5.交差する出来事
【ルーガへのご褒美】イベント。これは【大盗賊の円舞】の後、宿屋に泊まると発生するルーガくんとの恋愛イベントの一つだ。
ルーガくん好きにはたまらない、彼との初めての甘々イベント。
しかし私は今、かなり焦っている。何故ならこの〈ファンキス〉の世界が「現実の異世界」になっているからだ。
今まで二次元のイケメン達に恋してきた恋愛経験はゲームのみという完全非リア街道を突き進んできたこの私に、いくら元がゲームのキャラクターだからといってもこのイベントは刺激が強すぎる。
相手はイケメン。多分女馴れもしているだろう。
そんなイケメンに、私が、ご褒美と称したちゅーを要求されているのだ。非リア充だけど爆発しそう。
「リ・ン・カ・ちゃんっ?」
「う、うう……」
頼むからそんな目で見つめないで! 私の中の何かが爆発するから!
少し垂れ目なルーガくんのとろけそうな甘い笑み。
こんな顔をすればオタクだけじゃなくこの世界の女の子全員落とせると思う。いや、多分落としてる。これで交際経験ゼロだったら恐ろしすぎるもの。
これがVRゲームの頃だったら喜んでちゅーさせていただきましたとも。決まった行動を起こせば決まったセリフと反応を返してくれる。そういう風に設定されていたからだ。
だけど、今の〈ファンキス〉は本物の〈ファンキス〉で、予想外の事が今日だけで何度も起きている。初日の冒険でルーガくんが仲間になるなんて有り得ないのだから。
究極の非リアの私に出来る、この最高に恥ずかしいイベントを回避する方法。
最初に思い付いたのは少し開いた食堂の窓からの逃走だった。
が、頑張ればいける……はず!
思い立ったらすぐ行動。私は自分が出せる最大のスピードで羽根を動かし、窓に向かって飛び立った。
「あれっ、どこに行くつもりッスか?」
流石はパーティー最速の男。ルーガくんは私の動きに完璧に反応して立ちふさがり、静かに窓を閉めてしまう。
「恥ずかしいんスか? リンカちゃんのそういうとこ、俺様好きになっちゃった」
ああ! 逃走ルートが!
まずい。残った逃げ道は宿屋の廊下に続く扉だけだ。
他の窓には鍵が掛かっているし、開けて逃げる時間なんて彼はくれないだろう。
誰なんだこんなイベント考えたの! 密室で二人きりって! 萌える! 萌えるけど今はかなり困るよ!
落ち着け鈴歌……よく考えるんだ……
このイベントを終わらせるには、大人しくルーガくんにご褒美をあげるか、恋愛クロスイベントが発生するしか(私の精神が)助かる道はない。
恋愛クロスイベントというのは、〈FANTASY OF SWEET KISS〉攻略パーティーキャラクターの四人の中で、信頼度と恋愛値が同じ数値のキャラが複数居る場合のみに発生する主人公の奪い合いイベントを指す言葉である。
いわゆる「やめて! 私のために争わないで!」っていうやつの事だ。
特殊な趣味を持った〈ファンキス〉ファンの中には、巧みな職人技で三角関係または四角、五角関係を維持させるプレイヤーが居るらしい。
ヒロインを守り、全員がヒロインを愛し、競い合う彼らの姿を拝むのが喜び……私にはちょっと難しくて共感は出来ないが、例えばマルクスさんとの恋愛イベントがルーガくんとクロスすると、マルクスさんが愛の告白をしようとするとルーガくんも告白しに来る、なんて事があるようなのだ。
あれ、なんかこのシチュエーション良いじゃないか。恋愛クロスイベント素敵じゃないの。
……とまあ、〈ファンキス〉にはこんなシステムもあるわけで、今回の【ルーガへのご褒美】イベントがアーサーかマルクスさんとクロスしてくれれば、もしかしたら私はルーガくんにちゅーしなくて済むかもしれないのだ。
ただ問題なのが、一日目で三人の数値が同じになるのは考えにくい事。
それを確かめようにも、信頼度と恋愛値がステータスから確認出来ない二つが障害になっているのだ。
もしも奇跡的にアーサーかマルクスさんのどちらかがルーガくんと同じ数値だったとしたら、私がルーガくんにちゅーをしようとする直前に止めに来るはずだ。
しかし、どちらともクロスイベントが発生しなかった場合、私は爆発する。
どっちにしても、私が動かなきゃイベントは終わらない……! 浦鈴歌、侍の国ジャパンの武士道を見せる時だ!
自分でも意味が分からない言葉で自分を奮い立たせ、覚悟を決めた。
「……わかった。ちゅ、ちゅーするから、目瞑ってて」
「ほっぺじゃなくても良いッスからね?」
「ほ、ほっぺにする!」
「むぅ、ざんねーん。はいっ、ご褒美ちょーだい!」
そう言って目を瞑ったルーガくん。閉じられた目には睫毛の影が出来ていて、うわぁ睫毛長いなんて思いながらふわふわと飛びながらルーガくんの頬に近付いていく。
目を瞑っているなら今のうちに逃げれば?なんて思っても無理な話だ。彼は暗闇でも空間を把握して自在に動けるとんでもないやつなのだから。
「じ、じゃあ……いきます」
「うん」
アーサーかマルクスさん……お願い、クロスして下さい……!
必死に祈りながらルーガくんのすべすべしていそうな頬に顔を寄せていく。
すると願いが通じたのか、ガチャリと扉が開く音がした。
来た! クロスイベント!
来たのはアーサーか、それともマルクスさんなのか。
期待に胸を膨らませて扉の方を見ると──
「水くらい取ってきてやるっつってんだろが!」
「水くらい自分で取りに行けると言っているだろう」
「う、嘘でしょ……」
「んだよマルクス! 俺が具合悪いヤツを気遣えないクズだとでも思ってんのかコラ!」
「具合が悪い人間に大声で怒鳴るやつではあるようだなレオール」
──まさかのアーサーとマルクスさん、どちらともクロスイベントが発生していたのだった。