てめぇ、どっから湧いて出た
王宮騎士団一怖い副隊長、名はヴァル。
切れ長の、海を思わせる深い藍色の目。髪は黒。異国の血が混じっているという噂もささやかれているが詳細は不明。
少なくとも貴族ではない。
「何も言わなくても分かんだよ。状況見ればな。どうせ、そこの正体不明の訳あり少女を世話させてください、とか言うつもりだろ」
何から何までその通りだった。
だから、シヴァはこの人が苦手だ。
でも、そうは言っていられない。
「お願いします! 副隊長!」
「却下だっ言ってんだろ。ただでさえ、隊長が厄介ごと振りまくのに、これ以上仕事増やされてたまるか」
「副隊長に迷惑はかけませんから!」
ヴァルは「へぇ」とシヴァを見た。冷たい目だった。
「あのな、王宮騎士団は由緒ある役職だ。王に仕え、王を支える。時には重要な任務に行くことになる」
「まぁ、基本な暇なんだけどね」
「そういう時は王宮に危険がないか調べて……てめぇ、どっから湧いてでたぁ!!」
いきなり叫ぶと後ろを振り向きざまに男に殴りかかるヴァル副隊長。男は笑顔でひらりとそれを避ける。
……って、え?
「「いつからいたんですか、隊長!?」」
シヴァとレキサは同時に驚くと椅子から跳びはねるように立ち上がる。
ガンッ。
うわ、いったぁ。膝、うったぁ。
「ひどいな。みんなして。人をゴキブリみたいに」
「ゴキブリよりはるかに性質悪ぃんだよ、てめぇは! リート!」
「やぁ、シヴァにレキサ、元気だったかい?」
ヴァルに胸ぐらを掴まれながら二人にニコニコ手を振る男。
王宮騎士団隊長リート。
いつも笑顔を絶やさない彼は数々の伝説を生み出してきた。その最たるものが‘王立魔法・騎士育成学校『サルビア』の万年主席’(ヴァルは次席だがリートがいるため目立たない)。
明るい茶色の髪と瞳で、物腰柔らか、誰にでも優しく、誰とでも分け隔てなく接する。リートの周りは人で溢れている。女も男も関係なく。それがきっと隊長を隊長たらしめている所以だろう。
と、思ってる場合ではなかった。
シヴァはさっきから放心状態のレーネの手を握るとリートとヴァルの前まで連れていく。
「隊長! 聞いてください!」
「ん? 彼女は?」
この人を説得出来なかったらもう無理だ。
「彼女はレーネという名前で、学校の噴水広場で見つけたのです。でも、ケガをしていて、しかも‘記憶喪失’らしいのです」
「記憶喪失? それは大変だ」
「はい。そこでお願いがあります。どうか、彼女をここで世話させてもらえないでしょうか!」
頭を下げる。
リートからの返事はない。
リートも迷っているようだ。まずいな。隊長が無理なら本当に……。
「私は……っ!」
諦めかけたとき、少女の声が聞こえた。
「私は、何も覚えていなくてっ! でも、すごく怖かったことだけは覚えていてっ! シヴァが助けてくれた。手を差し伸ばしてくれた。今、シヴァが頭を下げているのは私のためだから、私も頭を下げましょう。お願いします。私をここに置いてください」
ドレスの裾を軽く持ち上げ、片膝を折り、レーネは頭を下げた。
これ、確か、貴族の。
沈黙が降りた。
しばらくして、リートは、
「参ったね。分かった。いいよ」
困ったように微笑んだ。
OKという合図であった。
「(最強の味方ゲット!)」
と、小さくガッツポーズをしていると、ばんっと机が叩かれた、
ヴァル副隊長である。
「ふざけんなよ、リート!!」
「うん? ふざけてるつもりは全くないんだけど?」
「ここは王宮騎士団だ! 女一人を構ってる余裕なんてねーんだよ!」
その言葉を聞き、リートは顎に手を当てて考え込んだ。
「確かにね? 君の言い分は正論だよ、ヴァル。俺達は非常に重要な役職に就いている。仕事に私情を混ぜてはいけない」
「だったら!」
「でもねぇ、俺はこうも思うんだよ。困っている人を助けないのは王宮騎士団云々関係なく人としてどうなのだろうか」
た、隊長……っ!
「ねぇ、ヴァル。人として当たり前の行動ができないっていうのは、それこそ王宮騎士団の名折れじゃないかい? 俺達は常に見本であり続けなければならないんだ! 当たり前の行動ができない俺達は見本足りうるか!? いや、否! あり得ない! 当たり前のことができて初めて見本になれるんだよ!!」
やっぱ、かっけぇぇ!
リート隊長かっけぇぇぇぇ!!
シヴァが目をキラキラさせてリートを見る中、ヴァルは、
「……勝手にしろ」
そう呟くと、部屋から出ていく。
リートはやれやれと首を横に振った。