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AsK  作者: 倉助
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Date1~異常を越える化物達~

「私は、『願いを叶える探求者』だ」

 スーツの上に黒コートを羽織ったクエス・ラヴァーは、改まって自己紹介をした。誰にしたのかと思えば、それは俺に対する言葉だった。

 日番谷は言われた通りに座っているかと思えば、そのままこの体育館から出てしまったらしい。さっき上の方から階段を降りる音がした。なんでこんな時にいなくなったのか疑問に思うけど、アイツのことだから何かあるんだろうと、そう思った。

「話はそれなりに長くなると思うが、いいか?」

「あぁ」

 よし。なら始めるぞ?

 疑問形を続けた言葉の次に、新しい言葉はつながる。

「まず、ここは『八俣ノ島』と言ってな、私が一ヶ月半前に無人島をいじって作った所なんだ。一応、日本の海域内だから、ここも日本のはずだ。関西側だけどな」

 一ヶ月半前か、それなら神隠し事件が起こった時期とも重なる。ということはやっぱりこいつが犯人なのか。

「この島には、私が選んだ八つの高校生達がそれぞれの領土の中で暮らしてもらっている」

 つまりそれが、事件に巻き込まれた学生達、か。

「学生達には本州で暮らすよりも裕福な暮らしを与えている。だが当然、そんな暮らしはタダで味わえるモノではない。代わりに、私の『実験』に付き合ってもらっているのだ」

「実験?」

「そうだ。さっきの闘いのようなものだ。お前も近場で見ただろう」

 闘いというより殺し合いのように思えたんだけど……。

「まぁ、殺し合いと言った方が分かりやすいかもしれんが。というか殺し合いだな。うん、非常に分かりやすいな、さすが私だ」

 なんか心を読まれた気がする。

 というかそのまんま認めなかったか、今。いいのかよ、殺し合いやらせてるの認めて。犯人(仮だけど)って、そういうの素直に認めないモンじゃないのか?

 シリアスなはずなのに、何か抜けた考えになってしまう。この犯人(仮)だってそうだ、コイツちゃんと説明する気があるのか? 格好つけて自己紹介したと思ったらコレだ。

「うん? なんか私のことをバカにしなかったか? その目はいかにもそんな目だ、失礼な奴だなお前は」

「いいから話を続けてくれよ」

「うん、そうしよう」

 クエス・ラヴァーは素直な犯人(仮)だった。

「まぁ話を戻すとだな。私はこの島に連れて来た、君達のような学生に何をやらせているのかは、つまりは戦争だ。仮に『学生戦争』とでも呼ぼう」

「なぁ、その学生って一ヶ月ぐらい前から連れて来てるのか?」

「あぁそうだ。よく分かったな」

 その答えに、犯人(仮)の(仮)が外れることが確定した。やっぱりコイツが犯人だったんだな。

「もしかして黒垣正紀。お前は日番谷から何か聞いているのか? 」

「あぁ。ていうか有名だからなぁ、学生が不思議な消え方をする神隠し事件、なんて呼ばれてるし。日番谷から補足もしてもらった所が大きいな。そのおかげでお前が事件の犯人じゃないかって予想もできた」

「なるほど……。では、私が学生達の『願い』を叶えていることは知っているな?」

 オレは頷いた。するとクエス・ラヴァーは話が早くて嬉しいな、と言って先を続けた。

「人によって望む『願い』なんて違うが、それでも人は誰もが共通する『願い』を一度は思うはずだ。お前も、考えたことはないか? 自分を変えたいと思ったことが」

 自分を変えたい。

 それは、幅広い思いじゃないか。

 例えば、頭が良くなりたい。スポーツを上達したい。歌唱力が欲しい。身長を伸ばしたい、痩せたい。モテモテになりたい。人気者になりたい。

 目的はそれぞれ違っても、それが自分を変えたいと思う、理想の自分を追い求める純粋な憧れなんだと思う。

 俺だってそんな思いはある。でもそんな思いは所詮は理想だから、現実に叶うはずはない。現実を理想にするためには、自分がそれ相応の努力をしなくてはいけない。だから、理想を本気で思っているのは小学生ぐらいまでだろう。俺たちみたいな高校生になると、そんな理想なんて諦めて現実に目を向けるようになる。

 でも、だからなのかもしれない。だから、この男が現れて「願いを叶えよう」なんて言われるから、さっきみたいに波動を見せられて、現実からかけ離れたモノを見せられるから、事件の被害者たちは学校から消えたのかもしない。

 でも俺は、彼らとは違う。

「じゃあお前は、俺が何で自分を変えたいのかなんて分かるのか?」

 俺には具体的に変わりたいと思うことはない。

 勉強はそれなりにできるし、運動神経だって悪いわけでもない。音楽は好きだけど歌うことに興味はないし。モテるわけではないし、人気者でもないけど……。

 昔は何かに強い憧れを持っていたかもしれないけれど、今の俺は、それを忘れてしまったのだと思う。そう思っているはずなのに。

 なのにこの探究者は。

「あぁ。分かるさ」

 このクエス・ラヴァーという男は、そう答えた。

「あの雨の日、お前は望んだはずだ。日番谷を殴り飛ばした私に、お前は怒りを覚えた。そして、既に異常な人間だと捉えた私を殴るため、日番谷の代わりに殴り返すために、私と同じような『異常』な力が欲しいと」

 あの日の記憶、今言ったクエス・ラヴァーの言うとおりだ。俺は日番谷とクエス・ラヴァーが知り合いだと思った。だから、突然理不尽に日番谷が殴られたことに俺はブチ切れた。

「だから私の問いにも、お前はイエスと頷いたのだ。そうだろう?」


 ––––力が欲しくないか?


 そうだ、俺は頷いた。

 ただ日番谷が殴られたことが気に食わなくて。悪役でもない日番谷が突然殴り飛ばされたことが嫌だった。

 思えばさっきの純太の時も同じかもしれない。俺はカッとなって体育館の下に降りた。間に合いもしないのに走って、何もできやしないくせに。

「お前は、ただ友人を傷付けられるのが嫌なのだろう? だから、強く力を欲している。友人を守るための力を持った、『強い自分』に憧れと、そうなりたいという希望を抱いて」

 そうか、そういうことなのか。簡単で単純なことで俺は『自分を変えたい』なんて思っているのか。

「そして私は、その『願い』を叶えた」

「それって……」

「つまり、君は私達と同じ異常な人間、ということだ」

 それはつまり、俺もコイツと同じ……波動能力を使えるということだろうか。あと、あの眼鏡女とも同じ力を持てるってことでも。

 ということは俺は、純太の仇を取れるだろうか。

「なぁ。俺も波動を使えるようになってんのか?」

 俺の質問に、クエス・ラヴァーはニヤリと笑った。つまり、答えはイエスということだ。

 そして俺も笑った。心から嬉しいからだ。純太の仇を取れる、仇を……。

「おいおい大丈夫か? ヤバい顔をしていたが。先に言っておくが、お前では赤峰和哉に勝つことは不可能だと思うぞ」

 まるで人の心を読んだかのように言うな。いや、今のは俺も表情に出ていたかもしれないから、バレバレだったのか。

「なんでだよ。アイツとも同じになったんだろ? なら」

「だから。アイツに勝とうなど、経験の差が違いすぎる」

 経験。この男の言う戦争においての経験、それは本物の殺し合いと等しい戦争の経験のことだろう。俺は今日、日番谷に連れられてさっきまでそれを見ていたのだから。それを、あの眼鏡女が証明した。

 俺は純太を殺したあの女に、仇を取るために復讐したいと思う。でも俺では敵わないと目の前の男は言う。キャリアが違うのだから止めておけ、と。

「お前は本当に復讐がしたいのか?」

 俺が少し言葉をなくしていると、クエス・ラヴァーはそう問いかけてきた。まるで復讐したところで、その後には何も残らないと俺に諭すかのように。そんな善人の言葉を感じさせるような視線で。

 あぁ、取りたいよ。俺は今心からそう思っている。

 あの時純太は身体中が震えていたし、怯えた表情をしていた。きっと純太のは貧乏くじでも引いたか、誰も出ないっていうから自分から立候補してしまったんだと思う。あいつはお人好しだから。お人好しすぎて、自分の命を自分から捨ててしまった。

 例え純太がお人好しすぎて死んだんだとしても、無理矢理選ばれて死んだのだとしても、俺はどちらにせよ許せない。純太がバカすぎるほど自分に忠実だったことも、純太を捨てた奴らも。そして、平然と人を殺せるあの女を。そんなの普通じゃないだろう。元を辿って、殺し合いをさせているこのクエス・ラヴァーも。

 だから俺は、それが間違っていることを証明するために、純太の仇を取りたい、いや取ってみせる。

「俺は、やる」



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 八俣ノ島の東側のとある場所には、クエス・ラヴァーによって設置された灰色のマンションがある。四階建てのそのマンションの三階の奥、三◯七号室には、昼にも関わらず明かりが点けられていた。

 そこに集まる人影は十人少し。多くもなく少なくもない人数がそこの狭い空間に密集している。

「……そろそろ人数が揃ってきたし、始めましょうか」

 部屋の窓際、ソファに座る三人組の女子の真ん中の女が口を開いた。だが、その言葉に反応は薄い。まるでお互いを知り合わない人かのようにそっけない。

「おい待て、藍恵のがいないではないか」

 女の言葉に対し、唯一言葉を返したのはソファの反対側、戸の外された和室の畳に座るアシンメトリーな前髪黒縁眼鏡かけた男。その丁寧な口調とは正反対にトゲトゲとしていたものだった。

「まぁ彼はいつもいないが。全く、何のために一週間に一度、俺がこうしてわざわざ労力をかけていると思っているのだ」

 その言葉からは、いかにも今までエリートの道を歩いてきたと思わせるモノを感じさせた。この場のほとんどの者がそれについて理解しているが、今日この場に初めて立ち会った一人としては、喉を裂くのではないかと感じるほど張り詰めた、この場の空気に完全に呑まれていた。

 それが、つい先ほどまで「願いを叶える探究者」を名乗る謎多い異常な男と平然冷静に話していた男でも、だ。

 自分は他の者を知らない。そして他の者は自分だけを知らない。自分のことを探るように見てくる者もいたが、それを気にしていないかのように目を下に向け、まるで平然としているように努めていた。そうしながら、早くこの集まりが終わるよう願う。時々トイレに行く者を横目で見送りながら、一人の威圧が減ったことに安堵を覚える。

(ここは異常か……! いくらライバルの集まりだからとは言え、ここは一週間に一度の学生戦争参加八校代表達の集会。僕の想像を遥かに越える異常さだ!)

 クエス・ラヴァーが定めた参加校の代表制。そのルールには更に、参加校の各代表が定期的に集まり、お互いに学生戦争のルールを反していないかどうかを確認をするという規則があった。もちろん、お互いが集まって心の中を探るわけではない。そんな確実性に欠けることは、クエス・ラヴァーが認めない。

 かと言ってどうやって確実性を求めるか。……それがこのマンションのこの部屋なのだ。

(ふむ。どうやらこの部屋のトイレが、クエスの求めた確実性ということか)

 さっきから、誰かがトイレから出てくると入れ替わるように別の誰かがトイレに向かう。皆の膀胱はそんなにピンチなのかと思うほどにトイレに人がいないことはない。扉の一番近くの位置に立っているので、そのことは容易に分かった。

(つまりはこういうことか。ふむ。こんなライバル同士が集まる空間の中で、誰もが警戒心を張り、それを解くことはない。唯一それを解くとすれば、トイレで用を済ます時ぐらいだろう、と。そしてその時を利用して波動を用いたシステムを使い、トイレに入った代表の記憶を記録する、という所か。なるほど、人間の身体のことを利用したのかクエスは)

 探究者の取った判断に音を出さずに笑う。笑うと同時に眉が軽く上がった時、さっきのアシンメトリーの男が声を荒げて言った。

「おい! まだ藍恵は来ないのか、遅すぎるだろう! 予定時刻はとっくに過ぎているではないか!」

「全く、貴方は気が短いのね。まだニ○分しか経っていないわよ」

「それだけがあれば! 次に向けた作戦に欠点を無くすことができるのだ––––いっ!」

 と、アシンメトリーの男が言葉の最後に軽い悲鳴めいた声をあげた。目を向けると、男の足元には恐らく足に当たった……いや、当てられたのだろうパチンコ玉が落ちていた。

 男は誰がそれを自分にやったのか分かっていたのだろう、この殺気めいた空間の中でも畳の上で寝転がっている、長い金髪の男を睨みつけている。だが、一方で睨まれている金髪はハハハと声を出して笑った。

「ハハッ! なぁに睨んでんだよお前。てかうっせー、つかうっせー。声でけぇし、もーちょいボリューム下げよーなー」

 彼はそんなふざけた口調で言う。少し背筋が震えた、軽い口調であのアシンメトリーをあからさまにバカにしてしまえば、この場で戦闘になってもおかしくはないからだ。

「きっ……きぃぃさまぁぁぁ!! 俺を誰だと思ってその口を聞いている!!」

 そして予想通りに、アシンメトリーの男は激昂し、立ち上がったと思うと強い足取りで金髪の男の前に立って言った。

 周りを見れば、ソファの女やその他の連中も、二人のやり取りを微塵として気にしていないようだ。そのために連中の殺気めいた空気は、ただアシンメトリーの男によって大きく感じるだけだ。

 ふと、ソファの女が二人に目を向けた。同時に他の連中も目を向ける。その先にはアシンメトリーの男が、金髪の男の胸ぐらを掴んでいた。アシンメトリーの男の額には血管が薄く浮かんでいる、よほど頭にきているのだろう。

 ことの展開を見守っていると、しばらく胸ぐらを掴んだまま、掴まれたままお互い睨み合い(金髪の方はどちらかと言うとニヤけていたかもしれない)、それが少し続くと、金髪の男がアシンメトリーの男の脛を蹴りつけた。手が離され、金髪の体は宙から畳へとつく。そして、足をさする目の前のライバルに言った。

「おいおい、あんま調子に乗るなよインテリ。ここで死にてぇんかよ?」

 金髪は笑っている。口元だけでなく、本当に「笑った」表情をしている。だが、その顔には一○○パーセントの殺意が感じられた。この場全員の発するソレとは比べ物にならない、警戒のためでも牽制のためでもない純粋な殺意が。

 アシンメトリーの男は何も言わずに舌打ちだけを残して、元の畳に座り直した。

 それを見届けた他の連中は、何事もなかったように目を外す。できごとではなく、自分達の張っている警戒心から金髪の純粋な殺気に対して目を向けていたようだった。いや、きっとそうなのだろう。自分らに対して攻撃的な姿勢を、もしくは攻撃を向けられなければ、他人には興味がないのだろう。

 金髪の男も同じように、何処となく視線を飛ばすと、畳に寝転がり直して、背伸びをした。

 そして、あくび混じりの声が、こちらに向けて発せられる。

「あ~、なんだっけ、そこの新しいヤツ、新しい参加校の。お前も気いつけろよここの連中ってのは、俺も含めて普通じゃない、むしろ異常すら越えている連中はの集まりだからよ」

 こちらは返事をせずにじっとあちらの言葉が続けられるのを待つ。

「まぁだからよー。お前ってかお前んトコも異常を越えるように頑張んなきゃいけないわけ。だからさぁ––––」


「––––バケモンに殺られないように、お前らもバケモンになれよ、な」

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