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第七話 「やさしい人が一番です」



 まるでやわらかく包み込んで、このままでは飼い殺しにされてしまいそうな環境で育てられてきた王子様。世間や一般市民から見れば何不自由なく、何の苦痛もなく、レールに沿って歩んでいけば用意された順風満帆の未来が間違いなく手に入る。しかし彼だって人の子。王子様も王族であり、後継者であると言うその運命の中でいろいろと考えるところがありました。どう思い、どう生きていくかに悩む王子様。ですがそれはまた別のお話。


 しかしどうしても環境は人の性質に大きく影響を与えます。逆境、苦境に曝され続けた人間は、常に現状を切り開くため苦しい現実のわずかな隙間を見出そうとします。良い言い方であれば、諦めない、ハングリー精神の高い人。悪く言えば疑い深く、猜疑心の強い人であるでしょう。常に満ち足り、信頼できる人達に囲まれていた人は、良く言えば寛大で包容力があり、悪意を込めて言えば騙されやすい甘ちゃんになる。


……これは個人的な意見ですので「それは違う!」とおっしゃる場合は、そっと囁いていただくか、華麗にスルーしてください。


 文武に優秀で生まれに恵まれ、そしてその環境を無意識のもとで享受してきた王子様は、彼自身の奥底に持つ物が実は……と言うことだとしても、基本的性質はKY。経験不足から来るものだとは思うのですが、拉致されてきた今現在ではそれは致命的なことでした。

 王子様がKYだなんて思いもしない魔女は、誰が見ても彼女の頭の上にたくさんの「♪」マークが浮いているとわかるほど上機嫌になっていました。


「アリス♪ アリス♪ 私はアリス♪」


 ビミョーなメロディーに乗せて、初めて認めた自分の名前を繰り返していました。


 名前が無くて魔女が困ったことはありません。なぜなら彼女はずっと、孤児みなしごの彼女を拾ったお師匠との二人暮らしだったからです。それにピエトロも初めから彼女のことを「ご主人」と呼んでいます。

 いつの間にか魔法使い(色んな意味で)のお師匠と暮らしていました。それまでの記憶はなく、彼女はこのお師匠の暮らし方や考え方、魔法の使い方を見て覚えてきました。お師匠はたくさんの魔法を使い、たくさんの魔法の薬を作り、たくさん悪いことを考え、気まぐれに人助けをしてきました。それをずっと見てきた女の子はお師匠と一緒にいた十年ちょっとの間でたくさんのことを学び、自分で生きる力をつけていきました。


「小娘」

「お前」


 十年以上も一緒に暮らしてきたのに彼女をそう呼ぶお師匠しか知りませんし、それをごく普通と思っていたので、名前で呼ばれなくてもへーとも思わなかったのです。というか、名前という言葉も知りませんでした。


 しかし、ある時変わりました。


「おい、小娘。子猫を拾ってきたぞ。これからはこいつを使い魔として鍛えるんだ」


 そう言ってお師匠は愛媛みかんの段ボール箱に無造作に入れられてモゾモゾしている黒い生き物を彼女に押し付けました。

 目が開いていましたが、いまだ小さく生後二か月も経っていなさそうな黒い子猫。お母さんネコと一緒でなければご飯も満足に得られなくて、自分で生きていく術に欠ける小さな命。


 どうしてこんな状態で捨ててしまうのでしょう。段ボール箱に入っていたと言うことはまず間違いなく人間の傍にいたはずです。殺すことを十分に理解した上での遺棄。拾ってくれる人がいるに違いないという甘え。育ててくれる人を探すと言う努力を放棄して、自分と同じ種族でないから構わないという実に見事な身勝手さを示してくださいました。


……お師匠と魔女見習いの女の子がそんなことを考えたはずもありませんが、とりあえず言われたように女の子は子猫を受け取りました。

 押し付けられたは良いものの、世話の仕方なんて知りません。適当に牛乳をスプーンですくって飲ませてみたり、とりあえず冷たくなってきたので抱っこして暖めてみたりしてみましたが、甲斐なくどんどん弱っていきました。

 もともと元気いっぱいで余力に漲っていたわけではありませんから仕方がないかもしれませんが、受け取ってほんの数日の間に子猫は動けなくなってしまいました。さすがに不味いと思った女の子はお師匠に相談します。


「お師匠。子猫があんまり動きません」

「それならこれを飲ませたまえ」


 なにやらアヤシげな瓶を手渡しました。なみなみと入った蛍光紫の液体。

 どうみても、毒です。


 女の子も「なんぞこれ」と思いましたが、自分は何も知らないので頼ることができるのはお師匠だけです。言われたとおりにその口に流し始めました。途端に子猫はピクピクし始め、動かなくなりました。やっぱり毒だったのです。



 止めを刺してしまいました。


「よし、上出来だ」


 殺してしまって誉められました。彼女も別に後悔したり泣き崩れたりするわけでもなく、「あらー」とただその現実を受け止めているだけでした。なんてことでしょう。彼女は他人に容赦をしない人生を歩むことに抵抗を感じなくなってしまっていたのです。


 全部このクソオヤジのせいでした。


 にやにやしながらお師匠は子猫の亡骸を取り上げ、魔法陣の書かれた床の上に小さな亡骸を置きました。ブツブツ呪文を唱えると魔法陣からボワボワと煙が立ち始め、その煙が子猫の鼻や口に吸い込まれていきました。


 煙が全部なくなると、子猫が再び動き始めました。

 女の子もびっくりです。びっくりして子猫を再び抱き上げました。


「おや? あなたが助けてくれたんですね?」


 もっとびっくりです。


「よし、成功だ。これでただの子猫は魔物としてよみがえったぞ」


 全部お師匠の作戦通りでした。どうせ巧く世話の出来ない女の子の手で瀕死にまで追い込んだあと、魔法のクスリと儀式で使い魔に作り変えたのでした。なんという策士。


「子猫よ、貴様の名前はピエトロだ」

「名前? 名前とは何ですかお師匠」

「そんなことも知らんのか」


 知るわけありません。女の子が唯一知っている他人はお師匠しか居ないのですから。


「名前とはそれぞれを区別するために特別につける言葉のことだ」

「それじゃ、私の名前はなんですか」

「しらん。何でもええやろ」


 カチンと来ました。

 ネコには名前をソッコーで付けたくせに、女の子には名を尋ねることも、つけようとする素振りも見せたことはありません。


 っていうか何で関西弁やねん。


 ピエトロと名付けられた黒い子猫を女の子にもう一度押し付け、魔法の本とか道具とか薬の材料がいっぱい置かれた部屋に戻っていったお師匠の後ろ姿を、魔法使い見習いの女の子は苛立ちを隠すことの無いとても怖い顔つきで睨んでいました。






******



 その晩ピエトロはおねしょしないようにトイレに起きました。まだまだ小さいのにとてもお行儀のよい子でした。月明かり差し込むお部屋に入ると、異変に気づきました。まだ嗅いだことがないにおいがします。ですがいずれ飽きるほど経験し、何とも思わなくなるにおいだと本能が教えます。

 においの出所でどころはどこだろう、と黒い子猫は闇に溶けながら探します。わずかな月明かりにその小さな黄色の目が光り、暗闇の中に小さな宝石が浮かんでいるように見えました。


 大きい何かが床の上に転がっています。月明かり程度でも昼間と遜色なく見ることができるピエトロは、転がっている何かの周りを足音立てることなく歩き、それをよく観察しました。


……女の子のお師匠です。


 お師匠が一階の床で冷たくなっていました。背中には深々と出刃包丁が突き刺さっていました。お師匠の周りには黒っぽい水たまりができています。


 さっき気付いたにおい、それは血の香り。


 何かの事件性を感じ取ったピエトロは、子猫とは思えぬ機敏な動きで壁を背にして後足で立ち上がりました。ひげをピクピクさせて周囲に気を配ります。その時、気付きました。


 窓辺に誰か居ます。




 窓から月を眺めているのは、自分を抱き上げてくれた女の子でした。

 頬杖を着くその手は紅く染まっています。


 その姿はとても恐ろしかったのですが、ピエトロは魅入ってしまいました。



 ピエトロはひざまずき、こうべを深く垂れ、服従の意を示します。



「我が主よ…… 我は今ここに誓います。そなたを主人と呼び、付き従うことを」





 名も無き女の子と、その使い魔の出会いは、とても血生臭いものでした。 




 おネコ様へのラブばかりが出ています(汗)

 キーワードの「ラブコメ」の「ラブ」は「作者→ピエトロ(猫)」ですか(大汗)


 ここから先、もっとちゃんとラブコメ要素が出せるといいなぁ

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