第九話 「完璧、なんてありえません」
原案:クロクロシロ様
僕は昔から何でもそつなくこなしていた。そう、文字通り何でもだ。見て、僕が理解したものはすべて僕の力になった。
教えられた知識の吸収は教育係が目を丸くするほどに早かった。
自分以外の人間は一度見たものすら覚えられない愚図だと知った。
鍛錬の一つの護身術も、実際にやってみれば教本を見ているよりも簡単だと知った。
ぼくは完璧だ。
生まれながらにして神に愛されている。そう信じて疑わなかった。
だから、これから完全に大人になるまでに、誰よりも賢く、誰よりも強く、そして誰よりも完璧になるのは容易。
王子で完璧だなんて、何て絵にかいたようなサクセスストーリーだろう。
だけど誰よりも偉くだけは、なれない。
最高位に座れない。
お父様が居るからだ。
お父様は僕より間抜けで、僕より弱く、まったく完璧じゃない。
誰よりも秀でた僕の足元に及ぶはずがない。
だけど誰よりも、偉い。
今現在の段階で、僕以上の能力を持つ人間は皆全部お父様の物だ、お父様の部下だ。
邪魔だ。
邪魔だ。
物凄く邪魔だ。
あの玉座はぼくにこそ相応しい。
いずれはお父様が年で玉座を僕に譲る。そんなことを待っていられない。
だから考えてた。ずっと考えてきた。僕が頂点に立つ方法を。
完璧になる運命にある僕にはまだ足りない、頂点に立つための力が。
そんな時、聞いたんだ。
城の召使いが話していた森に住む魔法使いの噂を。
その魔法使いは酷く人間嫌いで人里を離れた深い森の奥に住んでいる。人々と関わることを避けているアレに関わろうとする者は皆平等に不幸になると言う。
謎の途中退場を強いられた要人の数々は、アレの作る秘薬による犠牲者だと噂された。
この国の辺境あたりで時折起きる疫病なんかはアレが広めていると信じられている。
それなのに人間を嫌い憎んでいるとさえ言われたソレは、時に貧しい弱者の力となって秘術を用いて、盗賊団を始末し蛮族をすべて滅ぼし、崇められている地域だってあると言う。
魔法使いとは一体何なんだ。
僕とは真逆の、日の当たらない不確かな存在。それなのに僕とは違って確かに強大な存在感を誇り、善きにしろ悪しきにしろすべての人の心に居る。
魔法。王城の書庫にもいくつか魔術書なんかがあったけれど、試したところで何も起こらなかった。それどころか完璧な僕が読めば、矛盾点や不可能なところがボロボロと出てきて、実現できないことをたくさん綴った妄言の塊だってわかった。
だって、そうだろ? 月食の夜に鳴く鶏一羽の首を刎ねて、その血をたたえた桶に雌のヒキガエルを一匹放ち、産卵させた後で雄ヘビを入れて受精させた卵を、次の月食まで光を当てることなく暗闇の中で育て、月食の光に当て孵化させることで呪われた化け物、コカトリスを作り出すことができる、だなんて。
書物によっては雄鶏の産んだ卵をヒキガエルに孵化させるだとか、記述がめちゃくちゃ。
ばかげている。よく考えてみたらいいじゃないか。雄鶏が卵を産むだとか、その時点で幻の化け物だ。カエルとヘビの合いの子? 両生類と爬虫類でまったくの別種じゃないか。しかも月食と月食の間隔が一体どれほどなのか理解していないことがばればれだ。それまでの間、血液のようにこんなにタンパク質を含んだ液体を防腐剤も何も加えないまま放置して腐敗するなと言うことがおかしい。
仮に滅菌処理をした器を用意して、そこに鶏の血を入れるまでは良いとしても、ヒキガエルやヘビに一体どれほどの雑菌が付着しているか理解しているかい? SPF(注:特定の病原菌を保有していない状態)やノトバイオート(注:保有している微生物のすべてが知られている状態)、なんていうレベルじゃない。無菌で飼育する施設を用意してすべてを慎重に行わなくては出来るわけが無い。
要するに、偽物なんだ。
だけど逆を返せば、それが実現できると言う時点で神の領域。人外の業。
魔法使いとは、そう言う存在なんだ。
魔法使いは、お父様の駒にない。一人悪魔がいるけれど、それはお父様の意思では動かない。僕の言葉にだって耳を貸さない。
僕がこの駒を手に入れられれば、僕の目的達成が現実味を増し一段と速まる。もしこの駒が僕の意のまま動かなかったとしても、僕が魔法を使うことが出来るようになれば……
お父様の時代は終わりだ。
あぁ、なんて素敵なんだろう。あの赤色や金色でゴチャゴチャとうざったらしいけれど、それでもどこか荘厳で、自らの力を確信できるあの椅子に座ることが出来るなんて。
思い立ったが吉日とは言うけれど、魔法使いが住むと言われる森がどこで、どのあたりなのかの情報を集めることが先決だった。残念ながら僕は立場上王城を離れることができない。そして間者のすべてはいまだお父様の管理の下にある。
この状況で信頼のできる者、しかも城外の者を使って魔法使いの情報を集めることがいかに手間と時間がかかるか、想像に難くなかった。すべては秘密裡に行わなくては、意味がない。
そして三年が経ったあの日、僕はとうとう魔法使いを探しに出た。魔法使いの住む森の近くの村で、珍しい花の栽培に成功したと言う報告があったんだ。その現場を実際に視察して、献上するに値する物かどうか判断するために大臣が派遣されることになった。
最大のチャンス到来! 外交の仕方を見学したい、と言う僕の申し出は快く受け入れられた。
問題なく視察も終わって帰還する頃、僕は行動に出た。使節団を離れ、森の中に入っていったんだ。
だけど、大失敗だ。ただでさえ深い森の中で迷ってしまうなんて。
森に入って迷わず目的地に着いたり迷わず森から抜けたりする技能を持ってなかったんだ。三年の間に木こりや狩人のような森のスペシャリストに教えを請うべきだった。自然を甘く見過ぎていた。だけどそこは完璧な僕。この経験があるから今後は同じことの繰り返しなどしない。
でもあの時は肝が冷えた。正直超絶絶体絶命みたいな?
取り乱すようなことはしなかったけどさ。
何度も何度も同じ場所を回ってる感覚に陥る。ここから抜け出せないかもしれないという圧倒的な不安感。
ああ言う感覚、なんて言うんだろうね?
後の世では名称が付きそうだけど、今の時代じゃ無理だろうね。僕以上の天才が僕と同じ状況になることなんてまずないだろうから。
森で迷ってしまうような経験不足の僕だったけれど、結局は神に愛されてる完璧王子だった。
ふと気がついた時には急にどちらに進めばいいのか判り始めた。
それまではこっちか? って疑問符付きの手探り状態だったのに、こっちだなって確信しか沸かない。
やっぱり僕は特別だというしかないだろう?
召使いたちと合流したんだけどさ。あいつらの情けない面ったら無かったね。
ああ、王子! 無事で良かった!
この森は深くて遭難者が多いと有名なのに!
もしも王子の身に万が一のことがあれば我々は!
大臣までもが揃いも揃って取り乱してた。
まったく、お前達の一番の心配事は派遣先で僕を失った無能さ加減をお父様に知られたりしないかどうか、だろう?
懸命に探した、と言うのも所詮は保身のためじゃないの?
こいつらの胸中はすっかり見透かされてるって気付いてるんだろうか。
……城内だったら一人だけだろう、僕の身を本気で案じてくれるのは。ウザいけど。
いや、まぁそんなことはどうでもいいんだよ。
ここからが僕の語りたい所の本筋。現れたんだ、現れたんだよ!
魔法使いが僕のところに!
だけどソレは、噂に聞いていたような男ではなくて、女の子だったんだ。
出会いは最悪。いや、それからのことを考えても最低だね。
ただ、そいつは間違うことなく魔女だった。
原案:クロクロシロ様