地獄の折檻
カツサンド?
メイアは一体、何を言っているのだろう?
せつなが首をかしげた、次の瞬間!
ぼごお!
メイアの『正拳下段突き』が、せつなの鳩尾にメリ込んでいた。
「ぅ……うぶぐぅぁあ~~~~!」
堪らず、体を『く』の字にしてせつなが悶絶。
おやつに食べたカニパンを撒き散らしながら苦悶の声をあげるせつなの頸に……。
がきっ!
メイアの強烈な喉輪。
黒衣の少女が、白い指先をせつなの喉元にメリ込ませると、彼の体を片腕で空中に吊るし上げた。
「あたしの……!あたしのブリ大根より、購買の『カツサンド』がいいだ~~~?!『やきそばパン』だと~~~?!」
せつなを睨むメイアの緑の眼が、怒りに燃え狂っている。
ショートの黒髪が逆巻いて、周囲をパチパチと紫色の稲妻が閃いている。
……こいつ、まさか!朝の事を怒っているのか!?
ようやく事態の深刻さに気付いたせつな。『変身』した後も、それまでのメイアの記憶や感情は残ったままなのか?
一瞬、様々な疑問が頭をよぎったが、今は、それどころではない!
「ちょまっ~!ちょまっ~!メイア!まて~!」
せつな、足をジタバタさせてメイアから逃れようとするも、
ぎりり!
メイアの万力のような指が、せつなの頸を容赦なく締めあげて行く。
「ふ……ふぶぅぅぉおおお~~~!ごめんなさーーい!!」
せつなが、泣きながらメイアに謝った。
意識が朦朧としてきた。頭の中に白いお花畑が広がり始めた。
……やべ……死ぬかも……
せつなが、ぼんやりそんなことを考え始めた、その時。
不意に、メイアの手が緩んだ。
どさっ!地面に投げ出されるせつな。
「げほっ!げほっ!うぅ……」
喉をおさえてせきこみながら、どうにか立ちあがったせつなの前で、
「あ……あれ?」
メイアが、戸惑いの声。
「なんだ……手に……足に……力が……」
メイアがそう言った次の瞬間。
すとん。
黒衣の少女が、地面に両膝をついた。そして、
ぼぉおお……
メイアの体が、再び黒い炎に包まれていく。
「メイア!一体……!?」
慌てるせつなの前で、メイアの体を覆っていた焔模様の黒衣が、ビロードのマントが、見る見るうちに炎に同化して宙に散っていく。
みろ。黒い炎のゆらぎが消えて、辺りに闇が戻った頃には、地面に膝をついているのは、華奢な体に一糸纏わぬ、メイア本来の姿だった。
「うーん……」
そう呻くなり、メイアは地面に昏倒した。
「お、おわーー!メイア~~!」
裸で地面に転がる幼馴染みを前にして、せつなが大パニック。
「『魔気』が……消えた!まさか、メイア様、まだ『完全』ではない……?」
藻爺もまた戸惑いの声。
「まずいな……小僧!メイア様の御身体を、はやく安全な場所にお運びするのじゃ!」
毛玉がせつなに命令するも……
「つったって……どこに連れてくっつーんだよ~!」
せつなが、口元を引き攣らせて自問する。
病院?メイアの家?『この姿』のメイアを?兄のナイトになんて説明すればいいのだろう?
「早く!早くー!人がくるじゃろ!早くするんじゃ小僧!」
せつなをせっつく藻爺。
「やばい……!やばい……!」
せつなが本気でテンパりはじめた、その時。
カラン、コロン……
沿道の向こうから、下駄の音が聞こえてくる。
「まずい!人じゃ!」
毛玉が震えた。
「……道の真中に裸のねーちゃんが!!東京ってどんなとこなんだ~!?」
下駄の音の主が、闇の向こうで驚愕の声をあげた。
「いやっ!これはそのっぃいいいろいろ事情が~~!!」
パニックのせつなが声の主に必死に弁明をはじめると……
「ん?その制服……『うちんとこ』のじゃねーか……!?」
下駄を鳴らしてせつな達に近付いてきた声の主。
「その毛玉も……なんか……訳がありそうだな?『うち』まで来るか?すぐ近所なんだ」
そう言ってせつなと藻爺の前に立ったのは、せつなと同じく聖痕十文字学園の学ランを肩に羽織った、素足に下駄履きの少年。
獅子のように雄々しい紅色の蓬髪は、まるで闇の中で真っ赤に燃え立つ焔のようだった。
「わしの姿が見える……!魔が見える?お前は一体……!」
訝ってそう訊く藻爺に、
「俺は『莉凛』、こないだ松本から越して来たんだ。よろしくな!」
少年はそう名乗って、ニカリと笑った。




