を無くしてしまった私を気遣って、お姉ちゃんが誘ってくれたのだ。

 先に願い事を書き終えたお姉ちゃんの絵馬には「エルリック様と結婚出来ますように!」と気合いの入った文字が並んでいた。

 エルリック様というのは、別の乙女ゲームのキャラクターらしい。先月までアーサー様アーサー様言ってたくせに、もう別の男に手を出していたのか。

 だからお姉ちゃんは非リアなんだよ。

 ……私もそうだけどさ!


 ここの神社は恋愛に効果があると有名な所らしく、私達の他にも絵馬に願い事を綴る女性がそこら中に居た。

 奉納された絵馬の中には──


「アイドルの○○くんのお嫁さんになれますように」

「素敵な人と巡り会えますように」

「お金持ちと結婚出来ますように」

「お金持ちでイケメンな人と結婚出来ますように」

「お金持ちでイケメンで素敵な人と結婚出来ますように」

「お金持ちでイケメンで素敵なアイドルと結婚出来ますように」


 など、お前絶対他の人の願い事パクったうえでワンランク上のこと書いてんだろと思ってしまうようなものまであった。

 こんな絵馬達の中に、これからお姉ちゃんの「エルリック様と結婚」も仲間入りするのだろう。こんな神社で本当に願い事なんて叶うのだろうか。


「まあ、こういうのは所詮気休めみたいなものだよね」


 叶うわけない。それなら、何を書いても良いじゃないか。


(ファンキスのみんなに会えますように)


 こうして、痛い願い事が書かれた絵馬が二人分神社に奉納されたのだった。



 

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