プロローグ~とある少女の夢~
真っ暗な闇の中、それは私の心。押し殺していた思いがあふれ出して、この世界を創りだしている。
私の想いが生み出した、私だけの世界。まさにこれが「夢」なのだ。そう、ここには「夢」の世界が広がっている。
明かりがついた。辺りが照らされ、今私がこの世界のどこにいうのかがようやく分かる。ここはピアノのコンテストが行われていそうな広いホール。そこのステージにある椅子に腰掛ける少女がいる。そこにはグランドピアノは置かれていなかったが、彼女はそこにはないはずのものへと手を伸ばす。
浮いた小さな手はそのまま、宙を優しく押した。あるはずのない鍵盤が弾かれたのだ。
シの音が鳴る。音はホールを包むように、この会場に響き伝わる優しいその音が鳴り終えると、今度は激しい拍手喝采の手の音が。いつからかこの場にはたくさんの観客がいたのだと気がつく。ホールの中は満員で、私もその中の一部なのだ。私が座るのは一番後ろの真ん中の席。
周囲から視線を感じるのは、円のように広がった椅子の上に立つ様々な制服を着た学生達からのもの。この子達もまた、何かをするわけでもなく、ただあたしのことだけを見つめている。
あたしが見つめるのは円の一番奥。その先に、一人だけ椅子の横に立っている子がいる。
その子はレンズの割れた眼鏡をかけて、血に汚れたブレザーを着ている男の子。その目はこちらに向けられているけれども、その光のない目があたしのことを捉えているかは分からない。
––––大丈夫?
聞いてみると、男の子は可愛らしく首を傾げた。
––––何がだい?
––––その怪我。どうしたの?
––––あぁ、これかい? ちょっと刺されただけだよ。
––––痛くないの?
––––痛くないさ。何かを守る為になら、僕は何を失っても構わないからね。そうだね、友も世界も、この命すらも躊躇わず捨ててみせるよ。
男の子は笑って言った。
コレをこの子の覚悟だというのなら何が、誰がここまでこの子を動かしたというのだろう。
知りたい。そう思う。
ただこの子のために、という理由ではなくて、ただヒトの持つ好奇心として。素直に。
––––ん? 知りたそうな顔をしているね。
––––えぇ、そうね、知りたい。ねぇ? 教えて。あたしは貴方のことが知りたいの。
男の子はまた笑った。周りを見れば、椅子の上に立つ学生達も、男の子に共鳴するかのように笑っている。
––––いいとも。
その声は男の子の声だけでなく、学生達の声も混じっている。オペラのように、その声は部屋に響き渡る。
––––君に教えよう。僕のことを。そう、君は知らなくてはいけないんだ。
奥の男の子から、光のない目からあたしを試すかのような視線を向けられる。
あたしは男の子の視線に応えるべく、椅子を降りた。円になった椅子を避けつつ、男の子の元へ歩いていく。視線に距離がなくなってくると、よりその目に光がないことが見えた。
そして、あたしは男の子の目の前に立つ。
すると男の子は今まで座っていなかった椅子に腰をかけ、顔をこちらに向けた。
––––よしよし、来たね。その気配は中々に上等じゃないか。素晴らしいね。さてさて、それじゃあ始めようか?
男の子はその手をパンッと叩き、舞台の開演を合図した。
––––全ては君から始まったのさ。




