4.増殖ゴブリンの恐怖
草むらから飛び出して来たのは五体のキノコブリンだった。
キノコブリンとは、キノコのような兜を被った森でよく出現するゴブリンの事だ。
彼らは群れで行動する事を好み、数で勝利を狙うチーム戦で向かって来る。
「ファイアアロー!」
「ふんっ」
「せやぁ!」
とは言っても、五体程度では彼らの敵では無い。
マルクスさんの魔法で燃え尽き、オリアーちゃんの拳で叩きのめされ、アーサーの剣の一振りで三体のキノコブリンはパァンという効果音とキラキラ輝くエフェクトと共に消滅していった。
キノコブリンは例えるなら赤い帽子と青いオーバーオールのヒゲの主人公のゲームに登場する、ジャンプ攻撃一発で倒せる茶色い敵レベルのザコキャラである。
下手したら私でも倒せるのではないかと思うが、ゴブリンの一種である為、見た目はちょっと怖くて触りたくはない。
しかし、彼らはあの茶色いやつと違ってただやられるだけのザコキャラではないのだ。
「きのー! きのー!」
「きのきのー!」
特徴的な鳴き声できのきのと叫ぶと、残った二体のキノコブリンが身体を震わせる。
すると頭のキノコ兜から胞子が飛び、地面からにょきにょきと新しいキノコブリンが生えてきた。
「きのー!」
「キノコ、増えた」
「このキノコ、相手にすんと面倒なんだよなぁ……」
最早ゴブリンなのかキノコなのかよく分からない生き物だが、奴らは仲間が倒されるとどんどん胞子を飛ばして数を増やそうとする性質があるのだ。
「早くケリをつけなければ更に面倒になるぞ」
「それくらい分かってる!」
「どんどん増えてます!」
増えたキノコブリンが胞子を飛ばし、地面からにょきにょき。
そこから生えたキノコブリンが胞子を飛ばし、またにょきにょき。
あっと言う間に最初は二体だったキノコブリンがざっと二十体まで増殖していた。
アーサー達が次々とキノコブリンを撃破していくが、それを上回る勢いでキノコブリンが増えていく。
うわっ、何か気持ち悪い……
同じ外見の生物による数の暴力は、時として人に恐怖をもたらすらしい。
カラフルなキノコブリンが辺り一面に密集し、アーサー達の足元にわらわらわらわらと群がっていく。
こんな光景を見ていると、自分が空を飛べる聖霊で良かったと思ってしまう。
「マルクス! コイツら纏めて焼き払え!」
「無理だな。ここまで範囲が広いとなると、周辺の木々に燃え移ってしまう」
やはりおかしい。以前のデータのマルクスさんだったら、悩まずこの場でキノコブリンを焼き払う選択をしているはずだ。
ゲームだったら炎の魔法を使っても木や建物に燃え移る事は無かった。
だが今のマルクスさんはそれを気にしている。
やっぱりこれは、ゲームじゃないんだ。
「俺、キノコ好物。キノコブリン、食べられる?」
「や、止めた方が良いと思います」
「どう見ても食えねえだろ」
オリアーちゃんの発言に戸惑いつつ、この状況をどうにかしなければと考えを巡らせる。
このまま戦闘を続けてもキノコブリン達は増え続け、いずれキノコに呑み込まれてしまうだろう。
もし【聖剣の神殿】で十分にレベル上げが出来ていたとしたら、アーサーの広範囲の攻撃でキノコを微塵切りに出来たはずだった。
何故だか分からないが神殿内には魔物が全く現れなかった。そのせいでアーサーは今もあの技が使えないのだ。
この場から逃げようにも、地面から絶え間なく生え続けるキノコブリンに邪魔されてしまう。
こうなったら「アレ」を連れてくるしかない!
「皆さん、私が助っ人を呼んできます! それまで耐え抜いて下さい!」
「助っ人だと?」
「てめぇだけ逃げようってんじゃねえだろうな!」
アーサーが言う。
私は胸を張ってこう答えた。
「私の役目はアーサー達のサポートです! この旅を成功させる事が、私の役割です!」
「虫女……」
「信じて下さい。私は、皆さんを絶対に裏切りません!」
「……さっさと行け」
呟く様にそう言って、アーサーは背中を向けてキノコブリン達に剣を振るった。
信じて……もらえたんだ!
私は自然と頬を緩ませ、目的の場所へと大急ぎで飛んでいった。
皆さんは、日本で何十年も続いている内戦をご存知だろうか。
家族・友人・同僚……そしてネットをも巻き込む大戦争。
一度始まってしまうと中々収拾がつかないこの争いは、誰もが一度は経験した事があるのではないだろうか。
かく言う私もこの争いを経験している。
お姉ちゃんと立ち寄ったコンビニでの事だった。
あの頃の私達はまだ小学生で、母に牛乳を買ってくるように頼まれていた。
お釣りの中から自分の好きなお菓子を買っても良いと言われ、私達はそれを目当てにお使いを引き受けたのだ。
家のすぐ近くにあるコンビニに向かい、紙パックの牛乳を一本手に取る。そしてお菓子コーナーへ。
ここで私は生まれて初めて、あの戦争を体験したのだった。
「お姉ちゃんはどのお菓子にするの?」
「これにする! やっぱりお菓子といえばこれでしょ!」
そう言ってお姉ちゃんが棚から手に取ったのは、箱に入った有名なチョコレート菓子だった。
その隣にも似たようなパッケージの菓子があった。私はそちらの菓子の方が興味があり、それを選んだ。
「……鈴歌はそっち派なんだ」
そっち派、とはどういう意味なのか当時の私には理解出来なかった。
「鈴歌がそっち選ぶんだったら、こないだ借りたペン返さないから!」
「え?」
「山の民とは口ききたくない!」
お姉ちゃんが手にしたチョコレート菓子はタケノコを、私が手にしたのはキノコを模した形の菓子だったのだ。
そう、これこそがキノコブリンを倒し得る方法……〈キノコタケノコ戦争〉大作戦なのだ!
(あの時は里派のお姉ちゃんに敗北したけど、私は山を信じてる!)
キノコブリンの一番の敵はタケノコブリンであり、タケノコブリンの一番の敵はキノコブリンだ。
このキノコとタケノコを鉢合わせにさせれば、あの場を切り抜けられるかもしれないのだ。
私が目指しているのはタケノコブリンの陣地。そこから誘き出してキノコブリンとの戦争を引き起こせば、きっと……!
「たけー」
「たっけーたっけー」
「たけたけー」
見付けた! タケノコブリン!
小規模の群れだったが、タケノコブリンもその気になれば地面からにょきにょきと生えて増殖出来る。
「タケノコブリーン! あんた達の大っ嫌いなキノコブリンがあっちにいっぱい居るよー!」
人間の言葉が理解出来ているのか、キノコブリンの名前を出すとタケノコブリン達が興奮状態になった。
「たっけー!」
「たけーたっけー!」
「たけたけーたっけー!」
尖ったタケノコ型の兜を被ったタケノコブリン達を誘導し、私はアーサー達の下へ急いだのだった。




