Date1~正紀の迷子劇~
一時間が過ぎた。
八俣ノ島のこの体育館、つまり俺の現在地は基本的に学生戦争の一対一での決闘場として使われることが多いらしい。今日、日番谷に連れられて見た戦いも、分類的に決闘に入るそうだ。その内容がどれほど一方的でも(ただ股間ばかり狙うようなアホな戦いでも)。
あれから俺は、クエス(フルネームは長いからそう呼べと言われた)から学生戦争のルールを聞いた。そこまで凝ったルールはなく、しかも十だけしかないから、簡単で分かりやすいし覚えやすい。
説明していくと……
その一。この戦争は、主催であるクエス・ラヴァーの監視の元によって行われる。
そのニ。各参加校には、必ず一人の代表者を選出すること。代表者が亡くなった時、その学校をこの島から追放する。
その三。この戦争に勝ち残った学校には、生徒の願いを叶える。
その四。この戦争では、対戦相手を殺めても構わない。
その五。この戦争は波動能力を扱うことを前提に行われるものとする。
その六。参加者には、主催から波動能力を与えられるが、その力が全て平等であるとは限らない。
その七。この戦争に参加する学校は八校までとする。この八校の間関係を自由なものとし、同盟関係を築くことも良しとする。ただし、同盟上の代表者を選出すること。
その八。各参加校には、八俣ノ島で生活するための領地を与える。この領地については、互いに奪い合っても構わない。
その九。戦争するにおいて、行う場所は何処であっても構わない。
その十。この戦争は、常に主催であるクエス・ラヴァーを中心に動くものとする。
……以上が学生戦争における十のルールだ。
クエスによれば(本人に「私は正紀と呼ぶことにしたから、お前もクエスと呼べ」とも言われた)、学生戦争はゲームだと言う。だからルールも無駄に多くなくていい、全て鮮明に定める必要もない。だそうだ。
随分アバウトなものじゃないか。大人が子供に殺し合いをやられておいてそんな。いや、それも違うのか。殺し合いを承認した上での、クエスにとっては協力者へ数多く手間を取らせない為の、わざとの「アバウト」なのか。いや、それも考え過ぎなのかもしれないけど。
体育館を出る際に渡された八俣ノ島の地図を見ながら現在地を確認しつつ、さっきの話を思い起こす。
にしても、この島広すぎないか……。さっきからずっと似たような場所を歩いている気がする。来た道を引き返しているつもりなんだけど、どういうわけだか迷っている俺だった。
日番谷に電話もしたけど、あの野郎出ないでいやがる。使えないな!
ケータイ睨みながら歩いていると、その間にも俺はフラフラと動いて、スラックスの中にしまった頃にはさてここはどこでしょう? あーれ、おかしいな。もうイヤだ俺の馬鹿、あぁもう死にたいわぁ。いやいや、簡単に「死にたい」なんて言っちゃダメだよなクッソ超死にてぇ。
とりあえず辿り着いたショッピングモールのような……ていうか思いっきりショッピングモールな所に入る。店に人はいないけど、客(と言っても俺と同い年ぐらいの学生だけど)は店の中で勝手に物を買っているようだった。いや、実際はそうじゃないんだろう。多分クエスが用意したシステムで、店員がいなくても買い物が済ませられるようになっているんだろう。
アイツすごいな、科学者かよ……なんて思うが、クエス・ラヴァーは科学者ではなく、医者だったりする。その下りについてはすんなり流されてしまったけど、結構良い腕の医者らしい(自分で言ってたからあんまり信用ならないけど)。
ずっと歩いていたせいか腹が減ってきた俺は、そんなお医者さんが作ったであろうシステムを導入した店に入ると、店の入り口で万引き犯が店を出た瞬間になるような非常ベルが煩く鳴り響いた。いやマジ煩い!
当然店の中にいた学生運動達は俺のことを見てくるわけで––––って! 見ているだけじゃなくて今物飛んできたんだけど! うわっ何か走ってくるヤバイぞコレは!!
「ていうかっ……アイツらしつこいな!」
警報ベルが作動して二分ぐらい。道も分からないまま俺は、後ろの(俺を万引き犯だか何かと勘違いしてるバカな)学生達から逃げていた。
それにしても、俺にはこんなに体力があったのか。確か俺は体育の授業で持久走をやらされると、いつもケツの方でゼーゼーしているタイプなんだけど。もしかしたらコレも、クエスがくれた「力」の内なのかもしれない。だとしたらソレはありがたいけど、憎たらしい話にもなる。だってそういうことなら、アイツらにも共通するっていうことにもなるからだ。クッソが!
さっきから同じような道ばかり歩いている気がする、グルグルと。このままだと多勢のアイツらに回り込まれて挟み撃ちにされたりするかもしれない。正直ヤバイ。
この島には未成年しかいないはずなのに、何故なのか道路には車道があって信号機もある。多分よりリアリティに作ろうとしたんだろうと思う。まぁそんな信号が赤でも全力で無視して走り続ける俺。
更に五分走ると、いい加減追っ手は撒いたようだ。
「あぁー。ちかれた……」
さっきの場所より店の少ない、つまり少し外れた所に建っているビルの影に隠れている。ここなら来ないだろうという自信はないけど、とりあえず今の所は大丈夫そうだ。
「ふぅ。とりあえず地図を確認してだな」
よいしょ、と立ち上がって、スラックスにしまっておいた地図を広げる。とは言っても、俺の現在地が分からないのだから、どうしようもないのだけど。
俺の現在地は、とりあえず真ん中のデカい体育館、つまりさっきクエスと居た所ではないのは確かで、あとはその真ん中から広がる八つの地区の内のどこかだ!
だんだん考えるのが面倒になってきたので「どれにしようかな天の神様の(以下略)」で現在地を選ぶことにした。もう面倒だし、真ん中に進めばいいんだきっと。それでクエスの所に戻れば何とかなるはずだ。
決めると、さっそく指を地図の上で忙しなく動かす。「言う通り」の所で、地図の端に影がかかった。……つまり、逃げる!!
走りながら後ろを確認する。えっ嘘、なんか人数増えてない? どういうことだよオイィ! とりあえず逃げろぉぉ!
走っている内に、なんでか分からないけど、また人の多い所に戻ってきたようだった。そして、追っ手は増える。
捕まったらどうなるんだろう……なんてことを考えるながら、とりあえず全力である道を走る、走る、走る。
……とその時。俺が路地を曲がった時だった。
突然バァンと盛大に開かれたビルの扉から手が伸びてきて、俺の肩を握り潰すが如くの力でビルの中に連れ込んだ。
「っうわっ!!」
扉をすぐに閉め、中に居た謎の人物は俺が騒がないように口元を押さえつけてから、扉に耳を当てて数秒を待った。
一。ニ。三。四。五……。
足音は遠ざかったのだろう、俺の口元から暖かい手の感触が消えた。
「んし。これでもうダイジョブだろーよ」
上からかかった声に顔を上げると、そこには長い金髪の男子がいた。いかにもチャラそうな感じだ。
「あんだよ、助けてやったのにその顔」
「いや悪い、何でもない。ありがとな」
「おう、気にすんな。そだ、オレは柴花。お前は?」
連れ込まれてそのまま座りこんでいた俺に手が差し伸べられる。俺がどもっていると、柴花は俺の手を引っ張って立ち上がらせた。いつも何かを握っているか、背負っているかのような腕の力の強さだった……感じがした。
「––––と。ありがとう。俺は黒垣正紀、よろしく」
「おお、よろしくな正紀。てかお前、どこ校だよ?」
ほー、と柴花から舐められるかのように下から上まで見られる。柴花の言っていることは間違いじゃないけれど、正直こいつの視線は気持ち悪い。柴花は俺よりモテない気がした。
「宮清だけど……それが?」
「あー、あー。アレか、この前新しく参加してきた所のか。てっことはウチの生徒じゃねーもんな、そりゃあいけねぇよ」
納得したように腕をポンッと鳴らしてすぐに、腕を上げてヨレヨレと呆れたようなモーションを取る柴花は、見ていて忙しそうだった。
まぁそれは置いておくとして。柴花の言う「参加」っていうのは学生戦争のことだろう。ということは、柴花も参加者っていうことだ(まぁこの島にいる時点で参加者なのは歴然だけど)。ということは、学校の違う柴花は俺の敵、柴花にとっても俺は敵。つまり、この現状ってヤバイんじゃ……?
俺の表情から警戒心を悟ったのか、柴花はオイオイと両手を首の後ろに組んで、戦う意志がないことを表した。いちいち面倒なヤツだな。
「確かにオレ達はお互いに敵だけどよ、オレはただ迷子で敵の領地に入ってきちまったヤツまで殺る気はねぇよ。安心しな」
「俺が迷子なの知っていたのかよ?」
あ? そりゃあなぁ、と。
「だってお前、店の前であんなに地図を睨んでたじゃん。いかにも、だったぜ」
ん。店の前……?
「なぁ柴花。お前いつから俺のことを見つけてたんだよ」
「んー? 確か、体育館からのワープポイントからお前がウチのエリアに入ってきた所からかねぇ」
ワープポイントってなんだ? まぁいいや、それは後だ。
「そっからかよ! ならもっと早くから助けてくれよ!」
そうしてくれていれば、あんなに走ることもなかったのに!
初対面なはずなのに、柴花にはすごい親近感を覚える。だからつい、日番谷に言っているのとおなじ感じでツッコんでしまう。なんでだろう、コイツは面倒なヤツだけど気が合う。
「いやー、だって面白そうだったか、つい、な。そだ、さっきのワープポイントの説明してやろうか? お前分かってなさそうだし」
気に障る言い方だな。
「おう、頼む」
でも無知のままこの島を歩くのは無理だっていうことを身に染みて体験したので、大人しく話を聞くことにした。
この八俣能力島は、中央の体育館から八つに分かれて、参加校それぞれの領地につながっている。領地の説明は、クエスから受けてあるよな? 聞いていなくても、面倒だから省くぞ。
簡単に言うと「卍」っていう字に近い形だな、二校ずつ近い領地で、それぞれ違う宿舎に暮らしてんだ。そのペアになっているニ校ずつはいいんだけど、他の学校に「ケンカ」売りに行くには、どうしても歩きじゃ時間がかかりすぎる。そこで、クエスが自慢の腕をふるって作った特製ワープ装置のご登場ってわけだ。
アレのシステムは確か「時間軸と空間軸」をどうちゃら……あー、よう分からないシステムだったからちゃんとした説明はできないけど、とにかく便利な物ってことだ。自由に各領地にワープすることができるんだ。まぁ、自分たちのワープ装置のあるワープポイントからじゃないと飛べないけどな。このとことはちゃんと覚えておけよ、こに島で学生戦争のルールよりも大事なモンだからな。
……そうだ、なんでお前が店に入ってきた瞬間にベルが鳴って襲われたのか、もう大体は検討ついてないか?
––––そ。お前がウチの、世志原の生徒じゃない、つまり敵が領地内に入ってきたから、お前が襲われたってことなんだよな。ちなみにあのベルも、クエスが作った装置で、どこの店にも付いているんだってよ。
「ん~、大体こんなもんじゃねぇかな」
軽い口調で説明する柴花は、途中途中で言葉を選ぶ様子や、「あー、うん、えー」みたいな感じでどもることも多かった。つまりバカだった。
でもそんな柴花のおかげで十分に分かったことが多い。初心者にはありがたい話だった。
それに、この島にはクエスが用意した物が多くあるんだなって。アイツ医者じゃなかったのかよ、どちらかと言うとメカニックみたいじゃないか。
「どうだ、オレの説明は役立ちそうか?」
ニカっと。そう笑う。前言撤回だな、こういう笑顔は女子は喜びそうだ。
「あぁ、初心者コースには十分な説明だったよ、ありがとう」
「おう。それじゃそろそろ行くか。噂のワープポイントまでよー」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「んっと。ほれ、到着だぜ」
柴花に連れられて、人目を避けながら歩くこと十分近く。森の真ん中に大きいサークルのある場所に辿り着いた。ミステリーサークルのように大きいわけではないけど、どう言ったら良いだろう……そうだな、昔話の「貴方が落としたのは金の斧ですか、銀の斧ですか?」って聞いてくる女神様が出てきそうな泉ぐらいな大きさだった。その周りには何やら機械のモーターが動いている音がするけど、見渡してもそんな機械はどこにも見えなかった。
柴花に聞いてみると、
「ん? あぁ知らねー」
と。なるほどコイツ使えねぇ! おっと、初対面なのにこんなこと言っちゃいけないな。
「さーてーっと。正紀、そこの真ん中にいてくれっか?」
言われた通りに、サークルの中央、輪の中に変な文字で描かれた小さい円の上に立つ。丸いのが多いな。
「こうか?」
「そそ。そのままじっとしてろよー」
こちらを見ずに、制するように手を向けてくる。しばらくすると、柴花もサークルの中に入ってきた。
「うし、これで帰れるぜ」
「お前も来るのか?」
「ダメか?」
ダメっていうか、さっき敵領地に入ってきたらどうちゃらって説明してたのはどこの誰だよ。
「途中まで送ってやんよ、お前らん所の領地内には入んねぇさ」
まるで人が考えていることを見透かしたように言う。だでも、柴花のその気持ちは正直嬉しい、一人で帰れる自身は正直言ってないからだ。
「それじゃあ、頼むよ」
おう。
そう言ってまた、ニカッと笑った。純粋な、前向きなんだろう少年の笑顔で。
そのタイミングで、サークルは輝き始めた。一番外の枠から、次に俺達が立っている文字で描かれた小さい円が。別に、ゴォォォォっていうような激しい音がするわけでもなく、あくまで省エネ、近所迷惑にならにぐらいの音量が響くだけで、だんだんと輝きも強くなっていく。
そして、輝きが辺りを見えなくさせた頃、俺の視界は真っ白に染まって、そのまま意識も失った。




