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アーサー・リンカ  作者: 由岐
第3章 仲良くなりたい
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4.フェイクスマイル

 ロンドの仕掛けた魔法陣の影響で、マルクスさんのMP上限が制限されてしまった。

 ゲームだった頃にもこれと同じイベントが起きてはいたが、仮想空間であった〈FANTASY OF SWEET KISS〉の世界がまるで現実そのものになったこの異世界のマルクスさんは、以前のデータで見た時よりも顔色が優れなかった。

 MPやHPといったゲーム用語が通じるものの、ゲーム時代では焦げなかった服が焦げ、しっかりと空腹も感じる、リアルとゲームが混じり合った世界。あらゆるものが現実の世界と変わらず、人間も自然も本物と違わない。

 現実となったこの異世界アスタガイア。ここでの死は現実であり、ただ単にゲームのキャラクターが死ぬわけではなく、本物の人間が死ぬのだ。


 私が持つ知識がどこまで通用するか分からない。だけど、アーサー達は絶対に死なせない。



 人間の身体では簡単にこなせる日常の動作も、今の小さな聖霊の姿では上手くこなせないものも多い。

 例えば扉を開ける事だって、それが重い鉄の扉だったりしたらこんな身体では一苦労だろう。

 幸い宿屋の扉は開けやすい木製の扉だったので、男性陣の着替えの時には急いで部屋から出たり、具合の悪そうなマルクスさんに食事を運ぶ手伝いをしたりだとか、かなり体力は必要だったがルーガくんと一緒に頑張った。

 この聖霊の身体だと、スプーン一本運ぶのも疲れてしまう。自分の身長とそれ程変わらない金属を運ぶのだから。

 それでも魔法陣のせいで体調が悪いマルクスさんの為に、戦えない自分に出来る精一杯の事をしたかったのだ。


「はぁー、今日は疲れたッスねリンカちゃん!」


 まだ鞘は完成していないようで、アーサーは武器屋で待機していて、マルクスさんはかなり精神的にも負担があったようで今はぐっすり眠っている。

 久々に見るマルクスさんの寝顔は色っぽくて、一晩中眺めていても飽きない程魅惑的だ。

 大人の色気、というやつだ。実際に一晩中見ていたら確実に変態だと思われるのでやりはしないが。


 マルクスさんが眠り、起こしてしまっては悪いので食堂でルーガくんと二人で夕食を済ませ、そのまま食堂でアーサーが戻ってくるのを待っていた。

 ルーガくんはテーブルにもたれ掛かっていて、私は向かいの椅子の背もたれに腰掛けている。

 流石にテーブルに座るというのはマナーが悪いと思うし、普通に椅子に座っても身体が小さすぎて視界にはテーブルの裏側しか入らなくなってしまう。

 それなら羽根で飛んでいれば良いじゃないかと思うかもしれないが、こういう時ぐらい羽根を休めたいのだ。まさしく羽休めだ。飛ぶのも体力使うのですよ。


「色々手伝って下さってありがとうございました」

「いいっていいって! それから敬語もいらないッスよ!」

「うん、分かったよルーガくん」


 私がそう言うと、ルーガくんはこれまたバッチリ決まったウインクを飛ばしてくる。

 ほんの数時間でルーガくんは私と距離をつめてきて、馴れ馴れしいと言っては悪いかもしれないが、一応初対面なのにかなりグイグイ来てる。

 やっぱりチャラいなルーガくんは……

 だけどもチャラいところを除けば親しみやすい若者だ。今だって私の話し相手になってくれているし、女の子を楽しませてあげようという心意気は〈ファンキス〉一かもしれない。

 リアルで友達になるならルーガくんみたいな人が良いよね。幼なじみでも良いかも。


 年齢が近いという事もあって、パーティーでは一番話しやすい。それは今も昔も変わらずのようだ。

 マルクスさんも信頼している仲間には優しくしてくれるし、紳士的で冷静でクールな素敵な男性だけど普段は無愛想で慣れるまで話しかけづらかった。年上の男性でもあるし、無意識でも気を遣ってしまって……。

 これが日本人のサガというやつか。謙虚さは大事だとは思うが。

 それにアーサーは……あの性格だ。ルーガくんやマルクスさんと違って我が道を行く、唯我独尊なところがあるから初見の〈ファンキス〉プレイヤーは初っ端の聖剣の神殿での出会いイベントでドン引きするだろう。何だこの調子乗った赤ポニテ野郎は、と。

 私もプレイしたばかりの頃はお姉ちゃんの熱いキャラ紹介の後、お姉ちゃんがこんだけ語るならどんな素敵なイケメンなんだろうと胸を踊らせていたのだが……

 リアルにあんな性格の男が居たら最悪だよ。二次元だから許されるんだよアーサーのあの性格は!


 確かにイケメンには違いないのだが、あの性格はかなりのマイナス要素だろう。

 まあ〈ファンキス〉プレイヤーの中には初めから彼のあの性格がどストライクだったファンも居るには居るのだ。現に私のお姉ちゃんがそうだった。ちょっとお姉ちゃんの趣味が心配になったのはいい思い出だ。いや、良いのかこれ。

 兎に角、あんな性格のアーサーでも今日のロンド襲撃で、ロンドの竜巻で弾かれた矢が飛んできた時は私と動けないマルクスさんを助けてくれた。

 ぶっちゃけてしまえば普段はクズっぽいアーサーだが、やる時はやる男らしさが彼を人気投票一位に押し上げた一番の要因なのだ。

 仮にもあの有名なアーサー王をモデルにしたキャラクター。こういうところで男気を見せなければエクスカリバーの所持者である資格が無いだろう。


「そういえば、リンカちゃんは聖霊なんスよね? あの赤髪の旦那さんの剣の……」

「うん。私はアーサーの持つエクスカリバーの聖霊なんだよ」

「ああそうそう! アーサーねアーサー! いやー、俺様何でか男の名前ってすぐ覚えられないんスよねぇ。リンカちゃんみたいな可愛い子の名前は一発で覚えるのにー」


 そう言って笑うルーガくん。 しかし、その笑顔は仮面。フェイク。偽物であると私だけは知っている。

 ロンドとルーガくんの登場イベント【大盗賊の円舞】が発生したという事は、次に発生する連動イベントも動き出しているはずなのだ。

 ルーガくんはれっきとした〈ファンキス〉の攻略キャラクターで、パーティの一員だ。だが、この先私が選ぶ道次第で彼が仲間になるか敵になるかが決まる。

 これが失敗したら、この先の旅が辛くなる……


 パーティーメンバーはアーサー、マルクスさん、ルーガくん、そして今はまだ居ないルフレンくんの四人。

 この四人と私でアヴァロンと戦い、エクスカリバーの聖なる力を取り戻し聖杯を手に入れなければならないのだ。

 この世界の為にも、失敗は許されないんだから。


「……リンカちゃん? 何か考え事ッスか?」

「ふぇっ? あ、ご、ごめん! ちょっとボーッとしてた」

「悩みがあるなら俺様が幾らでも相談に乗るから、頼ってくれて良いッスよ」

「う、うん。ありがとねルーガくん」


 あんたの事で悩んでんだよ、とは口が裂けても言えないわ。


 その場をやり過ごす愛想笑いを繰り出して、お互い愛想笑いで乗り切った。

 そういえば、この〈FANTASY OF SWEET KISS〉というゲームはファンタジー世界と恋愛を同時に楽しめるVRRPGなのはもう分かっていると思うのだけれど、〈ファンキス〉は一般的な乙女ゲームと違って己の采配次第で大好きなキャラクターを死なせてしまう危険もあるし、別に恋愛しなくても聖杯を手に入れてしまえばエンディングが見れてしまうちょっと特殊なゲームである。

 何故私やお姉ちゃんがこのゲームにのめり込んでいるのかというと、〈ファンキス〉は一般的な乙女ゲームと違ってノベル形式ではなく、レベルを上げて戦い、戦闘を指揮する普段あまりRPGをしない女性でもやりやすい本格的な冒険を味わえる、やりごたえのあるゲームだという点にある。

 ノベル形式の乙女ゲームでは美麗なキャラクターのイラストが表示されて、幾つかの選択肢やミニゲームをすればいつかは彼と結ばれる、というのがほとんどではないだろうか。

 しかし先程述べたように、〈ファンキス〉はイラストではなくバーチャルリアリティの世界で触れて、話せてしまえる素晴らしいゲームなのだ。

 下手すれば彼を殺してしまうスリル、それを乗り越え愛を育み、触れ合える。

 実はこういったVR乙女ゲームを初めて開発したのは〈ファンキス〉の会社で、それまでに培ってきた乙女ゲーム開発の経験と吸収合併した有名なRPG作品を多数発売してきた会社の全ての力を集結させて生まれたのがこの〈FANTASY OF SWEET KISS〉なのだ。

 〈ファンキス〉の製作が決定した時、ネットだけでなくテレビでも取り上げられる程話題になっていたのだが、その頃の私はゲームより漫画やアニメに興味がいっていたので知るのが遅くなっていた。

 ゲームの発売から約半年後にアニメ化が決定し、それからすぐにコミカライズやノベライズもされて……。

 それだけ人気のある〈ファンキス〉の世界にやってこられて、嬉しいといえば嬉しいのだがアーサー達だけではなく、実は私自身にも死の危険はあるのが大きな問題なのだ。

 まるで今の私のような、ゲームの世界にトリップしてしまった小説の主人公達の多くが一度は思いつく【死ねば元の世界に帰れるんじゃないか説】。

 悲しい事に、死んでも帰れない多くの主人公達を私は見てきた。

 しかし、やはり死ぬ事は怖いし万が一元の世界にも帰れずにこの世界で命を落としてしまったら大問題。私も死なないように、生にしがみつくしかないのだ。


 ・死なないように

 ・アーサー達をサポートして

 ・元の世界に帰る方法を探す


 この三つが私の三大ミッションなのだ。


「そういえばリンカちゃん、約束は覚えてるッスか?」


 椅子から立ち上がり、私が腰掛ける椅子の背もたれに近付き目線を合わせるルーガくん。


「や、約束?」

「そ、約束ッス。もしかして忘れちゃったんスか?」


 まさか。忘れるはずがないじゃないか。

 このシチュエーションは以前経験済みなのだから。

 妖艶に微笑むルーガくんに警戒しつつ、いつでも飛んで逃げ出せるように逃走ルートを確認する。

 嫌いなわけじゃないんだよ? 嫌いじゃないんだけどっ……!

 ゲームが現実となったこの世界で、アレは刺激が強すぎるのだ。


「リンカちゃんからのご褒美のちゅー、貰ってないッス」


 彼氏居ない歴=年齢の私には……非リアの私には恥ずかしすぎて死ねる!



 

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