プロローグ~午後~
午前の授業を終え、教室の隅の席で買い弁のメロンパンを齧っていると、早歩きの日番谷が俺の正面に現れた。失礼するよ、だなんてわざわざ言って、隣の席についた。
「ふむ。早速で悪いと思うが、朝の事だけれど、まず君が何処まで知っているのかを僕は知りたい。そうでないと僕も何処から話せばいいのか分からないからねぇ」
オサレなサンドイッチを口にする日番谷。
俺もメロンパンを齧りつつ、俺の知っていること全てを日番谷に話した。
「ふーむ。ふむふむ。なるほどねぇ」
話を終えると、日番谷はわざわざサンドイッチを飲み込むのを優先して間を取ってから、ウンウンと頷いた。どうやら俺の話に納得しているらしい。
「あー、うん。黒垣君、君の話は途中から亡くなったご友人のお母様の心配ばかりになっていて、内容が反れまくっていたのだけど……。正直、見事なほどに関係のない話だったねぇ?」
ん? オバさんの話をして何がいけなかったと言うのだこいつは。なに、馬鹿なの死ぬの? むしろ死ね。オバさんをバカにすんなよオバさんの焼くパウンドケーキとかマジでそこら辺の三ツ星レストランを遥かに凌駕するレベルの美味さだからなコノヤロウ!
「黒垣君、君は口に出してないつみりかも知れないが、思いっきり出ているから。周りをよく見た前。この注目度は凄いよ? 本当にね」
口元をティッシュで拭う日番谷が指で後ろを指す。その先でリア充共が、俺のことを「ナニお前、え? キモっ死ねよ。ていうか死ねよ?」 みたいなイタい奴を見る目で見ていた。……こっち見んな! オバさんは悪くねぇんだ!
閑話休題。
「話を戻そう。先ほど君が話してくれた内容の中で、僕はその全ての情報を把握していた」
「なんだ、お前つかえねぇなってか」
「ふむ。随分と喧嘩腰だねぇ、良くないよ。まぁいい。つまりは、君は僕がこれから話す中で、今までの時系列をちゃんと理解した上で話を聞ける人物だと言うことが分かったんだ。いちいちつっかえなくていい、ということだねぇ」
ランチバックをカバンに戻し、机に頬杖をつく日番谷は、満足している顔で言った。
「ていうことは、やっぱり俺がまだ知らない事があるんだな」
「ふむ。その通りさ。君が把握しているソレは、僕の把握する情報の半分にも満たない」
「そ、そんなにかよ」
「ふむ」
朝と同じ、自分の知識に何よりの自信を示した表情。こいつは一体ナニモンだよ……。
「まぁ僕の知識量などはどうでもいいんだ。話を始めよう。聞く準備はいいかい?」
「おう。大丈夫だ」
俺が頷くと、日番谷は一度目を閉じ、軽い深呼吸をしてから目を開いた。
「まず、この事件が『神隠し』と呼ばれているそうだけどね、ソレはだいぶズレた呼び方なんだよ。『かくれんぼ』と言った方が正しいかもしれない」
「は、かくれんぼ? あのかくれんぼか?」
「そうさ。実際にそのまんまなのさ」
日番谷は、事件が起きて以来に最も広まっている噂を口にした。
「自分を変えて世界すらを変える。つまり、自分の中に隠れた自分を見つけ出す」
「……どういう事だよ?」
正直、コイツの言っている事が始めから分からなかった俺にとって、今の言葉はクリティカルに理解不能だった。
「君は『変わりたい』と、そう願ったことはないかい? 一度くらいはあるだろう? 勉強、スポーツ、歌、ヴィジュアル。コレらのような"力"。人は自分に新たな才能を欲しがっている。それは僕も例外ではないんだがね」
自嘲気味に笑いながら、左手で眼鏡を掛け直す。
自分の欲しい才能。
自分の望み事。
俺にとってのそれは……。
「そしてもし、そんな才能を与えてくれるという人間がいたとしたら……? 黒垣君、君ならどうする?」
「え? あ、あぁ。えーと」
突然の日番谷の問いかけに、曖昧な返事をしてしまった。そうだ、今は事件の事を考えなきゃな。
「えーと。そいつに才能を与えてもらうと思う」
「ふむ。上等だね、そう考えるのが普通だろう」
普通、という言葉を口にした時、日番谷の声はいつもの声よりも何か感情がこもっていた気がした。気のせいか?
「ふむ。本筋に戻ろうか。この事件はね、つまりはそういう事……それだけの事なんだよ」
…………。
え?
「……おい、そういう事ってどういう事だ?」
「あぁぁ? 話を聞いていなかったのかい君は、何だい君はそんなに頭悪かったかい? 」
そんごぉぉぉぉいバカにされた。
そんごぉぉぉぉいムカつくなオイ。
「ちょっと待とうぜ日番谷。お前さっき才能を与えてくれるっていう下りを話したよな?」
「ふむ。そうだね」
若干笑ってないか、コイツ……。
「んで、そしたら何で事件につながるんだよ」
若干どころか思いっきりニヤニヤしてやがる。ムカついたから下から思いっきり椅子の脚を蹴ってやった。
だが日番谷が俺の動きを見透かして椅子に体重を乗せたせいで、椅子は動かなかった。そこに俺が右足で椅子の脚をバシバシ蹴っていると、その様子を見た日番谷が更にニヤニヤしてきたので、今度はコイツの右脛を思いっきり蹴ってやった。
「––––っ、く、黒垣君! そこまでしなくても、いいんじゃないかと思う……ったぁ」
ハッ。ざまぁ。
「僕はただ君の頭の回転の遅さにだね––––あぁ! ゴメンゴメン前言撤回!!」
ちっ、今度は左をいただこうとしたのによ。
「とにかく!…… はっきり言うとだね、この事件の犯人は、ソレを可能にするっていう事なんだ」
俺の爆熱☆シュートをかわした日番谷は(なんだよ、マジ避けんなよ)、声色を切り替えて言った。
流石に俺も、ここまで言われて分からない程のバカじゃあない。
つまり、この事件は……、
「つまり、この事件の犯人は人に才能を与える"何か"を持っている人間。そんな人間が存在すれば、皆がそいつに集まる。もし、犯人が本当にそんな非現実的な人間だとしたら……。被害者は、狙われたんじゃなくて、自分達から集まった、のか?」
俺の推測なんて、日番谷が教えてくれた言葉をただなぞっただけだ。
でも日番谷は俺の独り言のように呟いた推測を、いや、俺がここまで行き着き、事の理解をしたことに対して満足をしているような、自分の知識はここまでも素晴らしいだろう? そんな風に日番谷の視線は語った。
でも俺の疑問はもう一つできた。
事の理解はまだ微妙だが、この疑問が引っかかる。
「なぁ日番谷。この事件って、消えた被害者達が望んで起きたんだよなぁ」
「ふむ。そうだね」
「……コレって、そんなに重大な事なのか?」
「いや、黒垣君。少数ではあるが、死亡者も出ているんだぞ?」
「あ、そっか」
「……まさか忘れてたのかい」
そうだった。一応生死に関わっている事件だった。
「ふむ。まぁいい。一応はそこまで辿り着いたようだし、話を進めようか」
「––––あ、やべ。日番谷、時間」
俺が正面の黒板上の電波時計を指差して言う。
せっかく今良い所なのに……といった様子で後ろに振り返り、時計を確認した日番谷は、全くヨレヨレといった目になっていた。
「はぁ。まぁいい。黒垣君、放課後にでも話そうじゃないか。どうせ暇だろう?」
「暇は余計だ。ったく、雨だから早く帰りたかったんだけどな」
こうして昼休みは終わった。
日番谷に教えてもらった事件の奥。
才能を欲しがる高校生という被害者に、その願いを叶えるという犯人。犯人に集まる被害者。
––––なんか、小学生が誘拐される時の手口みたいだよな。
実際、そうだろうと思う。ただ、『あげるよ? 』と、そう言われてもらうモノのスケールが大きいだけだ。いや、本当にもらえるのかは知らないけど。
まだ分からないことはたくさんある。
これ以上一般人の俺が、ただの好奇心で知っていいのかとも思う。
でも、さっきも日番谷が言っていたように、被害者の中には死んだ人だっている。警察だって関わっている。それだけ大きい事件なんだ。
それに、狙われた––––いや、集まっているのは、都心の高校生だ。ここだって割と都市部に入るし、俺も華の高校二年生だ。もしもの事態だって、考えられるだろう。
(まぁそんときは断ればいいんだけどなー)
そんな安易に考えられたのは、昼までの話。
午後の授業を終え、帰りのHRも終わった。
昼休みの続きを聞こうと日番谷の席を見ると、ちょうど日番谷も席を立った所だった。そして野郎二人で教室を一緒に出る。
「ふむ。行こうか。図書室なんてどうだい?」
「どこでもええわ。どうせそのチョココロネは何処でも目立つだろうしな」
「むむ。その言い方ではまるでこのヘアースタイルが悪いようじゃないか。オサレだろう? オサレ以外の何物でもないだろう?」
「ば、バカ! 刺さる、先っちょ刺さる!」
そんな会話をしながら廊下を歩いている途中だった。
『––––ん? なんだアレ』
『え、何アレ。人?』
『あの金髪の人? 何でグラウンドの真ん中にいるんだろ』
廊下を歩く他の生徒達は、歩く人全員がというわけではないが、特に窓際の人達が、雨に濡れるグラウンドを見つめていた。
声に惹かれて見てみると、確かに誰かいた。
グラウンドの真ん中に立つ、22ぐらいの長身の男。
全身が黒いコートに隠れていて、その襟に、おそらく地毛なんだろう金髪がかかっている。
––––そしてそいつと、目が合った。
『…………』
男の青い瞳が俺を捉える。
「…………あ?」
笑っている。別に男の口元が緩んでいたわけではない。目が、俺を見つめるその視線が、俺に対して何かの感情を持って笑っている。
「なんだ、あいつ……。なぁひつが––––」
なぁ日番谷。
隣のインテリに声をかけようとした時、俺の隣には日番谷ではない、他のクラスメイトが窓の外を見つめていた。
「ん? どした黒垣?」
そこにはデカいチョココロネはない。ただ普通の短髪頭があるだけだ。
「なんだ純太か」
「おい正紀、なんだはないと思うぞ」
ポリポリと短い髪を掻いているのは、クラスで隣の席に座る新垣純太。正直地味なヤツだが、高校入学してから初めて話したヤツなので、コイツとの仲は大切にしている。つまりは仲がいい。
「まぁいいや。純太、日番谷を見なかったか?」
「ツッコミしたい所はあるけど、我慢しといてやる。日番谷ならさっき、階段を猛スピードで降りてったよ」
「……ってことは、昇降口に行ったのか」
俺ら一年のクラスは校舎の二階にあって、この階の真下がロッカーが置いてあったりする昇降口となっている。ちなみに校舎はまさに「凹」なU字造りで(凹んでいる方が北向きだったかな)、良く言えばシンプルな造りだ。
「そうじゃないか? なんかスゴい焦ってるみたいだったけど。なんかあったの?」
「さぁ?」
日番谷が焦りながら猛スピードで昇降口に、か。
「まぁいいや、じゃあな正紀。俺は帰る~」
おう。
いつものような会話をして、純太の背中を見送る。
他の連中が窓の外を眺めているのを置いて、独り帰ろうと廊下の先に向かう純太。時々知り合いらしい同級生と言葉を交わしながら、歩いて行く。
その背中を何となく見ている時だった、
「––––っ! んだ、頭いてぇ、な」
何かが頭に突き刺さったような、鋭い痛みが走った。
痛みと同時に、何かの映像が頭の中を流れる。
雨が降る校門前
逆さに落ちたビニール傘。
倒れている短髪の学生と、学生を見下ろす金髪の男。
(なんだ、今の……)
まるで今後に起こるかもしれない、そんな未来予知のような映像が、突然俺の頭の中で映された。
(今の……まさか純太か? 立っている方はグラウンドにいる男っぽいし……)
軽くなった痛みに頭を抱えて、よろめきながら立ち上がる。
もたれていた壁を離れ、窓の方へ、窓の外を見る。
男はまだ、グラウンドにいた。相変わらずグラウンドのど真ん中に突っ立っている。特に変化はない。ない……いや、あった。
雨の中立っている男。男自体の変化ではないが、その男に近づくヤツがいた。
––––っておい! アレ日番谷じゃね!?
雨でチョココロネは崩れ、濡れて肌に張り付いたシャツにも気にかけず、男の元に真っ直ぐ歩いて行く日番谷。なにか話しているようだけど、雨の音で何も聞こえない。
「ってオイ、あれヤバいんじゃね……」
周りからも、ざわざわと声がする。
『日番谷君、だよね、あれ。なにしてんだろ』
『おい日番谷! 危ねえよ!!』
『まさか日番谷君の知り合い、とか?』
そんな声を耳にしつつ、俺は走り出した。
昇降口で靴を履き替えるか一瞬悩むが、上靴のまま昇降口を出る。
右に曲がって、花壇を越えて––––朝礼台ジャマっ!
水溜りを無視したせいか、汚れて感触の悪くなった上靴を気にせずに歩いていくと、だんだんと日番谷の怒鳴り声が聞こえてきた。
「なぜココにいる!? アンタは約束を忘れたのかっ!」
その声を返すように、男のモノらしい声がした。
「おやおや、何でそこまで怒っているんだ? ん?」
「てめぇ、舐めてんじゃねぇぞ……!」
「おいおい、いいのか。お友達が見ているぞ?」
「––––っ!?」
日番谷が振り向いた。その顔は、今までにない、普段は隠している自分を見られたというような、そんな驚愕な表情だった。
「ひつ……がや?」
「黒垣、君。いたのかい……」
「おい、日番谷。そいつ、は? 知り合いなのか?」
「い、いや。コイツは」
「そうか、黒垣というのか。そうかそうか!」
日番谷の声を遮るように、男はデカい声で俺の名前を言った。そしてそのまま、俺の方に歩いてくる。
俺と日番谷が呆然としていると、あっという間に俺の目の前に男はいた。その口は狐の面のように、綺麗な弧の形をしていた。
「そうか、黒垣というのか、下の名前は?」
「正、紀」
何故正直に答えたんだ?
俺の中で危険、警告のシグナルを出しているのに、男が出す威圧的な目から、気づいたら答えてしまっていた。
「なぁ黒垣正紀。お前は……」
「なっ!? 止めろっ!!」
「うるさいぞ。黙っていろ」
男は手を日番谷に向けてかざした。
すると日番谷は、殴り飛ばされた訳でも蹴り飛ばされた訳でもないのに、勢いよく吹っ飛ばされた。まるで目に見えない風にでも押されたように。
「黒、垣……。気を、つけろ、そいつは––––」
「日番谷っ!」
「おっと、お前が行っては意味がないだろう」
地面に倒れた日番谷は、遠目からでも怪我はないように見れたが、それでも気を失うほど相当の衝撃を受けたように見えた。
「おい、アンタ日番谷に何しやがった!」
日番谷にの元に行こうとする俺を、男が邪魔する。
「それを知りたいか? 知ってどうする?」
狐のような口は更に吊り上がり、俺を見るその目にも、先に見た笑みが浮かんでいた。
「日番谷に手ぇ出したアンタをぶん殴る」
もう知らねぇ。
俺の中の警告とか、んなもんどうでもいい。
こいつは日番谷を殴った。
それだけで理由は充分だ。
「そうか。だが、残念ながら一般人の君では私を殴る等、不可能」
「んなもんやってみなきゃ」
「いいから。そんなありきたりな台詞はいいから。私の言葉を聞け」
今度は俺の言葉を遮って、やれやれと濡れた頭を掻く男。ちっ、いちいち腹が立つヤロウだな。
「今のお前では私を殴れないが、その気持ち……願望、つまり願いは叶うかもしれない」
「なぁ、その願い、叶えたくないか? そして、叶えたいのなら私は問おう」
一歩下がり両腕を広げて誘惑の言葉を言う男。俺の返事を待たずに、どんどん先に話を進めていく。
願い……?
なんだか頭に引っかかる言葉だったが、考える暇もなく、男の声が俺の意識を引き寄せる。
「黒垣正紀に問う」
窓際で見た時と同じ、青い瞳が俺を見つめる。目自体は笑っていないが、その瞳の奥で、何かの感情が俺を嘲笑っている。
そして、男はまるで決まり文句のような口調で、俺に囁いた。
「––––お前は、"力"が欲しくないか?」
その言葉はどんなスイーツよりも甘く、惹かれる言葉だった。
いつからか俺はこの青い瞳から目を離せなくなり、俺の口は……自然と動いていた。
「俺は––––––––」




