お前はオレを何だと思ってんの
「やっぱここにいた」
聞きなれた声に顔を上げるとリートがニコニコと立っていた。 ヴァルは読みかけの本にしおりを挟んで置く。
「何の用だ」
「知ってるくせに」
「……おれは別に怒ってはいない」
「そうだね。シヴァの周りの評価を気にしたんだろう? シヴァの王宮騎士団入り一番反対してたのヴァルだったものね」
「役不足だったからな」
「本当にそれだけかい?」
「何が言いたい」
「別に何も?」
リートはニコニコ笑っている。
うさんくせぇ、とヴァルは思う。いつもこうだ。本心が見えない。何を考えているのか全く分からない。
「呼び出されているんだ。一緒に来てくれるかい?」
「……おれが断らないの知っていて聞いているだろう」
「そうだね。君は優しいから」
「ほざけ」
書庫室から出る。
王宮の赤絨毯が敷かれた長い廊下を二人で歩く。
ちょくちょく出会う衛兵や使用人から敬礼され、わざわざ一人一人敬礼を返しているリート。
「律儀だな」
「君もやればどうだい?」
「めんどくせぇ」
「こういう地道な努力がいつか実を結ぶものなんだよ、ヴァル」
「どうでもいい」
リートは小さく苦笑した。
「もうちょっと権力が欲しいとか思わないのかい君は。せっかく王宮騎士団に入っているのに」
「そういうお前はどうなんだ?」
そんなの決まっているじゃないか。
リートはそう言ってまた笑った。
「どうでもいい」
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意味が分からない。
全っ然分からない。
何でこうなった。
「う、んっ……」
シヴァの目の前で美少女が眠っている。
言うまでもなくレーネである。
離れようにもレーネの手はオレの服の裾を掴んで離さない。
「……あ、うにゅ、ん……」
可愛すぎる!
しかも少し服がはだけていて妙に色っぽい!
え?
何、試されてんの、オレ。
この状況でオレがどうするかとか誰か見てんの。
それならさっさと誰か来てオレをこの状況から引き剥がして。
「イア、頼む。助けて……っ」
シヴァが情けなく助けを求めると部屋の主は億劫そうに振り向いた。
勉強していたらしい。
さすが魔法科学年一位。
「襲いたかったら襲えばいいではないか」
「お前はオレを何だと思ってんの!?」
イアは不思議そうに「襲わないのか」と呟いた。
襲わねーよ!
心外すぎる!
「じゃあ、なぜここにいる?」
「レーネのためだよ!」
「あぁ、そうか」
イアもこちらに来てシヴァの横に座った。
レーネの様子を二人で見る。
レーネは気持ちよさそうに寝返りをうった。ただし、シヴァの手を握ったままなので危うくシヴァは倒れそうになる。
根性で堪えた。
レーネに倒れこんだが最後、いらぬ噂が学校中を駆け巡るだろう。イアの手によって。うわぁ、容易に想像がつく。レキサは多分助けてくれないんだろうなぁ。距離を取られる可能性もあるなぁ。
イアはそんなシヴァをニヤニヤ眺め、ふと真剣な顔をした。
「そういえば記憶喪失だと言っていたな」
「何とかできねぇ?」
イアは魔法のエキスパートだ。
彼女ならもしかしたら、と思ったのだが、イアは「無理だ」と即答した。
「やっぱり?」
「まず前例がない。それに魔法も万能じゃないからな。何でもできるわけじゃない」
「そういうもんなのか?」
なにぶんシヴァは魔法の才能は全くといっていいほどない。
イアがそう言うのならそうなんだろう。
でも、だとしたら、これからどうしよう。
「まぁ、できる限りの協力はしよう」
「悪ぃな、イア。感謝するぜ!」
いいや。
また明日考えよう。
そうシヴァは気楽に考えていた。
「もし、彼女に記憶が戻ったとき、それは彼女にとっていい記憶とは限らないだろうに。シヴァ、ちゃんと分かっているのか?」
なぁ、シヴァ?
問い掛けは少年の耳には届かず霧散して、空の彼方に消えていった。