バカじゃねーの?
「どこ行くの?」
シヴァはびくっと後ろを見た。
レーネが眠たそうに眼をこすりながら立っていた。できるだけ音は立ててなかったつもりだったのだが。気配もシヴァなりに頑張って消した。
「えーっと……トイレ……?」
「窓から?」
ご指摘ごもっとも。
諦めてシヴァは窓の淵にかけていた手を離した。
「学校あるからさ。行かないと。ここ女子寮だし。男がいたらまずいじゃん」
「イアさんは寝てるよ?」
レーネに言われベットを見る。この部屋の主が安らかな寝息を立てていた。レーネもだがこいつにも危機感というものはないのか。一応年頃の男の子なんだが。ないんだろうなぁ。
「いいんだよ、こいつは。サボり常習犯だし。授業出ずにトップクラスの成績保持者の天才だし」
「シヴァもじゃないの?」
ガンッ!
何も知らない少女の無邪気な質問にシヴァはよろけて壁に頭をぶつけた。
そりゃ、確かにここの生徒はほとんど優秀だ。王宮騎士団の面々はその優秀な生徒の中でもとびきり優秀なエリートが集まっている。少女に教えた通りである。でも、まぁ、どこの世界でも例外ってのは少なからずあるわけで。
問題なのはオレがその例外のうちの一人だってことだ。
「オレは、さ……お、王宮騎士団の一員だからみんなの見本にならないとな~……とか……あははははは……」
「そうなんだ! すごいね!」
うわーん! 見栄貼っちゃったよ、オレ!
レーネがすんごいキラキラした目で見ちゃってるよ!
そりゃ、あながち嘘はついてないけど! 思ってはいるよ! 思うだけなら迷惑はかからないものね! 実際には見本以前についていくのが精一杯ですけど! むしろ蔑んだ目で見られてますけど! あ、なんか悲しくなってきた。
「そ、そういうわけだから! イアといててくれ!」
「うん! 頑張ってきてね!」
ありがとうございます!
そして、ごめんなさい!
シヴァは半泣きになりながら窓から飛び出すと校舎めがけて走った。
____________
「バカじゃねーの?」
教室後ろの方にて。
レキサが頬杖をついて呆れたとでもいうようにシヴァを見た。
「そう思う?」
「明らかに墓穴は掘ったな」
ですよね~。
……はぁ。
今日は騎士科と総合科合同授業だ。シヴァもレキサも皆から避けられているから別授業でないときは自然と一緒になる。『類は友を呼ぶ』ってやつだ。境遇は全く似てないが、友人と呼べる友人が少ないという点は同じ。
イアもそう。あの美人は基本寮から出ない。
レキサだって授業と任務以外は部屋から出てこない引きこもりさんだがイアはそれ以上。
遊び友達なんているわけがない。
「しょうがないじゃん? 美少女に期待されたら応えたくなるのが男心だろ?」
「君の場合は実力が伴ってないけどな」
「……知ってるよ」
項垂れていると先生がこちらに来た。
一枚のプリントを渡される。
「何これ」
「成績。この前テストしただろう?」
そうだった~……。
シヴァが再び項垂れる。
「……レキサは? どんな感じ?」
チラッと自分のプリントを見て絶望したシヴァは机に頭をつけたまま横目でレキサを見る。
レキサは何でもないことのように、
「満点だが?」
言った。
「何が?」
「全部」
あー、そう。
そう来たか。そうですか。満点ですか。
そうですよね。万能ですもんね。
「シヴァはど……」
「ちょっとトイレ行ってきます!」
「おー、早く帰ってこいよー」
大声で先生に宣言し、どたどたと小走りでトイレに駆け込むと、壁を背にずるずる座り込む。
134/135
プリントにでかでか書かれた数字を何度読み返しても、変わらない。134/135。要するに、最後から二番目。
これはやばい。
やばいなんてもんじゃない。
いくら筆記試験だけだからといってこれはない。
マジで。
あー……ホント、何で、オレは。
こんなにも。
‘落ちこぼれ’で。
自分のことでさえも。
何も出来やしない。
自己嫌悪に陥りつつ教室に帰らないと怪しまれるのでトイレを出る。
瞬間。
「シヴァ!」
と、見知った少女の声が聞こえた。
「レーネ?」